夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 かつて、あの人は私たちに言いました。

 『生きて戻れ、仲間を裏切るな、自らの魂に背くな』と。

 いい人ですよ、とても。

 優しい人だともいえます。

 けれど、常識人だったかは、そうですね。

 まず間違いなく、違いますね。






責任の所在

 

 

 間違ってはいなかったのだろうか。

 

 静かに長門は自問していた。

 

「ごめんなさい、助かったわ」

 

「あ、ああ」

 

 声をかけられ、顔を上げる。真新しい病室にいるのは、六人の艦娘達。見たことある顔もいれば、見たことない顔もいる。

 

 長門、霧島、赤城、加賀、五十鈴、高雄。

 

 六隻中四隻は見たことあるのに、まったく同じ顔をしているのに、だ。『別人だ』と思える。

 

「この鎮守府の提督はどのような方だ?」

 

「こんなところに鎮守府があるなんて、データにありませんでした」

 

 長門と霧島の問いかけに、彼女は小さくそうなのかと問いかけそうになって、口を閉ざした。

 

「順調に回復したようですね」

 

 病室のドアを開けて、提督代行ホシノ・ルリが入ってきた。

 

「長門、お疲れ様です。後は任せて貴方も補給と休憩を」

 

「はい」

 

 呼びかけに、『あちらの長門』は反応しなかった。同じ名前でも、誰が呼んだか理解して反応しているのだろうか。

 

 どちらにしろ、『自分が呼ばれた』と認識できた長門は、ゆっくりと病室から廊下へと出て行った。

 

「初めまして、私はこの鎮守府の提督代行をしている、ホシノ・ルリです」

 

 背後で彼女の自己紹介を聞きながら、長門は思い出していた。

 

 足を動かしながら、別の場所へ向かいながら。

 

 あの時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、赤城と加賀から飛び立ったF-14の偵察部隊は、速やかに艦娘達を捕捉していた。

 

「長門、霧島、赤城、加賀、五十鈴、高雄の六隻編成ですね」

 

 偵察機から送られた画像は、赤城が空中に表示。

 

 艦娘の艤装ではなく、ブレスレット型の通信端末からの空中投影だ。鮮明な画像の中に映る艦娘達の姿に、一瞬の戸惑いが浮かぶ。

 

「同じ顔なのだが、違うと思えるが」

 

「そりゃそうでしょう。あっちの長門はこっちと違って二連装主砲だから」

 

 夕張が興味深そうに画像を見ていたが、すぐに視線を反らしてきた。

 

「旧式もいいとこね。連装砲っていっても、もう少し改造してもいいのに」

 

「バッタ達がいないからでは?」

 

 赤城からの苦笑交じりの言葉に、誰もが脳裏に『やりますよ~~』と飛び交うバッタ達を浮かべた。

 

「うちの鎮守府って本当に規格外が多いですよね」

 

 ちょっと呆れている大和に、誰もが頷いていたりするが。

 

「無駄話はそこまでにしましょう、相手側を確認しましたが」

 

 加賀が話を元に戻す。

 

 偵察は完了した、相手は確認できた。となると、残るは『どう対処するか』なのだが。

 

 ここで議論していても仕方がない、と長門が通信を入れようとしたときだった。

 

「別の反応が接近中?」

 

 レーダーに別の機影。反応したのは偵察機の長距離レーダー、ということはこちら側ではなく、あの艦隊の進行方向に別の艦隊がいるということか。

 

「複数の艦娘が動いているのか?」

 

 長門の懸念に対して、扶桑は小さく首を傾げた。

 

「何かを探しているのかしら? 赤城、加賀、詳細が解りますか?」

 

「少し待ってください」

 

「偵察機の一機を向かわせます」

 

 二人からの指示にF-14が二機、艦娘の艦隊から離れて別の反応へと偵察行動を行う。

 

 しばらくして画像が届いた。

 

「レ級ね。ノーマルというところかしら?」

 

「レ級かぁ。最初は苦労したんだよね」

 

 扶桑の言葉に対して、夕張は昔を懐かしむように頷く。

 

 あの頃、もう無茶苦茶な提督についていった頃の突撃話。相手がレ級だったのだが、見た目から『駆逐艦かな?』で突撃していって、弾幕と魚雷と航空機の襲撃で泣きながら退避した。

 

 そして、その後に吹雪と提督の突撃で沈められて、暁達に蹂躙されて海に消えていった。

 

 『え、嘘、なんで?』とか思ったのを覚えている。

 

「レ級とはまだ戦ったことはないが」

 

「姫級よりも強いのでしょうか?」

 

 長門と大和の疑問に対して、夕張は別のデータを空中に表示させる。

 

「鬼級よりも下だけど、フラッグシップやエリートよりも上だね」

 

「今更なのですが、こういった『評価表』はうちの鎮守府独特のものですよね」

 

 夕張達が普通に見ている『誰がいくら』の表示に対して、赤城はちょっと困ったような呆れたような顔をしていた。

 

「そういうものか。レ級と、この艦隊ならば問題ないだろう。引き続き偵察しながら提督代行の判断に任せよう」

 

「試験もやらないといけないからね」

 

 長門はそう結論を出し、夕張も自分達の役目を言いだしたので、誰からも反論は上がらなかった。

 

 では、続きを、というところで。画像が信じられないものを運んできた。

 

「少し待って。中破?」

 

「な?!」

 

 加賀の報告に、全員が再び画像を見入る。

 

 そこには長門と霧島が中破、赤城や加賀にも航空機が迫っている危機的状況が映っていた。

 

「馬鹿な、レ級の強さはそれほどなのか?」

 

「待って待って! そんなに強いことなかったような」

 

 疑問を投げる長門に対して、夕張は否定を浮かべる。

 

「ええ、確かにそんなに強かった記憶はないのだけれど。待って、この艦隊は、本気で戦っているの?」

 

 扶桑の指摘に、戦場なのだから本気ではないかと誰かがいいかけた矢先、明確な否定が叩きつけられた。

 

 砲弾は明らかに予想できる弾道だったのに、誰もが回避していない。

 

 魚雷が迫るが、回避行動をしていない。

 

 航空機に対しての警戒も疎かだ。

 

 なんだこの低レベルは。誰ともなく呟いた言葉に、全員が蒼白になった。

 

 これでは勝てない。全員、轟沈させられる。

 

「急いで向かえば、間に合います」

 

 赤城が動き出しかけたが、長門の足は止まったままだ。

 

「しかし、提督代行は『慎重に』と」

 

「そうだけど」

 

 彼女の言葉に、夕張はどちらもととれない言葉をこぼす。

 

 どうするべきか。どうしなければいけないか。六人の思考が延々と巡る。

 

「とにかく、報告を」

 

 長門が通信を入れる。状況を詳細に説明することなく、結論から伝えた後に相手は黙った。

 

「提督代行」

 

 呼びかけに、映像の中の彼女は無言を通す。

 

「指示を。私達はどうすればいいですか?」

 

『・・・・はぁ。貴方達は本当に純粋で真っ直ぐですね』

 

「え?」 

 

 予想もしていなかった返答に、誰もがとても間抜けな顔をしていた。

 

 後にルリは、この時のことをそう言って面白がったという。

 

『どうすれば? 貴方達はどうしたいですか?』

 

「私達は・・・・」

 

 言葉に詰まった。誰もが次を言えず、固まってしまう。

 

 助けたい、仲間が危機に落ちいっているならば、助けたい。しかし、だ。今の鎮守府の状況は、決して気楽に助れるものではない。

 

 民間人がいる、日本から追われているかもしれない。あの艦娘達を助けるということは、こちらの鎮守府の位置を日本に教えるようなもの。

 

 となると、相手側はこちらを取り込もうとするだろう。技術を吸い取るかもしれない。もしかして、提督や提督代行に無理やりな命令を。

 

『全員、傾注』

 

 静かな声色だったのに、有無を言わせない迫力があった。

 

『貴方達は提督の命令に背くと? 反逆するということですか?』

 

 何の話だ。そんなつもりはないと誰もが言い掛けたが、それは提督代行が遮った。

 

『提督の絶対命令は三つありました。死ぬな、それと他の二つは?』

 

「あ・・・仲間を裏切るな。自らの魂に背くな」

 

『解っているならば、『どうしたいか』と私に質問することはないはずです。長門、扶桑、大和、赤城、加賀、夕張。貴方達は『仲間を裏切って、やりたいと言っている魂の言葉を無視する』命令違反者ですか?』

 

 瞬間、弾かれたように六人は飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自己紹介を終えたルリは、全員の顔をゆっくりと見回した。

 

 見たことある顔が四つ、しかし『自分達の艦娘ではない』と認識できる。きっと妖精たちが何かしたか、それとも同じ艦娘でも微妙に魂や姿形が違うのだろうか。

 

「初めまして。私たちは横須賀鎮守府所属の艦隊だ。貴君は提督代行と名乗られたが、階級や所属はどちらか?」

 

 丁寧な返答に、ルリは長門へと顔を向けた。

 

 やはり、こちらの長門とは違う。凛とした雰囲気は同じだが、自信と揺るぎない信念を感じる。

 

 こちらの長門もこういう風に育ってくれたならば、とてもいい人材になるのだが。今のままでは、『最後には指示を仰がないと』と型にハマった考え方になってしまう。

 

 どうしたものか。

 

「すみませんが、階級はありません」

 

 マルチタスク万歳。余所事を考えていても、相手に合わせられるのは便利だ。

 

「階級がない? ではこの鎮守府はいったい?」

 

「ここは破棄された鎮守府なので。私と提督は、ここに流れ着いて偶然に艦娘と出会って、以後はここを仮拠点として活動しています」

 

 嘘はついていないが、真実を語っていない。

 

 ルリは所属を答えていないが、相手の長門は『階級がないならば所属もないだろう』と思いこんで話を進めている。

 

「そうなのか。なるほど。では、最近になって噂になっている艦娘達は貴君たちのところの?」

 

「噂を知らないので何とも答えられませんが。こちらの艦娘達が近海で動いていますが、何かご迷惑を?」

 

「いや、そうではない。むしろ、感謝したいくらいだ」

 

 小さく探りを入れたのだが、相手は無警戒に答えてくれる。

 

 本当に艦娘は純粋培養の箱入り娘しかいないのだろうか。

 

「感謝ですか?」

 

 知らぬ顔でルリは首を傾げた。

 

「ああ、貴君たちが動いてくれたおかげで、深海棲艦に打撃を与えられた。こちら側の補給路もどうにか再建出来るようになった」

 

「それはそれは。勝手に動いていたことが、いい方向に向いたようですね」

 

「ありがとうと言わせてもらおう」

 

 素直に礼を言ってくる長門に対して、ルリは『どういたしまして』と答えながらも、彼女達の純粋さに呆れていた。

 

 土地の無断借用、武器の無断使用、艦娘達の無断運用に艦隊行動、漁業権とか領海を無視した資材の無断取得、味方航路への妨害、等など。

 

 軽く考えただけでも三十くらいの犯罪をしているのだが、彼女達は解っていないのだろうか。

 

 もちろん、これはルリ達が知っている『銀河帝国法』に照らした結果なので、今の日本の法律とは異なる部分もあるだろうが。

 

 自国の領地や領海を無断で占有している時点で、確実に犯罪者になってくるのは間違いないはずなのに。

 

 彼女はお礼を言うと。

 

 軽くルリはめまいがしてきた。こんな艦娘達を相手に、謀略戦をしないといけないとは。罪深いことをしている自覚はあるので、さらに罪悪感が膨れ上がってしまう。

 

 せめて日本の軍人や政治家は、もっと『腹黒い』といいな、とルリは小さく祈った。腹黒くて卑しく動いてくれるならば、こちらも遠慮なく叩き潰せるのだから。

 

「助けてもらった上に申し訳ないが、帰りの燃料や弾薬ももらえないだろうか?」

 

「いいですよ。元々、そのつもりなので。その変わり、ここのことは黙っていていただけると嬉しいのですが」

 

 ダメ元でお願いしてみるが、長門は『申し訳ない』と首を振った。

 

「私達の任務は君たちの捜索だ。発見したことを報告しないわけにはいかない」

 

「解りました。ならば、そちらの代表との会談の約束をお願いします。私達も単独で動くのはそろそろ限界かなぁと思っていたところですので」

 

「それは勿論だ。こちらこそお願いしたい」

 

 笑顔で同意を示す長門に対して、ルリも微笑んで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうしばらく静養してくださいと伝えて退出したルリは、廊下の中ほどで立ち止まっている長門の背中を見つけた。

 

 彼女の先には、赤城、加賀、扶桑、大和、夕張がいて。

 

「何をしているんですか? 補給と整備は? 休息も大切な任務ですよ」

 

「いや、提督代行、私達は、その」

 

 振り返った長門は、とても泣きそうな顔をしていた。

 

 一瞬、ルリは何があったと思考を回して情報を脳裏に流す。最近にあったことで長門達が気にするようなことは。

 

 色々と考えながらも、ルリは足を止めることなく長門達に近づいていく。

 

「今回の件、本当に申し訳が」

 

「馬鹿」

 

 頭を下げてきた長門に対して、ルリは彼女の頭部にチョップを一発。

 

「な?! 提督代行!」

 

「馬鹿なことを言ってないで、補給と修復を。休息しながらレポートの提出をしなさい。夕張、データは後でバッタ達に渡しておきなさい。赤城と加賀は偵察ユニットの使用に関してのレポートも追加で出します」

 

「提督代行!」

 

 指示を出しながら、ルリは全員を置き去りにするように歩き続け、悲鳴のような叫び声に振り返った。

 

「なんですか?」

 

「その、私たちが彼女たちを助けたから、今回の一件は」

 

「はぁ? 言いたいことをきちんと纏めてから言いなさい。支離滅裂な言葉を聞いている暇は、私にはありませんよ」

 

「鎮守府に不利益になるようなことをした責任を、とりたいと思います」

 

 直立して真っ直ぐに言った夕張に習い、他の五人も姿勢を伸ばして真っ直ぐに見詰めてくる。

 

 ルリはそんな彼女たちを見つめ、小さく眼を細めた。

 

「提督の命令に背く、と?」

 

「いいえ。違います。しかし、だからと言って」

 

調子に乗るなよ、小娘ども

 

 冷たく鋭い声が、空気を切り裂いた。

 

「責任? 不利益? そんなことを考えろと、誰が言いました? 私ですか? 提督ですか? 誰も言っていないことを、貴方達がやろうとしていること事態が提督に対して不敬です」

 

「しかし!」

 

「そもそも、貴方達の行動に責任があると? いいえ、ありません。貴方達の行動の責任はすべて私と提督にあります。貴方達に追うべき責任など、一切ない」

 

 切り捨てるように言い放ち、ルリは背を向ける。

 

「知らない子もいるようなので、言っておきます。貴方達は、『私と提督の背を追ってくれば』いい。責任なんてものは背負う必要はない。不利益なんてもの考えなくていい」

 

 言葉を止めて、ルリは再び体を全員に向けた。

 

「貴方達は貴方達のしたいように生きなさい。そのために必要なものは私と提督がすべて揃えます。国家の介入? 世間の常識? そんなものを考えることは必要ありません。いいですね? もう一度だけ提督からの絶対命令を伝えます。『死ぬな、仲間を裏切るな、自らの魂に背くな』以上です。貴方達が気にすることは、この三つだけ。他の『あらゆること』は私と提督の役目です。貴方達には分けてあげませんので」

 

 小さく舌を出して、ルリは悪戯っぽく笑った。

 

「責任は私とテラさんの特権です。ねだっても絶対にあげませんからね。以上、解ったならばさっさと解散」

 

 事務処理がまだあるので、とルリは言い置いてその場を立ち去った。

 

 遠ざかっていく背中を見つめて、長門は小さく呟いた。

 

「責任は提督代行や提督の特権か。私たちにはくれないものか」

 

 それじゃ、仕方がないな。と誰ともなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 譲れないものがあるからこそ、絶対に退けない一線はある。

 

 艦隊が鎮守府を離れ、しばらくしてから海軍軍令部からの使者が来た。

 

「ようこそ、我が鎮守府へ」

 

「貴君たちが、奇跡の鎮守府の提督と提督代行か?」

 

 初老の男はテラとルリを見ながらそう言った。

 

「テラ・エーテルです。提督してます」

 

「ホシノ・ルリです。提督代行を務めています」

 

 自己紹介を受けて、男は敬礼をしながら答える。

 

「日本国海軍軍令部総長、『東堂・重蔵』だ」

 

 眼光の鋭い男は、そう告げた。

 

 

 

 

 




 

 提督代行は、怖い人だ。怖くて怖くて、甘えてしまうほどだ。

 提督は、とても厳しい人だ。自分達の生き方を、『生きる方法』は教えてくれるのに、『選ぶ方法』は教えてくれない。

 二人は、厳しくて怖い人達だった。

 傍にいたら確実に甘えて寄りかかってしまう。だからこそ、自分を律して追いかけないと置いて行かれる。

 あの背中が遠ざかったら、二度と会えない気がするからな。



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