英霊の座から英霊を招くにあたり、聖杯を求め現界するサーヴァントが、交換条件として背負わされるもの。
その一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、マスターの魔術回路と接続されることで命令権として機能する。
(TYPE-MOON Wikiより引用)
思い出しました。あの日の結末を見た後、もう一度目覚めたあの時を。
板畳の正方形の空間。私は正面の襖から一番離れた壁に、手足を固定されて、その空間に収容されていました。
金属製の板とボルトで固定されており、一人の力では外せそうにありませんでした。
意識が戻って一時間が経ちました。ずっと同じ姿勢で居ることは苦痛であり、その一時間は一日のように長く感じられました。
私は奴らに捕らわれてしまったのでしょうか。いえ、それは府に落ちません。何せ人を食い荒らす生物。捕らえるほどの知性があるとは考えられません。
それに、第一奴らに私を捕らえる理由がない筈です。
そして、右手の甲に感じる違和感。一瞥すると、花のような刻印がありました。
血のような朱色で、その輪郭が手に今も伝わっています。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
気がつけば私は、そう呟いていました。それは頭に浮かべてではなく、無意識に、気がつけば言葉が出ていました。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国へ至る三叉路は循環せよ」
私は何者かに憑依されたのでしょうか。知りもしない言の葉を並べる自分を、今思うと少し不思議だと思いました。
「
繰り返すつどに五度。
ただ満たされる時を破却する」
謎の詠唱が、空間内に響きます。
そして、私は続けました。
「──告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら答えよ。」
私の右手の刻印が鮮やかに光り始めます。
「我は常世総ての善となるもの 、
我は常世総ての悪となるもの。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の和より来たれ」
空間の襖からすぐ手前に、白銀に光る魔方陣が形成されていきます。
「天秤の……守り手よ──!」
魔方陣から出てきたのは、黄緑と白の装束を身に纏った少女。
「やはりこうなったか」
彼女が魔方陣から出た瞬間、私と彼女の間に、赤い外套を着た男性が現れました。
彼は突然現れたのではなく、予め透明になって待機していたと思われます。
彼は両手にそれぞれ白と黒の短剣を携えていました。
直後、正方形のこの空間内で、金属音が響きます。
魔方陣から現れた少女は鞭を操り、左右あらゆる方向から攻撃を仕掛けます。
赤い外套を着る彼は、その鞭を剣で弾きます。あの短剣では、鞭を操る少女には近付くことはできない。
そう思った時でした。
赤の男性は僅かな間合いを見計らったのでしょう。彼女の攻撃の間を縫って接近します。
彼女は彼から少し距離を取るように動き、一方的に攻撃できる間合いを保ちます。
しかし、彼の目は、彼女の攻撃の隙を確かに見計らい、少しずつですが間合いを詰めていました。
赤の男性の剣が彼女へ届きそうになる寸前、彼女の手からグレネードのようなものが投げられました。
それはトマトのような形と色をしておりました。
直後、部屋は煙幕に包まれます。白一色で、他には何も見えません。
衝撃音が手元で鳴ります。
私はその瞬間、悲鳴を上げながら目を閉じていました。
目を開けると、金具は壊され、私の手足が自由になりました。
「逃げるよ! みーちゃん!」
その声は聞き覚えのある声でした。
あの日から諏訪で苦楽を共にし続けた親友。彼女の名は、白鳥歌野。
忘れるわけ、忘れて良いわけがありません。
彼女は半ば強引に私を担ぎ、私が背を着けていた壁を突破しました。
すると、後ろから赤の剣兵の声が聞こえました。
「I am the bone of my sword──
そして、捻れた剣のような鏃が、物凄い速度で追ってきました。
壁を突破し、宙の上に居た我々に、避ける算段はありません。
大きな金属音。何かが刺さる音がして、世界が暗転しました。
*
(はっ……!)
気がつくと、そこは石で作られたであろう階段。半ば原型を留めていなく、土がむき出しになっているところもありました。
両腕を目に見える範囲に持っていくと、垂れて重い袖。私は土で少々汚れた巫女装束を身に纏っていました。
(そうだ……! うたのんが……!)
やっと思い出した、忘れてはいけなかったモノ。
今まで忘れて接していたと思うと、心が痛い。
思わず、胸を押さえました。しかし……当てた手から、鼓動は感じられませんでした。
(……!!)
私の顔は、酷く狼狽していたと思います。
けれども、その思いを黙殺し、私は本殿の方向へと駆けました。
途中、砂利が引かれた広間に出ました。そこの中央には、背に朱を滲ませ、うつ伏せになっている女性。
彼女は動きをしていなく死んでいるみたいに見えました。
首元から体温を測って真偽を確かめようとした時でした。
何かが弾かれる音。甲高い金属音が頭上すぐに響きました。
ゆっくりと顔を上げると、長槍を覚と呼ばれた精霊が受け止めていました。
勢いを失った長槍は倒れ、地面に転げ落ちました。
(危なかった……)
私は息を飲みました。覚が居なければ、私は確実に死んでいました。
「ありがと」
私は覚に目線を合わせて小さく言いました。
そして、私は再び本殿へ向かう階段を駆け上がります。
右手の令呪からの力が弱い。
まさか、うたのんが……。私の思考は考えれば考えるほど、悪い方へと向かっていきました。
私は、震える足に力を振り絞って、階段を駆け上がります。
登る間に何回か躓いて転びました。手からは切り傷と、垂れる血が。
けれども、私は階段を登り続けました。何度踏み外して、躓いて、傷が増えようとも。
(嫌だ……嫌だ! そんなの……)
一心不乱に駆け上がり、本殿にたどり着きました。
周囲は破壊し尽くされ、瓦礫の山に変貌しているものもありました。そんな中、本殿は半ば 原型を留めていました。
少し前、異常が有ったのは、本殿の真下。
私は唾を飲んで、おそるおそる襖を開けました。
多少歪んでいるせいでしょうか、木製の襖は立て付けが悪く、開けるのに一苦労でした。
(……!!)
内部は四方から入る月明かりでしか照らされていなく、薄暗かったです。しかし、先程まで明かりのない境内を進んでいたので目離れており、中の光景もしっかりと見えました。
そして、私の目に焼き付いたのは、左胸に血を滲ませた勇者の姿。
私はその勇者に駆け寄りました。
そして、その勇者、うたのんは私にゆっくりと倒れ込みました。
「ごめんみーちゃん。ちょっとミスしちゃった……。
でも大丈夫。こんな傷で、私は死なないから」
嘘だ。
その傷は、どこからどうみても致命傷にしか見えません。
「うっ……ううっ……」
私は、泣いていました。
言葉にならない感情は涙となり、頬を流れます。
するとうたのんが、私の頬に人差し指を這わせ、涙を拭います。
「大丈夫。私はまだ死なないから、涙は取っておいて」
うたのんがそう言っても、令呪から感じている繋がりは薄くなっていきます。
うたのんの腕は私の背へ周り、うたのんの体温と体重、鼓動が伝わります。
「あー、みーちゃんの体暖かい」
うたのんの安堵する声に、私は涙をこらえずには居られませんでした。
私は、昔から思考回路がネガティブです。この時も、例外ではありませんでした。私の頭の中は、うたのんがこのまま死んでしまうことばかりを予感していました。
(嫌だ、そんなの、絶対に……)
私が泣いていることは、密着していて顔を合わせられないうたのんにもバレていると思います。
そして、雫が一滴、二滴、うたのんの背に零れ落ちます。
うたのんが居なくなってしまう。折角、存在を思い出せたのに、折角、再び会えたのに。……罪滅ぼしも、喜びを分かち合うこともできずに別れるなんて……。
「お願い……お願いだから……」
すすり泣きながら、言いました。それと同時に、右手の令呪が仄かに光った気がしました。 それは私の願いに反応したものだったのでしょうか。勿論その時、その場で考える余地はありません。
私は、続けました。
「うたのん。……私を置いて行かないで」
令呪に描かれた一輪の花から、茎と葉の部分が消えました。
「もう。みーちゃんったら……。でも、ありがと」
うたのんの背中にも有った血の滲みは、段々と跡形なく消えていきました。
それと共に、私の令呪から感じる繋がりも、今まで通りに戻った気がしました。
(良かった……。これで……)
この時の私には、令呪を使った自覚がありませんでした。
ただ、令呪によって回復したうたのんを見て、私は安堵して静かに涙を頬から落としました。
その直後から翌朝までの鮮明な記憶はありません。寝てしまったのか、感極まって記憶が朧気になってしまったのか。ただ、場所も、周りの状況も、その時と変わっていませんでした。
きっと諏訪の状況を知った今が、私たちの聖杯戦争のスタートラインなんでしょう。
※ごめんなさい。今車校が忙しいので卒検受かるまでお待ち下さい。