「おはよう武!」
「うーっすワン子、ほれそこに牛乳置いてあるぞ」
「わーいありがとう♪」
武は牛乳を飲む一子を横目に体を解していく。
毎週日曜日は自己鍛練のために、一子と走りにいくのが日課になっていた。
「今日は何処まで行く?」
「ま~何時も通りお任せコースで」
牛乳で髭が出来た一子の口元を指で拭う。
「わわっありがとう。それじゃあ七浜まで行って砂浜ダッシュなんてどう?」
「七浜ねぇ…」
「ん?違う方が良い?」
「いんや、んじゃ行くか」
二人は夜明け前の島津寮から走り出す。
明け方の神聖な静寂を、ズルズルとタイヤを引きずる音が台無しにするのを武は苦笑いを浮かべて見る。
「今日は六本か…相変わらずと言うか何と言うか良くやるよ」
「武も持久力あるんだからもっとスピードを身につけなさいよ」
「良いんだ俺は、川神院の師範代目指しているわけじゃねぇんだから」
「せっかくあれだけの力を秘めているのに、鍛えないなんて宝の持ち腐れよ…あたしに分けて欲しいわ」
「なんだ分けてやろうか?」
言って武は自分の服を捲る。
「ぎゃー!変態っ!変態がいるわっ!!」
「朝から変態変態騒ぐなっ!…ほれっ」
服の下に隠していたゼリー飲料を走りながら投げ渡す。
「キャッチ!わーいありがとう♪何時も用意が良いわね武は」
「まぁワン子と走るの楽しいからな。こんくらいは用意してやる」
「んぐんぐんぐ…その調子でどんどんあたしに貢ぐと良いわ」
「てめぇ調子のんなよ?」
「ブルブルブル…笑顔で怒る大和も怖いけど普通に怒る武はもっと怖いわ」
「ったく…そうだワン子、今日のモモ先輩どうだった?」
「お姉様?気持ち良さそうに寝てたわよ?」
「ああ~今日じゃねぇ、昨日の夜か」
「ん?普通だったけど?…あ、でもでもなんか嬉しそうにメール打ってたわ」
「そうかそうか、ワン子のくせに良く見ているじゃないか」
ワン子の頭をなでなでと撫でてやる。
「えへへ 褒められた♪でも、それがどうしたの?」
「いや別になんでもねぇ」
「何よ気になるじゃない」
「大人のいやらしい話を聞きたいのか?」
「アダルトなのね!?アダルトな事情なのね!?」
「ま、朝からする話じゃないから聞くな」
「はーい!」
素直に返事したところで、そう言えばと一子は思い出す。
「武は川神院の七夕祭りに今年は行くの?」
「今年はって去年いかなかったっけ?」
「去年は親戚の引っ越し手伝うからって行かなかったじゃない」
「あ~あれな…あれは嘘だ」
「嘘っ!?わっとっ!?ふぅ…どう言う事よ」
武は驚いて転びそうになった一子の腕を支えて助ける。
「まぁもう一年経つし時効だから言うけど、七夕の前の日に風邪引いちまってさ…一人体調悪いの居たら盛り上がりに欠けるだろ?だから七浜のビジネスホテルで寝てたってわけよ」
「武って本当に辛い時は何時もそうやって一人でかっこつけるよね…」
一子は少しのムッとした顔をする。
「なんだよ怒んなよ」
「なんかそう言う気の遣われ方やだなぁ」
捨てられた子犬のような目をして訴える一子に、やれやれと武はため息ををつく。
「悪かった…もうしない」
「絶対?」
「絶対」
「本当に本当?」
「本当に本当」
「嘘ついたら?」
「モモ先輩の拳千発もーらう」
「よしっ!じゃあ許してあげるわ!その代わり、今日は罰として砂浜ダッシュが終わったらあたしと組手よ!その後はたっぷり朝御飯奢って貰うんだからねっ!!」
「はいはい、なんでも付き合うよ」
笑顔で加速していく一子を必死で追いかけながら、武の日課は過ぎていく。
☆ ☆ ☆
「…お帰りそしておはよう」
玄関で靴を脱いで転がっている武の上に、ひょっこり京が現れた。
「ぜぇぜぇぜぇお、おは、よう…はぁはぁはぁ俺と、付き合って、くれ、はぁはぁはぁ」
「そんなに息が上がっているところを見ると、随分ワン子に絞られたみたいだねお友達で」
「はぁはぁふぅ~…ワン子の奴、俺にまで、タイヤつけやがって、あ、ほれっ」
寝転がったまま、武は持っていた紙袋を京に投げ渡す。
「朝飯まだだろう?七浜の朝市で美味そうなパン屋があったから買っといたぞ」
「ん、ありがと」
「良いってことよっと」
息が整ってきた武は足の反動でひょいっと跳ね起きる。
「…武は?」
「俺はワン子と向こうで済ませてきたから、取り合えず風呂ってくる」
「…了解」
「の、覗きに来ても良いんだぜ?」
「本当に行ったら照れて慌てるくせに」
「ちげーねぇ」
京がキッチンに行くのを見送ってから、風呂場に入ると、そこには大和の姿が。
世話しなく色々な角度から自分をチェックしている。
「なんだその変な格好」
何時もの大和の普段着とは全然違う格好に、武は思わず変と言ってしまった。
「今日は姉さんと遊びに行くんだよって言うかこの格好変か!?クッキーとゲンさんは似合ってるって」
「はいはい落ち着けって、何時もの感じと違ったから変ってつけたが、全然おかしくねぇよ」
「本当か!?ほんとうだよな!?」
掴みかかってくる大和をどうどうと落ち着かせる。
「本当だからそんなテンパるなって、それに良い情報を一つ。モモ先輩、昨日の夜のお前とのメールのやりとり凄く楽しそうだったってよ」
「マジかっ!?そりゃすげぇ勇気づけられたぜ」
「良いってことよ…気負わず頑張ってこいよ」
「おう!」
「って、ちょっと待て大和」
行こうとする大和の体をクンクンと嗅ぎ回る。
「お、おいおいなんだよ?シャワーならちゃんと浴びたぞ?」
「いや…今日は愛する京の匂いがしねぇなと思って、因みにシャワーくらいじゃ俺の鼻は誤魔化せねぇ」
「ああ、今日は珍しく侵入されなかったぞ?」
「そりゃ珍しいな…」
「まったくだ。んじゃ行ってくるぜ」
出ていく大和を片手をヒラヒラと上げながら見送ってから、武は洗面台の鏡の前でため息をつく。
「京の愛する大和の別の恋愛を応援するって言うのは何とも複雑な気分だねぇ…」
鏡には冴えない顔の男が一人。
その両頬をピシャリと叩いて気合いを入れる。
「しっかりしろよ二条さんちの武君!」
自分に言い聞かせると武は勢い良く服を脱ぐ。
そこに、翔一が眠そうな目を擦りながら入ってきた。
「うーっすキャップ」
「おお~武か…おはようさん~」
「相変わらず朝は弱いねぇ…んじゃまっ共に風呂に入って目覚ませよ」
「おっ!その意見乗らせてもらうぜ!!大和とゲンさんは気持ち悪いって一緒に入ってくれねぇんだよな」
武の誘いに、風呂に入る前にテンションが上がってすっかり目覚める翔一。
「風呂には一緒に入った方が楽しいのにな。あいつら子供だなぁ」
「だよな!武のそう言うところ大好きだぜ!!」
「はいはい俺も好きだよ」
そんな武と翔一のやり取りに聞き耳を立てている者が一名。
「おぉ~う…武をからかおうとおもってきてみれば…なんと美味しそうな会話を…」
脱衣所の扉の前でモジモジと京が頬を染める。
「武とキャップ…凄くありなんだ!!」
休日の島津寮も平常運転であった。
☆ ☆ ☆
「あ~さっぱりさっぱり」
風呂からでた武がキッチンに行くと、京が一人でパンを食べていた。
「…なんかキャップが凄い勢いで出ていったんだけど心当たりは?」
「風呂の話で盛り上がっていたら、我慢できなくなったから秘湯巡りの旅に出掛けるってさ」
「…明日までに帰ってこなさそうだね…あ、冷蔵庫に水羊羹あるよ」
「お!そりゃ最高だな」
冷蔵庫から水羊羹を取り出して京の横に座る。
冷えた水羊羹を幸せそうに頬張る武を、京は黙って見ていた。
「…ん?どした?」
「…武…デートしようか」
「ぶーーーーーーーーーーーー!!?!」
武は噴水のように盛大に水羊羹を吐き出した。
それを予想していたかの様に京は布巾で防御している。
「ごはっ!?げほっげほっ!!ぐあ鼻の奥が甘いっ!?」
「はいお茶」
京から差し出されたお茶を一気に飲み干して、ようやく武は一息つく。
「はぁはぁはぁ…お前は俺を殺す気かっ!?」
「…私とデートするの嫌なの?」
「んなわけあるかっ!脈絡が無さ過ぎると言っているんだ!!」
京が防御に使っていた布巾を奪い取ると、撒き散らした水羊羹を拭いていく。
「まったく…で?そ、その、なんで俺とデートよ」
「こちらを御覧ください」
京から一枚の紙を渡される。
そこには、今日一日の大和の行動が事細かに記されていた。
「…京、昨日大和の布団に忍び込まなかったのは、これをコピーしていたからだな?」
「それは乙女の秘密」
「乙女は好きな男の部屋に忍び込んで次の日の行動が書かれた紙をコピーしたりしない」
武は布巾を濯ぎながらやれやれとため息をつく。
「…で?デートする?」
「デートじゃない!尾行って言うんだこれは!」
「尾行とは言え、私と二人でお出掛けなんて美味しい話だと思うよ?」
「あのな、俺が何時嫌だと言った?今にも飛び上がりそうなほど喜んでいるのを押さえて、冷静に会話しているのを察してくれ付き合ってくれ」
「…知ってる。それじゃあ十五分後に出発するから用意しておいてねお友達で」
「まったく…」
武はため息をつくふりをして京が部屋から出ていくのを見送った。
「っっっっっっ!!!!!」
京が居なくなったのを確認すると、歓喜の声を飲み込んでガッツポーズをする。
武の顔はだらしなくにやけて赤くなっている。
「…そう言うのは良いから早く用意するように」
「おわっ!?」
「…あと、わかっていると思うけど「アレ」でね」
「ん?ああ「アレ」な 了解」
顔だけ覗いていた京はそれだけ言うと、さっさと二階に上がっていく。
武もにやけている頬を叩いてから、急いで自室に戻って準備を開始した。
当初の予定では十話くらいで終わる予定だったんですが、何故か長くなってます。
書きたいことが色々出てきて、追い付かないのが現状です。
しかも、仕事が忙しくなってきているので、この先更新頻度を保てるのか…。
無い頭絞って頑張ります。
ではまた次回で。