「ああ。ライダーの宝具が発動しなければ、まだ持ち堪えられそうだったが」
「まぁいいわ。どのみち聖杯戦争が進んでいけば、私達の勝利は確実となりますから」
「本当に、性根が腐っているな、マスター」
「何も口出ししない貴方もサイレントマジョリティよ。アーチャー」
「フフッ、そうだな」
綺麗な月明かりが境内広間を照らしていました。
ランサーは大鳥居を抜け麓から階段を駆け上がり、大広間へとたどり着きました。粒状の砂利がザクザクと彼女の足音を鳴らします。
「やはり、キャスターを使った世界線単位の固有結界でも、不屈の精神を持った貴女には聞きませんでしたか」
頂。社側から現れたのは、厳かな白の装束を纏った神官。顔は木をモチーフにした仮面で隠されていました。
「不屈の精神? そんなこと関係なしに、張った瞬間からバレバレだったじゃない」
「ええ。貴女には固有結界への変わり目が鮮明に映っていたでしょう。
しかし、精神が不安定な貴女のマスターには効果覿面でした。できればこのまま平行線で続いて欲しかったですが」
「そんなこと、私が許す訳ないわ」
彼女の顔は怒りと憎悪に満ちていました。
ランサーは空の渦を一瞥し、それが神官の阻むすぐ先が根源であると推測しました。
「そこを退いて下さい。私、この鞭を殺人の為には使いたくはないけど、貴女が阻むなら容赦はしないわ」
「そこまで気性の荒い人でしたとは‥‥‥。百聞は一見にしかずというところでしょうか。
良いでしょう。ここを通りたければ、私を倒してみせなさい。ただしここは‥‥‥」
神官は空へ手を掲げます。すると、宙にマスケット銃が数個現れました。
その先端はランサーに向いており、神官が手を降ろしたと同時に彼女へと弾が射出されました。
ランサーは鞭を使って弾丸の軌道を逸らしました。しかし、逸らしきれなかった弾丸が彼女の頬を掠め、血を垂らせます。
「私たちの領域である事をお忘れなく」
カチャ。という音が、マスケット銃のリロード完了を伝えます。
銃先をランサーへと合わせ、微調整へ入った時、彼女は弧を描くような軌道で神官へと近づきます。
マスケット銃から放たれた第二波の弾は数発が地面と衝突し、残りは彼女の鞭に弾かれてしまいます。
銃弾を逸らすための一振りから次の一手で、彼女の鞭は神官へと一直線に伸びていきます。
神官は片手の平を鞭の来る方向へと見せます。すると、神官の掌を向けた方向に金属製の小さな盾が現れ、ランサーの鞭を受け止めました。
「鞭を攻守一体で使いこなすとは、流石は諏訪の勇者です」
「やっぱり、その口ぶりからして、貴女達は四国の人間で間違いなさそうね」
「ええ。貴女方の苦汁をなめるほどの努力が有ったからこそ、四国の勇者は今、日々脅威を増す侵攻に耐えられています」
幾度と無くランサーは神官へ向け、鞭を振るいます。しかし、精霊の自動防御のように、盾で阻まれます。空には鳥の鳴き声でも、虫のさざめきでもなく、金属音が響き渡りました。
「その諏訪の勇者に対し、銃先を向けるなど、本来なら勇者に対しバックアップを取り繕う我々には許されざる行為です。しかし‥‥‥」
神官は空中にあるマスケット銃を、操り人形の糸を切ったかのように落とし、彼女の足元から機関銃を左右に一つずつ生成させます。
「貴女方に事情があるように、私達にも事情があるのです」
神官が言葉を続けたと同時に、機関銃は放たれます。
ランサーは後方へ跳躍し、距離をとって動きながら弾丸の軌道を逸らし、身を守ります。
「私達の目的に、貴女達。特にランサー、貴女は障害のほかありません」
「どうしてそれが、私とみーちゃんを引き離す結果になるのよ」
「簡単です。貴女達は相性が良すぎるのです」
それに‥‥‥、いや、それ以上は私が言える立場ではありません。と、神官はランサーに渡す答えを飲み込みました。
「兎に角、貴女をこれより先には行かせません」
神官は両の手に大きな手裏剣を左右に一つずつ展開します。
それを投げ、手裏剣は彼女を左右から襲います。
ランサーは交差する点を読み取り、交差する寸前で前転するような形をして、回避しました。直後、機関銃が正面から雨のように弾を降らします。
彼女は弧を描くようにして全力で走ります。足に傷が付こうとも、構いもせず走りました。大切なものを取り返すために。
「そこよ!」
彼女の鞭が再び神官へと伸びます。
「無駄なことです」
神官は盾を生成します。
「甘い!」
鞭は盾を、神官の横を素通りします。そして、鞭は本来の物理法則から逸脱した軌道を描き、神官の背後から心臓を貫きました。
神官の白い装束は朱で滲み、仮面からは血が漏れ出していました。
盾は鈍い音を立て地面と衝突し、機関銃も地面に転げ落ちていました。
「私の勝ちよ」
「ええ。そのようですね‥‥‥。流石は勇者であり英霊。所詮借り物で抗う人間など、この程度のものでしょうか‥‥‥。ですが‥‥‥」
神官は袖の中から銃を出しました。
神官の腕から滑って出てきた拳銃は神官の手に握られ、五歩ぐらいの距離のランサーへと放たれました。
銃弾は彼女の左胸を貫きました。
「私の負けではありません。即死させるには不十分ですが、貴女を殺傷するには‥‥‥」
神官は膝から崩れ落ち、動作を止めました。
阻むものを倒したランサーは、胸元を抑えながら本殿へと向かっていきます。
傷口を押さえながらゆっくりと階段を登りました。
地面に朱の跡を付けながら、彼女は本殿へとたどり着き、歯を食いしばって襖を開きました。
「おや、何方でしょう」
本殿内部の奥に居たのは、褐色の女性でした。傍にはランプと巻物。彼女の口元は布で隠されています。
ランサーは答える事無く、鞭の先で彼女の急所すぐ横を貫きました。
「くっ‥‥‥。返答もなしにこれとは。貴女は史上よりも暴虐な王だったのですか‥‥‥!」
「王? 何のことを言っているのかしら。私はキングでなんか無いわ」
「まさか。では、私が聞いた農業王という二つ名は眉唾ものだったと言うのですか」
「厳密に言えばそうね。私は農業王ではなく、いずれ農業王になる女ですから」
ランサーは鞭を引き、彼女に突き刺した部分を抜きました。血が勢い良く飛び、彼女は口を大きく開けて息を荒げました。
「この諏訪を作ったのは、貴女?」
「えぇ。‥‥‥私のマスターは、令呪を見せ、『殺す』と常に脅してきました。‥‥‥故に、宝具で仕方なく‥‥‥」
「という事は、この地すべてが貴女の物語ってことね」
「えぇ。しかし、今宵の物語はさぞ重たい‥‥‥」
彼女は傷口を手で抑え、蹲っていました。ランサーには戦闘続行のスキルがあるため、魔力の消費を伴いながらも、行動の継続が可能でした。それに、ランサーはそれ故に致命傷を追わない限り、死ぬことはない。
しかし、彼女にそのような物はありません。
「なら、その物語、ここでオチを付けて差し上げましょう」
「‥‥‥それだけは! それだけは止めて下さい!」
彼女は拒絶の声を上げました。その傷で叫ぶのは、自傷行為と言っても過言ではありません。反動で彼女の口から血が吹き出ます。
彼女は動悸を整え、続けました。
「せめて命だけはお助け下さい‥‥‥。私は死にたくない。‥‥‥死にたくないのです」
「答えはノーよ。みーちゃんの記憶を奪った罪は深い。それに、貴女が奴らのサーヴァントなら、再契約をされる前に殺すのがセオリー」
ランサーは、木製の床をコツコツと音を鳴らし、褐色の女性へ近づきます。
ランサーは彼女の真後ろに立ち、足を止めました。
「チェックメイトよ、キャスター」
「待って下さい!」
「今の私に命乞いは効かないわよ」
ランサーにとって、記憶を失った親友と接することは、心えぐられるような思いでした。数多の人を守り続けた諏訪の勇者でさえ、意図的に親友の記憶を改ざんされて怒らないわけがありません。
「‥‥‥貴女は、あの子の記憶が戻ることを、良しとしましょう。
‥‥‥しかし、あの子自身はそれを、‥‥‥望んでいるのでしょうか」
ランサーは鞭を振ろうとした手をピクリと止めました。
彼女が『あの子』と指すものは、ランサーの親友、藤森水都のことでしょう。
「あの子の記憶は、約三年前という境から今にかけて、『正常な諏訪』で生きたことに改変されています。
あの子は、地獄を見ずに、何も変わらない土地で、何も変わらない日々を送っていた。それを貴女は崩そうとしているのです。
彼女に代わって怒っているというのであれば、一度、考え直して頂きたいものです」
「何が『正常の諏訪』、よ。そんなの、ただ貴女が作り上げた
「貴女には、そう見えてもおかしくないでしょう。
だから、私を殺して貴女が言う『偽りの諏訪』を破壊しようとしている。けれどもそれは、彼女が生きる今の『諏訪』を壊すということも、同義と言えるでしょう」
彼女が並べる言の葉は、全て彼女自身が『死にたくない』と思っていることに起因します。
しかし、彼女は語り手。彼女の演技は、まさに、藤森水都の心を案ずる一人のように見えました。
しかし、ランサーにその演技は通用しませんでした。
「うるさいわよ」
ランサーは低い声で小さく呟くように言いました。そして、続けました。
「私は、みーちゃんの記憶を奪った事に怒っている訳じゃないわ。
私は‥‥‥、私のみーちゃんを奪ったから、貴女に怒っているのよ」
「‥‥‥ほう、なんてエゴな事でしょうか。
やはり貴女は、王です。それも余程の暴君です」
「そうね。私は、王かもしれない。なら、貴女から返してもらうわ。私のプリンセスを‥‥‥!」
ランサーは鞭で、キャスターの心臓を貫きました。
さっきの威嚇攻撃とは違う、トドメの一撃。
「なん‥‥‥て、手荒な人である‥‥‥ことか。
しかし、‥‥‥この世界は、貴女‥‥‥の、為でもある。
‥‥‥私もここまで‥‥‥
‥‥‥不本意ですが今宵は‥‥‥ここまで‥‥‥」
そして、キャスターは嗚咽の声を漏らした後、床へ突っ伏し、姿を消しました。
キャスターの固有結界は解け、諏訪は戻りだします。
そう、天の神が遣わす生命体に敗れた諏訪に。
手入れがされて綺麗で神妙な雰囲気を出していた本殿内部も、キャスターの死と同時に、崩れ、壊され、ボロボロになった姿を現しました。
逆に、これだけボロボロになっていても、全壊していないのが幸いなぐらいでした。
(これが、守った諏訪の末路、か‥‥‥)
ランサーはさっき撃たれた傷を押さえました。致命傷ではないものの、サーヴァントにも、痛覚はあります。
(あーあ、少し、目眩がするなあ‥‥‥)
ランサーは、本殿内部大広間中央にある、大黒柱を目指し、覚束ない足を運び始めます。
ランサーは生前、水都に弱い姿を彼女の中では一回も見せませんでした。あの状況で、唯一縋ることのできる“強き者”がくじけたら、水都を落ち込ませてしまうから。
今、水都が入ってきたらどう、誤魔化しをしようか。ふらふらと歩きながらランサーの頭はその事を第一に考えていました。
(きっとみーちゃんは、すぐにここまで登ってくるはず)
襖が開く音がしました。ランサーは音の方向を一瞥し、水都を視認しました。
(ほら‥‥‥ね)