「……ん? あ、ああ……お前はグという名前なのか。なんというか、その……力強い名前だな……ああ、名乗るのが遅れたな。俺は
力強い名前、といわれた辺りで機嫌のよさそうな顔をしていたトロールのグだが、
「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ! 臆病者の名前だ! 俺のような力強き名前ではない、情けない名前だ!」
「えぇー? ひどくねえかアイツ……ほら、ザリュース君めっちゃ怒ってるよ? なんかシューシュー言ってるよ?」
木の陰に隠れて様子を見ていた
ザリュースという
この様子だと、トロール達よりは
「この名が臆病者……だと?」
名を貶されたザリュースは不快感を露わにする。
自分の部族から離れて旅をしたことのある彼は、その道中で強大なアンデッドに遭遇し、敵わないと判断して逃げ出した事があった。その時の自分を指して臆病者と言われれば、強く否定はできない。
しかし目の前の変な名前のトロールは自分の名前が臆病者のそれだと言う。行動ではなく名前を指して臆病者呼ばわりとはどういう了見だ。名前を聞いた時と同様の困惑と共に苛立ちがこみあげてきて、無意識のうちにシューシューと威嚇音を立て、剣を握る手に力が入る。
しかし怒りに任せて無暗に突っ込んだりはしない。グの力強さはここまでの短い攻防で嫌というほどわかっていた。おそらく自分よりも強い。少なくとも闇雲に戦って勝てる相手では決してない。
(それに先ほど奴が言っていた言葉。東の地を統べる王……という事は奴があの”東の巨人”である可能性が高い。ならばあの傲慢も納得がいく。それだけの力があるという事だ。しかし、奴が東の巨人であるなら、何故自分の縄張りを離れて
「何をボーっと突っ立ってる、臆病者!」
一瞬だけ思考に捕らわれかけたザリュースに向けて、グの持つグレートソードが振り下ろされる。ザリュースは再び跳躍してなんとか回避した。
「くっ! とんでもない怪力だな。一撃でも受ければ……」
「ちょこまかと!」
一回の攻撃速度はザリュースであれば躱す事はそう難しくない程度のものだったが、自慢の怪力をいかんなく発揮した連続攻撃の前に、反撃に転ずることができず、その顔には徐々に疲労の色が浮かび始める。逆にグの方も攻撃を当てることができずに苛立ちを募らせていく。あとはどちらが先に疲労で隙を見せるか、という勝負になる。しかしこのままでは不利なのはザリュースの方だ。ゆえにザリュースは剣の一撃を躱した直後、手にした氷の剣――
「?」
その奇妙な行動にグは一瞬眉を顰めるが、次の瞬間にはグレートソードを持ち上げ、再び振り下ろした。そしてザリュースはそれを躱し、また
再び振り下ろす。躱す。それを叩く――――――――――何度繰り返しただろうか。やがてザリュースの息が上がり始める。やがて隙ができてしまうだろう。だが、ザリュースはすでに勝利を確信していた、グの方も、徐々に体の異常と共に焦りを感じ始めていた。先ほどから全身を妙な寒気が包み込み、手はかじかみ、腕はしびれ……やがてグレートソードを持ち上げる事すら困難になってしまうのでは無いかとすら思えるほどに、自らの体がが急速に疲労していくのが分かった。
これはザリュースの持つ
さらに何度か攻防を続け、このままでは先に動けなくなるのは自分の方だと、グの武器を振ることと獲物を食う事しか考えない脳みそでも理解できた―――――そう、
グが再び振り下ろしたグレートソードを、ザリュースはやはり飛びのいて躱す。そして同じように
そして新たな敵に気を取られたその一瞬は致命的な隙となった。
「がぁあ!」
背中に走った鋭い痛み。振り返ればそこにはグレートソードを横に振り切ったグの姿があり、ザリュースは背中を斬られたことを理解する。続いて全身を襲う猛烈な倦怠感。グの持つグレートソードに備わった特殊能力。それは筋力低下の効果がある毒が常に刀身を流れ続ける、というもの。これに斬られれば当然その毒を受けることになる。
ザリュースはこれまでの疲労と、斬撃によって受けたダメージも合わさり、戦う力が急速に失われていくのを感じた。そこへ新手のトロールによる殴打の追撃が加えられる。
「ぐっ……」
すぐに立っていられなくなり、地面に
「トドメだ臆病者! お前も、ついでにそこらの蜥蜴どもも、みんな喰ってやる!」
勝ち誇った顔でグレートソードを振り上げるグの姿が、霞み始めたザリュースの視界に映る。あの怪力を防ぐのは無理だ。回避しなくては確実に死ぬ。しかし、体が動いてくれない。
「ここまで……か」
ザリュースは薄れ始めた意識の中で、せめて集落のメスや子供たちは生き延びて、部族をつないでくれることを祈った。
「生け簀……完成させられなかったのは、無念だ」
戦闘中だというのに思い出したのは湖に作っていた生け簀の事だ。あれが完成すれば、安定して魚を得ることができ、部族の食糧事情を解決できたものを。うまく魚が育てば真っ先に持って行ってやると言ったら、兄のシャースーリューは分かりやすく尻尾を地面に叩きつけて喜んでいた。ここで自分が死ねば全てが無駄になる。
「ああ、死ぬわけにはいかんというのに……」
自らの頭めがけて迫ってくるグレートソードの動きが、やけにゆっくりに見えた。
「よし今だ! 殺れ!」
「「「「「「ギギギッギギギギギィ!!」」」」」」
「ぐぎゃあああああ!?」
グレートソードがザリュースの頭に届く直前、突如としてグとその部下は悲鳴を上げながら真横に吹き飛んだ。
「な……なんだ?」
「ほーらザリュース君、おいしい
「!? うっぷ、よ、よせ! 誰だお前!? がぼッ!?」
呆気に取られているところを、間の抜けた声と共に頭から謎の液体を大量にぶっかけられ、ザリュースの混乱は加速する。
「い、一体何なんだ!? ……ん? 傷が」
気づけば斬られた背中の痛みは癒え、毒による全身の倦怠感もきれいさっぱり消え失せていた。頭から大量に浴びせられた液体は本当に
誰かは知らないが礼を言おうとして、ザリュースは振り返り、絶句した。
そこにいたのは、まさに異形の怪物と言うにふさわしい、おぞましい存在であった。その手には空の瓶が数本握られており、たった今ザリュースに
「な、なんなんだ? お前――――」
「何者だお前は!? 何しに現れた!?」
ザリュースが絞り出すように問おうとしたのを、起き上がったグの大声が遮る。名を問われた異形が、目以外は口すらない顔でありながら、不敵に笑ったように見えた。
「何しに来たか?
観察した結果、この場に(プレイヤー基準で)雑魚しかいないと分かったので正体晒してやりたい放題する事にしたサボテン。下種である。