強さを求めていた時があった。
誰にも負けない自信が欲しかった。
性質だから、一族の願望だから、呪いだから。
言い訳はいくらでも。
本当はただ、前に進むことを怖がっていただけじゃないのか。
最近はそう思う。
毎日が騒がしい、まるでお祭りのようだった。
誰もが死にそうになりながらも、何故か嬉しそうな顔で前を向いていたのをよく覚えている。
決して死にたがりでも、自殺を望んでいたわけでもなくて。
ただ、強くなれる自分が嬉しくて楽しくて。
強さの果てにいるあの人に追いつきたかった。
たった、それだけ。
日々の訓練は継続で話し合いは決着した。
かなり、いや本気で嫌そうな提督代行を説得し、『無理しないように』といった提督に頷き。
最初に無理した人が何を言っているのか、バッタ達から盛大なツッコミが入ったのだが、聞き流しておこう。
ともかく、今日も訓練は続いていく。
外洋に出ない、鎮守府近海のみ。それも五キロ圏内に限定。海里で言わないところに、提督代行の葛藤が見え隠れしていたが。
彼女も訓練の重要性は承知している。訓練を休んだ軍人の技量が、かなり低下するのも知っている。
月月火水木金金。昔の帝国海軍に休みはなった、毎日が訓練づけで休みなんて作戦前のみ。
訓練で死人が出たなんて話もあるくらいに、猛特訓の日々だったらしい。
流石に言い過ぎだろうか。
「次! 右舷砲雷撃戦!」
先頭を走る吹雪の右手が上がる。後ろについていた暁、響、雷、電は素早く砲と魚雷を向けるのだが、最後尾の陽炎がもたついた。
「陽炎!」
「ごめん! 後二秒!」
「高速戦闘中の二秒は反撃されるから!」
吹雪からの叱咤が飛ぶ。彼女の感覚からすれば、一秒以内で補足、敵予想進路把握、照準合わせ、撃つが出来て当たり前らしい。
「出来たよ!」
「一斉射撃!」
全員の砲と魚雷が放たれ、目標へと向かっていく。
砲弾は近距離のため水平に、魚雷は航跡を見えずに水中を真っ直ぐに。
着弾、目標への命中率は速やかにバッタ達が計測、各艦へと通信される。
『ピ 吹雪様、98。暁様、96。響様、95。雷様、97。電様、96。陽炎様、88』
出てきた結果に、吹雪は足を止めて振り返る。
「あせらせちゃいましたね、ごめんなさい」
肩を落として陽炎に謝罪する吹雪に、陽炎は慌てて頭を下げた。
「ごめん! 私が遅いから全体的に命中率が下がっちゃった」
「いえ、今のは艦隊旗艦の私の発見が遅かったので。もう少し早ければ余裕ができましたから」
丁寧に敬語で話す吹雪は、訓練中とはまったく違っていた。
何処にでもいる純朴そうな少女。これが戦場や訓練では怒声と殺気を纏った、まるで『鬼神』のようになるなんて。
陽炎は最初の訓練の時の変貌に、思わず『二重人格』と叫んでしまった。
「もう一度やりましょう。今度は、的の位置を変えてもらって」
穏やかに微笑む暁に、誰もが頷いて動き出す。
「ふふ、レディーらしいでしょう?」
「そう言わなければ完璧だったのに」
嬉しそうにしている暁に、響は残念そうに溜息をついた。
レディーを目指して色々と訓練の合間に頑張っている暁なのだが、どうしても余計なひと言で自分の頑張りを崩してしまう。
『そうなの?』とちょっと涙目の暁に、誰もが無意識に頷いていた。
『ピ ターゲットの位置変更完了です』
「解りました。では、次は最大戦速、敵艦隊正面からの突撃、回避して側面からの攻撃にします」
「了解!」
「艦隊前に!!」
のんびりと進んでいた吹雪が、体を傾けてその場でターン。続くように暁達も同じ動作で進路を変更するが、陽炎だけが遅れる。
まだまだ練度不足、ちょっとした動作でそれを痛感させられ、彼女は唇を噛む。
「陽炎!」
「はい!」
叱責が飛ぶ中、彼女は前を見据えた。
絶対に追いつく。決意を瞳に込めながら。
テラ達の考えでいえば、戦艦とは最後の楯であり、最強の剣。
相手が何隻だろうと、性能が勝っていようと、絶対に退かない。味方の前に立ち楯となりながらも、敵艦隊を撃沈し続ける味方の精神的支柱。
戦艦が一歩も退かないならば、その戦場に負けはない。
言い過ぎかもしれないが、テラ達『サイレント騎士団』の戦艦とはそういった希望の象徴でもあった。
鎮守府の中で戦艦は、一隻のみ。
「着弾、今!」
水柱が盛大に上がり、轟音が周辺を揺らす。
『ピ 近、近、遠、遠です』
「そう」
穏やかにゆっくりと、深窓の令嬢を思わせる雰囲気の彼女は、結果を受けて少しだけ首をかしげた。
「あの、本当に三十六センチ砲なの?」
「うん、装備換装してない」
隣に立つ夕張も、驚いた顔で目を見開いている。
『ピ 弾頭の生成物質はもちろん、火薬にも手を加えていますので。通常の四十六センチ砲弾と変わりない威力を発揮します』
「へぇ~~~凄い、艤装の改良って言っていたから、砲身を変えると思っていたんだけど」
『ピ 既存の砲身であっても砲弾の種類によって、威力は変わってきますから。同じ徹甲弾でも、材質や火薬で威力は上下します』
「なるほどなるほど」
夕張は持っていたデータボードに目を落とす。
一発目から順々に砲弾の種類、使われている材質などが映されたそれらを眺め、頷いていく。
『ピ 同じように装甲も配列から材質まで、色々と試しています』
「重量が軽いから不安なのだけれど」
扶桑がちょっと怖がった様子を見せるため、バッタは空中にモニターを展開。
彼女の今の装備の耐久テストの映像を流す。
『ピ 砲戦距離設定は五十二センチ砲。目視可能距離から近接距離五メートルまでの耐久テストで損傷小破です』
映像の中で装甲板は砲弾を弾く、あるいは受け流すことでまったく損傷していない。
「凄?! これ、この間のテスト映像?」
『ピ はい。現在、重量軽減の試作中です。妖精たちにも頼んで、各艦種の艦娘すべてに装備できるように、試行しています』
「これが装備されると、相手の戦艦の砲弾で駆逐艦が沈まないけど」
『ピ 敵の攻撃を無力化し、こちらの攻撃を増大させるのが戦術では?』
当たり前のように告げるバッタに、『理想はそうだろうけど』と夕張は口の中で言葉を転がす。
「重量が軽くなった分、私達の速力が上がったのね?」
「うん、そう言うこと。機関換装しなくても、積載量が軽くなれば速度は出るからね」
「驚いたわ」
はぁと溜息をつく扶桑の脳裏に、今の少し前に行った速度テストが蘇る。
最大戦速、全力で行ってくださいの合図と同時に出した速度に、疑問を置き去りにして駆け抜けてしまった。
計測上、三十六ノット。
『ピ 新型機関も開発中なので、プラス五ノットは堅いものと』
「あ、うん、そっか。戦艦で四十ノット越えって」
乾いた笑みを浮かべる夕張と、溜息をつく扶桑。
「そんな速くて、私に操れるかしら?」
「大丈夫じゃないの? 扶桑って、なんだかできそうな気がするから」
「不幸ね。私達は扶桑型なのよ?」
過去のことを、思い出す。
欠陥戦艦、出来そこない。記憶にはなくても、妖精達の噂話で他の鎮守府では、使えない戦艦として弾かれることもあるらしい。
『ピ それは鎮守府の提督が無能なのでは? どのような戦艦にも弱点があるように、使い方次第です』
慰めるように、あるいは怒りをあらわにするように、バッタは両足を持ち上げて体を反らす。
『ピ この鎮守府に所属された以上、装備面での不備など絶対に起こさせません。ですので、皆さまは技量を磨いていただければと』
「そうなの?」
『ピ そうです。扶桑様は、この鎮守府初の戦艦、この後に噂の大和型や長門型が着任しようと、弱気にならないような装備をお届けします』
自信を持って告げるバッタに、扶桑はどういう顔をすればいいか解らなかった。
頷けばいいのか、それとも嘘だと悲観すればいいのか。
「私もいるから、頑張ろう、扶桑」
「そうね。なら、頑張ってみようかしら」
「うん!」
笑顔を向ける夕張に、自然と扶桑も笑みを浮かべて決意を固める。
『ピ まあ、いざとなれば扶桑様の適応力で、波動砲か超重力砲位は搭載できますし』
何か、不吉なことをバッタが言ったが、二人は聞かないことにした。
海上の戦艦にとって、海中に潜む敵は唯一のアキレス腱。
攻撃手段を持たない相手から一方的な攻撃で、大破・轟沈した戦艦や空母もあるが。
「というわけで、これが新兵器らしいよ」
川内が持ち出したのは、小型の爆雷投射機、らしきもの。
「なにこれ? 爆雷なら前からあるじゃん」
「珍しい形はしていますが」
鈴谷と高雄が見つめる中、川内は指を振った。
「ところが、これって爆雷じゃなくて、『魚雷』なんだって」
二人して言葉に詰まってしまった。
確かに形は魚雷だ。爆雷投射機に、魚雷が搭載されている形をしているが、これがどうやって海中を進むのか想像できない。
『ピ 魚雷の先端に磁気探知装置を搭載して、海中を進みながら探知。探知した目標に対して直進して、攻撃します』
「で、近場で爆発するんだよね?」
『ピ 直接信管ではなく近接信管にしてありますので。反応に対しての設定距離で爆発、圧力を叩きつけます』
「ふぇ~~凄いね」
鈴谷が物珍しそうに持ち上げる装備に、高雄も興味津々と言った様子で覗きこむ。
『ピ 現在、この装備の発展形を製造中です。艤装に上手く落とし込めれば、噴進弾形式でも行けるはずですが』
「いや、それって噂にきくミサイルじゃないの?」
「搭載できるならいいじゃん」
鈴谷のあきれ顔に、川内は面白くなってきたといった顔で答える。
ミサイルの搭載が艦娘に可能なのかどうかは、今も議論に挙げられる。
昔の軍艦の装備、あるいは設計段階にあったものしか使用できないのは、妖精たちからの話で知れ渡っている。
けれど、だ。例外というのは何にでも有る。
特に吹雪が持っている剣は、明かに艤装ではない。材質もオリハルコンとこの世界のものではないのに、彼女は普通に使っている。
例外のルールは何処に。
バッタと妖精たちが議論を重ねた結果、そこにあるのは概念ではないか、と結論が出た。
多くの人が『そうであった』と認識するか、あるいは人の想いが重なっていったか。どちらにしろ、人の概念が形となって『装備可、あるいは不可』が決まっているらしい。
ならば、概念を増やせばいい。
装備を少しずつ挙げていき、これが『装備できる』と大多数に思い込ませる、あるいは錯覚させることで近代兵器まで搭載可能にする。
『ピ 存在は違いますが、艦娘みたいな人たちが搭載しているものなので』
バッタが告げる先、巨大な船体が突き進んでいく。
イオナとアリアが外周警戒のため直卒の艦隊ごと移動開始していた。
一瞬、艦橋の上に立つ彼女たちと目線が合う。どちらも、きょとんとした顔をしていたが。
「やれそうだね」
『ピ はい、なので瑞鳳さんは頑張ってもらっています』
三人とバッタが見つめる先、弓を引いて固まっている少女がいた。
『ピ あ、飛びましたか。できましたか、流石ですね』
「何あれ?! ビュって行って! ドゴンって音がしたよ!」
『ピ まさか何の改装もせずに、F-14『トムキャット』が飛ばせるなんて』
バッタが装甲を青く染め、『え、なんで』とシールを張って項垂れる。
概念のルール、これは曖昧なものであり、あってないようなものかもしれない、と後に全員が認識した瞬間だった。
艦娘達は頑張って技量を磨いていた。訓練の風景は殺伐としたものではなく、死線を越えることもない。
「あれが普通の訓練ですよ、テラさん」
「うん、反省している」
「きっと、ああやって強くなるんですね」
「そうだね」
「で、どうしますか?」
ルリの問いかけに、テラは微笑む。
「決まったよ。乗りかかった船を放り投げるのは好かないから、やろう」
「解りました。では、やりましょう」
二人して頷き合い、そして壁にかけられた海図を見つめる。
「海域制覇を」
静かに、開幕のベルが鳴った。
では行こう。
迷いは消えたか、決意は決まったか。
決まったならば後はやり遂げるのみ。
振り返ることなく、戸惑うことなく。
ただ、その先の未来を目指して。