『青春とは、奇妙なものだ。 外部は赤く輝いているが、内部ではなにも感じられないのだ。─サルトル─』
周りの人間達がいう『青春』というやつは残酷だ。
俺の青春の半分は悪魔との戦いで構成されている。
そして、もう半分もそれらしいことをしていない。
恋愛も友情、スポーツ。そんな赤く輝かしいものなど無く、ただ虚しさと虚脱の日々だった。
つまり、世間的にいえば寂しい人間だったという訳だ。
だからと言って、とりわけ『青春』を謳歌している生徒達を見ても妬ましくは思わないし、寧ろ羨ましいくらいだ。
何かに対して本気で向かい合えること。
だから、ある意味花村陽介が羨ましく思う時もある。
…本当に、時々……いや、数ヶ月に1回とかだろうか。
「ういーす、おはぁぁぁぁあああ!」
…いや、前言撤回だ。
彼のようにゴミ箱に突っ込みたくはない。
夏の夜。花村とシンは搬入口でカゴを運んでいた。
「…はぁ、しんど」
「花村はこのバイトを始めてからどのくらいだ?」
「えーっと…もうちょいで1年とかか?」
「ほう、だから手慣れているのか」
シンは軽々と野菜の入ったカゴを持ち上げ、歩き始めた。
「そうだな。なんつーか、雑務ばっかりだし、バイトリーダーみたいな立ち位置やらされてるし、色々大変なんだけど、な!」
花村は勢いを付けてカゴを持ち上げ、シンのあとをついていく。
「ただ、なんつーか親父も大変だろうし、それを少しでも手伝えたらって思うし」
「なによりも、バイトするところがないな」
「ははっ、それは言えてるかもな。悠みたいに、保母さんとか、翻訳とか、そんなん出来ねぇし」
花村は笑いながら、カゴを置きパイプ椅子に座った。
「はぁ、重すぎんだろこれ。」
「クマが休みな分、元気がないな」
「んなことねーよ!!仕事が捗るつーの!ただ、心配つーかさ、なんかやらかしそうで不安なんだよな」
シンはパイプ椅子を持ってくると近くに座った。
「…何か嫌なことでもあったか」
「……」
シンのその言葉に花村はドキッとしたのか無言でシンを見たあとにため息を吐いた。
「…いや、お前に言ってもしょうがないかもしれないけどさ、店長の息子ってだけで、バイトの子達にシフト融通きかせろとか。色々、勝手な都合を押し付けてきたり、小西先輩の悪口とか言われて、すげえ、腹立ってるんだ…」
「…」
「それを一応、社員の人に報告しなきゃいけないしさ、なんつーか、本当にめんどくさいんだよ、色々。」
花村は少し苛立ちながら足を揺らしていた。
シンは考えるように瞳だけを花村から逸らすと腕を組んだ。
「…俺に人間関係の悩みをするとは中々、面白い。疎すぎて、何を言ったらいいのやら」
「いや、まぁ……確かにそうだけどよ、でも、シンって何でも淡々とこなしてるし、俺もお前みたいになれたらなって」
「クマのシャドウと戦った時にクマにも言ったが、お前はお前であることをやめられない」
シンは花村を見ると言った。
「俺としてはお前が羨ましいがな」
「え?何でだ?」
シンの言葉に花村は驚いた表情で尋ねた。
「もう少し、自分の状況を客観的に見てみるといい。違う景色も見えてくるものだ」
「…客観的に?」
シンは立ち上がると花村を見て尋ねるように口を開いた。
「それではいけないのか?」
「え?」
「それとも、それだけのことだからいけないのか?どっちだ?」
その時、すぐに花村は答えられなかった。
シンは何も言わずにロッカールームに行ってしまったからもあるが、あまりにも漠然とした質問過ぎたからだ。
深夜…
クマがイビキをたてながら寝ている中、花村は眠れずに天井を見ていた。
「…」
シンの言葉が何故か引っ掛かった。今の自分はどちらだろうか。様々な人に様々な事を言われている。
バイトのシフトを変えろや仕事をもっと楽にしろなど、それを社員には言い難いために、彼女達は自分に言ったのだ。
何故なのか。
単純に自分が店長の息子で融通をきかせられると思ったからだろうか。だが、捉え方によってはそれは『自分だから』言えた事なのだろうか。
『それではいけないのか?』
それでは、自分は『店長の息子』という肩書きしか相手に見てもらっていないことになる。
『それだけのことだから、いけないのだろうか』
次の日、教室にて…
「…またか」
「悪い!今日もバイトがいなくてさ!」
花村は両手を合わせてシンに頼む。だが、半分これは本当のことで、半分は『昨日のこと』をシンに尋ねたかった。
「…まぁ、いいさ。考えもまとまらないしな家にいたところで」
「サンキュー!」
花村とシンは相変わらずの品出しをしていた。すっかりと客足もなくなり、閉店後のバックヤードで椅子に座り休憩していた。
「正直さ、まだ分かんねえ。シンの言いたいこととかさ。それだけじゃいけないのか、いけなくないのかって」
花村は椅子に深く寄りかかって答えた。
「まだ、人生の途中だろうに。悩む時間はいくらでもある。俺なんかは何千年と生きてるが未だに何一つ正しく理解出来ていないさ」
シンは皮肉気味に笑った。
「ただ、言えるのは、自分以外のモノでしか自分を自分たらしめることができない。何故ならば、他人がいなければお前は何者でも無くなってしまう。『ジュネスの店長の息子』、『八十稲羽高校の生徒』『花村陽介という名前』それら全ては他人から与えられたモノだ。それら全てが無くなったとお前は自らを何と表現できる?」
「…」
花村は考えるも答えは出ず、首を横に振った。
「結局のところ、他人が決めた『花村陽介』というお前は、『お前』であることをやめられないし、他者との関係を断つことも難しいだろう。であれば、お前がそれらを受け入れるしかないだろう。」
シンはそういうと、鼻で笑い言った。
「一般的な母親が言うように『他所はよそ。うちはウチ』の精神だ。お前が苦労するだろうがそれも、お前の大切な一部だろうに。他人には好きな事を言わせておけばいい。ただ、認めるべきモノを認めなくては、見えるものも見えなくなる。」
シンはそういうと、肩を竦め大きく息を吐いた。
「他人に詰め込められた色では不満か?それとも、それだけだから、いけないのか?それを決めるのはお前自身だ」
「ハハ……なんか、訳わかんなくなってきたよ」
花村は弱く笑うと俯いたまま。数秒間話すことは無かった。だが、大きな呼吸をした後に、おもむろにポツポツと話し始めた。
「…なんか、お前と話しててさ思ったんだけど…俺は特別で居たかったのかもな。誰かに認められたかった。
『ジュネスの店長の息子』って肩書きだって、本当に嫌ならここで働いてないだろうしさ。それに……お前の言う通り、こんなのは俺じゃねぇってのが、あったのかもな」
「だって、ここはつまんねぇ田舎だって思ってたからさ。俺は、都会からきて、こんなつまんねぇ田舎には染まりたくなかったんだよな。これだけじゃ、いけないって、俺が勝手に決めてただけなのかもな…」
「でも、小西先輩が殺されて、ペルソナってすげぇ力に目覚めてさ、俺は特別なんだって思ってたんだけど、
花村はそう言うと立ち上がりシンに向かって叫ぶ。
「もっとさ!青春って、すげー色々と起きて!本当に楽しい事をいっぱいしてさ!それが青春ってやつだと思ってた!」
花村の言葉にシンは残酷なまでに淡々と答えた。
「幻想だよ。それは」
その言葉に花村は呆然と立ち尽くし、今にも泣きそうな顔で叫んだ。
「分かってんだよ!!そんなこと!お前に言われなくたってな!!!小西先輩が死んじまった時から!!そんなもん!もう俺は分かってんだよ!!」
「分かってんだよ!!でも、何で……何で、こんなに納得出来ねぇんだよ……」
花村はそういうと思わず、シンに背を向けた。そして、そのまま外へと歩き始めた。
「…悪い…ちょっと…」
「…」
「…泣いてくる」
シンは無言でそれを見送った。
時々、かつての高校生時代の友人らしき者達を思い出そうとする時がある。でも、彼らがどんな人間で、どんな名前だか思い出すことは無い。
薄情だと言われるかもしれないし、それでも構わない。何せ何千年と経っているんだ、忘れて当然だと思わないだろうか。人は色んなことを忘れる。忘れなければ、あまりにも辛いことが多すぎる。
…彼らのことも忘れてしまうのだろうか。
かつて友人だと呼称していた彼らを。
次第には、忘れたことすら忘れてしまうのだろうか。
だが、何故かな。『親友』というものはどうも忘れにくい何かがある。
勇や千晶。
だが、そんな友達や親友とも別れねばならない。
永遠と生きているとそればかりだ。
さりゆく一切は比喩に過ぎないとはよく言ったものだ。
こうして長く生きすぎると、過去は全て比喩になってしまう。いや、長く生きているからだけでないのかもしれないが、自分が生きている限り、過去は全て比喩に変わる。
大切な人の死も、別れも、楽しい思い出も、悲しい記憶も。
「…」
俺は蒸し暑い空を見上げて、暗い世界で光る星を眺め歩いていた。何か言葉にしようと思ったが、出来なかった。酷く単純な理由で、何も言葉が思いつかないからだ。こういう時ばかり役に立たない頭脳だ。
あの暗い世界で輝くほどの幾万、幾億の言葉を紡いだところで、それは100%伝わることは無い。他者に咀嚼され、その受け取り手のフィルターを通してでしか、受け取り手には伝えられない。
『言葉を友人に持ちたい』
そう言った詩人が居た。全くだ。
言葉と友人であれば、こんなに吐き出したいまどろっこしい気持ちを表現できて、言葉として吐き出せるのだから。あるいは陽介を慰めるような言葉もかけられただろうか。
言葉は所詮、言葉でしかない。だが、俺は言葉の可能性も信じている。何故なら、死に際で俺を救ったのも言葉だ。
何度、命乞いをしたことか。今となっては懐かしいことばかりだが。
俺だって始めから強かった訳では無い。
毎日、死の恐怖に恐れ戦き、怯え、神経をすり減らしすぎた。何度死ぬ夢を見た事か。次第にどちらが現実なのか、夢なのか区別がつかなくなっていった。そのうちにどっちがどっちなのかどうでも良くなってきた。
死ぬ夢も次第に見なくなっていた。何故なら、眠ることが無くなってきていたからだ。
それを超えたら、享楽に変わる。だが、相手が弱いと何も感じなくなっていた。より強い相手と、もっと強い敵はどんな戦略で戦えば勝てるのか。次第に相手ではなく、自分の中でも美意識の追求を始める。
そこを超えた時に、ただの『作業』に成り果てた訳だが。
青春は全てが楽しい訳では無い。辛いことも、悲しいことも。
全てが青春と呼ばれるモノの正体だ。
ただの『呼称』でしかないし、大きな人生の一部に過ぎない。それでも、美化されているのは、単純に過去が美化されてるに過ぎないからだ。
こんなこと言ったら、罵られるかもしれないので、俺は陽介には黙っておこうと決めた。というより、俺よりも青春を謳歌している陽介に講釈を垂れるほど青春というやつを知らない。
だが、知らないながらも、花村を見ていると、サルトルの言う通り『赤く輝いて』見えているのだ。
もう少しだけ彼らのように自分の気持ちを抑えずに、外へと出しておくべきだったのかもしれない。
でも、もう、そんな感情は無くなって、それこそ、今見えている星くらいの距離まで自分から遠くなってしまったに違いない。
それに俺にはそんな青春を謳歌する資格は無い。
親友と全世界の人の命を踏み躙った俺には、そんな人生で一番輝かしい部分を体験するなど、烏滸がましいのだから。
2012年1月4日(金)─
シンと花村はリフトに乗ると頂上を目指していた。
「いや、マジで久しぶりなんだよな!スノボー!」
「俺は初体験だな。スノボーは」
「いや、初体験でなんで、1回しか転ばねぇんだよ!おかしいだろが!」
花村は怒りながら、リフトを揺らしながらシンを睨んだ。
「身体能力だろうか?」
「かーっ!!せっかく、シンの少し情けない場面に出会えると思ってたんだけどな!ってか若干、それも楽しみだったし」
シンは山の景色を見ながらふと思い出したように花村に言った。
「…それで、鳴上の拳はどうだったんだ?河原での殴り合いは」
「げ!な、なななんで知ってんだよ!しかも、年明け前の話を今更か!?」
スキー場で花村に鳴上との『友情』の証であるような殴り合いしていたのを監視用悪魔からの報告で思い出し、シンは尋ねた。
花村は恥ずかしそうに顔を背けた後、照れ笑いをしながら答えた。
「秘密だ」
そして、『知り合いが誰もいないから』と前置きをし、花村は言った。
「これは俺の人生だし、俺の青春だ。誰も代わりは出来ないんだってな。お前とか悠とか、あとは『八十稲羽』に教えてもらったんだ。」
「…」
「俺の代わりは俺にしかできないってな。俺の人生も、誰も代わりは出来ないし、代わりたくないって事だよ!」
花村は言葉の勢いよくシンの肩をパンチした後、そのままスノボーで滑って行った。
「…恥ずかしいのであれば言わなければ良いのだが…」
シンは殴られた肩をさすりながら、おぼつかないスノーボードの足つきで花村を追いかけるように白い坂を下り始めた。
(…なんと、不便で難儀で、めんどくさい生き物だ。言葉にしなければ伝わらない)
シンはその数秒後にスノーボードでの2回目の転倒を経験した。
今回は陽介について書きました。殆どがシンの独白ですが、陽介の苦悩が書けたらなぁという部分もありました。
次回は千枝になるかと思います。気長にお待ちください。