彼女達は常に死と隣り合わせ。
何があっても沈ませないと誓ったところで、世の中に絶対はあり得ない。
必ずといっても、すべてが理想どおりになることはない。
だからこそ、せめて、あの子たちに知ってもらいたい。
世の中には楽しいこと、嬉しいことがあるってことを。
執務室には、静寂が満ちていた。
続けての海域制覇と行きたいが、その前に確認することがあるので仕事中。
艦娘は二十名。編成したとしたら、三艦隊分。あまり四名。
遠征などはバッタ達に丸投げできるので、適度に組み分けての演習を行って練度の向上を目指していくのだが。
「早々に海域に放り出します」
ルリは即座に決断した。
赤城、加賀、由良、天龍、龍田、神通、荒潮、如月の八名は、元の鎮守府でも練度を上げていたようで、決して初心者や実戦未経験者ではない様子。
ならば演習を行うよりは、最初に海域に投入したほうがいいのではとルリは考えており、そのための作戦と思っていたところで、ふと嫌な予感がした。
提督―テラが執務室にいない。
まさか、そんなことは、と考えているルリの視界に通信が入った。
立体空中投影型モニター『ウィンドウ』に映ったのは、とても見慣れた光景だったので、穏やかに微笑みを浮かべて怒声を上げた。
「テラさん! だからなんでそんな訓練しているんですか?!」
逃げ惑う艦娘を相手に、古今東西の様々な宝具を降り注がせるテラ。泣きながら回避行動をする赤城達。そして、大きく頷く吹雪と暁姉妹。
ある意味、この鎮守府を簡単に説明しているような風景だったという。
最近の訓練が物足りない。物足りないけど、これ以上は戦場でしかあり得ない。いやちょっと待った、最近の訓練は提督が参加していないじゃないか。
新人も増えたことだし、ここで一つ恒例の特訓してみませんか。
吹雪の提案で始まった特訓は、まさに赤城達に『あの時の逃避行は天国でした』と感想を抱かせるに相応しいものだった。
「どうでした、私達の鎮守府の最高の訓練は?」
笑顔全開、悪意なしで聞いてくる吹雪に、誰も何も言えなかった。
場所は食堂に移り、皆が食事をして忘れようとしているのに、忘れさせないのは、決して悪気があるわけじゃない。
純粋に自分があれで強くなったので、皆にも強くなってもらおうとしているだけ。むしろ善意で提督に進言しているのだが。
善意がすべて好ましいものではないと、この時に誰もが知ったのでした。
「あ、あの吹雪さん?」
何故か、恐る恐る『さん付け』で彼女に顔を向ける赤城に対して、吹雪自身は慌てて手を振って。
「そんな敬語つけないでください。私なんて吹雪で十分です」
「いえ、私がつけたいのです。吹雪さん」
いっそのこと様と呼んだほうがいいのかと、赤城は心の中で思案したのだが、様と呼んでしまったらもっと怖い訓練になりそうな予感がするので押し止めた。
「あの訓練って何時もなのでしょうか?」
「いいえ。今はしてませんよ」
「あ、そうですか」
ホッと多くの艦娘達が安堵した次の瞬間、予想外のことが放り込まれた。
「私の時は毎日だったんですけど、残念ですが」
「毎日?!」
「私達の時もなんだけどね」
暁の一言で姉妹たちが頷くので、赤城は空いた口が塞がらなかった。
「あ、私も参加していたよ。本当に勉強になるから」
「姉さん?! あれをやっていたんですか?!」
「どうしたのさ、神通? 楽しいじゃない」
向こうで、川内型姉妹の意見の食い違いがあったり。
「私もやったなぁ。最初は怖かったけど、そのうちに『出来るじゃん』って思ったっけ」
「夕張だけだからね! 鈴谷と高雄を巻き込まないでよ!」
「そうそう!!」
一方で、初期メンバーと他のメンバーの分かれ目がはっきりしたり。
「あ、私はやってみたいかな」
「戻ってきて瑞鳳! そっちに行ったらダメだから!」
「そっちってどっち?」
新しい分野に目覚め始める卵焼き軽空母を、戦艦が止めようとしたり。
「でも、あれってかなり抑え気味でしたよね? 私の時は接近戦とかやったり、斬艦刀で海にとされたりしましたし」
「高速修復材が三桁は消費されましたね」
「嘘だと誰か言ってください!!」
初期艦と提督代行の事実を述べた言葉に、ついに一航戦の赤い方が机に突っ伏したとか。
「そうだね~とはいえ、あまりむちゃな訓練を課すつもりはないから、のんびりやろうよ」
元凶は誰もよりも気楽に笑って、手のひらをヒラヒラさせていたりするのだが。
「とにかくです」
ルリは場を仕切り直すために、咳払いを一つ挟む。
「現在の艦娘の数で言えば、三個艦隊余り四人。四人のところにテラさんを押し入れて四個艦隊での海域制覇をしていくことになります」
説明に、ルリが苦渋の顔を作る。
未だにテラが出撃するのにいい顔はしないが、適度なストレスの発散になっているので止めるつもりはもうない。
「一個艦隊一海域で?」
「無茶なこと言うわね」
テラの何気ない一言に、荒潮から否定が入るのだが、もっと無茶なことを提督代行は考えていた。
「え? 二海域ではなく?」
「誰かこの人たち止めて!」
本気で泣きそうな荒潮がいたりする。
「というのは冗談ですが」
「本当に?」
「ええ、もちろんです、荒潮。私がそんな無茶な指揮をとる、と?」
やりそうじゃない、と無言で訴える彼女に『しませんよ』と手を振って答える。
「まあ、艦娘の数も増えたし、艦隊機動や連携の訓練も挟みたいので、休憩入れつつ色々とやっていきましょう」
「色々ね」
「はい、色々です、テラさん。民間人のほうも住民として、都市部へと移ることもありますので。そういえば、ルールについて何か付け足しますか?」
「それはどっちへの?」
「住民たちへのルールは一応、あたりさわりのないものを配布しておきます。艦娘達へ提督から何か命令があれば。ちなみに、ですが」
そこでテラを向いていたルリは、顔を艦娘達へと向け直す。
「我が鎮守府では提督の命令は絶対です。何があろうと守りなさい」
「そうやってみんなを縛りつけるのねぇ」
龍田から鋭い視線が向くのだが、ルリは気にした様子もなく受け流す。
「では、提督」
「うむ。特にない、以上、食事しようぜ。腹が減った」
尊大に頷いて立ち上がり、腕組みしたテラだったが、そのまま座ってしまう。
「ならば、最初の命令だけです。いいですか? 一つ、死ぬな、生きて戻れ、二つ、仲間を裏切るな、三つ、魂に背くな。以上ですのでしっかり守りなさい」
「え、それだけ?」
如月の疑問に、吹雪、暁、響、雷、電の初期メンバーが頷く。
「他にはありません。しかし、私からは細かい注意点があります」
ルリから語られたのは、テラが命令しない細かい部分。
任務以外での艤装の着用を禁止する。これは制服も含まれるので、任務以外は私服を必ず着用すること。
もし命の危険あるいは、身の危険を感じた場合は、提督あるいは提督代行の許可を待たずに艤装や火器の使用を許可する。
任務に対しての拒否権はあり、任務内容は通知するので本人が必ず選択して受けること。
月々の給料についてだが、任務の達成率、あるいは任務の数、書類の提出状況などを考慮して配給する。
等など。
「え、それだけですか?」
「それだけといっても、赤城。大切なことです。この鎮守府には可愛い子には可愛い服を着せたいバッタがいます。常に艤装なんて話になったら、暴動が起きますよ」
「給料がもらえるの?」
「由良は何を言っているのですか? 普通、労働に対しては賃金が発生するものです。貴方達が働いているのだから、給料くらいはあげます」
「任務が選択制なんだ」
「当然のことでしょう、如月。全員の技量は私が把握していますが、体調まで管理しているわけじゃありません。体調不良や苦手だと思ったら拒否すればいいんです」
けれど、強制任務はありますから、それは覚悟しなさい、とルリはつけたしてパンを千切りだす。
「さて、話は終わりですか? 細かい規則などはその都度、変更や付け加えを通達します。全員、携帯端末は持ちしたね? それにメール形式で通達しますので、目を通しなさい」
話は終わりだと告げて、ルリは食事を再開した。
困惑とかはすべて置き去りにするように。
食事の後は自由時間。
午後はルリとテラが書類と向き合うので―住民からの嘆願書などが出てきたので、書類が発生しています―艦娘達は自由時間とした。
「ああ、そうそう、吹雪」
「はい!」
「訓練したら私が直々に『焼きます』からね」
「・・・あれ、ですか?」
蒼白になって敬礼する吹雪が尋ねるので、彼女はにっこりと笑いながら告げた。
「はい、あれです」
「はい! もちろんしません! 大人しくしています!!」
背筋を伸ばして再敬礼した彼女に、誰もが思う。
『あの鬼神のような吹雪さんに、ここまで言わせる何かを提督代行はやったのか』と。
「書類仕事なら手伝います」
赤城が手を上げるので、ルリは小さく手を振り返す。
「それほど大量ではないので。貴方達は逃避行の後だから、少しのんびりしていなさい」
「しかし」
「では、提督代行命令です」
そんなところで命令を使わなくても、と誰もが思ったのだが、ルリは真面目な顔で告げてからテラの後を追って食堂を去って行った。
後に残された艦娘達の中で、最初に動いたのは吹雪だ。
「はい、では自由行動になったので、全員が私服に着替えてくださいね」
胸の前で手を打った彼女の言葉に、『これもそうなのか』と誰もが思って腰を上げる中、重要なことに気づいた子がいた。
「私服ってなんですか?」
由良からの質問に、動きが止まる艦娘が七名。
「え? あれ? 部屋にありませんでした? 確かバッタ達が作ってタンスの中に入れてくれているはず」
「吹雪、吹雪、タンスじゃなくて『クローゼット』よ」
暁の指摘に、『そうでした』と吹雪は言いなおす。
「確か、オープンタイプクローゼットの中にありましたよ」
「そんなものがあるんですか?」
「はい、壁一面が動いてすべてクローゼットになります」
笑顔で伝える吹雪の言葉に、半信半疑の赤城達。
けれど、この鎮守府で生活をしている吹雪達からすれば、当たり前の技術でしかない。
「ちょうどいいので、各自は戻って確認してください。知っている人たちは、自由行動を。私は、どうしましょう?」
はっきりいって、吹雪は訓練の虫なところがある。
空いた時間があれば訓練、あるいは勉強。提督であるテラにくっついて、執務室とか、そんなことで時間を使ったりしているので、露見した時はルリがひどく怒ったものだ。
『いい仕事はいい休暇から。休暇を自分らしく楽しめない者に、いい仕事なんてできません』というのが、彼女の言い分。
けれど、吹雪から言わせてもらえば、これが自分の休暇の自分らしい過ごし方なのだから、見逃してほしい。
はっきりと反論したのだが、ルリは頑として聞いてくれず、今日の休暇をどうするか悩んでいたりする。
「街に行ってみたら、どうでしょう?」
電の提案に、吹雪は少しだけ考える仕草をとってから、フッと気づいた。
「一度も行ったことないです」
「ええ?! 初期艦なのでもう何度も行っているのかと」
「いやいや、この鎮守府の中だけで大抵のことが終わるじゃないですか」
「確かに」
響の頷きに、誰もが同意を示してしまう。
なんなんだここは、と誰もが思うほどに鎮守府の中は充実していた。
売店があるのはいい。しかし、だ。軍事施設の司令部の中に各階に一つずつあるのはどう考えてもおかしいだろう。
自動販売機はないのだが、飲み物を満載したカートをバッタが押して回っているのはどうだろうか。警戒のためと言っているが、どちらかといえば常に作りたてのコーヒーや紅茶を配ることに重点を置いてないだろうか。
パン屋ははたして必要か。食堂があるのだから、その中にあればいいのではないだろうか。
しかも、艦娘寮の各所に配置されているのは、どういう意味なのか。おにぎり屋とかお弁当屋があるのも変だ。
総合デパートは必要な施設なのかも疑問が浮かぶ。服から小物、化粧品まで売っているデパートが、鎮守府の敷地内に三か所は多くないか。
『お金さえ出せば、電池からミサイル、軍艦まで』ははっきりいってやり過ぎだ。傭兵でも雇っているなら話は別だが、ここにそんなものはいない。
色々と規格外な鎮守府のことを思い出しながら、艦娘達はそれぞれに分かれて自由時間を満喫するのでした。
鎮守府から内陸に行ったところに、街がある。
街といっても、民間人を受け入れたアパートメントがある区画ではなく、純粋な商業都市といったような作りであり、娯楽のための施設で統一されている。
デパートはもちろん、本屋や雑貨店、映画館、カラオケなど。よく探せば専門店はもちろん、何故にある銃器店といったものまで。
買えないものはここにはない、とバッタ達が作った場所に、彼女は生まれて初めて足を踏み入れた。
踏み入れたのだが、入ってすぐに洋服屋で捕まった、と。
「これ可愛い!」
「あ、そうだね」
嬉しそうに服を抱きしめる荒潮を見ながら、吹雪も店内を見回す。
街へ行こうかと歩いていると、『私も一緒にいいですか』と荒潮が後からついてきて、その後にもう二人が合流。
四人組となって街に入ってみて、その凄さに圧倒される前に服屋に圧倒されてしまった。
なんだろう、この洋服のために作られた店は。
「色もカラフルなのね」
「ど・れ・にしようかな」
驚きながらも一着一着と手にとる如月と、一つ一つと選んで行く陽炎。
何故にこのメンツになったのか、吹雪は疑問を感じるのだが、三人が楽しそうにしているので、自分も洋服を見ることにした。
訓練の虫とはいっても、吹雪も女の子。可愛い服に興味はある、あるのだがどうしてもバッタ達が作ったものと比べてしまう。
いや、ここのもバッタ達が作ったものなのだが。一般的なデザインをされているので、どうしてもオーダーメイドに比べると見劣りしているような。
そこでハッと気づいた。自分は知らないうちに贅沢になっていないか。普通にオーダーメイドがいいと考えている時点で、バッタ達の罠にはまっていないか。
『ようこそ、美と娯楽と楽しみの世界へ』と吹雪の脳裏にバッタ達が横断幕を掲げて迫ってくる。
「吹雪さん、選ばないんですか?」
「え?! あ、あ、そうですね」
陽炎に言われて、慌てて頭の中を振り払う吹雪だった。
買い物は楽しく続く、というわけにもいかず。
「予算が」
「高いわね」
ジッと値札と睨めっこする荒潮と如月。まだまだ配属された二人の資金は、少ないものでしかなく、一度に五着なんて買えるわけもない。
陽炎はそれなりに貰っているので、五着くらいは余裕なのだが。
「次の時まで残っていればいいけど」
「残念」
二人は諦めたらしいので、帰るのかなと思っていたら、次の場所へと歩きだしていた。
「あっちにクレープ屋さんがあるみたい」
「行ってみましょう!」
荒潮が地図を確認、賛同した如月が飛びついていき、そのまま流れるようにクレープ屋さんへ。
陽炎も慌ててついていき、吹雪は仕方ないなと思いながらも後を追う。
その途中で、ふと別の店が目に入った。
「ほら神通! このフリルが可愛いって」
「姉さん、それはその」
フリルで作られたような服を進める姉と、それに困惑して顔を真赤にした妹が見えた気がしたが、気のせいだろう。
「吹雪さ~~ん」
「はーい!」
名を呼ばれて、吹雪は返事をしながら三人に合流した。
クレープ屋さんは、先輩ということで彼女が奢ったのでした。
その後も街中を散策しながら、荒潮と如月の気の赴くままに歩き回り、夕方にはきちんと鎮守府へと戻った。
「あ、荷物はバッタ達が届けてくれるんだった」
戻ってすぐ、吹雪はそのことに気づき、三人から非難じみた視線を受けることになったのだが、いい経験でしょう。
書類仕事はあまり好きではない。これはテラだけじゃなくルリも同じ。
けれど、人が増えた以上はやらないと。
「あ、まただ。『設備が整い過ぎていて怖い』」
「そちらもですか? こっちも、『科学技術が高い』ですよ」
「ええ~~何でかな?」
「私たち―銀河帝国の標準で作ったからでしょうか?」
「でもさ、この世界の科学技術水準だと、バッタ達が納得しないんでしょ?」
「そうですね。諦めてもらいますか」
「よし、俺が言って話をしてくるよ。代表の相沢さんって、かなりの高齢なんだけど、眼光が鋭くて好きなんだ」
「へ~男の人ですよね?」
「うん、なんだかバトラーに似ているからさ」
あの人に、とルリが内心で思っている間に、テラは執務室を後にした。
「まさか、生活水準が高くなって『ダメ』と言われる日が来るなんて。世の中は何があるか解りませんね」
山のようになった嘆願書を見て、ルリは小さくため息をついた。
新しい場所はどうでしょうか。楽しいところですか、嬉しいところですか、生きがいを感じますか。
毎日が辛くはないですか、毎日が悲しくはないですか。
もし、そうでないならばどうか毎日を自分らしく生きてください。
貴方達が何者であっても、それは生きているならば許されることなのですから。