今日も何処かで誰かが泣いている。
悲劇は終わることなく続いていくのだろう。
けれど、同じように喜劇も世界にあり、終わりなんてない。
ならばすべて喜劇にしてやろう。
彼はそう言いながら笑っていた。
日当たりのいい縁側で美味しいお茶と茶請けを貰ったとしたら、人は難しい話などせずにのんびりとお茶を楽しむのだろう。
日本人だけかもしれないが。
「おまえさん達には感謝しているんだがな。どうにもな」
白髪に作務衣を纏った老人は、縁側に座布団を引いてお茶を飲んでいたのだが、唐突に口を開いて頭をかきだす。
「俺達は日本に見捨てられた人間だ。それを助けてくれたことは、本当に感謝している。けどな」
苦渋というか、言い方が思い浮かばないというか、男は言葉に詰まったかのように口を開きかけては止めている。
「ああ、クッソ。昔はもっと簡単に言えたんだがな」
「年を取ると保守的になるんですか?」
「ぬかせ、餓鬼が。そうじゃねぇな。助けてくれたことは感謝しているんだが、どうにも科学技術がなぁ」
男―相沢・宗吾は、片手を上に向けて視線を天井へと上げる。
「みんな、困惑してんだよ。ここが西暦何年か理解してるか? それが、SF小説って世界に放り込まれて、困惑しないと思ってんのか?」
理解してくれ、という口外の意味を知りながら、テラは親指を立てて突き出してみた。
「がんばって慣れてください」
「おいこら」
いい笑顔で告げるテラに対して、宗吾は駄目だなと諦めるしかない。
最初にここに住む時の条件と我慢して飲み込むしかないのだろう。実際、慣れてしまえば随分と便利な場所ともいえる。
「それで、そっちはどうだ? 日本が何か言ってきたか?」
「いいえ、接触さえなかったので。まあ、接触してきたらしてきたで、俺達が対処しますよ」
「いいのか?」
もしかしたら、戦争になるぞ。国家と戦えるのか、と宗吾が目線で語るのでテラは小さく首を振った。
「なんとかなりますし、何とかします。それも含めて、皆さんを助けるって決めましたので」
「そうかい。なら厄介になる」
「はい、どうぞ」
難しい話はそこで終わり。後はのんびりと縁側でお茶を飲んで、他愛のない話を続けていった。
しばらくして鎮守府へ戻るテラは、ふと思い出す。
「あ、俺が銀河帝国の皇帝やっているって話、しなかった」
「・・・・テラさんって、権力とか軍事力を集めたりしても、それを忘れますよね」
迎えに来た車の中、ルリに呆れた顔で見られたテラは、大げさに両手を広げて見た。
「うむ、仕方がない。俺は、俺だから」
「はいはい。立場や権力に固執しないテラさんは、とても素敵ですよ。でも、それを忘れて動いてアイリスさんやセラムさんに怒られても知りませんよ」
「うん、それは愛情だから仕方がない」
気楽に笑うテラに、ルリは思う。
この人は、まだ奥さんを増やしそうだな、と。
よし、海域制覇だ。
普通は軍事行動の前の提督といえば、尊大な態度で相応しい言葉を並べて、うんたらかんたらと言うのではないか。
艦娘全員が色々と思うことはあるのだが、テラとしてはそんなことしたことがないので、以下省略したい。
したいのだが、何故かルリが『しないと締まらない』と言ってくるので、言葉を選んで考えて、どうにか絞り出したのは上の言葉。
「シンプルイズベストって言葉があってね」
とてもいい笑顔で語る提督に対して、全員が思ったことは一つ。
『あ、この提督は上に立つ人じゃない、現場主義の人だ』。
「全員、出撃。バッタ達の偵察である程度の敵位置は把握していますが、あくまで前情報です。後は現場の判断に委ねます」
何事もなかったかのような提督代行の言葉に、全員が改めて気を引き締める。
未知の海域への第一歩、それは誰もが入ったことのない場所に入る前の怖さに似ている。
「念のためイオナとアリアは即応体制で待機、バッタ達もフル装備で待機させておきます。ですが、あくまで補助です。主役は貴方達なので、各員奮起なさい」
「艦隊出撃!」
提督代行の訓示の後、吹雪の号令で艦娘達が海原へと入る。
「全員全力で! 提督を追いかけましょう!」
彼女達の前にさっさと進んでいく馬鹿が一人。
「なんで指揮官が先頭で進んでるのかな?!」
「鈴谷! 叫んでないで全速力!」
「こんなことでいいかよ?!」
「天龍ちゃん! しゃべってると置いて行かれるわ!」
「ああもう! 艦隊って組まなくてもいいわよね!」
「夕張! そこまで投げやりにならないで!」
ワラワラと慌てて海面へと飛び降りて、そのまま艤装展開し進んでい艦娘達を見ながら、ルリはふと思う。
昔から、あの人は人の後ろではなく前に行く人だったなぁ、と。
「・・・・妖精たちの尊い犠牲に」
ルリは敬礼し、テラの艤装に安全装置の意味を込めて、乗り込んだ勇敢な妖精たちに敬意を示した。
一方、その妖精達は全員が同じ思いでいた。
『止めておけばよかった、助けて』と。
中に誰がいても関係なし。自分の動きをつきつめて、できないことを虱潰しで消していくのがテラだ。
全速、急停止は当たり前のこと。その場で回転は縦横斜めまで行うテラの機動を後ろから見た艦娘達は、一部を抜かして蒼白になっていた。
同時に、妖精達も『あんな変態機動は止めて』とそれぞれの艦娘に嘆願していた。
「追いつきますよ!」
しかしながら、常識的な艦娘ばかりではないのがこの鎮守府の特色であり、中でも初期からいる吹雪は、テラにどっぷりと染まっているので。
一気に加速する吹雪、それに当り前のように従うのは暁達姉妹。
「え、ええ?! 同じ推進機ですよね?!」
神通が驚いた声を出す中で、川内も夕張も加速。
全員が同じ推進機を搭載し、機関出力もそれぞれの艦種通りなのだが、何故か吹雪達の速力は他の艦娘を引き離す。
先行するテラ、それに追いつく勢いの吹雪、暁、響、雷、電。遅れるようにして付いていこうとするのは夕張と川内。さらに距離が少し開きながらも、陽炎、鈴谷、高雄が追従する。
チラリとテラは背後を振り返り、全員の位置を確認した後に前を向いてさらに増速。
『無理ですぅ』
妖精達の悲鳴に、限界がここかと口の中で呟いて、力を抜く。
「ん~~ちょっとまだ全力は無理かな」
右手を握りこみ、テラは後ろへと体を向けた。
「遅いぞ、全員!」
大げさに悪戯っ子のように笑うテラは、小さな憤りを外に見せないように振舞っていた。
波が撃つように、怒号が鳴り響く。
横あいから突きつけられた砲身が放った砲弾が、海面から顔を出して砲撃しようとしていたイ級を吹き飛ばす。
「一匹目!」
左手を突き出した姿勢のまま、吹雪が駆け抜ける。続いての目標は敵ル級二隻。左手の砲身をそのままに、右手で後ろ腰の剣を引き抜いて一閃。
二隻を瞬く間に沈め、そのまま走り抜けて後方部隊へ。
「ヲ級空母、その首貰った」
砲撃二発。連装砲から放たれた砲弾は、発艦しようとしていた艦載機の中へ飛び込み、爆発。航空機の燃料と爆弾に火をつけて、ヲ級を吹き飛ばす。
「吹雪! そっちから向かって!」
直進する吹雪の左舷側から暁が飛び出す、反対側には雷が補佐に入りながら周辺警戒。
「私が真っ直ぐ行くから!」
「注意を反らすってことね! 了解よ!」
三隻の駆逐艦が、敵艦隊を食い破る。周り中が敵となっても、三隻は止まらないし、止まることはない。砲撃、魚雷、足を止めずに突き進む三隻に、敵集団が翻弄されていく。
「ほら神通! 遅れない!」
「はい! 姉さん!」
さらに外側から、川内、神通の二隻が突撃し、吹雪達に注意を向けられた艦隊をかき乱す。
「速いな、おい!」
「天龍と龍田が遅いだけ!」
「言ったな!」
二隻に遅れるように、さらに二隻の軽巡が電撃戦を仕掛け、敵重巡部隊に突撃開始。
「提督の攻撃に比べたら止まって見えるぜ!」
砲弾も魚雷も、怖いとは思えない。要するに直撃しなければいいだけで、軽く身をひねって回避し、速度を落とさないまま突き進む。
「うわぁ~~~凄いね」
主戦場から距離をとったところで、瑞鳳は偵察機から送られてきた映像を見ながら感心していた。
僅か七隻で、三個艦隊分の敵を撃破し続けているのは、見ていて怖いというよりは見事と褒めたくなる。
「これ、私達の出番ないわね」
扶桑も画像を見せてもらいながら、主砲を細かく動かしている。
念のため援護射撃でもと考えていたのだが、必要ないかもしれない。
「如月と荒潮も、あれをやる時が来るからね」
夕張が話を振った先、同じ駆逐艦と思えない動きをする吹雪達を見ていた彼女達は、『無理です』と小さく呟いていたという。
「吹雪達で終わりかな? 後は?」
テラの問いかけに、周辺に偵察機を送っていた赤城と加賀は首を振った。
「他の敵艦隊は見えません」
「あれだけなのでしょう」
「そっか。由良、敵潜水艦は?」
「反応ありません」
念のためにソナー搭載した由良の報告に、テラはよしっと呟いた。
潜水艦のために爆雷を搭載した響と電を待機させ、陽炎と鈴谷、高雄で対空戦闘用意をしていたが、あの様子ではこちらまで来ないだろう。
「俺も行っていいかな?」
「ダメです」
一言だけ断ってみたのだが、全員から否定意見が入ってテラは動かしかけた足を止めた。
いや、そんなに全力で否定しなくてもと口の中で言葉を転がしながら、手に持った砲塔を動かす。
「扶桑、砲狙撃戦でいってみる?」
「まだ無理です」
「いやいや、やってみよう。物は試しって言うし」
気楽に笑顔なテラを見ていて、扶桑は『出来るかな』と思い始めてしまう。
「や、やってみようかしら?」
「扶桑、乗せられないで」
乗り気になった彼女を止めたのは、呆れた顔で見つめる高雄。
「鈴谷もやってみれば出来るかも」
「なんで貴方まで?!」
予想外な伏兵の出現に、高雄はその場に崩れ落ちた。
「お、終わった」
妙な話をしている間に、吹雪達は艦隊を沈めていた。
その後、二度、三度と会敵するのだが、すべて同じように吹雪達の突撃で終わり、艦隊は損傷らしい損傷もなく鎮守府へと帰還した。
艦隊の帰還がすれば、後は妖精やバッタ達の仕事。
艤装の修復、弾薬の補充。燃料の補填。
続々と消費される資材の報告書を眺めながら、ルリはポツリと呟く。
「少ない」
「はい?」
執務室で書類を手伝っていた赤城は、提督代行の一言に『資材が足りないのか』と思ったらしい。
一方、テラと吹雪は、『あ、またか』と口にした。
「この資材量は何ですか? 数百? 数千? エコがついにこんなところまできたと? なんて少ない資材消費なんですか?」
書類を手に持ったままプルプルと震える彼女は、やがて書類を机に置いた後に立ちあがる。
「これだけ艦娘が増えたのに、一万にも満たないなんて。私を資材で殺したいんですか? もっとグッと消費しましょう。弾丸なんて一万発は撃ってから戻ってきなさい」
淡々と呟く彼女の後ろには、何故か般若の影がチラついていたが、誰もが話を振ろうとしない。
「・・・・・開発してきます。すべて一万とかつぎ込んで、やってきます」
「待とうか、ルリちゃん」
「いいえ、やります。こうなったら、噂の大和型くらいいないと、作戦の度に資材の残量で私が死にます」
無表情に告げた彼女は、そのまま執務室を出て行った。
「提督、止めないんですか?」
「本当に資材を大量消費しますよ?」
赤城と吹雪に言われ、テラは小さく首を振って両手を上げた。
「無理、あの状態のルリちゃんは何を言っても聞かないから」
「はぁ」
放っておくのが一番だ、と全身で語るテラ。
嫌な予感がしてくる赤城と吹雪。
そして、その後に鎮守府を揺るがす事態となるとは、誰もが予想していなかった。
「・・・・・・誰か私を埋めてください」
「おう」
執務室で頭を抱える提督代行。
半眼で呆れている提督。
そして、鎮守府に着任した戦艦達。
「大和型一番艦の大和です」
「長門だ。ビックセブンの力、見せてやろう」
二人を前にして、全員が絶句していたという。
まさか、本当に当てるとは。
その後、鎮守府でルリのことを『招き猫』と呼ぶようになっとか、ならなかったとか。
色々と規格外なことが多い毎日ですが、日々は楽しく過ごせています。
戦争の最中なので、辛いこともあるのですが。
それ以上にあの人達は楽しいことを色々と突っ込んで来て。
毎日、笑顔で溢れているのがうちの鎮守府です。