日々の暮らしはいかがでしょう。
快適ですか、過ごし易いですか。
毎日、大変でしょうか。
では申し訳ありませんが、馬鹿のお世話をお願いします。
本当に、お願いね。
決めた以上はやり遂げる。
「情報は集まりました。海域には『ボス』が存在し、海域すべてに対して妨害をかけており、それが通常の船舶の航海を妨げているようです」
ルリの報告を聞きながら、テラは海図を見つめていた。
「ちなみに、私たち―『サイレント騎士団』には通用しません。キャンセラーの有用性を書類に残しておきますね」
「ん、了解」
赤い点と赤い領域、ボスの支配海域を示す印の一部は、青い領域へと変化していた。
僅か、一パーセント未満。艤装のテストやドロップを探して暴れ回った部分は、全体で見ればまだ一割以下でしかない。
「さてさて、先は遠いなぁ」
「太平洋は広いですから」
「銀河よりは狭いのになぁ」
「亜光速での戦闘機動をするわけでもないので、これでも速い方ですよ」
そういうものか、とテラは納得することにした。
「近場から徐々に、というのが一番でしょう。というわけで、テラさん、行きますか?」
「よっし、行こうか」
軽く背伸びして、テラは歩き出した。
鎮守府の最前線といえば、何処だろうか。
味方と敵海域の境界線。たぶんそれであっているのだろうが、彼らにしてみればここになる。
出撃用ドックと名付けられたここでは、バッタと妖精たちによる艦娘の出撃準備が進められていた。
『ピ 魚雷は通常魚雷のみです、主砲弾は新型砲弾が間に合ったので、装填しておきます』
「了解です」
左手の主砲の砲身を動かし、別々の目標に向けて見る。動きは滑らかで自分の反応速度についてくる。
魚雷発射管の動きが少しだけ鈍いが、これは五連装に変更してまだ馴染んでいないためだろう。
推進機も問題なし、きちんと動くことを確認した後、最後に吹雪は全身を動かしていく。
艤装だけではなく体のすべてがきちんと動くか。緊張感で硬くはなっていないか、痛みや鈍いところはないか。
すべて確認した後、後ろ腰の何時もの位置に剣をさす。オリハルコン製の特別な剣は、淡く白い光を放っていた。
「全員、装備確認は大丈夫ですか?」
室内にいる全員を見回すと、それぞれが艤装を持ち上げて確認していた。
今回の出撃時には艤装が一新されている。普段の妖精やバッタ達の努力が実って、一段階上の装備へと改編されていた。
全員が新しい装備に少しだけ戸惑いを見せてはいるが、不安を感じている様子はない。
さすが、この鎮守府の艦娘達だ。
「瑞鳳さん、艦載機は大丈夫ですか?」
「何とかするよ」
気楽に笑うのだが、この中で一番に大変なのは彼女だ。全員が自分が使っていた艤装の延長線上の艤装になっている中で、瑞鳳だけが別種の艤装に変化している。
プロペラ機を飛ばしていた空母が、艦娘になった途端にジェット機とかできるわけがないはずなのに。
彼女は見事に飛ばして見せた。
『さすが、『鳳』の名を持つ者ですね』と、ルリは小さく語ったというが理由は知らされていない。
他は、と吹雪が視線を見回すと、扶桑達が最後の砲弾を搭載していた。
『ピ 最後の一発は重力鉱石を使った砲弾です。着弾地点と効果範囲には注意してください』
「解りました」
しっかりと頷きながら、彼女は慎重に艤装の中へ砲弾を装填した。
噂の重力兵器。まだまだ艤装で使うには試作段階だが、作動確認はしているので、実戦での使用情報が欲しいのだろう。
「全員、準備はいいですか?」
最終確認のために、吹雪は全員を見回す。
誰もが真剣な顔で見つめてくる。準備は終わった、後は出撃するのみだが、その前にやることはある。
「全員、傾注」
静かな音色に、全員が振り返る。一糸乱れぬ動きに、彼女は満足そうに頷いていた。
「準備は終わっていますか?」
「はい! 提督代行」
第一艦隊旗艦の吹雪が代表して答える。
「よろしい。では、提督」
「うむ! 諸君。あ~~~」
威厳をもったような顔で腕組みして答えたテラだが、言葉の途中で表情を変えて肩を落とした。
「訓示ってガラじゃないなぁ」
「テラさんにそれを望んでませんよ。さて、では編成は事前通知した通りです。二艦隊における侵攻戦。今の戦力で戦うならば、これが確実です」
ルリが提示したのは、『サイレント騎士団』では基本中の基本となっている戦術に習った艦隊編成。
第一艦隊が突撃して敵集団を混乱、そこへ第二艦隊が後方支援火力を叩きこむ。
通常ならば、三艦隊分を前衛突撃、四艦隊が遊撃、三艦隊が後方支援と分けるのだが。
今回の編成では、速力と艤装の攻撃力、それと本人達の根性を信頼して―ここでかなりルリは頭を悩ませて、否定したい気持ちで一杯だったが―駆逐艦のみで編成。
即ち、吹雪を旗艦にして、暁、響、雷、電、陽炎。
そして第二艦隊は軽巡洋艦の川内、夕張を対潜警戒配置、重巡洋艦の高雄と鈴谷を近接防御に、瑞鳳を防空あるいは警戒として配置、そして扶桑に遠距離支援砲撃任務を与えて編成。
「で、テラさんも行くんですか?」
「おうさ」
妙な返事をしたテラは、親指を立てて突き出す。
「では、私はここで指揮を執ります」
『できれば後方にいてください』、という言葉をルリは飲み込んだように、誰の目にも見えた。
「各員、というわけです。提督の目の前で無様なことをしないように」
厳しい言葉と表情で告げるルリの顔には、『全員、無理しないように。できれば提督に無茶させないように』と書いてあった。
「では出撃!!」
諦めた顔を隠しきれず、ルリは振り払うように宣言したという。
巡航速度にて侵攻開始。
鎮守府を発進した艦隊は、大きく南へと進路を変えた後に、目標海域へと侵入していく。
これは、鎮守府の位置を敵に察知されない欺瞞行動だが、気休め程度でしかないことを誰もが知っていた。
予想進路確認、味方領海を突破。上空を舞っていたバッタ師団飛行科の航空機が、翼を振って引き返していく。同様に海中に展開していた水中部隊も引き返す。
「各員、警戒厳に。念のため、近距離の光学通信以外は封鎖」
吹雪からの指示に各員から了解の返事が送られ、最後にテラから『あまり気負わずに』と入る。
見通しのいい海原、まだ昼間では遠くの水平線まで見通せる。
警戒には丁度いいのかもしれないが、こちらから見えるということは相手からも見えるということ。
ここは敵の領海、何時、何処から敵が来てもおかしくはない状況は、徐々に艦娘達の精神を削る。
吹雪は平然としている自分を自覚しながらも、後ろに注意を向ける。
死線を越えたためか、あるいは最初の会合から影響を受けているのか。吹雪自身には解らないが、今は助かっていると思えた。
後方に続いている暁達に揺らぎはない。外見上はいつもと変わらず、リラックスした様子で周囲をうかがっている。
陽炎は少しだけ体が硬いか。無理もない、訓練はこれからというのに今は敵海域にいるのだから。
第二艦隊はどうだろう。あちらは夕張と川内がいるから、任せて大丈夫だろう。
それに、最後尾には提督がいる。もしもの時は、提督と提督代行が何とかしてくれるはずだ。
「そんなに緊張するものじゃないか」
右手を握りながら、吹雪は呟く。
まだ初戦の初戦。やっと艦隊機動ができたばかりなのに、緊張してしり込みしてはこの先に進めない。
よしと気合を入れて前を見た吹雪の視界に、影が見えた。
「敵艦隊発見、前方です」
振り返って告げると、すぐに瑞鳳が反応してくれた。
「偵察機行くよ」
「お願いします」
弓を構える瑞鳳から視界を前に戻す。距離はまだある、敵艦隊がこちらに気づいた様子は見えないが油断しない。
轟音が響いて、空に航空機が舞う。確か、F-14『トムキャット』と言っていたか。可変翼を持つジェット機が二機ほど、真っ直ぐに敵艦隊へ向かっていく。
「情報が来たよ。敵編成、駆逐艦3、重巡洋艦2、戦艦1。他には艦影なし」
「了解しました。第一艦隊増速、敵艦隊へ突撃します」
言い始めた時には、すでに吹雪は増速していた。続くように第一艦隊全員が増速、敵艦隊へ突撃開始。
「第二艦隊は回り込んで援護射撃」
旗艦の夕張からの指示に、第二艦隊が進路が進路を変更。
当初、彼女が旗艦に決まった時は大騒ぎしたものだが、始まってみれば新型の電探を使いこなして艦隊指揮ができている。
側面から援護射撃できるように、あるいは魚雷の射線を確保するように動いた第二艦隊を横目に、吹雪達は最大戦速で敵艦隊へ突っ込んだ。
「目標視認! 魚雷戦用意!」
気合を入れて叫び、吹雪は最初の一発目を放った。
まさに電光石火か。
敵艦隊の正面から殴り込みをかけた第一艦隊は、魚雷を放った後に進路変更。敵艦隊の注意を反らしながら、その場に足止めした。
「扶桑さん、目標上空に偵察機を置いたから」
「ありがとう、瑞鳳さん」
「瑞鳳でいいよ~~」
気楽な笑顔で告げる彼女だが、少しだけ表情が強張っている。
きっと自分もだろうか。訓練は積んでいるが、実戦となると緊張感が違う。
「はいはい、大丈夫だから撃って」
そっと近づいてきた川内が軽く背中を叩いて離れていく。
「はい、まずは通常弾、撃ちます」
背中の連装主砲を動かし、目標に照準を合わせ、発砲。四つの主砲から飛び出した砲弾八つが、敵艦隊へ飛翔開始。
着弾する前に第一艦隊の魚雷が炸裂、重巡一隻と駆逐艦二隻が轟沈。
混乱する敵艦隊に砲弾が降り注いだ。駆逐艦の一隻が命中、轟沈して海底に沈んでいく。戦艦のほうには二発命中、かすっただけなのか小破で止まった。
『こちら第一艦隊! 敵艦左舷側より最接近!』
「了解。扶桑、連続射撃。第一艦隊は気にしなくていいから」
夕張からの指示に、扶桑は少しだけ戸惑う。今から射撃しては、第一艦隊への誤射の危険性が高い。撃つならば第一艦隊が突撃してからではないか。
「大丈夫、彼女達なら避けるから」
『扶桑! 気にせずに撃ちなさい!』
夕張の言葉を肯定するように、吹雪から通信が入った。
まさに鬼神か。二重人格を誰もが疑うほど、戦闘中の吹雪は苛烈な性格をしている。
普段は丁寧で穏やかで、誰にでもさん付で呼ぶのに、戦闘が始まると飛び捨て怒声は当たり前。普段が提案ならば、戦闘中は常に命令。やれと口外に言われている気分になる。
「う、撃ちますけど、本当に?」
「吹雪さんなら避けるって。暁さん達も大丈夫だって」
川内もうんうんと頷くので、扶桑は迷わずに撃つことにした。
照準はあっているから連続射撃。次々に降り注ぐ砲弾の中を、第一艦隊は迷わずに突撃していく。
「ほら、当たらない」
「まあ、あのくらいの弾幕はね~」
誇らしげな川内と、苦笑している夕張に対して、他の四人は色々と思うことがあった。
あれ以上の弾幕があったのか、と。
そのころ、遠くの海上で提督がくしゃみしたとか、しなかったとか。
『敵駆逐艦撃破!』
『戦艦は暁が貰ったわ!』
『敵艦隊撃破、第二艦隊はそのまま直進を。こちらで合わせて合流します』
「了解」
通信を閉じた夕張が手を振る。
「全艦、直進。巡航速度へ戻して進路はそのまま」
「了解」
全員からの返答を聞いた後、夕張は前を向いて進んでいく。
その後、側面から合流した第一艦隊を前にして、艦隊は再編成。
「俺の出番ないなぁ」
後ろで一人、提督が意味不明なことを言っているが、誰もが苦笑して答えない。
「全艦、残弾と燃料を確認。問題なければこのまま海域中央、ボスへ突撃します」
「羅針盤妖精さん、お願いします」
小さくテラが告げると、羅針盤の上に座った妖精が、深々と土下座していた。
「いやいや、何で?」
「提督って、とことん妖精に慕われて怖がられていますよね」
「はぁ?」
一人、彼は納得いかない顔で羅針盤を見つめたという。
宵闇はそこにある。
誰もが黒い影を見つめながら、必死に前に進んでいた。
『私に反論するなら、貴様が何とかしたらどうだ?』
冷たく告げる男に反論できず、かといって見捨てられることはできなかったから、どっちつかずの後に反論も何もかも飲み込んで。
前に進むしかなかった。
「赤城さん、そろそろ燃料が」
「ええ、そうね、加賀さん。でも、見捨てられないから」
振り返ると、そこには仲間達の顔と、小型船舶にぎゅうぎゅうに乗った人々の不安そうな顔が。
食料に限りがあるから、救出した場合の損害が怖いから。そんな理由で、守るべき国民を見捨てていいはずがない。
でも、行先なんて見えないから。
「誰か、助けて」
小さく誰かが告げた言葉に、赤城が縋りそうになった。
誰もが不安を抱えて、何処に行くか解らない中にいるのに、旗艦の自分が投げ出してどうするのか、と自分を叱咤する。
けれど、不安は消えない。
誰か助けてください、神様がもしこの世界にいるのならば。
「助けて」
小さく絞り出した彼女の言葉は、風に乗って空に消える。
「いいぞ」
はずだったものが、救いあげられた。
えっと顔を上げる赤城の前、遥かな水平線の向こう側で男が手を振っていた。
「助けてほしいんだろ? なら、俺達が助けてやるよ」
彼の背後には十二隻の艦娘の姿が。
ゆっくりと近づいてくる彼は、大人ではあっても、何処か子供のように笑っていた。
「俺達のところに来いよ。行く場所がないなら、一時的な衣食住くらいは用意してやるぞ」
訂正する、彼は悪戯小僧のように笑っていた。
彼は何処か不満そうで。
けれど、何処か楽しそうで。
大人っぽいはずなのに、子供みたいに無邪気に笑って。
理不尽に怒りを示して、けれど彼はそれ以上の理不尽をやってのける。
テラ・エーテル提督は、そういった人でした。