紅魔族でも随一の頭脳を誇るめぐみんはベッドの上で悩んでいた。
というのも、最近になって一緒にパーティーを組んでいるカズマに対して恋を自覚してしまったのだ。あんなふしだらな男のどこが良いのかと自分に小一時間程問いたいが、そこが問題ではない。
問題なのは、いい加減な男だというのにカズマの周りに恋敵が意外といるということだ。
まずダクネス。先日のアルダープ結婚騒動の際に、ダクネス自身はカズマに対する株が非常に上がったと言っても良いだろう。
次に、結構前の話だが、カズマとカズマの悪友であるダストと一時的にパーティーを入れ替えたことがあるのだが、その時にいた女性のリーンという人。あの人も少なからずカズマに好意を抱いている気がする。ギルドで鉢合わせればほぼほぼ世間話を交わすし、なによりリーン自体が嬉しそうにしている節がある。
最後にアイリス王女。たったの一週間しかカズマと一緒に過ごしただけなのにも関わらず、カズマのことを『お兄様』と呼んだり、魔物討伐時には真っ先にカズマを心配していた。これは十中八九好意を抱いてる。自分より年下だが、侮れないだろう。
アクア? 多分眼中にないと思う。一番最初の仲間らしいが、どちらも悪友といった感じで接しているだろうし、なによりアクア自体があまり女性らしさを感じない。本人が聞いたら怒られそうだが。
一歩間違えればハーレム状態だが、救いなのかどうかはわからないが、カズマは肝心なところでヘタれてしまうところがある。わざとそういう責め方をすれば、逆にカズマが挙動不審になり、顔を真っ赤にして慌てるのだ。
「ふふふ」
その顔を思い出し、悩みなど一気に吹っ飛んでしまうのを感じためぐみんは、思わず微笑んでしまった。そんな可愛いところも惚れてしまった要因の一つなのだから、人生何が起こるかわからないものだ。
(さて、今日の朝ご飯作りは私が担当でしたね)
まだ気だるい体を起こしつつパジャマからいつもの服に着替える。窓の外を見ると、もう朝日が入り込んでいた。季節は丁度春から夏の間ぐらいだろうか。最近日が昇るのが早く感じる。
一階へ行きリビングへと向かう。どうせカズマはまだ寝ているだろうし、アクアはまた深酒をしていた。この二人は確定で昼くらいまでは起きてこないだろう。
(さて、二人には作り置きをしておいて……何を食べましょうかね)
リビングの扉を開け、台所で顔を洗ってしまおうと考えつつーー
「あはぁ! い、良いぞこのバインドというスキル……くっ! 屈しない! 私は屈しないぞぉおお!!」
パタン。
めぐみんはすかさず扉を閉めた。
(……え? 今のダクネスですよね? 何で縛られてるんですか? 強盗……? いや、それにしては喜んでいたような……)
何とも言えない状態に表情が険しくなっていくのを感じる。
もう一度、恐る恐る扉を開ける。
「やぁ、めぐみん。おはよう。今日も清々しい朝だな」
そこには、優雅に紅茶を嗜むダクネスの姿があった。
「……すいません。さっきまで縛られてませんでしたか?」
「ははは。何寝ぼけたことを言ってるんだ、めぐみん。早く顔でも洗ってスッキリしてくるといい」
「……手首にアザ、ありますよ」
シュバッ! という効果音が付きそうなくらいに素早く手首を確認するダクネス。しかし、手首には痣などついておらず、ダクネスの顔はみるみる赤くなっていく。
「紅魔族は知能が高いのです。尋問誘導など造作もないことですよ」
してやったりといった顔をしながら、めぐみんは顔を洗いに台所へと向かった。
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「――それで、さっきはなんで縛られてたんですか?」
「できれば蒸し返すのはやめてほしいんだが……」
顔を洗い、食事を簡単に作り終えためぐみんは、ダクネスと朝食を食べていた。
確かに蒸し返したくはないだろうが、一瞬の間に何故拘束が解けたのか知りたいという好奇心もある。
ダクネスは溜め息を吐きつつ顔を赤らめながら説明する。
「ウィズのところでまた無駄に発注した物があってな……それがこの、即席バインドスイッチと言うんだが……生きている存在であればバインドを掛けれるという優れものだ。魔力も普通のバインドよりも少なく済むらしい」
「ほう……で、欠点は?」
「拘束が甘すぎるところだな。素人でも簡単に解ける。だ、だが、自身で使う分には問題ないと思ってな……ついついハマってしまうところだった……」
「そ、そうですか……」
相変わらずのダクネスの性癖にめぐみんはドン引きする。
(本当に恋敵として見て大丈夫なんでしょうか……)
正直布団の中での葛藤は時間の無駄だったのではないだろうかと危惧する。
しかし、ふと思いつく。今この場には自分とダクネスしかいない。聞くなら今だろう。
相変わらず紅茶を優雅に飲むダクネスに、パンを飲み込んだめぐみんは口を開く
「ダクネス。質問があるんですが」
「なんだ?」
「カズマのこと、好きなんですか?」
「っ?! ゲホ、ゴホ!」
あまりにも突拍子の無い質問だったのだろう。ダクネスは飲み干しかけていた紅茶が喉に引っかかったのか、咳を吐いてしまう。
トントンと胸を叩いてから、
「な、なんでまたそんな質問を……」
「いえいえ、もしかしたら恋敵になりそうですから、念のためです」
「こ、恋敵?! め、めぐみんはカズマのことが――」
「ええ、好きですよ」
なんの躊躇いもなくめぐみんにぐうの音も出ないのか、言葉に詰まるダクネス。顔を赤らめながら頬を掻きつつ口を開く。
「わ、私も……その……か、カズマの……ことが――」
「俺がなんだって?」
「ふぉおおおお!!??」
いきなり現れたカズマに、ダクネスが女性らしからぬ叫び声を上げ椅子から転げ落ちる。カズマもカズマでヘタレだが、この人もなかなかの奥手ではないのだろうか、とめぐみんは思う。
二階から降りてきたであろうカズマは、眠たそうに欠伸をしながらめぐみんの隣に座る。
「え、なに? 俺なんか変なことした?」
「いえいえ、あれはダクネスが慌てていたからです。なんで慌てていたかと言うと、ダクネスはカズマの事が――」
「あーーーー!! わ、私は今日お父様に言伝を頼まれてたんだった!! い、行ってくる!!」
「お、おい」
顔を真っ赤にしながらほぼ私服姿で全速力で外に出て行ったダクネス。そんな後姿を、二人は呆気に取られながら見ていた。
「……なんだったんだ?」
「全く、根性が足りませんね」
「で、何の話だったんだよ」
「乙女の会話を聞こうだなんて、節操ないですね」
「いや、お前ら乙女だなんて思ってないから」
「おい、紅魔族は売られた喧嘩は買うのが主義だ。私のどこが乙女じゃないか詳しく聞こうじゃないか」
「そういう喧嘩っ早いところだよ……ふぁ……」
再び欠伸をするカズマにめぐみんは首を傾げながら、
「そういえば今日は早いですね。てっきりまたお昼ごろまで寝ているかと思ったんですが」
「いや、今から寝るところ」
「……いや、人の生活にどうこう言うような私ではありませんが、もう少し規則正しい生活を送ったらどうですか? 早死にしますよ」
「これくらいじゃ簡単に死なねぇよ。あ、朝飯ある?」
「台所にありますよ」
めぐみんに言われ、早速持ってこようと席を立つ――はずだったのだが、
「……めぐみん。この手はなんだ?」
「いえいえ。朝飯を食べるのは構いませんし寝るのも構いませんが、少しだけお願いがあるのですが」
めぐみんがニヤニヤしながらカズマを見る。その表情はだいぶ引きつっていた。まるで碌でもないこと頼まれるのではないかというような顔だ。
「……一応聞いてやる。なんだ?」
めぐみんは満面の笑顔で、まるで息を吐くかのように簡単に言った。
「デートしましょう!」
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「『エクスプロージョン』!!」
知ってた。めぐみんからのお誘いがこんなテンプレだったということが。『デート』と言われ、ちょっとどぎまぎしていた数分前の自分をぶん殴ってやりたい。
手頃の岩に向けて爆裂魔法が放たれる。凄まじい轟音と爆風が体を突き抜け、本当にこの爆裂魔法は凄まじい魔法なんだなとしみじみ思う。
そして自分は何度もこの爆裂魔法を見てきたのだ。今の轟音は体に響いたか、爆風は気持ちよかったかが大分わかるようになってきたのだ。所謂、自称爆裂ソムリエなのである。
カズマは両手を腰に当てながら呟く。
「ふむ……今日の爆裂は、だいぶスカっとするような大変元気の良い音だったな。それでいて感じてくる風が非常に気持ちい。眠気が誘われる。岩も木っ端微塵。調子が良いみたいだな。うん、95点!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
賞賛の声にめぐみんは嬉しそうに礼を言う。
「はふぅ……今日も良い爆裂でした。それじゃあカズマ、お願いします」
「地面を舐めてなきゃ完璧なんだけどなぁ……」
爆裂魔法は使用者の魔力を全て使うため、体が動かなくなるのだ。仕方がないとはいえ、もう少しどうにかならないのだろうか。
やれやれといった感じでドレインタッチを試み――ようとしたところ、まだかろうじて動くめぐみんの手が、カズマの手をガシッと掴む。
「……これは何の真似ですか、めぐみんさん」
「今日はおんぶでお願いします」
「ふざけんな。意外と疲れるんだぞ。こっちの方が楽じゃねぇか」
「今日はそういう気分なんです。お願いします」
瞳をウルウルと滲ませ懇願するめぐみんに、若干ドキッとしてしまったカズマ。
「(……くそ、可愛いな……)しょうがねぇなぁ……」
文句を言いつつもめぐみんを背負うカズマに、彼女は微笑みながら、
「チョロいですね……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何も」
めぐみんの悪魔の囁きは聞こえなかったようだ。カズマは聞き直すことはせず、真っ直ぐ屋敷に向かって歩き出す。
ゆさゆさと心地よい揺れを感じながら、めぐみんはカズマの背中を直に感じながら物思いにふけていた。
(……この大きい背中、大好きです。文句を言いつつも私の我が儘に付き合ってくれるところも。危なくなる時は、いつも私達を守ってくれますよね。肝心なところでヘタレるのはもう少しどうにかしてほしいですが……そんなところも好きになってしまいましたしね。これが惚れた弱みというやつでしょうか)
考えれば考えるほど愛おしくなっていき、つい無意識にカズマの背中を頬擦りしてしまった。いきなりの仕草に、カズマは体をビクッっと震わせる。
「あ、あの、めぐみんさん? 何で俺の背中にほっぺたを擦り付けてるんでしょうか?」
「今日はそんな気分なんです。良いですよね?」
「……今日だけだからな」
「ふふふ……」
やはり付き合ってくれるカズマに、めぐみんは思わず微笑んでしまった。
確かに恋敵は多いかもしれないが、この自分だけの特権だけは誰にも譲れない。譲るわけにはいかない。そう心に決めて、めぐみんは少しだけカズマの首に回している両腕に力を込める。
(ああ、神様。もしいらっしゃるなら――)
――この素晴らしい出会いに感謝を――