そろそろ、早いところでは桜が咲き始めた頃、それは突然の出来事であった。
彼に関わっている人達は特にその衝撃は大きかった。
「みなさんに残念なお知らせがありまーす」
その言葉で鳴上達2年勢の担任の柏木は朝のホームルームを始めた。
「急遽、間薙くんの両親が体調を崩されて帰国されましたので、その為に間薙くぅんーが急遽、転校してしまいました。」
その言葉に教室がざわつく。
「えーっ、なんか、突然だね」
「マジか。俺、何だかんだ、あいつと1回も喋ったことねぇ!」
「頭もいいし、おまけに運動は恐ろしいくらいすげぇし、超人だったよな、あいつ」
「なんかある意味、怖かったからな」
「でもー、話じゃ間薙くん来てから、学内全体の学力上がったらしいよ、結構」
「そーなのか?」
「だから、教師達は彼に感謝してるらしいよ」
「でも、居なくなったらまた、元に戻んだろ」
そんな会話で教室の狭い空間は満たされていた。
それに特に驚いたのは鳴上を含めた4人である。
「どういうこと?」
「そういや、今日居ねぇ…」
「せめて、一言くらいあっても良かったと思うけど」
「悠はなんか、聞いてるか」
花村が鳴上の方を見ると、鳴上はうわの空で窓の外を見ていた。
「おい、悠」
花村は鳴上の前に手を出すと、鳴上も気づいたのか3人の方を見た。
「?」
「なんだよ、聞いてなかったのか?シンが転校し……」
花村はふと言葉を止め言った。
「ってか、あいつ、どこに転校すんだよ」
彼らは忘れていた。間薙シンが普通にこの世界に居るものだと思っていた。だが、彼は『悪魔』だ。もとより、この世界の者ですら無かったのだから。
数日前、シンと最後に会っていたのは鳴上だった。
「俺は普通に社会に暮らす自分を想像出来なかった」
鳴上とシンの2人は『進路表』を眺めながら、ジュネスのフードコートにいた。たまたま、鳴上の連絡がついたのが最近、不在の多いシンであった。
「どうして?」
「何故だろうな、今となってはわからない」
シンはボールペンをクルクルと回しながら、そう答えた。そして、嘲笑するように鼻で笑い進路表を破り捨てた
「鳴上、お前は何者になりたい」
「…まだ、分からない」
「詐欺師でもやったらどうだ。お前は人たらしだからな」
シンは皮肉気味にそう言うと、鼻で笑う。
「…なるほど」
「間に受けるな、冗談だ」
シンはそういうと、鳴上に言った。
「俺はお前に興味がある。お前の行く末を」
「何故?」
「他人の人生は外から見ればどれも喜劇に過ぎない、比喩に過ぎないからだ。俺は正反対な人間のお前の可能性を見てみたい。ただ、それだけの話だ」
シンはそういうと、自嘲気味に笑みを浮かべ言った。
「お前なりの絶望への跳躍はどんなものか、俺はそれをみたいだけだ。」
シンはそういうと、一瞬顔をしかめた。
「…また、痛む…」
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。じゃぁな、鳴上。俺は用事がある」
「ああ」
鳴上は去っていくシンの背中を見ながら、自分の将来を考えて始めていた。
「俺は時々、お前の目標に疑問を感じる」
ケヴォーキアンはそういうと、拡大鏡を付けたゴーグルを上げシンに尋ねる。
「お前の目的…いや、存在意義は処刑の如く高い頂でその周りは空虚に思えるほどの断崖。お前はそこを登っている。そこまでして、やるべき事なのか?」
ケヴォーキアンはシンに小さな珠が入る程のケースを渡すとそうシンに尋ねた。
「そうだな……」
シンは患者が座るであろう、椅子に座りケヴォーキアンから受け取ったケースを光に当てながら答えた。
「頂についたら、これまでの道程について考えるさ。」
その言葉にケヴォーキアンは肩をすくめた。
「…らしくないな。実に楽観的だ。」
「でなければ、こんな酔狂、やってられんさ」
シンはニヤリと笑みを浮かべるとパーカーのポケットにそのケースを入れた。
「それに、俺は元々、平凡な山の中腹に居たはずなんだ。人間という変哲のない生き物をやっていた。だが、俺はその中腹から引きずり降ろされた。それで他人とは違う山に登り始めた。それだけなんだ。酷く単純なことなんだ。」
「そして、これで、1歩、また、近付く」
シンは満足そうにそのケースをポケットに入れた。するとシンは顔をしかめた。
「……大丈夫か?間薙シン」
「痛む……また、痛む」
「どこがだ?」
「分からない、分からないんだ。だが、痛む」
「…」
シンはそういうと、ダンジョンで拾った『ヒランヤ』
を使い、部屋をあとにした。
ふと、ケヴォーキアンはカタカタと机が鳴っていることに気が付いた。そして、その原因はすぐに分かった。
(…私の手が震えている…)
ケヴォーキアンは手を抑えると椅子から立ち上がり、看護婦に言った。
「すまないが……温かいお茶を入れてくれ」
彼は怒っている。理由の分からない痛みに。ケヴォーキアンはそう考えながらシンの痛みについて考えていた。
皆が見た光景はいつもと変わらない、無機質な部屋だけだった。服などなく、一切の生活感が無くなった、ただの『箱』だった。
「突然、解約されてね。でも、部屋は綺麗のままだし、家具は置きっぱなし、おまけに新品みたいに綺麗なんだ。こちらとしては文句無いですよ」
大家はそういうと、嬉しそうに鳴上達に語った。
「…本当にいなくなっちまった」
重い空気の中、ジュネスの緊急のバイトを終わらせた花村がそう口を開いた。
「センパイがここまで身勝手だとは思わなかったなぁ」
「別に今に始まった事じゃないっスけどね」
完二はそういうも、どこか寂しげではある。
「でも、今回のは…あまりにも急っていうか」
天城の言葉に皆が頷いた。
「…どう?名探偵は」
「……はっきり言って、あの人は雲のような人でフワフワと何処かへと気の赴くままに行ってしまいます…他人の心配など関係なく。僕にも分かりかねます…」
直斗はそういうと、俯いた。
「シンくんの部屋に何か手掛かり無いかな?」
天城のそんな呟きに直斗が首を振りながら答えた。
「僕が調べさせてもらいましたが、無いです。一切の指紋も、痕跡も埃でさえありませんでした。あれほどあったDVDも食器の類も」
「悪魔見つけるっつても、見つけ方も分からねぇし…」
花村は頭をポリポリと掻く。
「…1人、心当たりがある」
鳴上がそう皆に言った。
「それで、私の元へと来た訳か。」
ケヴォーキアンは診療室の椅子に座ったまま、ゾロゾロと来た鳴上たちを見た。
「あなたはシンを探していた。だから、きっと知っているはずだ」
「…ふむ、それだけで私にたどり着くのは実に面白い訳だが」
ケヴォーキアンは次の患者のカルテを見ながら唸り、口を開いた。
「この際だ。はっきりと私の意見を言おう。君たちはやはり、彼を知るべきではなかった。」
その言葉に鳴上たちは顔をしかめた。
「何でだよ?」
完二は睨むようにケヴォーキアンを見た。しかし、ケヴォーキアンは完二など眼中にないのか、鳴上を見て言った。
「『怪物と戦う者は常に自らも怪物にならないと知り、戒めるべきだ。
深淵を深く覗き込むとき、深淵もまた貴様をじっと見つめているのだ』
そう確かに私は言った。だが、どうやらそうじゃなかったらしい。」
ケヴォーキアンは人差し指で机を一定の感覚で叩きながら目を閉じた。
「怪物は心を取り戻す前に、自ら檻に戻った。怪物が人間だった頃に思いを馳せてしまう前に、また狭い世界に戻ったわけだ。」
心。その言葉に皆が嘗て、遭遇したシンのシャドウを思い出した。彼は異常なまでにそれを拒絶しながらも、受け入れているように見えた。だが、そうではなかったようだ。
「何故ですか?心を取り戻すことを拒否するんでしょうか」
直斗がケヴォーキアンに尋ねるとケヴォーキアンは目を開いた。
「ここからは憶測だ。」
ケヴォーキアンは前置きをすると目を開いた。
「…取り戻してしまえば、痛み始めるからだ。無いはずの心がな。後悔、苦痛、罪の意識が生まれてしまう。まさに、幻肢痛ならぬ、『
「…何故、間薙先輩が心を?」
「…そこまでは知らないな。おまえたちの方が実時間は長い筈だ。お前達の方が知っているんじゃないか?」
鳴上達がケヴォーキアンを尋ねる数日前、進路について鳴上と会話を交わしたあと。
「…痛みが和らいでいるな…」
シンは人間であれば心臓のあたりを叩く。そこは、霧に包まれた世界。
「…驚くほど、貴様は馴染んでいるな」
そこへ現れたのはあのガソリンスタンドの店員であった。だが、その店員の眼前でシンは目に追えない速度でその店員の口を塞いだ。
「…うるさい、雑魚風情が。俺は今、苛立っている。今は二度と口を開くな。見極める前に消されたくはないだろう?」
シンは完全に瞳が真っ黒になり、店員の口はミシミシと音を立てている。シンは数秒そうやった後に手を話すと再び、心臓の当たりを叩き始めた。店員は痛みに顔を歪めながら、霧の中に消えた。
「…何故、痛まない。」
「それはお前の心が痛み始めたのだ」
霧のように現れたのはルイだった。
「心?……ああ、だから……懐かしい痛みなのか」
シンは心臓のあたりを叩くことをやめ、ルイを見た。
「何故、また俺にそんなモノが」
「あの鳴上というやつのせいだろう。絆などというモノがお前を苦しめている」
その言葉にシンは目を瞑り数秒、黙った後に口を開いた。
「…そうか、ああそうか。そういうことなのか。なら、そろそろ潮時か」
「だろう。しかし、私の目的とは別のモノをお前は手に入れるようだな」
「ああ、それからにしよう。それからなら、この痛みも消えるだろう」
シンはそういうと、シンは何も無い空間からいつものように紙とペンを取り出した。
そして、いつものテレビの入口の広場へと歩き始めた。
シンはテレビの世界の入口の広場に着くと外の世界とこちらの世界をつなぐためのテレビを1個持ち上げ、机にするとペンを走らせた。時には唸り、時には目を閉じ、文字を綴った。
「……別れというのはいつも……何かが欠けていくような感覚だ」
シンは紙に書きながらそうルイに言った。
「……」
「俺はここに来てから、何一つ変わってなかった…。また、痛みが増えただけだ。」
書き終わるとシンはその机にしていたテレビを元の位置に戻し、テープでその横に手紙を貼り付けた。
「…いい夢だった」
そう呟くと深い霧の中へ消えて行った。
そして、現在に戻る…
「あとは、ここだけか」
鳴上達は霧の世界に来ていた。
「どう?りせちゃん」
「……ダメ。反応ない」
りせはペルソナを使い捜索を始めていた。
「本当にいなくなっちまったのか?」
「?皆さんこれは何でしょうか。」
直斗が貼り付けられていた手紙を見つけた。鳴上にそれを渡すと、鳴上は手紙を開き読み始めた。
大切な友人たちへ
まずは、俺に興味を持ってくれたことを感謝しなければならない。君たちがこの事件について、話してくれなければ、俺はすぐに元の世界に戻っていたに違いない。ありがとう。そして、1度助けられた事はとても感謝している。
しかし、伝えなければならないことがある。
まず、君たちを助けるために俺は事件を解決した訳では無い事。結果的にそうなっただけであること。これは君たちも既に承知していることだろう。問題は次だ。君たちは俺のパーソナルに深く侵入し、ありもしない『俺』を作りだしてしまったようだ。
『テレビの世界は人の心を映す』
君たちの『俺にもこんな弱々しい面もあるのではないか』『だってかつては人間だったんだから』
そんな君たちの俺に対するパーソナルイメージが嘗ての俺のシャドウを作りだしたのではないかと思う。初めのうちはジワジワと仮想の『俺』を作り出していて、それが強くなってしまってシャドウが生まれてしまった。何故なら、君たちは直接的にこの世界との関わりを持っているため、その影響力は大きい筈だ。
そして、俺は次第にそれに影響されて『擬似的な心』、『人間らしき俺』を生み出してしまった。
シャドウに近かった俺は『クマ』と同じようなことが起きたように思える。『人格』を作り出したお前達だからこそ成せたこと。
故に空っぽなシャドウであったと言えなくもない。だが、俺はそれを拒絶した。故にペルソナになることはなかった。
確かに君たちの考える『俺』と『俺』は一部は相似していたのかもしれない。だが、それはいつの間にか本来の姿からかけ離れていってしまったようだ。
君たちは俺に何を望んだんだ?
君たちが俺がこういうヤツだという答えを出せればそれで満足だったのか?
俺に答えはだせない。何故なら君たちが思うようなヤツではないからだ。
俺は鳴上の様な『ヒーロー』ではない。俺は君たちの望むようなことは与えられない。何故なら君たちの考えるような『ヒーロー』でも人間でもなければ、心優しい悪魔でも無いのだから。ましてや、そちらの世界の存在ではないから。
最近、君たちが俺の側に居ると体が病的に痛む。君たちを理解しようとすればするほど、体中が痛む。
だが、一概に君たちを批判する気は無い。何故なら、影響されてしまったのは紛れもなく俺なのだから。
そして、それを気が付かぬまま享受していたのも事実であった。
俺もまた君たちに何かを望んでいたんだろう。埋まらない隙間を埋めようとするために。他人という写鏡を失った世界で俺は長い年月、自己などというものを忘れていた。俺はもう人間社会には戻れないと痛感させて貰った。
多くのことが俺をすり減らしてしまったようだった。
だから、俺は元の鞘に戻る。何事も無い君たちの物語に戻り、君たちがどんな困難も解決出来るように望む。
これほど壮大な事件を解決した君たちには何も怖いものなどないことだろう。
最後に。
君たちが再びあるべき生活や暮しに戻り、
ふとした瞬間にこのことを思い出しても、
それが何を変えてしまったのか気づいても、
何も言わないで欲しい。
君たちの物語はまた、正しい道に戻るだけなのだから、何も言わないでその先の人生を歩むといい。
正直、この段階に来て一気に考えていたエンディングではなくなってしまった
でも、この話を書いて『人間』と『悪魔』の区別をきっちりと付けておきたかったというのもあるし、思いのほか細かい矛盾を除いて、この設定が上手くハマったからこんな感じにしました。
どうしても、別れというのが『新しい日々への期待』みたいな感じには捉えられなくて、そこが投稿を遅らせた理由です。ペルソナ4という作品面では『別れ=悲しい』というのはどうしても、想像しにくかったんですがもう突っ切ってダークゾーンに片足を突っ込もうかなと思い切ってこんな感じにしました。
この先は一文字もできてません(´・ω・`)
頑張ります