荒野を目指す   作:かんごろう


原作:FGO
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カルデアに召喚された新宿のアヴェンジャー。
その、戦う理由。

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荒野を目指す

如何にして、その召喚が成され得たのか。

狼王にとっても、カルデアにとっても、それは不可解な出来事であった。

 

まず第一として、彼は英霊足り得るのか。その時点で、大きな疑問が残る。

彼の身は幻霊のツギハギ。輝かしい武勲とも功績ともかけ離れた、単なる怨念の集合体に近しい。

そして彼には、人理を守護する意志がない。かたちはどうあれ、英雄にも反英雄にも存在する、「人の世を存続させよう」という思考が、微塵もない。

 

当然だ。

彼は人に対する憎悪の塊。

人を殺すーーただそれだけの指向を、研ぎ澄まし、磨き上げ、英雄を圧倒し得る力に昇華させた復讐者。

 

英霊の座に登録されること自体が、世界の気まぐれ、あるいはエラーとしか考えられない。

狼王は、そういう存在だった。

 

 

狼王を喚ぶことを試みたカルデアのマスター。

彼もまた、異常を抱えている。

少なくとも、狼王はそう捉えた。

 

狼王は、朧げながら覚えている。

新宿幻霊事件。彼の二度目の生誕の時。そして獣としての己が死んだ日。

人理を守る少年を、この爪で引き裂きたいという欲求ーーそれが、あの時の狼王の全てであった。

ひたすらに飢え、渇き、欲していた。少年を殺して満たされる訳がないことも承知していた。しかし、噴き出す憎悪は止まらず、また止める理由もなかった。

 

結果として、狼王は不覚を取り、その殺意が成果を残すことはなかった。

それでも、少年が狼王に対して、好意的な感情を抱く余地はなかったはずだ。

恐れ、怒り、良くて憐憫。

その辺りが関の山であろう。そうでなくてはおかしい。

 

故に、異常なのである。

少年が、狼王を喚ぶと決めたことも。

この身が、それに応じたことも。

いずれも、狼王の理解を超えていた。

 

 

〜〜〜

 

 

「小さい時に、君の物語を読んだことがあるんだ」

 

ある時、少年はそう語った。

召喚されたものの手を貸す意思はない。忌々しい令呪の強制でもなければ、立ち上がりさえするまい。

相互理解の一切を不要と断じた狼王は、その時の少年の言葉も話半分で聞いていた。

 

「マシュも……ああ、俺のパートナーなんだけど。彼女も、読んだことがあるって言ってた。それで、君が人を憎むのも無理はない、人は君にとても残酷なことをした……って、悲しそうな顔をしてた」

 

ぐる、と小さな唸り声が差し込まれる。

憐れまれる筋合いはない。それは、狼王の憎悪を募らせるだけのもの。人のエゴだ。

それ以上勘違いを続けるならーーこの身が消えても構うまいーーこの爪で以って八つ裂きにしてくれる。狼王は、魔力すら孕んだ瞳で少年を睨んだ。

 

「……けど、俺は何か違うと思った。マシュの気持ちはわかるけど、俺が感じたものとはズレてるような……そんな気がして」

 

少年は、後ずさることもなく、どこか熱っぽく言葉を繋いだ。

 

「俺は、綺麗だと思ったんだ」

 

虚を、突かれた。

どす黒い海に沈殿するだけの狼王の世界に、空白が生まれた。

 

人の生活を脅かす悪魔を討つ。そのために、卑劣にも妻を殺して誘き出す。目論見通り捕らわれた悪魔は、人の施しを受けずに死亡する。ああ、我々はこんな誇り高い者に、酷いことをしたのかもしれない……そんな物語だった。聖杯から得た知識では、そんな一方的な話だったはずだ。

 

そこに、美しいものなどあったろうか。

 

狼王の動揺を知ってか知らずか、少年は語り続ける。

 

「狼の王は、自由に生き切ったと思った。人なんて知ったことかと、好きに荒野を駆けていた。捕まった後でも、誰一人王様を縛れなかった。死ぬまで、王様は屈しなかった……いや、それも違うのかな。そういう最期も受け入れたんじゃないか……って感じたんだ。失った悲しみに沈んだんじゃない。戦いきったと、ほくそ笑んで果てたんじゃないか……俺は、そう思ったんだよ」

 

走馬灯を見ているようだった。

靄のかかったかつての記憶、憎悪に塗りつぶされた荒野の景色が、僅かながらも色を取り戻す。

 

王国を破壊された怒り。それはあっただろう。

妻を殺された憤り。無論なかったはずがない。

 

しかし、と狼王は思い起こす。

死の間際にあったものはそれだったのか?

憎悪と復讐心のみを抱いて逝ったのか?

 

ーーそうではない。

あの賢しくも逞しい侵略者から、一切引かなかったという矜持があった。

生まれ育った荒野に身を沈めることを誇りに思った。

 

身を灼く憎悪に嘘はない。

だが、それだけではなかった。それが狼王の全てではなかった。

 

それを指して、少年は繰り返すのだ。

君は綺麗だった、と。

 

 

王は、静かに立ち上がっていた。

 

 

〜〜〜

 

 

「アヴェンジャー!そっちよろしく!」

 

マスターの指示が発せられるよりも早く、包囲から逃れた魔獣を捩じ伏せる。甲殻にも似た硬い皮膚が、紙細工のように裂かれていく。

他愛のない獲物に、狼王はフンと鼻を鳴らした。

 

「ありがとう。今ので最後だったみたいだ」

 

少年の労いに、狼王は視線のみで答える。少年は、一つ頷いて、彼を待つ他のサーヴァントの下へ戻った。

彼の屈託のない笑顔に、本能のような敵意と殺意が鎌首をもたげるが、狼王はそれを理性で制御する。蓄積させ、しかるべき時に解放すればよい。方向性を得た狼王の力は、かつてを大きく上回っていた。

それが少年の力になるのなら、と彼は柄でもないことを考える。

 

 

あの日、狼王は小さな野望を抱いた。

その成就のためには、少年を取り巻くしがらみ、残された戦いの処理は、避けて通れないものだった。

故に、狼王は少年と戦うことを選んだ。

 

野望といっても、瑣末なことだ。彼自身、そう感じている。

しかし、それが黒く粘つく海の中で見つけた一筋の光であることに変わりはない。

恐らく、それを達するために、この身は召喚に応じたのだろう。

 

 

 

少年と共に、カランポーの荒野へ帰る。

 

それが、今の狼王が抱く唯一の願いだ。

 

あの景色を、どうか見て欲しい。

この身を綺麗だと評した君に。

感じて欲しい。触れて欲しい。

あの美しさに、その身を浸して吠えて欲しい。

 

そして、どうか誇らせてくれ。

 

萌え立つ春の緑を。

照り返す夏の陽を。

吹き荒ぶ秋の風を。

透き通る冬の空を。

 

 

ここが私の、生きた場所だと。



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