ありふれた職業で異世界最強―聖印と邪紋と転生者 作:袴紋太郎
気が付けば、水の音が聞こえていた。
グチャグチャになった意識が一本の筋に纏まる感覚。
いまだに揺れる視界の中、清正は身を起こした。
冷たい。
そこは巨大なプール…というよりも湖ともいうべき所であった。
共に落ちたのだろう、落下の衝撃で頭から血を流すベヒモスの上で気を失っていたらしい。
腰から下が水の中、なんとか這い上がり死体の上に寝転がる。
遥か頭上から降り注ぐいくつもの滝、恐らく壁に設計された水路から流れて込んでいるのだろう。
流れた水が集まった場所、貯水場…だと思われる。
ハジメの姿は見えない、落下の道中ではぐれたのか。
「それともバラバラになってくたばったか…」
どれほどの高度を落ちたのかは不明だが、クッションになったベヒモスの四肢が【ひしゃげて】いるのを見て数m程度でないのは明白だった。
頭上は天井すら見えない、まるで暗い穴がぽっかり空いているかのようだった。
「あのクズ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! よくも、よくも俺の足を引きやがったな!!!」
状況判断のすぐ後に湧いたのは憤怒。
歯を食いしばり、怒りの感情が噴出するのを止めることができない。
死んだなんぞ許さんぞ、生きたまま足を切り捨て小型の魔物共の餌にしてやる!
簡単には殺さんぞ、足の指から関節ごとに切り捨ててやるぞお!
動けぬ体で内蔵を貪られ、苦しみ悶え死なせてやる!!!
イカダ状態のベヒモスの上で殺意を漲らせる清正であったが、すぐに息を殺し周囲を見渡した。
それも一匹ではない、複数の【何か】が取り囲むように水中に潜んでいるように感じた。
直感か、思い過ごしか。
その答えは同意を待たずに開示された。
飛び出してきたのは鰐に似た生物だ、長い顎と鱗、違うのは頭に生えた角と鰭状になった手足だろう。
白亜紀に生息したというモササウルスが最も近いだろうか。
それらが十数匹以上、同時に獲物めがけて飛びかかかってきた!
「チィッ!」
死体の上に陣取れば餌確定、水中は相手のステージで潜れば同じく餌。
思案の暇はない、行動だ。
安定感のない足場を蹴り上げ、目指すは今にも大顎で噛み砕こうとしてくる魔物…ワニモドキと呼称しよう。
ワニモドキの鼻先に手をかけると、曲芸の如くその背中へと乗り移った。
爬虫類共に食いつかれた死体は、瞬く間に鋭い牙と強靭な顎によって解体されていく。
骨まで砕かれ藻屑となるまで、そう時間はかからないだろう。
つまり、清正がこうなる可能性がそれなわけだ。
「冗談じゃねぇぞ!?」
振り払おうと水中に潜り込むワニモドキ、仲間たちがすぐ後を追ってくる。
もし手を離せば、身動きができない水中で奴らの餌に早変わりだ。
どうする。
どうする?
どうする!?
底の見えない水中、このままでは…
「…?」
すると何やら水底から光るものが見える。
目を凝らすまでもなく、それは顎門を開いた。
光っていたのは【瞳】だ。
「(嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!?)」
巨大な、巨大すぎる【蛇】が、己らを呑み込まんと水底から這い出てきたのだ!
ワニモドキも危機を察したのか慌てて旋回、急ぎ水面へと逆走する。
だがもう遅い。
清正はワニモドキの群れと共に、巨大な蛇に呑み込まれてしまった。
◆◆◆
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
「滑り」、「落ちる」というのはこの事か、ウォータースライダーの如く清正は食道を滑落していた。
諸共に食われたワニモドキたちは、水中でないにも関わらずこちらへ飛びかかり食らいつこうとしていた。
「食われたのに元気だなお前ら!?」
持っていたはずの長剣はない、すかさず腰に差していた投げナイフを投擲する。
開いた口から喉奥へと突き刺さったナイフに【聖印】が浮かび上がると、ワニモドキは内部から爆散した。
「直接手に持たずとも効果は出るか…残り少ないがな!」
糞、糞、糞、どうして俺がこんな目に遭わにゃならんのだ。
それもこれも全てあの屑のせいだ、絶対に殺す!
俺を不幸にする奴はみなどん底に落ちて死ね!
食道内を転がりつつワニモドキの突撃を躱し、透かし、ギリギリを凌いでいく。
気づいていないのだろう、自身のステータスが急激に上昇している事に。
気づいていないのだろう、魔石の光を【聖印】が吸い取っていることに。
一匹、また一匹とワニモドキを駆逐していく。
この調子ならすぐに終わるなと安堵しかけた所で。
「へぇあ?」
世界がひっくり返った。
上から下が、下から上へ。
肉片と水と共にかき混ぜられて落ちていく。
今度はなんだぁーーーーーーーーーーーーーーー!?
何が起きているのか、まずは腹の外へと視点を移そう。
◆◆◆
蛇は物足りなかった、この巨体故にあの程度の食事で満足できるはずがない。
しかし此処は牢獄だ、小さき体であった頃に水路から此処へと落ちた。
周りは敵だ、味方はいない。
喰らい、殺し、己の糧にして生き抜いた。
気づけば小さき己は巨大となり、この貯水場の主となったのだ。
しかし巨体が仇となり、水路を通ることができず出ることはかなわない。
ああ腹が減った、満腹になりたい、絶えず苛まれる空腹に蛇は焦がれる。
腹が減った。
腹が減った。
腹がザシュッ…!?
激痛、体から何かが出て行く、血?
遠い記憶の彼方に消えた筈の「痛み」に、蛇は僅かばかり呆けた。
―――その次の瞬間、全身を無数の【剣】が貫いた。
違う、中だ、
蛇の体から見て楊枝程度の大きさでしかない【剣】は致命傷には届かない。
だが届かない故に、蛇は終わらぬ痛みに苦しんだ。
もうやめてくれ。
終わらせてくれ。
お願いだから―――
もはや主としての矜持などなかった、元からあったとは言い切れないが…
蛇は巨体を壁めがけて頭から突っ込んだ。
死に際の馬鹿力か、堅牢に作られた壁は崩れ。
さらにさらに下へと続く奈落へと落ちていくのだ。
◆◆◆
「うおっぷ、おげぇ」
腹を【聖印】で強化した短剣で切り開き、ようやく清正は怪物の腹の中から脱出した。
蛇の胃液と血肉まみれの体からは異臭が放たれ、大量の血液が生理的な嫌悪感を与えてきている。
「何がどうなって…また通路か?」
上層と景観が似ている石造りの通路。
壁同士を繋ぐパイプのように伸びた蛇の腹が、どうにもミスマッチな印象を受けた。
そこで気づく、蛇の体に無数の「穴」が空いていることに。
「なんだこれ…ッ」
詳しく調べようとした時、清正の右肩に「風穴」が出来た。
「がぁ!?」
右肩を抑えて崩れ落ちる清正、先程まで頭部があった空間へと何かが突き刺さる。
細長い、白濁色の棒のようなもの。
あのまま立っていればこれに頭を貫かれ、脳味噌がこぼれ落ちていたかもしれない。
振り返りると頭に幾つもの鏃を備えた猪が、こちらを睨みつけていた。
先ほどのはアレだ、この猪たちはアレを矢の如く飛ばしてくるのだ
それも一匹ではない。
通路の奥から続々と笑われてくる猪―――アローボアの群れ。
此処は奴らの縄張りだ、領域へと侵入した外的を屠りに来たのだ。
だが、そんな事はどうでもいい。
どうでもいいのだ。
痛みは憤怒に、後ろから攻撃されたという事実が激情に。
畜生が。
畜生風情が。
この俺を傷つけ、血を流させた?
「下等生物がぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」
激昂と共に飛来する無数の矢を残り一つとなった投げナイフで切り払う。
強化を施してはいたが、元々主武装として扱えるほどの耐久力がなかったためか根元から折れてしまった。
だがそんな事はどうでもいい。
今はこの畜生共を狩り尽くさねば、気がすまない。
いつもならば怒りに耐えてでも逃げ出していただろう。
蛇の体内に戻り、頭の方へ向かい別の脱出地点を目指していたはずだ。
しかし遅い、もう耐えられない。
こいつらを殺さねば頭がおかしくなりそうなのだ。
次弾が放たれる前に、地面に叩き落とされた矢を拾い上げ―――駆け出した。
「どうしてこうなった!?」
まず最初に膝で中央のアローボアの額を叩き割る。
「こんな事望んじゃいなかった!」
矢を放とうとする個体の目に、手に持った矢を投擲する。
着弾と同時に爆発、首から先が消失したそれを一瞥することなく、清正は次の標的へと襲いかかった。
「転生だと!? ふざけるな!」
脇腹を矢が掠める、拳に【聖印】を輝かせ爆炎を込めた打撃が放った猪を打ち据え、焼き尽くす。
「仕事も安定していた、昇進ももうすぐだった!」
頭蓋を叩き壊す。
「特別である必要などなかった!」
首をねじ切る。
「努力に応じた結果を出していた!」
死体を砲弾の如く投げつけ、動けない所を燃やした。
「俺は、ただ結果に応じた評価と地位が欲しかっただけだ!」
逃げるアローボアをそれ以上の速度で先回りし、床に叩きつけ粉砕する。
「異世界!? 勇者!? 屑共から得ねばならない信用!?」
焼く。
炎が、魔物を焼いていく。
「ふざけるなゴミ共が、死ね、ここで死ね! 死んでしまえ!!!」
魔石の輝きが聖印に吸収されていき、印の強さが上がってくのだ。
「あぎぃ!?」
アローボアの群れを死体に変え終わると、強烈な負荷が清正を襲った。
体をくの字に折り、過ぎ去る嵐を待つように体を横たわせる。
何だ、今度はなんだ…!?
首にかけたステータスプレートに文字が浮かび上がる、
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高円寺清正 17歳 男 レベル:35
天職:紋章剣士
筋力:4100
体力:3700
耐性:3800
敏捷:3500
魔力:2500
魔耐:3000
技能
・成長補正[+聖印濾過][+能力成長率上昇][+技能成長率上昇][+経験点増加]
・聖印/セイバー[+伯爵][+聖印/マローダー] 第三階梯解除
・剣術[+二刀流][+二刀流の巧み][+属性付与][[重撃の印][ 第五階梯解除
・火属性適正[+光炎の印] 第二階梯解除
・光属性適正[+閃光刃の印] 第二階梯解除
・統率[+カリスマ(聖印)][+奮起の印] 第三階梯解除
・タフネス[+生還能力] 第二階梯解除
・強運[+天運上昇Ⅳ] 第二階梯解除
・装備熟練[+武器の印] 第二階梯解除
・物理耐性
・全属性耐性
・言語理解
・■■/経験点不足により未解除
・■剣/経験点不足により未解除
・金■力/経験点不足により未解除
・■地/経験点不足により未解除
・■■/経験点不足により未解除
・技■熟練/経験点不足により未解除
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明らかに上昇している、それも急激に。
「なにが、くそ、なにが…くそう…」
巫山戯るな、巫山戯るな…
畜生…
気を失った清正の傍に、いつの間にかひと振りの剣が突き立てられていた。
【…】
一時の静寂だけが、青年にとって唯一の救いなのやもしれない。
ステータスがむずい