夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 一年が終わり、新しい一年が始まる。

 日々の繰り返しに飽きてはいませんか。何故かやる気が起きないとか、そんなことはありませんか。

 こちらですか?

 ええ、大丈夫です。飽きたとか退屈とか、そんなことを言っている暇があるならば、色々と大騒動を引き起こす人がいますので。




初めてのお正月、着物姿は危険な香り

 

 年の瀬も終わる今日この頃、馬鹿騒ぎのような鎮守府の中にも一つの寂しさが漂い始めた。

 

「ん、もう今年も終わりかぁ」

 

「ええ、そうですね」

 

 執務室にはテラとルリの二人だけ。

 

 赤城は新型艦載機の様子を見に工廠へ、という建前のバッタ達の監視に。何やら『対消滅エンジンの軽量小型化』やら、『重力子機関のダウンサイジング』とか言っていたので、全員が不安に駆られたためだが。

 

 吹雪は新人二人―大和と長門の教導の立会に。駆逐艦が戦艦の教導とは、色々と不可思議な気もするが、現在の鎮守府で最強といえば吹雪なので。二人がトラウマを作らないことを祈るが。

 

「俺、ちょっと帝国に新年の挨拶に行ってくるね」

 

「はい。私はここで艦娘達に正月を体験させますね」

 

「お願い、終わったら戻ってくるけど」

 

「解りました」

 

 会話の合間に書類が行き交い、テラが作った書類はやはりルリが修正して収められていく。

 

「俺、今度、神様をちょっと殺して能力を奪ってくるね。書類作成能力の神様って誰がいたかな?」

 

 虚空を見上げてポツリと呟く主に対して、巫女は思う。

 

 『そんな理由で殺されるなんて、神様も死んでも死にきれないでしょうね。でも、テラさんなら本当にやりそうですから、放っておきますか』と思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振袖とか着物とか、色々といい方はあるかもしれない。専門家に言わせれば細かい違いがあって、それぞれに着る場面が違ってくるのかもしれないが。

 

 着用する当人にとっては、『綺麗・可愛い』で終わってしまうかもしれない衣装の数々を前にして、荒潮は深々と溜息をついた。

 

「これ一着で三か月の基本給が飛ぶ」

 

「言わないで荒潮!」

 

 マネキンに着せて飾られたものを見つめながら、ポツリとこぼれてしまったものに、隣にいた陽炎が頭を抱えていた。

 

「慣れなさいよ。バッタ達は妥協を知らないんだから、当然のことじゃないの」

 

 苦言を呈するのは暁。彼女はすでにバッタ達によって着替えさせられ、優雅にイスに腰掛けて紅茶を飲んでいる。

 

 最初の頃の幼い印象を残しつつ、仕草が徐々にレディーになっているのは、彼女の日々の努力の賜物だろうか。

 

「姉さん、流石だね。その動じない精神を私に分けてくれないかな?」

 

 暁の正面に立っている響は、さっきから微動だにせずにいた。高価な着物を纏っている緊張感が、彼女の体を束縛しているらしい。

 

 

「響、いいことを教えてあげるわ」

 

 一口だけ紅茶を飲んだ暁が、優雅な仕草でカップをテーブルに置く。

 

「なんだい?」

 

 動かずに石のように固まりながら、瞳だけは細める響。 

 

「私達の基本給は、これ一着を一か月で買えるのよ」

 

 真顔で語る彼女は、よく見れば軽く震えていたようだったが、鉄の精神がそれを外に出ないようにする。

 

 ハッとした響は、ゆっくりとした動作で動きだした後に、椅子へと腰掛けた。

 

「悪くない金額だね、姉さん」

 

「ええ、その通りよ。姫級を三匹ほど狩れば、一発で終わりよ」

 

「なるほど。正月が終わったら、行ってみようか」

 

 二人してそこで笑うので、聞いていた他の艦娘は思った。

 

 『あ、この鎮守府の最古参って怖い』と。

 

「皆さん、着替えは終わりましたか?」

 

 更衣室のドアを開けて、吹雪が入ってくる。彼女はすでに着替えた後、正月からの日程の確認のために執務室まで行っていた。

 

 さすが、最古参の初期艦。あの豪華な着物を纏ったとしても、平然と動いているのかと周りが尊敬の眼差しを向ける。

 

「あの、どうして大和と長門は壁と同化しているんですか?」

 

 着替えたまま石像と化した二人を見つめる吹雪に、誰もが答えを口に出せずに曖昧に頷いただけにした。

 

 ちなみに、だが。当初は吹雪は、誰もを『さん付け』で呼んでいたのだが、あの訓練とその後の実戦が終わった後、『さん付けは止めてください』と全員から土下座されたため、仕方なくつけることを止めた経緯があるが。

 

 今は正月の着物の話なので、関係ない。

 

「二人とも動きましょうよ。せっかくの綺麗な服なのだから、色々な人に見てもらわないともったいないですよ」

 

 近づいて二人の手を持つと、蒼白になって汗を流し始めた。

 

「吹雪さん、私達はまだ新人ですから」

 

「はい、知っていますよ。大和」

 

「その私たちに、あの金額の着物は、精神的な圧力がだな」

 

「なにを言っているんですか、長門?」

 

 二人して交互に理解してくれと伝えるのだが、吹雪には中々に伝わらない。

 

「いくらなんでも高すぎないですか?」

 

「着物が高いのは知っていたが、金額がな」

 

 大和と長門の言い分に、ようやく吹雪は納得して両手を叩いた。

 

 ちょっと高価過ぎる衣装に、着たはいいが汚したり破いたりするのが怖くて動けないと。

 

 室内を見回せば、誰もがそんな雰囲気なので、これでは正月が楽しめないと吹雪は感じてリラックスさせるためにちょっといい話をすることにした。

 

 全員の緊張をほぐすための冗談。提督から聞いた時に、面白い話をするなと思って覚えていたのを、ここで披露するしかない。

 

 彼女はまったくの善意で語ろうとしているが、それは世間一般的ないい話ではないのが、テラ・エーテルという人物のセオリー。

 

 どっぷりと彼に染まっている吹雪も、それが世間からズレた話であると知らないまま、語ってしまった。

 

「大丈夫です。これらは私たちのために作られたものですから、皆が着て大いに楽しんでこそ、その価値が生きていきます」

 

 しっかりと全員の顔を見回しながら、彼女は微笑んで語る。

 

「提督も提督代行も、私たちに日々の楽しさを伝えるために、こういったものを作ってくれるのですから、楽しまなきゃ失礼ですから」

 

 二人は本当に、色々なものをくれた。毎日の食事の美味しさ、訓練を通して強くある自分の楽しさ、戦場に出ても一人じゃない嬉しさ、疲れて帰ってきた時に迎えてくれる温かさ。

 

 色々なものを貰ったのに、返せるものは極僅か。なら、こういった時に楽しんでいる様子を見せるのは、せめてもの恩返しだろう。

 

「だから、楽しみましょう」

 

 全員の顔から緊張が消えて、誰からともなく笑顔が広がっていく。

 

「はい、大丈夫そうですね。では、最後に。『え、そんなに金額かけてないよ、皆の軍艦時代の修理費より安いから』って提督が言っていましたよ」

 

「吹雪さん?!」

 

「はい?」

 

 国家の象徴と防衛の要の軍艦と、個人が着る着物の値段を比べるなんて。

 

 室内にいた艦娘全員が脱力する中、吹雪はきょとんとして首を傾げたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新年の挨拶は、一年を通してどのように過ごしていくかの訓示でもある、と誰かが言っていた。

 

「では、諸君、これより先も海域を制覇し、敵の領海を切り裂き、縦横無尽に活躍しようではないか」

 

 ある場所で、とある男がそんなことを言っていた。

 

 居並ぶのは軍服を纏った集団。男性、女性はもちろん、年齢もバラバラな一同を見下ろした男は、手に持った杯を傾ける。 

 

「乾杯」

 

 静かに告げた言葉の後、全員の復唱で宴会の幕は上がった。 

 

 酒を飲み、あるいはジュースで場を濁しながら、立食式の会食は豪華に進められていく。

 

 年間を通して苦しい一年を過ごした部下たちに、せめて正月くらいは楽しませようと豪華にしたのだが。

 

 民間人のことを考えると、今回の会食の内容は伝えられないか。

 

 我が国の、日本の市民生活は困窮寸前にまで追い込まれている。元々、外国の輸入で賄っていた生活用品は、深海棲艦のために滞り始めていた。

 

 日本各地でも必死に製造をしているが、沿岸部では深海棲艦の攻撃の危険が多いため製造作業に専念できず。かといって、内陸部では場所が限られてくる。

 

 設備や工場を整えようにも、機械自体が不足している。

 

 次々に押し寄せてくる深海棲艦、こちら側も艦娘によって抵抗を続けているが、正直に言って厳しいものがある。

 

 艦娘の絶対数が足りない。鎮守府の数も足りない、提督の数も足りない。その上で工作機械も足りないのでは、まともな防衛戦などできるわけがない。

 

 だというのに、政府からは領海の安全及び輸送路の確保を打診されてくる。まったく頭が痛い問題だ。

 

「なあ、知っているか?」

 

「ああ、不明な艦娘の集団がいるって話だろ?」

 

 不意に、そんな言葉が耳に入ってきた。

 

「何の話だ?」

 

「これは軍令部総長、実は鎮守府に所属していない艦娘の集団がいるようなのです」

 

「なんだと?」

 

「しかも、その集団の駆逐艦が、『敵の姫級を単独撃破』したようでして」

 

「何?!」

 

 まさか、そんなバカな。敵の姫級といえば、聯合艦隊を組んでやっと撃破できるほどの強敵だ。それを駆逐艦一隻が撃破したというのか。

 

「何処で見た?」

 

「噂程度ですが、色々な領域に出現しているようです」

 

「あくまで噂です。実際に見たものはいません」

 

 なんだと。よくある戦場の逸話か何かか。軍令部総長は、そんなことを思いつつも僅かな希望にすがるように、声を潜めた。

 

「探せるか?」

 

 背後に近寄った部下に告げると、彼は大きく頷いて離れていく。

 

 もし、本当にそんな連中がいるならば。

 

「この日本は助かるかもしれん」

 

 小さく男はそういって、目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本が苦難の中にあったとしても、テラ達は平常運転。周りのことなど知っているようで知らないように放置して。

 

 馬鹿騒ぎの真っ最中。

 

「よぉし! お年玉をやろう!」

 

「わぁぁい! 提督の馬鹿が来たぁぁ!!」

 

 馬鹿と云われて怒るよりは、楽しそうに笑うのがテラだ。彼の周囲では着物姿の艦娘達が子どもたちに『お年玉』と書かれた袋を配っている。

 

「おい、こら! テラ! だからやる前に相談しろって言っただろうが!」

 

「ヤベ!! 宗吾さんが来たぞ、撤収だ」

 

「なんだとこら! ヤベってなんだヤベって! おまえまたやる気だろう!」

 

「撤収! 各自逃亡ルートBで退避! 合流地点は『何時も通り』!」

 

「なんだその符号は! てめぇやっぱり今後もやるつもりだろう! 待てコラ!」

 

 止める声に止まることなどなく、全員が散り散りになって逃げ出すので宗吾は小さくため息をついてピースサインをしているルリを睨みつける。

 

「なんとかしろ、おまえの主」

 

「私に言われても。まあ、正月が終わったのでしばらくはありませんから」

 

「そうだといいがな。で、どうしたよ?」

 

「さすが、宗吾さん・・・・・・どうやら、日本がこっちに気づいたようです」

 

 言われたことに、彼はピクリと眉を動かし、頭をかきだした。

 

「短かったな」

 

「私からすれば長過ぎて欠伸が出ます。まあ、来たとしても蹴散らしますが」

 

「そりゃ、そっちからすれば簡単だろうが。いいのか?」

 

 確かめるように目線を向ける彼に、ルリは微笑んだ。

 

「ええ、最初の主の命令どおりに」

 

 暖かく優しい笑顔なのに、宗吾にはそれが『死神の笑み』に見えたという。

 

 

 

 

 




 
 ちょっと雲行きが怪しい正月が終わり、場面は巡る。

 今まで気づかなかったのが不思議なくらいに、穏やかな生活が終わりを迎えてしまう。

 人は、自らが知りたいことしか知ろうとしない、は誰の言葉だっただろうか。

 実際、彼らは知らなかったのだろう。

 彼がどんな人物か、を。



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