———辺りが雀色時になり、まもなく辺りは次第に暗くなる。
島民が前回と同じように居間で寛いでいる。島民が各々持ってきた酒やら、料理やらで乱雑しているがいつものことだ。
「はい、皆さんお集りのようで。こちらに視線を下さいな」
柏手を打ち、皆の視線を集める健吾。その傍らには空母棲姫。彼女の手は健吾の腕を掴んだまま離さない。
「おっ、早速みせつけてんなこの野郎!!」
「健吾引っ込め!!彼女さんだけ見せろ!」
「もげろ!」
熱い健吾に集まるラブコール。健吾はラブコールの中に藪医者とおっさんが混ざっていることに気づき彼らにアイアンクローを浴びせる。
「ちょ、健坊!痛い!謝るから!!謝るから!!健坊!お、お前この島から唯一のお医者様が消えるんだぞ!それでもいいんだな!!ああ!?」
「何だよその脅迫は。大丈夫だよ藪医者。代わりのお医者様は俺の伝手でなんとかなるさ」
「本当にすまんって頭がミシミシ軋む音が鳴ってるから!健坊!!」
「あの、健吾それ以上は・・・」
見かねた空母棲姫が健吾を諫める。
「けどな、藪医者とおっさんがこんなザマなのにも関わらず今もチラチラとお前の胸を見てるぞ」
事実、藪医者とおっさんは確実に空母棲姫を見ている。現に彼らの口元は緩み、鼻の下が伸びている。
「殺っちゃって」
「イエスマム」
「健坊。慈悲は無いんですか?」
「無いな。仕方ないね」
そのまま藪医者らを何処かに曳きづり、健吾だけ戻ってきた。手が赤く染まっている事に気付いた空母棲姫がハンカチを渡し健吾がサンキューと言って拭う。
このようなことは島民の間ではよくあることだが、普段穏やかな健吾が誰かを傷つけるのは滅多にないことなので心底驚き誓った。健吾を揶揄うのはほどほどにしようと。
普通ならば、止めようと思うのだがほどほどと言ってる当たりは流石といえばいいか、何といえばいいか言葉に困るものである。
「えー、話を戻しますが。彼女からとても大事なお話です」
これ以上なにかを喋っても話が進まないことに気付いた健吾が、無理矢理に彼女に話を振る。
「あのっ、その初めまして・・・空母棲姫・・・です」
彼女の自己紹介が始まるやいなや、黄色い声が喝采になるが空母棲姫と名乗った時点で空気が変わる。
「お、お気づきの方や知ってる方はご存知の通り、私は・・私は深海棲艦なんです」
「ですが、私は決して決して皆さんに危害を加える魂胆などありません!本当です!信じてください!!」
彼女は正座をし三つ指を着き頭を下げる。島民に誠意を見せるために、自分はあなた方の敵ではないと信じてもらうために頭をずっと下げ続ける。
「皆、俺からもお願いします。今すぐにとは言いませんが、彼女をこの島の一員として迎え入れて頂けないでしょうか。お願いします!」
健吾は彼女の横に座り土下座をする。空母棲姫は改めて彼と出会えて良かったと心底思った。出会って間もないのに深海棲艦の私なんかの為に信じてくれて、私の為に皆に頭を下げて私は果報者だと思った。そして同時に、何としてでもこの身と心を彼に捧げ彼の力になることを誓った。
島民は困惑した。まさかあの健吾が深海棲艦と共に頭を、挙句の果てには深海棲艦の為に頭を下げられているこの現状に狼狽した。
——話は遡り十数年前。
健吾の両親が海で深海棲艦に遭遇し殺害された後、身寄りの無くなった彼と妹を島民全員で話し合い、結果島民全員で育て上げる事を決めた。
それからというもの、島民はそれはそれは二人を我が子のようにかわいがった。しかし心配ごとがあった。健吾は深海棲艦に激しい憎悪を抱き鬼気迫る雰囲気が見受けられた。それは決まって彼が海を見ているとき、テレビやラジオなどのニュースで深海棲艦の話になると、普段の優しい雰囲気から一変した。妹は両親を亡くした後、一人になるのを極端に恐れた。深海棲艦に殺される両親の夢をよく見るという。彼女はどこに行くにも必ず健吾と一緒でなければならなかった。
少しの月日が経ち、島に海軍がやってきた。提督の適正検査と艦娘の適性検査だ。それは国民皆が受けることが義務付けられていた。戦況があまり芳しくないのだろう、軍人だけではなく一般市民にも適性検査を受けるというのだ。島に来た軍人に聞いても彼らは苦い顔をするばかりで、”大丈夫だ”の一点張りだ。結果幸い島民は適正する者は出てこなかった、二人を除いて。
彼はどうやら”妖精さん”なるものが見えていることが分かり、海軍士官学校を経た後に提督になる。妹は軽巡洋艦の龍田の適性があった。
その日のうちに軍人は二人を連れて行った。その後の進境は手紙でしか知ることが出来なかったが、いろいろと苦労はあったが心配しないでほしい。と彼、彼女たちからの手紙は二人で申し合わせでもしたのかのように内容が酷似していた。
更に月日が経った。彼は海軍士官学校を卒業し、晴れて提督になり新たな鎮守府に配属。妹も訓練が終了し実戦に投入された。
直ぐに彼らの華やかしい戦果は本島から離れたこの島へと流れ込んできた。本島や軍関係の人たちは喜んだであろうが、私たちは違った。もちろん我が子らが戦場で活躍していることは喜ばしいことだ誇りに思う。しかし私たちは彼らの身を案じていた。小耳に挟んだ程度だが、どうやら深海棲艦は人に化けて提督を殺害するケースもあるらしい。私たちは彼らの安全と安寧を切に願った。
やがてひょっこりと健吾が島に顔を見せた。私たちは総出で喜んだ。あの小さい頃に見せた顔からは想像もつかない程の精悍な顔つきになり、鬼気迫る雰囲気は無くなったかの見えたが、嫌悪感を日常の生活で覗かせる事が垣間見れた。
何故提督を辞めたのか、何があったのか等質問したいことだらけであったが、彼が話してくれるまで待つ。私たちはそう決めた。ある日彼が私たちに妹の近況を話してくれた。妹は今は新人の艦娘に教官として指導しているとのことだ。
あいつ新人の艦娘たちに鬼教官って恐れられてるの凄い気にしてるんだ。直接出向いてアイツを慰めるの大変だった。
そう言って笑う彼は彼らの両親が健在していた頃の小さな少年の面影が残っていた。彼は何も変わってなどいない、昔からあの優しい少年のままだ。私たちは彼に内緒で決めた。彼が連れてくる好い人を迎え入れようと。だが目前のこの光景は何だというのだ。今もなお、土下座をし続ける健吾と深海棲艦。私たちはどうすればいいというのだ。
島民が決めあぐねていると声が聞こえてきた。
「おいおい、一人の男が覚悟を決めて女の為に頭を下げてんだ。お前らもいい加減認めてやったらどうなんだい?」
「実際に彼女と話をしてみたが、彼女はそんじょそこらの敵とは根本的に違うぜ。彼女は俺らのいや、健坊の味方だ。絶対に健坊、俺らの事を裏切らねえ。断言する」
おっさんと藪医者だ。
健吾と空母棲姫は思わぬ容認の案が出たことに二人は頭を上げる。
「お、お前ら。だがな・・」
「だがなんだってんだい?好い人を迎え入れるが、まさかその好い人が深海棲艦ってのが気に入らねえのかい?」
おっさんの言った気に入らない。この言葉に空母棲姫は肩を震わす。健吾は彼女の背中をさすり安心させる。空母棲姫はありがとうと彼に微笑んだ。
その光景を見た藪医者はとても愛おしいものを見るかの様に目を細め莞爾する。
「俺らを本当に殺す気だったら、わざわざこんなまどろっこしいことはしないだろうに。健坊の頭の包帯見えるか?あれは彼女が巻いたんだぜ?健坊の頭を膝枕して泣いて謝りながら包帯を巻く姿なんざ痛ましかったぜ」
「そもそもお前らも気づいてんだろ?敵であるにも関わらず彼女が本当に健坊を好いてるってことはよ」
おっさんと藪医者が島民全員の顔を見回す。返ってくるのはくぐもった声ばかり。そんな中から明るい声が響く。
「おとーさん!あのね健兄のとなりのお姉ちゃんが私たちのこと頭撫でてくれたんだよ!!あとね、おじちゃんたち健兄たちに酷いことしたらダメなんだよ!!」
「かわいいねって褒められたー!!そうだよー!メッだよ!!」
おっさんの愛娘の姉妹だ。姉妹は健吾達が庭の裏方から出てきた際、健吾の横にいた空母棲姫から頭を撫でられたことが嬉しくて父に抱き着いた。彼女らの可愛らしい注意に空気は弛緩する。
「そうかそうか!ねーちゃん、チビどもの相手してくれてありがとうな」
「い、いえそれ程でも」
健吾以外から感謝の言葉を受けたことが無かった為か恥ずかしげに返答する。そのいじらしさに健吾が笑うと涙目で彼の太ももを抓る。
「まあ、アンタの言う通りそこのお嬢ちゃんは悪い奴じゃないんかい」
「おばさん・・・」
「健坊、彼女さんを守ってあげな。それとお嬢ちゃん」
「は、はい!」
「さっきはごめんね。あんまりにも白い肌だから健坊んとこの艦娘の子なのかと思ってた矢先に深海棲艦だなんて言うからあたしびっくりしちゃったよ」
おばさんが姉妹を抱きかかえているオッサンの横に立ち空母棲姫に話しかける。
「嘘つけ」
「あんたは黙ってな!」
「イエスマム」
健吾はどこかで聞いた事のある返答におっさんに憐憫の眼差しを向けた。おっさんからはお前もいずれこうなるさとアイコンタクトで帰ってきた。健吾はおっさんを反面教師にしようと決めた。ああはなるまい。
「ウチの娘たちが世話になったね。良かったらまたウチの娘どもの相手してやってくんないかい?」
「おお!それはいいな!俺からも頼むわ!!」
「え?あの・・・その私なんかでいいんですか?」
思わぬ夫婦からの頼みごとに空母棲姫が困惑する。
「こーら」
「キャッ」
おばさんが空母棲姫にデコピンをする。
「女の子が私”なんか”って卑下するんじゃないよ。そんなことを言ってると本当に自分の価値が下がっちゃうよ。女はいかにして自分の価値を高めるかなんだからね。いいかい?もう二度とそんな言葉を使うんじゃないよ」
「は、はい。ありがとうございます」
デコピンを受けた個所をさすって呆然とする空母棲姫。
「いい加減あんたがたもこの子を認めてやんな!!いつまでもウダウダグジグジやって、あんたら本当に男かい!!」
「は、はいいいいいいいいいい!!!!!」
おばさんの怒髪天を衝くかの如くの猛烈な勢いに居間にいた男たちは彼女に帰順する術しか持ちあわせていなかった。
「でた。おばさんのスキル。肝っ玉母ちゃん」
「す、すごい勢いね。ところで何?肝っ玉・・・?」
「おばさんがブチぎれるとああなるのさ。黒もああなったおばさんが白といえば白になる。逆もまた然り」
「何者なの?」
「主婦だろ」
そのまま考え込んだ空母棲姫。主婦とは一体?他の国だとどうなのかしら?等呟いてるが、まじめに考えたらだめだと思うんだ。
「わーい、撤退作戦せいこう!」
「せいこーう!」
健吾と空母棲姫に小さなお客さんが二人来た。おっさんに抱きかかえられていた姉妹だ。
「健兄てーとく!作戦せーこーです!」
「せーこーしたよ!!」
そのまま姉は健吾に、妹は空母棲姫に飛び込んだ。
「おっとっと、うむ。無事帰還を果たしたかいお疲れ様」
「キャッ、こーら元気なのはいいけどおいたはメッよー。こちょこちょこちょ~」
健吾は冗談めかして小さな軍人さんに返礼する。空母棲姫は胸に飛び込んだ妹に注意しつつ脇腹を擽り姉妹はキャッキャと笑う。
「そうだ。さっきはありがとうね。助かったよ!」
「ええ!私にもお礼を言わせてありがとう!」
姉妹のそれぞれの頭を優しく撫でる。今、姉妹の母であるおばさんが、自身のスキルを如何なく発揮して阿鼻叫喚の絵図となっているが、彼女がでるきっかけになったのはこの姉妹だ。
「えー?なにがー?健兄と白いお姉ちゃんがおじさんたちにいじめられてたからメッしにきたんだよー?」
「お姉ちゃんとメッできた!!」
幼い彼女たちは知らないだろうが、彼女たちの勇気ある行動で健吾と空母棲姫は救われたのである。二人は小さな恩人にもう一度礼を述べた。しかし健吾が姉妹と共に居たオッサンの姿が無いことに気付く。
「お父さんなら、お母さんを止めに行ったよ?」
「え、どこにもいないけど・・・いた。床でのびてる。ついでに藪医者も」
多くの島民が倒れ臥している。その中にはおっさんと藪医者が転がっている。心無しか藪医者が他の人と比べてズタボロにされているのが気になるところである。
二人に何が起こったのか蛇足であるが彼らのハイライトである。
哀れ、止めに行ったおっさんが一蓮托生の精神で藪医者と共におばさんを止めに行ったはいいものの、スキル絶賛発動中の彼女には焼け石に水だった。強烈な一撃をくらい床に臥すことになったおっさんの名を叫び、藪医者がおばさんに対峙し向かう。
藪医者は今までおっさんと過ごし一緒に行った様々なキャバクラの記憶が一気に蘇る。色んな女の子がいた。
羽振りのいいバイトと割り切りながらも楽しく飲もうと言った茜ちゃん。生活が苦しい家族のために。その言葉に感激した二人は彼女の為に、彼女の家族の為に無理してドンペリを頼んだ。会計時名刺交換をした際ポーチから取り出した財布はロ〇ベ。そんなロエ〇な彼女の名前は朱里ちゃん。あの後飯食う金も宿代も無くなって大変だったな。この年になって二月の寒空の下の都会は冷たかったな。へへっいけねえや涙が出てきやがった。年をとると涙もろくなるというが、いつの間にかこんな年になってたんだな。健坊も大きくなって彼女さんを連れてくるわけだ。・・・健坊よ、男なら彼女さんをしっかりと守り抜くんだぜ!いくz「遅いわよ藪医者。人の亭主連れて遊び歩いて」あ。駄目だわ。
――ハイライト終了
その後死屍累々となっていた男たちが復活した。
おばさんの活躍もあり、ほぼ力業で空母棲姫を迎え入れることができた。しかし如何せん力業であるがゆえに島民の人たちが納得していないのかもしれない。危惧した健吾は島民に伺って回ったが、みな一様に納得したようだ。
「おじさんたちは何故納得してくれたんですか?」
「ん?まあね、確かに深海棲艦と言われて驚いたけど君が選んだ人なんだ。間違いないだろう。それに彼女を認めるきっかけが欲しかった。そんな時におばさんが出てきてくれたんだ・・・まぁ力技であったけどね。だから皆納得してるさ。」
「あ、ありがとうございます!!」
「ははは、仲良くやるんだよ?特にあのオッサンみたいにはならないように」
決めるときには決めるかっこいいオッサンなんだけどな。普段があれだからなぁ・・・俺は今一度ああはなるまいと誓った。
最近セミ先輩の鳴き声からコオロギ先輩の鳴き声になりましたね。相変わらず暑いのに虫たちは秋に移り変わってます。早く秋よこい。
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