無数の兵士が私たちの横を勢い良く通り抜けていきます。
足音は集い地鳴りと化し、声は轟音として響く。長槍を持った兵どもは赤子の手をひねるように、黒い暗殺者たちを蹂躙していきます。割かれ、斬られ、貫かれ。
私はその景色を身の毛がよだつような思いで見ていました。
次に彼がその軍勢を差し向けるのは、私たち。心のどこかがそう言っていました。
その軍勢が差し向けられる事を考えると、震えが止まらなくなり、立てそうにありません。私はランサーにしがみつきながら、黒い暗殺者たちが朱を散らし、消えていくのを見ました。
彼女はまっすぐ、その軍勢を見ていました。そして、震えてしがみつく私に対して「大丈夫。大丈夫だから」と、彼女は私を支えてくれる言葉をくれました。
けれども、「でも‥‥‥」と言って、私はその慰めの言葉を素直に受け取れませんでした。
怖いのです。その軍勢は、恐怖の代名詞そのものに映りました。根拠はありません。
彼の軍勢に挑まれたら、私たちは生き残れない。粘っても、粘っても、いずれ彼女は数という圧力に殺されてしまう。彼女が居なくなることは、自分の存在をも消えてしまうように感じられました。そう、思うと、震えが止まらないのです。
私たちの目に映る暗殺者は全て消え、景色は公園に戻りました。既に日は西に傾いており、私たちと彼の影は、本体の数倍の長さを持っていました。
「諏訪の勇者。今の光景、しかと目に焼き付いたであろう」
征服王は私たちに背を向けたまま言いました。
「ええ」
「では、もう一度問おう。我が軍門に降り、この地を明け渡す気は無いか」
「無いわ。ノーサンキューよ」
「そう言うと思ったわい。
ならば明後日、貴様に余の軍勢を直々に差し向けるとしよう。
今から丁度四十八時間後だ。場所はこの諏訪の地の中であればどこでも良い。余は貴様に挑み、力ずくでこの地と、貴様のマスターを頂こう」
彼が言った後、彼の周りに稲妻が走り、彼のチャリオットは天高く駆けていきました。湖北の方へある程度向かい、それ以降は見えなくなりました。
「ふわぁ~、疲れた!」
ランサーは後ろに体重を乗せ、大きく口を開けて脱力したまま、私の方へ倒れてきました。
私に彼女を支える準備など無く、二人一緒に芝生へ倒れこみました。柔らかい草がクッションになっていたとはいえ、少し背中が痛かったです。
彼女は私の肩に頭を乗せ、腕を回し、手を私の胴に掛けました。花のように甘い香りが彼女の体から伝わってきます。
彼女の目は、さっきのように遥か彼方を見る目ではなく、天真爛漫な少女の目でした。
「いや~、一時期はどうなるかと思ったわ! 征服王に感謝ね」
「果たし状出された相手によく言えるね‥‥‥」
「ええ。彼のお陰で、みーちゃんを影から脅かすような奴らとグッバイできたからね」
「う、うん‥‥‥で、でも」
私には、今日ここに集まった暗殺者たちが、その暗殺者の総数に見えませんでした。
「大丈夫。私が居る限り、みーちゃんには指一本触れさせませんから!」
「それは頼もしいけど‥‥‥」
私は、心に浮かんだ素朴な疑問を、彼女に投げてみました。
「あの軍勢を見て、どうして平気で居られたの? 怖さとかは無かったの?」
私は私が臆病者だと知っています。思えば、愚問かもしれませんでした。
「怖いよ。とても。
けれども、諦めたらそこで終わっちゃう。諦めるのはとてもイージさ。いつだってできると思う。
でも、今は守るべき者がある。みーちゃんがいる。それを失うのは、もっと怖い。もしかしたら、自我を保てないかも知れない」
私の耳元で囁く彼女の言葉を、流れていく雲をぼんやり眺めながら私は聞いていた。そして、彼女は続けました。
「それに、みーちゃんが居るから、私は頑張れる。
だから、私に安心して身を任せて欲しい」
「けど、私は‥‥‥」
ランサーが言う“みーちゃん”じゃない。
「そうだよね。少しヘビーな話をしちゃったね。
わからなくていい。今はわからなくていいから‥‥‥」
彼女の言葉を、空の景色が遮りました。
空に黒い稲妻が。その下は‥‥‥、恐らく諏訪大社。
「みーちゃん!」
彼女は飛び起きました。私もそれにつられて立ち上がりました。
「うん! って、うわぁあ!」
直後腕を強く引かれました。私は、運動がそこまで得意ではありません。なので、彼女に腕を引かれて走った時、何度も転びそうになってしまいました。
一分ぐらい走った後、彼女に腕を引っ張られて抱えられました。景色が考えられないような速度で過ぎ、体に当たる風が、緊迫感を煽りました。
「みーちゃん! 本宮までの道案内お願い!」
「え、うん! でも何で? って‥‥‥!」
眼の前から通りすがりに、黒い暗殺者の姿が。
彼らの姿は、バードストライクのシーンをジェット機視点で見たような感覚でした。
彼らが通り過ぎるたびに金属音が響きます。彼女は慣性と一本の腕で私を支えながら、残るもう一本の腕で鞭を持ち、彼らの攻撃を捌いていました。
けれども、征服王のチャリオットに及ばずとも、彼女の走る速度は、暗殺者たちの走る速度を凌駕していました。ですので、追いかけてくる敵はいませんでしたが、本宮に着くまでの間、何度も妨害に遭いました。
「全く、困った相手ね‥‥‥」
本宮の入り口に着き、私を下ろした彼女は、鳥居越しに空を眺めながら呟きました。
本宮社の上には、さっき映っていた稲妻が。そして、稲妻が集う中心部には、赤い空洞のようなものが見えました。
日は半ばほど沈み、周囲は薄暗かったです。その薄暗さがより一層、空の景色の不気味さを増幅していました。
私たちは本宮の敷地内へ一歩足を踏み入れました。
すると、正面上空からクナイのようなものが降ってきました。
ランサーは鞭をリボンのように回して私たちを傘のように包んで身を守ります。
クナイのようなものは弾かれ、どこかへ飛んでいきました。
「どうやら、“アタリ”みたいね」
彼女の声は、何かを推察したように聞こえました。
「覚」
彼女が呟くと、黃緑色の毛を纏った猿のような精霊が彼女の勇者装束から出てきました。
「みーちゃんはここで待っていて。大丈夫、すぐ戻ってくるから。
覚、みーちゃんのガードマン、よろしくね」
「え、あ、待っ‥‥‥」
私が呼び止めようとした時には、彼女は境内の奥へと駆けていきました。
彼女が覚と呼んだ精霊を数秒見つめて、できの悪い頭を回しました。
「‥‥‥」
しかし、どうして良いのかわかりませんでした。
彼女に言われた通り、ここで待っておくべきなのでしょうか。けれども、心は不安事に駆られ、ざわめくばかりです。
(ごめん‥‥‥、ランサー)
私は胸に当てた手を握り、ゆっくりと周囲に警戒を払いながら、境内へと一歩一歩入っていきました。それは、とても後ろめたいことでした。けれども、そうしないと、大事なものを失う。そんな気がしたのです。