夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 夢を見ていた。

 誰もが見たことのある夢。

 苦しみも憎しみもない世界。

 争いのない平和な日々。

 けれど、そんなものは幻でしかない。

 生物の本質は、戦うことなのだから。



問いかけの答え

 

 さて、問題です。

 

 目の前に困っている人がいます。その人は、衣食住がありません。今にも死にそうではないですが、助けなければ死んでしまうかもしれません。

 

 あなたには助けるだけの力がありますか。

 

 そして、もしその人を助けることで国家を敵に回すことになるとしたら、貴方は助けようとしますか。

 

 答えは否です。

 

 誰だって自分が一番でしょう。大切なのでしょう。誰かのために危険に飛び込むことができるのは、勇気ではなく無謀です。

 

 生命は自己を護ることを優先します。誰かを助けて自分が危険になるのならば、助けない選択肢が最も生物らしい選択といえます。

 

 貴方は正しい、どうしょうもない。無理だった、手遅れだった。誰もがそう選ぶから大丈夫。

 

 多数決とは、そういった免罪符ですから。

 

 だから、貴方は悪くない。そう言われたなら、誰かを見捨てても悪い気はしませんよね。

 

 ほら、正しい選択をしましたね。

 ではこの話は終わりです。

 

 正解は『助けない』。

 

 理論的な、常識人は、そう答えを出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府は一時的に騒然となった。

 

『ルリちゃん、艦娘八名、民間人が七十名。受け入れよろしく』

 

 通信が伝えた内容に、彼女は黙った。背後に控えていたバビロンとイオナ、アリアは無言で立ち尽くす。

 

 バッタ達も動かずにジッと成り行きを見守っていた。

 

 誰も声を発しない中で、彼女は小さく首を傾げた。

 

「え? どういう経緯で?」

 

 疑問を返しながらも、左手を大げさに振った。

 

 合図を受けてバッタ達が飛び出し、バビロン達も動きだす中、ルリは脳裏で色々と考えだす。

 

 鎮守府施設内部では無理だ。人間も艦娘も変わりないことは理解しているが、施設内は軍事的要素が多すぎる。

 

 万が一の防衛戦になった場合、民間人に軍人と同じ行動をしろ、というのは無理を通り越して虐待に近い。

 

 となると、他の場所を探さないと。幸いというか、鎮守府以外の施設は着工を終えている。後はバッタ達の作業スピードを信じて。

 

『うん、海域を進んでいたら艦娘達と出会ってね。なんか、民間人を連れて脱出してきたらしい』

 

 テラの言葉が脳裏に届くと同時に、ルリの右手はモニターをなぞる。

 

 民間人は七十名、念のために百名単位での受け入れ態勢、同時に食糧と毛布などの防寒用具も用意、医療設備も同時進行で構築。

 

 バッタ達へ指示を出しながら、左手ではバビロン達に命令を伝える。

 

 全艦艇、ロック解除。鎮守府全体の防衛システムではなく、『サイレント騎士団』のよる防御陣地の構築を。

 

 『了解、すぐにやるよ』と相手からの返答を受け取りながら、通信に答える。

 

「解りました。こちらは受け入れ態勢を整えます。具体的には?」

 

『男性二十三名、女性四十七名、十二歳以下が二十二名、六十歳以上が十二名、成人男性が三名、他成人女性』

 

 情報に合わせて、ルリの思考が回り出す。

 

 衣服以外にも特定の物品が必要、特に成人女性がいるならば必要不可欠なものが出てくる。

 

 バッタ師団主計科へ追加指示、具体的なデータを回して必要と思われる品物を製造開始。

 

「艦娘の方は?」

 

『全員が中破以上、大破二名』

 

「狙撃させますか?」

 

 鎮守府まで持たないならば、回復弾による狙撃を行って回復させるが。

 

『大丈夫、持たせるよ。イオナ達は?』

 

「出港まで・・・・・はい、出ました」

 

 壁に備えつけられたモニターに、外部映像が流れる。港付近の俯瞰映像には、巨大な船が次々に出ていく姿が映っていた。

 

『こちらイオナ、医療品と食料を満載で出港完了』

 

『アリアです。念のため、衣服も詰めるだけ詰めました』

 

 報告を受取、ルリが次にしたのはバッタ達の状況確認。

 

『ピ 受け入れ態勢完了まで後五分。全部アパートメントですが、どうにかします』

 

 バッタ達からの報告に、ルリは小さく頷いて通信を送る。

 

「テラさん、こちらは受け入れ態勢が整いました」

 

『ありがと、ルリちゃん。それと、厄介事かもしれないよ』

 

 テラの言葉に、ルリは表情を変えることなく答える。

 

「我が主がそうと決めたなら、我らはその道を進むのみです。テラさん、昔から変わりませんよ。貴方の前を塞ぐあらゆるものを『沈黙』させる、それが我らの矜持、存在意義です」

 

 血の十字架を掲げる我らは、そのために存在するのだから。

 

 彼が選んだならば、例え相手が神様だろうと潰す。国家だろうと消してやる。そのための『サイレント騎士団』。

 

 ルリは誇りを持って、彼に応じる。

 

「どうぞ、我らの主、『神帝』テラ・エーテル様。ご命令を」

 

『この人たちを助ける』

 

「御意」

 

 短く、けれど溢れだす忠誠を込めて答え、通信は閉じた。

 

「・・・・・『サイレント騎士団』、全軍へ。我が主より勅命が下った、今後もし助けた人たちを害するものが出たならば、国家だろうと消す」

 

『御意! 我らが巫女! 我らが主!!』

 

 鎮守府を揺らすような轟音が、大地を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 海原を逝く獰猛なる黒鋼の舟。

 

 摩天楼のような艦橋を備えた船二隻を中心に、様々な軍艦が青い海を斬り進む。

 

 近づくものは何者も許さない。

 

 『サイレント騎士団』総旗艦『アルカディア』最終近接防御戦隊。即ち、近衛騎士以外での最後の防壁。それがイオナとアリアが持つ戦隊。

 

「・・・・・なんだか、久し振りに乗った気がする」

 

 絶戦艦級一番艦、『イオナ』の右舷側飛行甲板の上で、テラは小さく呟いてみた。

 

「それはそう。我が君が最後に乗艦したのは、二年ほど前」

 

 純白のドレスを纏った水色の髪の少女は、近場に控えながらも周囲を警戒していた。

 

「味方だけしかいないけど?」

 

「これは私の習性のようなもの。私とアリアは、最後の楯。必然的に警戒をしてしまうもの」

 

 あくまで譲ろうとしないイオナに、強情なとは言えない。

 

 設定をしたのは、自分ではないとはいえ、自分のためにしていることなのだから。

 

 恨むならば父と母か、あるいは昔に馬鹿やった小さい頃の自分だろうか。

 

「提督!」

 

 掛け声に振り返ると、そこには敬礼した吹雪と、先ほどに出会った艦娘がいた。

 

「航空母艦赤城です。このたびは救助に感謝いたします」

 

「そんなに大げさなものじゃないよ。俺が好きでやっただけだから」

 

「いえ、それでも感謝します。あのままだったなら・・・・」

 

 彼女が言葉に詰まる。チラリと目線が向いた先は、飛行甲板に並べられたシートの上、毛布をかぶりながらも暖かい食事をしている人たちに向けられていた。

 

「貴方は提督なのですか?」

 

 振り切るように目線が戻る。鋭い光をたたえる瞳に、隣にいたイオナが間に入るように動き、吹雪が後ろ腰の剣に手をかける。

 

「一応、提督やっているよ。まあ、お飾りみたいなものだよ。俺は指揮って苦手だからさ」

 

「けれど、これだけの大艦隊を持っているのは、見事な手腕だからなのでは?」

 

 褒め言葉、ではない。言葉の裏側に、黒い感情が隠されている。

 

 『こんな大艦隊を動かせるのに、どうして使ってくれなかったのか』と。

 

「自分達の危険な時に使ってくれなかったのに?」

 

 グッと、赤城の表情が歪む。

 

 図星か。彼女に何があったかは知らないが、これだけの民間人を連れて逃げるだけの理由があったのだろう。

 

 政治か、派閥争いか。あるいは深海棲艦の侵攻か。最後のだったらいいのだが、一瞬だけ瞳に見えた憎悪が人間を憎んでいるように見えた。

 

 違うか、提督を憎んでいるのか。

 

 テラはジッと赤城を見つめながら、彼女の言いたいことを予想していた。

 

「当然のこと」

 

 テラが言葉を続ける前に、イオナが口を開いてしまった。

 

「私たち『サイレント騎士団』は、テラ・エーテル様の所有物。弾丸の一発たりとも、他の存在に使われるものではない」

 

 言い過ぎじゃないだろうか、と場の雰囲気とか状況を考えずに、テラは思ってしまった。

 

「民間人のことなどどうでもいい、と?」

 

「論外」

 

「何を・・」

 

 ギリっと赤城の拳が鳴った気がした。あまりに怒りに表情を一変させた彼女に、場の雰囲気が冷たくなっていく。

 

 同時に、赤城の後ろにいる吹雪は剣を引き抜きかけていた。このままもし彼女が何かしたら、迷わずに吹雪は斬るだろう。

 

「そもそも、前提条件が違う。私達はこの星の存在ではない」

 

「え?」

 

 赤城、あまりの言葉に怒りを霧散させて呆けてしまう。

 

「ま、そう言うこと。つい最近になってここに来たんで。事情が解らないんだよ。助けるからさ、教えてくれると助かる」

 

「は、はぁ」

 

 あまりの事態の変化に、赤城は終始、呆けた顔をしたという。

 

 そして、艦隊は鎮守府に戻った。

 

 明らかに地方の鎮守府ではなく、ちょっとした都市のようになった場所へ。

 

『ピ 全力って素晴らしい』

 

「この馬鹿ども」

 

 嬉しそうな笑顔のバッタに、テラは大げさに項垂れたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 民間人の誘導は、順調に進む。

 

 最初は機械の誘導にびっくりして、少しだけ怯えてしまっていたのだが、プラカード持って『悪い機械じゃないよ』と漫才を繰り広げるバッタ達に、誰もが警戒心を抜かれてしまった。

 

「とりあえず、身内同士で住めるように住みわけを。一人暮らししたいなら申請書に書いてください。規則はきちんと理解して、お互いを尊重して住みましょう」

 

 何故か、鎮守府の代表挨拶をしているルリは、全員を集めてそんなことを最初に行った。

 

「部屋のドアなどは指紋と網膜登録による鍵の解錠となります。念のため、内部のシステムはすべて、ドア登録された方の認証が必要になりますので、そのつもりで」

 

「すみません、意味が解りません」

 

 一人の質問に、ルリは小さく首をかしげた後、ポンっと手を打った。

 

「説明は後ほどバッタが行います。機械文明には慣れてくださいとしか言えません」

 

「税金とかは?」

 

 別の人の質問に、ルリはしばらく固まった。

 

 まさか、考えていなかったとは答えられないので、別の回答を考えている間に違う質問が飛んできた。

 

「ここは日本なのか? また追い出されるのか?」

 

「え・・・えっと、日本ではありますが、日本じゃないといえます。皆さんはテラさんが・・・・ここの提督が保護しています。皆さんが何かしらの罪やルール違反をしないかぎりは、例え日本政府が来たとしても身柄を引き渡すことはありません」

 

 ざわめきが起きた。

 

 不安と焦燥、あるいは戸惑い。今まで押し込めていたものが、一気に吹き出しかけたところで、ルリは両手を打ちつけた。

 

「はい、お話は終わりです。まずはゆっくり休んで、おいしい食事を食べて、のんびりと過ごしてください。疑問や質問は後ほど。連絡手段はいくらでもあるので」

 

 では、解散。

 

 多くの人の疑問を置き去りにするように、ルリは背中を向けて歩きだす。

 

『ピ! ではでは皆さま! 移動します! まずは部屋でゆっくりと休んでください!』

 

『ピ! お食事は後ほど時間をお知らせします!』

 

『ピ けが人はいませんね? 今すぐに必要なものがある人はこちらに』

 

『ピ 持病がある人は最初に申し出てください。お薬があるならば、それらの提出も。こちらで調合しますので』

 

 バッタ達が変わるように前に出て、プラカードを掲げる。

 

 『困った時はバッタまで。貴方のお隣にいる助っ人です』と書かれているプラカードを持った彼らは、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

 テラやルリにしか解らないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場を後にしたルリは、次に執務室へと歩を進めた。

 

「本当に、日本とはかかわりがないのですか?」

 

「基本的に何か援助してもらったことないな」

 

 執務室には、赤城と加賀がいた。二人は袴姿ではなく、白いブラウスに黒いロングスカート姿だった。

 

 艤装が損傷していたから修復しているのだが、変わりがないと知ってバッタ達が狂喜乱舞。

 

 百着近い衣服の中から、二人は同じ服を選んだらしい。同時にバッタ達が大いに嘆いたが。

 

「私達は日本とはまったく無関係です。ですから、貴方達が必要ないと言わない限りは、私たちが保護します」

 

 突然に声をかけると、二人が驚いて振り返ってきた。

 

「初めまして、この鎮守府の提督代行をしているホシノ・ルリです」

 

 自己紹介しながら、イオナとアリアに小さく目くばせ。

 

 テラの背後に立っていた二人は、一礼して僅かに左右に広がるのだが、退出することはしない。

 

 吹雪も部屋にはいるが、テラの後ろに立っているわけではなく、右側のあたりにいる。

 

 赤城と加賀が何かした場合、テラとの間に壁になれるように、両者の間に割って入れる位置取りだ。

 

「私達はある鎮守府から追われています。民間人を命令無視して助けたためです」

 

 赤城が重い口を開き、事情を説明してくれた。

 

 鎮守府へ深海棲艦の部隊が接近、中央に姫級を備えた大艦隊。鎮守府最高指揮官の提督の命令は、敵部隊をけん制しつつ撤退。

 

 戦術としては妥当なところか。いたずらに戦力を消費するよりは、一時的にでも退いて立て直したほうがいい。

 

 しかし、撤退途中で民間人が巻き込まれてしまい、提督に救助の許可をもらおうとしたところ、相手からは『即座に撤退』を命令された。

 

 守るべき者を見捨てるなんてできないと、赤城達が再び許可を申請したところ、『勝手にするがいい』と反逆者とされてしまった。

 

 話を聞いて、テラは『ああ、そう』と呆れていた。守るべきものを見捨てた軍に、意味があるのだろうか。そもそも、軍人とは国家と国民を守るために存在するのではないか。

 

 色々と考えるテラとは別に、ルリは冷めた顔をしていた。彼女にとって、守るべきはテラのみであり、他はおまけでしかない。

 

 彼の妻達―皇妃は、それぞれの騎士団が護るから、最初から対象としていない。

 

 この場合、その指揮官が考えたのは、大を救うために少数を斬り捨てる考えであり、決して悪いものではない。

 

 一部の民間人を救うために戦力を消費して、その後の敵の攻勢を防ぎきれずに本部―国家が崩れてしまっては、無意味でしかない。

 

「私たちを受け入れることで、日本政府がこちらの鎮守府に対して不当な命令を下す可能性があります」

 

 赤城は真摯に、自分達が苦難に陥ろうとも、テラ達の不利にならなように事実のみを語ってくれた。

 

 テラとしては、そんなことどうでもいいことで、助けると決めた赤城達を助けるのみなのだが。

 

 ルリは別の考えを持っていた。

 

「お話はどうも、と答えておきます。では、休んでください」

 

「え、あの、話を聞いていましたか?」

 

 あまりに普通の対応に、赤城は驚いてルリを見つめる。

 

「はい」

 

「では、私たちを」

 

「助けます」

 

「どうしてですか?!」

 

「助けてほしいのではないのですか?」

 

「それは、そうですが」

 

 あまりに普通に、当然のように答えるルリに、赤城のほうが戸惑ってしまう。

 

 加賀などは声も出せずに、表情を固めている。

 

「一つだけ訂正をしましょう。赤城さん、相手が誰だろうと、国家だろうと関係ないんです。私たちが重要視するのは、たった一つ。『我らが主の命令』だけです。テラさんは貴方達を助けると決めました、ならば我らはそれを護るのみ」

 

 真っ直ぐにルリは赤城と加賀をみつめた後、微笑む。

 

 後に赤城と加賀は語る。

 

 『あの時、私達は救われました』と。

 

 テラとルリには、『そんなことあったっけ』と回想されるほど、小さくて些細なことだったのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優等生や理性的な人達の回答はどうでしたか。

 

 では、馬鹿の回答を教えてあげましょう。

 

 答えは、『助ける』です。

 

 どんな理不尽なことでも、相手が誰であっても、助けてというならば助けるのが馬鹿の回答です。

 

 自分が危険になる、そんなものは跳ね除ける。

 

 国家が敵になる、ならばそんなもの叩き伏せる。

 

 それがテラ・エーテルの回答。

 

 幼馴染が国家間の理不尽で泣いたからと、帝国や連邦などを攻め滅ぼして広大な銀河帝国を築いてしまった馬鹿の、当たり前の答えです。

 

 

 




 
 彼女のことを思い出す時、どうしても最初の時のことが出てくる。

 本当に、笑ってしまうほど馬鹿馬鹿しいことのように。

 普通の人なら躊躇することを、彼女は『だからなんだ』と言って。

 彼が決めたことを護るために、他のあらゆるものを沈黙させる。

 そんな頼りになりそうでとても怖い人でした。


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