まぁ、たまには本能に身を任せて同化しても良いですよね、はい。
佐藤和馬は現在危機的状況にあった。
相手はカズマの上でモゾモゾと忙しなく動いてはいるのだが、こちらに気付いている気配はない。しかしもしかしたら気付いていてわざとそういう事をしている可能性もある。なんとかここから抜け出したいが、カズマの部屋の出口は近くて遠いような位置に存在する。今駆け出せば、間違いなく気付かれ殺されることだろう。
(何故だ……)
疑問が浮かぶ。
(俺はラノベやエロ同人誌みたいな主人公ポジではないはずなのに、何故なんだ……!!)
『ベッドの下に隠れているカズマ』は心の奥底から叫び、ベッドの上にいるであろう危険人物をベッドの木の板越しから恨むかの如く睨み付けた。
「えへへ……かじゅまぁ~……」
――――
それは陽射しがうっとおしい程に照り付ける早朝の事だ。今の今までゲームガールに没頭し、一徹を決めたカズマはモゾりと布団から這い出ようとして――諦める。
(うぁあ~……今日は一段と眠い……もうこのまま寝るか……)
相も変わらずの自堕落生活だが、本人は至って悪気はない。むしろお金があるからこんなにも愉悦な一時を過ごせてしまうのだ。そのお金を無くせるものなら無くしてみろ、と罰当たりな事を思ってしまう。
(夕方まで寝よ……)
そんなことを考えつつ布団を頭まですっぽり覆いかぶさり、
ドンドン! と、ドアから大きな音が聞こえてきた。
「カズマ! 今日は最高に良い天気ですよ! こんな日は爆裂するに限ります! さぁ、爆裂散歩に行きますよ!」
(うわぁ)
朝から大きな音と女性特有の甲高いめぐみんの声に頭痛を感じたカズマは嫌悪感を表情から醸し出した。
今日はもう睡眠モードに突入してしまったのだ。このまま寝たふりをするのもやぶさかではないが、めぐみんのことだ。無理矢理布団を引き剥がし、連れて行こうとするだろう。
(んなの真っ平ごめんだっつーの)
カズマはベッドから起き上がり、素早くベッドの下に潜り込んだ。瞬間、ドアが勢いよく開かれ、めぐみんは堂々と部屋に入り込んできた。
「寝たふりをしても無駄ですよ、カズマ! ゆんゆん程度では、我が爆裂魔法の素晴らしさをわかってくれないのです! ここは爆裂ソムリエであるカズマに――あ、あれ?」
ベッドの上がもぬけの殻だということに気付いたのだろう。素っ頓狂な声をあげ、カズマの今の目線は足元だけだが、それでも戸惑っていることがわかる。
「むぅ……既に起きていたのですか……でもリビングに顔を出していないという事は……どこかに出かけたんですかね」
(良いぞ良いぞ、そのまま帰るんだ……!)
今すぐ部屋を出ていけばこっちのもの。素早くベッドという自分の居場所に帰り、暖かい温もりを感じながら眠る。そんな麻薬にも似た快楽を味会わなけばならないのだ。目をギラギラさせつつ、めぐみんの行動を凝視する。足元しか見えないが。
「全く、たまには付き合ってくれても良いじゃありませんか……まぁ、私自身もゆんゆんとかダクネスと一緒に出掛けて、カズマに構えなかったのは悪いとは思ってますが……」
(そういうの良いから早く出てけーー!!)
勝手に一人語りを始めるめぐみんに、カズマの渾身の心のツッコミが入る。当然彼女自身には伝わらない。
めぐみんは溜め息を吐きつつ、ベッドの縁に腰かけてしまう。これではどんな動きを見せるのか皆目見当がつかない。
(どうしたもんかな、これ。いっそ音出してビビらせてやろうか)
そんなことを考えつつ、めぐみんの足に自然と目を向けてしまう。その足は、何故かモジモジと何かを我慢しているかのように動いていた。彼女の不自然なまでの挙動不審に違和感を覚える。
(……ま、まさか、ついに我慢できなくてここで爆裂を……?!)
肝が冷えるような感覚をするが、いつもの魔力を練るかのような感覚が伝わらず、杞憂に終わる。
ならばなぜあんなにも落ち着きがないのかを考えていると、めぐみんはモゾモゾと体を動かし、何かを手に取ったのか膝に物を置いたようだ。
謎の行動をする彼女が気になってしまい、見えないが目を凝視しつつ聞き耳を立てる。
「……本当に誰も見てませんよね?」
(見てません)
嘘をついてはいるのだが、あながち間違ってもいない。
「カズマの枕……ま、まだ洗ってませんよね? ベッドも全然片づけてなかったですし……」
(……ん? あれ?)
この状況は、ひょっとしなくてもマズいのではと、カズマの第六感が告げていた。
その予感は見事に的中する。
「もがっ……スンスン……カズマの匂いがします……」
(ちょいちょいちょーーいぃ!!!)
めぐみんの思わぬ行動に頭の中で叫んでしまった。
自分はラノベやエロ同人誌の主人公でもなんでもない。彼女の行動がどういった行動なのか、今の言動で瞬時に理解できた。
おそらく彼女はカズマの枕に顔を埋め、その匂いを嗅いで堪能しているのだろう。
嬉しいような恥ずかしいようなよく分からない感覚に、カズマは顔を赤くしつつも混乱していた。
(何で?! ホワイ?! 何でそんな奇特な行動してんだ、めぐみーん!!)
爆裂と紅魔族特有の中二病以外は比較的常識人枠であるはずのめぐみんの価値観が一気に入れ替わった瞬間だった。
「ふむふむ……やはりおんぶされてる時よりも匂いがだいぶキツイですね……まぁ、一日の約四分の一は枕に頭を乗せる訳ですから、仕方がないとはいえ仕方がないですね……スンスン……しかし何でしょうか……とても汗臭いのに、カズマのだって考えるとずっと嗅いでいたいような……スンスン……えぇ、仕方がないのです。これは仕方がない行為です。周りには意味がないと言われようとも、私にとっては意味のある行為なのですから……スンスンスンスン」
(やめてぇーー!! 思った以上に恥ずかしいからやめてくれぇえええ!!)
心で叫びつつ、意味もなく両手で顔を隠すカズマ。
やがて満足したのか、枕を置く音が聞こえる。満足したのか息を長く吐いた。
「ふぅ……まぁ、やっぱり臭いので後で洗濯しましょう」
(や、やっと帰るか……)
ようやくこの苦しみから解放されると安堵したところで、
ベッドから『ドサッ』と鈍い音が聞こえる。
(気付かれたか?!)
再び肝を冷やしたが、そうではないらしい。視線の先にあっためぐみんの足が見えないことから、彼女がカズマのベッドにダイブしたのだろうと解釈する。
「えへへ……かじゅまぁ~……」
想像だが、今めぐみんはカズマが寝ていたのであろうベッドのシーツに体を包み込み、だらしなくなるほどの笑顔でカズマの匂いを堪能しているのだろう。それを考えると、カズマは顔が沸騰しそうになるほどに熱くなるのを感じていた。
「好きです……好きですよ、かじゅまぁ~……えへへ」
(ちっくしょう、いつも以上に可愛いなぁ、おい! ありがとう、そしてふざけんな! くっそ、今すぐ抱きしめてやりたいけど、んな度胸あるかよ! もうお前は魔性の女確定だ! っていうかこんな状態じゃあまた据え膳かよ、ちくしょぉおおお!!!)
体をバタバタさせたいのだが、ここで隠れているのがバレてしまえば、恐らく恥ずかしさのあまり爆裂魔法をぶっ放す可能性がある。それだけはなんとしても避けたいという理性が、まだ残っていたのだ。
「……こんな姿見られたらドン引きですかね……」
(思いっきり抱きしめたいです)
「……名残惜しいですが、仕方ありません。シーツだけ取って洗濯しておきましょう」
ゴソゴソとベッドの上からめぐみんが動いているのがわかる。ようやくこの苦しみから解放されるのかと思い、安堵していると――
「あっ!」
ふと、めぐみんから焦りの声が聞こえた。瞬間、彼女が床に落ちてきた。おそらくシーツか何かを踏みつけてしまい、ベッドから落ちてきたのだろう。一瞬肝が冷えたが、頭から落ちた訳ではないので安心――できなかった。
「いたた……私としたことが――えっ?」
めぐみんの目線の先には、ベッドの下に隠れているカズマがいた。
紅い目をパチクリとさせ、時間がまるで停止したような状態が続いたが、めぐみんの顔が徐々に赤くなっていく。しまいにはリスの頬袋のように頬を膨らませ、怒りと羞恥が混ざったかのような表情をカズマに向けていた。
カズマは顔を引きつらせつつ、こう呟いた。
「まぁ、その……あれだ。ご、ご馳走様でし……た?」
カズマの顔にめぐみんの足がめり込んだのは言うまでもない。
その後、めぐみんの命令という名の脅迫により、一か月の間は爆裂散歩に無理矢理付き合わされた上にアクセルの有名な店にある一番高いパフェを奢らされるハメになった。