夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

17 / 51
 
 
 月日は巡るもの。

 日常は過ぎゆくもの

 誰の身にも平等に流れるものは、実は平等ではない。

 その人がどのような日々を送ったかは、後になってその人に戻ってくる。

 怠惰に過ごした人には、成果はなく。

 勤勉に学んだものには知識が与えられる。

 では、『決死の覚悟で進んだものには』。

 答えは。








デッド・ライン

 

 テラとルリが吹雪に出会ってから三か月が経った。

 

「え、もう?」

 

「はい、もう、ですね」

 

 執務室のカレンダーをめくると、テラは月日の重みを感じてしまう。

 

「ああ、そうかぁ。なるほどなるほど」

 

 深々と頷く彼は、書類を手にしようとして横から出された手に止められた。

 

 誰だと思って顔を向ければ、二週間ほど前に来た艦娘が困り顔で書類を取り上げていく。

 

「大淀~~」

 

「ダメです、提督が事務処理をしたら二度手間になりますから」

 

 冷たく言うメガネ美人に、『俺だって』とテラは項垂れるのだが。

 

 彼女は、妖精たちが勝手に建造した三艦娘のうちの一人だ。

 

 『鎮守府ならば造らねば』とか、意味不明なことを言いだした妖精たちに、ルリもテラも『いいよ』と簡単に許可を出してしまい、艦娘が増えた、と。

 

 事務処理能力の高い大淀に、開発は任せての明石、それに鎮守府はもちろん民間人の胃袋さえも握った間宮。

 

 この三人の着任に、艦娘達は全員が喜んだ。一方で、テラは書類に触れない日々が増えていき、ちょっとだけ不満。

 

「仕方ありません。テラさんは鎮守府のトップ、書類は私がしますから」

 

「いえ、そういう意味では」

 

 何故か嬉しそうに語るルリに、大淀は違うと否定したくなって提督の顔を見た後に、小さくため息をついて同意するしかなかった。

 

「三か月かぁ」

 

 テラは無理に話題を変える。何かしたくて顔を動かした先にカレンダーがあって、偶然に日付を見てしまったためだが。

 

「ええ、そうですね」

 

 ルリが再び相槌をうちながら、書類を確認していく。

 

「私はまだ二週間ですが、その提督、提督代行」 

 

 恐る恐ると声をかける彼女の視線は、壁に展開されたモニターと二人の間を行ったり来たりしている。

 

 大淀が何に怯えているのか理解している。彼女からしてみれば、艦娘としての常識が崩れていく思いだろう。

 

 まだまだ彼女は常識を持っている、他の二人とは違って常識的なのだ。理知的な人とは、時に現実が受け入れられずに困惑してしまうのだが、彼女はその典型的な例かもしれない。

 

 とっくに常識を投げ捨てて染まった明石や、『この鎮守府はこう』と達観した間宮とは別に。

 

「ここはこれが毎日なのですか?」

 

「たぶん」

 

「恐らくは」

 

 二人の返答を受けて、大淀は引きつった笑みを浮かべた。

 

 モニターの中には、毎分百発のクラスター爆弾の雨の中、海面を疾走する艦娘達が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人の長門と大和が合流して、すぐに海域へと艦隊は進んでいったのだが、そこで問題が発生した。

 

 燃料ではない、艤装面でもない、装備の不備は徹底的に排除した。

 

 では何か。答えは単純に、『艦娘の技量の差』。

 

 吹雪が突撃、暁型の四姉妹が続く。川内と夕張が側面から突撃して、さらに敵艦隊が混乱している中、乱戦へともつれこんでの各個撃破。

 

 遠距離からは扶桑の援護射撃、鈴谷と高雄が遊撃として立ち回る。

 

 一見では問題ないように見えるのだが、その後が続かないことが発覚した。

 

 赤城や加賀が制空権を確保しても、艦娘達の援護のために航空機が動かせない。瑞鳳は新型機の制御が手一杯で対艦・対潜・対空がおろそかになる。

 

 由良、天龍、龍田、神通が吹雪達についていけず、また川内達の補佐にも回れない。砲雷撃戦が陣形維持したまま行えず、砲弾も魚雷も狙いを反らしてしまう。

 

 陽炎は何とか食らいついているが、まだまだ反応が遅い。如月と荒潮は論外、甘いなんてものじゃないくらいに、統一された行動がとれず艦隊機動が乱れて遅れてしまう。

 

 その上で、長門と大和の射撃誤差がかなり問題になってしまう。撃てない、狙えない、狙ってもタイミングがズレて扶桑がそちらの砲弾を撃ち落とす始末まで出てきてしまった。

 

 結論として、全員で艦隊を組んでも敵よりも味方の攻撃で被害が出てしまう。

 

 誤射あるいはフレンドリーファイヤが頻繁に起きてしまっては、とてもじゃないが味方を信頼しての行動などできない。

 

 ではどうすればいいか。

 

 答えは簡単。

 

 『じゃ、吹雪と同じ訓練を全員に』と提督は笑顔で全員に語った。

 

 『なるほど。この鎮守府所属ならば、出来ないわけありませんね』と提督代行は神妙に頷いた。

 

 こうして、大勢の艦娘にとっては地獄の、一部の艦娘にとってはご褒美といえる大演習が行われた。

 

 海域制覇は棚上げ、そんな暇があるならば訓練あるのみ。

 

「いいですか? 弾薬も燃料もボーキも鋼材も、すべて出し惜しみなしです。倉庫も備蓄もこちらですべて賄います。全部です、あらゆるものを使って貴方達の訓練を支えてあげます。だから、一日で装備を使い潰すつもりで訓練しなさい」

 

 初日、提督代行は真顔でそう語っていたのを、遠い昔のように誰もが思い出していた。

 

「さあ!! 第六千回です!!」

 

 元気一杯に叫ぶ吹雪に、誰もが『オー』と答えられるくらいに全員の技量が上がってきている。

 

 二時間、三時間の連続戦闘は当たり前。砲弾が飛んできても魚雷が向かって来ても、微塵も揺るがない精神力で行動を行えるほどに、全員の精神は研ぎ澄まされていた。

 

「距離二千! 必中距離! 右舷砲雷撃戦用意!」

 

 先頭を爆走する吹雪に合わせるように、一列に並んだ駆逐艦達が砲と魚雷を向ける。

 

「左舷より接近! 駆逐艦達から狙いを反らすよ!」

 

 川内以下軽巡が目標へと砲撃しながら急接近、相手の視線をこちらに釘付けにしながら回避運動。

 

「ほらほら! 足を止めない! 動き続けろ!」

 

 艦隊軌道は右へ左へと流れながらも、艦隊の陣形に微塵も揺らぎがない。暴れる海面と打ち込まれる砲弾の中、目線は目標に固定されたまま。

 

「制空権とりました! 敵航空機殲滅完了!」

 

「前回より二秒ほどかかりました」

 

「空中管制機上げたよ、弾着観測開始!」

 

 赤城と加賀も砲弾の中にいながら、航空機へと指示を出し、発艦と着艦を行う。瑞鳳も小さい体を大きく使って、巨大な航空機を空へと上げる。

 

「了解、全員、砲撃用意」

 

 扶桑の号令で長門、大和、鈴谷、高雄が砲を向ける。

 

「弾種徹甲弾。装填開始」

 

 一秒、二秒と扶桑は内心で時間を計る。自動装填装置が動き出し重たい砲弾を主砲へと運ぶ。

 

 全主砲装填完了。妖精たちの通信に頷いた後、扶桑は全員に視線を向けた。誰も遅れることなく完了、見事に五秒で装填及び照準をつけた。

 

「撃て」

 

 砲弾が空を舞う。放たれた砲弾は放物線を描いて目標に命中。けれど、僅かに数発が逸れた。

 

「全砲弾の命中確認、三発外れ。目標に変化なし」

 

「了解、連続砲撃。回避運動開始」

 

 相手側の攻撃が来た。それを確認しながら、扶桑は体を動かす。他の皆も動いたことを確認し、砲撃続行を指示する。

 

 動きながらの砲撃戦、当てられない未熟者はいない。

 

「艦隊突撃!」

 

 吹雪が目標に近接、魚雷と砲を放った後、一時的に艦隊進路を変更。こちらの攻撃が当たったかどうかを確認。

 

 閃光と爆発を確認、目標に命中。砲弾に続いて魚雷も命中。目標はまだ健在。

 

「近接戦闘!」

 

 叫びながら吹雪は剣を引き抜く。後ろに続く艦娘達も、それぞれの獲物を取り出して目標へと突撃、その刃を突きつけた。

 

『演習終了、敵艦隊撃破。戦果、戦艦十二、空母八、巡洋艦二十二、駆逐艦六十六、殲滅完了。所要時間、五十六分』

 

 報告が通信で送られてくると、全員の顔が歪む。

 

「演習続行します! 昨日より三分も遅い! 扶桑! 主砲弾の外れが多すぎる! 照準から発砲まではそのままで!」

 

「はい! 吹雪さん!」

 

「赤城! 制空権の確保は後二分は縮めなさい!」

 

「はい! すみません!」

 

「瑞鳳! 空中管制機の発艦から情報把握までは遅すぎる! 五分以内でおさめなさい!」

 

「ごめんなさい!」

 

「川内! 突撃が大周り過ぎる! 鋭角的に切り込め!」

 

「解った!!」

 

「駆逐艦は移動速度が遅い! 私達の最大の武器は速力と小回りです! もっと素早く照準! さらに突撃しての近接戦闘まで後二分は縮められる!」

 

「了解!」

 

 全員へと訓示を行った後、吹雪は自分の顔面を一発と殴った。

 

 まだまだ自分も甘い。もっと鋭く、もっと速く切り込める。指示も遅い、周りがまだ見えていない。

 

 旗艦なのだから、自分の戦闘と並列に指示を出せて当たり前だ。少なくともあの提督代行ならばやる。

 

「続けて演習再開! 次は三個艦隊に対する防衛戦! 目標は鎮守府への侵攻で私たちが防衛! 全員! 頭の中を入れ替えなさい!」

 

「はい!!」

 

「では始め!」

 

 吹雪の怒声が、鎮守府の近海を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうですかと質問され、テラとルリは返答に困った。

 

 徹底的な訓練と、地獄のような演習の果て。全員の技量は均一になると考えていたのだが。

 

 どうにも、吹雪だけが突出してないか。

 

「・・・・・・おまえ、しばらく訓練中止」

 

「えええ!?」

 

「元々の実力が違うんだから、おまえが参加したら他の艦娘の技量が伸びない」

 

「提督ぅ」

 

 泣いてすがりつく彼女に、テラは『そうは言ってもな』と口の中で言葉を転がした。

 

 辛うじて、暁達が四人一組ならば吹雪と同程度の実力を発揮できるか。いやそもそもだ、駆逐艦の攻撃のほうが大和よりも高い威力を誇っているのは、おかしくはないだろうか。

 

 扶桑と長門と大和。戦艦娘の攻撃力を比べたら、扶桑が他の二人の倍以上の攻撃力を発揮しているのは、数値の見間違いか。命中率も他の二人より五パーセントも高いのは何故か。

 

「テラさん、これは元々の実力の差がそのまま出ていますね。同じ訓練をしているのだから当たり前といえば当たり前ですが」

 

「ん~~となると、別メニューで艦隊戦だけ一日の終わりにやらせる?」

 

「それだと連携訓練が甘くなりませんか? 午前中は個人訓練、午後は艦隊訓練で分けて見ては?」

 

「じゃ、そうしようか」

 

 ルリの意見をテラが採用して、次の日からの訓練が組まれることになった。

 

 なったのだが、凝り性のルリと、それを十全に拡大発展するバッタ達に手によって、個別メニューはそのままの意味で組まれて全員に配信されることになった。

 

 一人一人のデータを基にした、個人の弱点を徹底的に鍛えながらも、長所を伸ばすようにメニューを考える。

 

 砲撃、雷撃、航空機、移動、あるいは体術。

 

『ピ』

 

 自信満々にバッタ達が持ってきた内容に、テラは一瞬だけ絶句してルリへとデータを流す。

 

「いいでしょう。これでやりなさい。資材はいくら使っても構いません。テラさんに相応しい一騎当千の艦娘を作り上げなさい」

 

『ピ 御意、我らが巫女』

 

「え、ちょっと待って」

 

 話が予想外なところに向かってないですか、とテラは止めようとしてあることを思いついて止めた。

 

「ルリちゃん、じゃ後はお願いしていい?」

 

「はい、どうぞ。大淀もそろそろ休憩から戻ってくるので、事務仕事はしますね」

 

「じゃ、俺は訓練を見てくるよ」

 

 気楽な笑顔で告げるテラに、ルリは何故か嫌な予感がした。何かこう、やらかしそうな気配がするのだが。

 

 しかし、だ。今の鎮守府で何が起きても対処できる。『サイレント騎士団』も全軍がいるから、ちょっとやそっとのことでは揺るがない。

 

 ならば大丈夫だろうとルリは考えて、テラを送り出した。一人ではなく吹雪を連れて行ったのは、散歩のお供のためだろうと考えて。

 

 間違いだったと気づくのは、後になってからだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪だくみしないか。

 

 吹雪と、それと工廠でバッタ達に技術を教えられていた明石は、テラにそう言われて困惑した顔を向けた。

 

「何の話ですか、提督?」

 

 まだ二週間の付き合いだが、この提督がブッ飛んでいるのは明石もよく知っている。そんな彼が悪だくみというのだから、きっととんでもないことだろう。

 

 一方、吹雪は嬉しそうに何度も頷いている。訓練を中止されたのが、よほど堪えたらしい。

 

「いやな、俺も艤装が使えるじゃん。で、艤装が使える以上は、強いものって憧れるわけでな」

 

「はぁ」

 

「で、だ。艤装が何処まで強くなるか、あるいはどの程度のデータが使えるか試したいわけさ」

 

 明石はそこで『ピン』と来た。

 

 なるほど、これは悪だくみだ。他の誰にも話せない内容で、しかも他の誰にも渡したくない話だ。

 

「明石も技術を学んでいるけど、学んだだけじゃ嫌だろ? 『使ってみたい』と思わないか?」

 

「提督。はい、使いたいです」

 

「だから、機会をやるよ。どうだ?」

 

「乗ります」

 

 ニヤリと笑うテラに、明石も同じくニヤリと笑い、二人はがっしりと手を握り合った。

 

「私もです」

 

「もちろんだ、吹雪。というわけで、明石。俺と吹雪の艤装、作れるよな?」

 

「はい」

 

 三人がにやりと笑い、近場にいたバッタや妖精たちも、何故か同じ黒い笑みを浮かべ始める。

 

「いいぞ、皆、解ってきたな。で、だ。ここに『アルカディア』と『絶戦艦級』といった軍艦のデータがある」

 

 スッとテラが懐から取り出したデータ・ファイルには、『極秘』と文字が書いてあったが、誰もが気にしない。

 

 機密データ、なにそれ美味しいの。むしろ、その機密情報を扱っているトップがテラなので、彼がどう使おうが誰もが文句を言えない。

 

 あのルリでさえ。

 

「で、他にもあらゆる世界で作られている軍事関係のデータがある」

 

 『門外不出』と書いてあるデータ・ファイルが、再びテラの懐から出てくる。

 

 普通の国家だったら、『機密情報の漏えい』で極刑になってもおかしくはないのだが、残念ながら彼がトップだ。

 

「さらにだ。これが『とある帝国』のデータだ」

 

 『最重要機密・持ち出しには許可が必要』なデータ・ファイルだが、その銀河帝国の最高権力者は、残念なことにこの馬鹿だ。

 

「提督! 私は何処までも提督についていきます!」

 

「私もです!」

 

 感動したように両手を合わせる明石。崇高しているような目線を向ける吹雪。二人を見ながらテラは高笑いしていたりする。

 

「フハハハハハ! これが悪だくみだよ、諸君!」

 

『ピ! よ! テラ様最高!』

 

「我らが主様!」

 

 バッタと妖精達からも拍手喝采を受けて、テラは指を天に突き出した。

 

「よぉぉし諸君! 絶対無敵な艤装を作ろうではないか!」

 

『オーーー!!!』

 

 まるで決戦のような、そんな声が響いたのでした。

 

 後に誰もが語る。

 

 これがこの鎮守府が、デッド・ラインと呼ばれるきっかけとなった、と。

 

 敵対者に必ず死を与える、その超えてはいけない一線を示す者達と呼ばれるようになった最初の馬鹿騒ぎだった。

 

 

 

 

 

 




 
 強さを求め、最高を求め、常に上を目指した者達。

 誰にも負けない力を手に入れるため。

 誰にも倒されない技術を手に入れるため。

 悪魔に魂を売ろうとして、悪魔さえとりこんだ者達。

 さあ、死を受け入れろ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。