夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 人生の転換期っていうのは、稀にあるものじゃない。

 どんなに頑張ってもそれに出会えない奴もいれば、何度も何度もそれに出会うやつもいる。

 理不尽だよな、運命ってやつは。

 けどな、こんな馬鹿げた転換期を持ってくる奴なら、俺は願い下げだね。

 何でだって?

 だってそうだろ、あいつはあの瞬間にな。





喜劇と悲劇、好きな方を選べ

 

 

 執務室には静かな緊張感が漂っていた。

 

 軍令部からの来客を迎えて、応接室に通してお茶菓子を用意して。持ってきた吹雪が僅かに軍令部の軍人たちを睨みつけたように見えたが、気のせいとしておこう。

 

 廊下のところに、無許可で艤装を纏っている艦娘がいるようだが、見ないようにしよう。

 

 誰もが心配症で命令違反上等。いや、この場合、仲間を裏切らないや魂に背いてない時点で、命令をきちんと遂行していると判断するべきか。  

 

 色々と頭痛がしてくるルリだったが、表に出すことなく対面に座っている軍人たちを見つめた。

 

「まずは、鎮守府を再建してくれたこと。航路上の深海棲艦を討伐してくれたことに礼を言いたい」

 

「いえ、当然のことをしただけですので」

 

 緊張感など知らない顔で話しだした東堂総長に対して、テラはのんびりと答えていた。

 

「壊滅した鎮守府の再建は骨が折れただろう? 艦娘もあそこまで育て上げるとは。その手腕だが、マニュアル化して各地の鎮守府に配りたいものだ」

 

「自分は何もしていません。艦娘達が努力した結果です」

 

 褒め言葉を重ねた相手に対して、テラは事実を話すことはしない。話したとしても信じられない、といったほうが正しいかもしれないが。

 

「謙遜しなくてもよい。軍人の訓練を受けていない貴君らが、ここまで見事にやれたのだ。見事といってもいい」

 

「ではありがたく」

 

 東堂の言葉に、テラは素直に小さく頭を下げる。

 

 それに満足したのか、東堂の左右にいる参謀たちが頷いていた。

 

 茶番かな、とルリは思う。

 

 軍令部としては新興の鎮守府の業績を認めたくない、と感じる。認めてしまったら、今まで軍令部や他の鎮守府が行っていたことすべてが、否定されるに等しいから。

 

 面子もあるのだろう。軍人とは面子を重んじる種族らしいので。

 

 銀河帝国の軍人には当てはまらないだろうが。

 

「さて、本題に入らせてもらう」

 

 ほら来た、とルリは内心で溜息をつく。最初にこちらを認めて気分を良くしておいて、後の交渉の前に好印象を与えておけば、大抵の条件は飲むと思いこんでいる。

 

 馬鹿馬鹿しいにも程がある、そんな程度でこちら側がなびくと本気で考えているのか。

 

「貴君らの鎮守府だが、これから先どうするつもりだ?」

 

「どう、とは?」

 

「我が軍令部の配下に入るのか、それとも単独で動くのか?」

 

 やはり、そこに来たか。

 

 相手側の詳しい情報は、すでにオラクル経由で受けている。各地の鎮守府の練度は高いものがあるが、海域侵攻まで一歩及ばずといったところ。

 

 また資材に関しても軍部へ優先的に回しているため、一般市民への物資の供給が滞り始めている。

 

 島国である日本は外洋を封鎖されただけで、経済が停滞する危険性さえある。それなのに、今は深海棲艦によって外洋に出れずにいる。

 

 内陸部による生産だけで回せるほど、日本という国は軽くはない。

 

「貴君らのような心強い鎮守府が参加してくれるならば、こちらとしても大いに助かるのだが」

 

 また褒め言葉か。徹底的に褒めて煽てて、その上で参加にしてしまえば後は軍令部の好きに出来るか。

 

 艤装のデータは与えてないが、主砲については情報を得ているかもしれない。

 

 赤城達の航空機は高高度からの偵察で、相手側に見つかってはいないだろうが、三連装主砲は外見データや砲弾の威力から、口径を割り出しているかもしれない。

 

 いや航空機も見られていると考えるべきか。

 

 ルリが色々と思考を巡らせる中、テラはにこりとした笑顔のまま、別の話題を口にした。

 

「一ついいですか、東堂総長?」

 

「何かな?」

 

 不躾な質問に、左右の参謀たちの表情が変わるのだが、テラは無視したまま話を通す。

 

「軍とは、何ですか?」

 

「意味が解らないが」

 

「軍人があるのは国家を護り、人民を護るため。違いますか?」

 

「その通りだ。それがどうしたというのだ?」

 

「じゃ、『作戦に邪魔だから民間人を見捨てたこと』はどう説明しますか?」

 

 二コリとした笑顔のまま鋭く切り込んだテラの言葉に、東堂達の表情が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴様、何を言っている』

 

 参謀の一人が怒りをあらわにして立ち上がる。その姿に、思わず長門は拳を握ってしまう。

 

 もし、あいつらが提督と提督代行に何かしたら、どんな状況だろうと関係ない。艤装を振り回して叩き潰す。

 

 決意を秘めた彼女の背後には、鎮守府の全艦娘が揃っていた。

 

 明石や間宮までいるのだから、本当に全艦娘が揃っている廊下。その一番先、扉のところには鎮守府の最古参がいる。

 

 吹雪は、通信を聞いていながらも腰の剣に手をかけてはいない。

 

 ならばまだということか。長門は拳をそっと開きながらも、内心の怒りは静めてはいない。

 

『言葉の通りの意味です。貴方達の配下の鎮守府の一つが、民間人を見捨てました。救助に行きたいといった艦娘達の進言を退けて』

 

 ギュッと赤城と加賀が唇をかみしめる。当時の苦い思い出がよみがえり、動きそうになる体を必死に止めていた。

 

『馬鹿なことを。そんなことあるわけがない』

 

 参謀の一言に、天龍と龍田が動こうとして左右から止められる。

 

「離せよ、鈴谷」

 

「離して、高雄さん」

 

 睨みつける顔を向ける二人に対して、止めに入った二人は首を振って視線をドアのところへ向けた。

 

 まだ吹雪は剣に手をかけていない。その彼女の背後に控える暁達も、まだ武器を手にしていない。

 

 まだまだ、堪えるべきだ。無言で伝えた意味に、天龍と龍田は拳を握って体を下げる。

 

『馬鹿なこと? ならば、捨てられた艦娘については?』

 

『ふざけているのか。我が海軍にそんな存在はいない』

 

 ビクッと震えたのは、暁達。あの時のことを思い出し、冷静になろうとする意識が怒りにのまれそうになった瞬間、視線の先に背中が見えた。

 

 ドアの一番近くにいる吹雪は、身構えることなく直立不動のままだ。

 

 彼女が動かないのに、自分達が動くべきじゃない。暁達は深呼吸を一つして、体の力を抜いた。

 

『本当にいませんか? 報告を受けてないと?』

 

『くどいぞ! 総長、こいつらは増長しています。早々に接収するべきです』

 

『そうです。こいつらに任せておいては貴重な戦力が浪費されます』

 

 戦力といったか。全員の思考が一致して、怒りが渦巻く。

 

 確かに自分達は戦う存在だ。元軍艦だと自覚はしているが、だからといって戦力といわれて頷けない。

 

 テラやルリは、提督と提督代行は決して自分達を戦力とは言わない。一人の生命として敬意を持って接してくれる。

 

 なのにだ。日本国防を担う海軍の、トップと呼べる存在は自分達をただの戦力として扱うか。

 

 許せない。

 

 誰もが艤装に力を込め、武器を手に持ってドアを睨みつけるのだが、視線が向いた瞬間に力が抜けてしまう。

 

 まだ、彼女は動いていない。力を込めていない。直立不動のまま、動いていない。

 

「まだ、です」

 

 小さく呟いた言葉に、誰もが否定することなく従う。

 

『何か根拠があるのかね?』

 

 東堂の問いかけは、穏やかで憤りは混じっていない。

 

『お答えできません』

 

『そら見たことか!! 戯言で我らを謀るつもりであろう!!』

 

『総長! こんな輩に任せてはおけません! 今すぐに』

 

 もう限界だ。僅かに吹雪が右手を動かし、剣の柄に触れる。

 

 瞬間、全艦娘が艤装の出力を上げる。彼女が剣を抜いた瞬間、部屋に雪崩れ込んで相手側を圧倒する。

 

『そうか。ならば私の答えはこうだ。『解った、すまないと伝えておいてくれ』だ』

 

 流れた答えを聞いて、吹雪は動かした手を戻した。

 

『確かにそんな話は聞いたことある。捨て艦と呼ばれる戦法をとった鎮守府については、把握している。民間人を見捨てたこともな』

 

 東堂は静かに語りながらも、左右にいる参謀を睨みつける。

 

『報告は受けているはずだが? 私の聞き間違えだったかな?』

 

『いえ、それは』

 

『これはその』

 

『よかろう。今回の会談はここまでにしよう。助力に感謝する。後ほど、別の機会をもうけさせてもらいたい』

 

『そちらが誠意を持ってくれるならば、いくらでもです』

 

『もちろんだ』

 

 最後の言葉が流れると、吹雪は振り返って全員を見回す。

 

「撤収。艤装を戻して各員は通常業務に戻りましょう」

 

「了解」

 

 安堵したか、それとも残念なのか。様々な表情を浮かべた艦娘達が散っていく中、吹雪はチラリとドアを振り返る。

 

「本当、提督って怖い人ですよね」

 

 小さく微笑みながら。

 

 もし、あの時、軍令部が強硬な態度に出ていたならば、艦娘が突入するより先にテラがすべてを薙ぎ払っただろう。

 

 彼は、敵意を向けられて穏やかに話せるような、そんな平和主義者ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂達を乗せた車が遠ざかる。護衛の兵士もトラック二台分に乗って戻っていく様を見つめながら、テラは大きく背伸びした。

 

「ん~~~肩が凝るなぁ」

 

「そうですね。それにしてもテラさん、よく頑張って『座っていました』ね」

 

「いやたまにはさ。提督らしいところ見せないと。書類仕事できないし」

 

 ちょっと軽く落ち込む彼に対して、少しはやらせないと不味いかもしれないとルリは思ったのでした。

 

「今度、大淀を説得してみますか」

 

「よし頑張ろう。俺も少しは成長したところを見せないと」

 

 拳を握って戻るテラの背を、微笑みながら見つめたルリは、チラリと東堂達が去っていった方を見つめた。

 

「本当に、貴方達は、予想通りの行動しかしませんね」

 

 呆れたような溜息をそっと、吐きだして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦内容を説明する。

 

 目標はとある鎮守府。そこにいる提督と提督代行の抹殺。

 

 両名は海軍、いや日本にとって有害な存在でしかない。

 

 あの鎮守府にいる艦娘達は、誰もが一騎当千の強さを持っている。あの鎮守府が海軍に加わることで、我らは深海棲艦に対して反攻作戦を行えるだろう。

 

 しかし、あの鎮守府の両名が我らの配下に入ることを拒んだ。

 

 その上だ、我らの中に戦力を捨てた、あるいは民間人を見捨てた者がいると嘘を総長に吹き込んだ。

 

 総長はそれを信じてしまったようで、各地の鎮守府についての査察も検討しているらしい。

 

 これは忌々しき事態。新参者のよって我らの誇りは汚されようとしている。海軍魂を汚す愚か者たちに思い知らせやれ。

 

 内容を伝えられた隊長は、部下たちと秘密裏に鎮守府へ接近している。

 

 好都合なことに、今日は新月。その上で雲が出ており、僅かな灯りもない暗闇の中。

 

 夜目になれた特殊隊員達は、僅かな物音さえ立てることなく闇夜を突き進む。

 

『目標視認』

 

 通信機越しに部下からの声が届く。警戒さえしていないのか、歩哨さえいないことに拍子ぬけしながらも、隊長は目標へと進んだ。

 

 灯りは何処にもない。灯火管制でもしているような闇の中、あっさりと鎮守府の敷地内に入り込める。

 

『艦娘達の施設には手を出すな。工廠や港にもだ』

 

『了解』

 

『この鎮守府の技術はかなり高いらしい。無傷で手に入れろと言われている』

 

 上官からの命令に追加された部分を伝えながら、隊長は警戒を強めながら鎮守府の建物へと近づいた。

 

 誰もいない、まるで人の気配さえない建物は、闇の中にそびえ立つ。

 

 いや、待て。

 

 隊長は足を止めた。

 

 あたりは闇のはずなのに、何故に建物の輪郭がはっきりと解るのか。どういうことだ。工廠や艦娘達の住居まではっきりと見える。

 

『全員、待て。様子がおかしい』

 

『こちら、変化なし』

 

『こちらも問題ありません』

 

 部下からの報告に異常はない。気のせいかと思って足を進めた隊長の耳に、聞きなれない声が響いた。

 

『ええ、変化はありません。全員、地獄に落ちました』

 

 誰だ。何の話だ。周りを見回すように首を振る。闇ばかりで何も見えない空間の中で、『自分一人が立っている』ことに気づく。

 

『はい、こちらも問題ありません。全員、いい音色を奏でています』

 

「誰だ?!」

 

 思わず大声で怒鳴ってしまい、隊長は慌てて口を抑えてその場を走りだす。

 

 作戦失敗、敵はこちらに気づいていた。だが、どうやって。警戒などされていなかった。歩哨もない、警報装置もなかった。

 

 なのにどうやって。

 

「貴方達を察知した方法ですか?」

 

「ひ?!」

 

 滑りと何かが足に絡みついた。

 

 何がと見下ろす先、半分ほど溶けた『人間だった者』が見つめてくる。

 

「科学側の方法ですか? それとも科学以外の? どちらにしても、貴方達は私達の敵としては不合格といったところでしょうか?」

 

 声は何処からか響いてくるが、隊長は気にしてはいられなかった。

 

 視界の中には様々な『もの』がいた。

 

 ゾンビ、スケルトン、スライム、鬼、首なしの騎士。青い炎を纏った騎兵。

 

 おおよそ妖怪や魔物といった存在すべてが、自分を見つめている。

 

「ようこそ、我らが地獄の沼へ。先に逝ったお仲間が待っていますよ」

 

「や、止め・・・・・」

 

「敵対した者には容赦しないことにしているので」

 

 隊長は、最後まで言い切ることなく闇に沈んでいった。

 

「ルリより総員へ。作戦終了、続いて第二作戦へ」

 

『了解、我らが巫女』

 

 闇に蠢く何かは、そう告げて消えていった。

 

 後には月の光と夜の外灯が照らす、穏やかな鎮守府の夜のみが残った。

 

 その日、何名かの軍人たちの眼前に手紙が届けられた。

 

 ご丁寧に執務机に短刀で縫いつけられた手紙には、小さな一文があった。

 

 『言葉には言葉で、暴力には暴力で対応しよう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相沢・宗吾は、縁側でテラの話を聞いていた。

 

「ついに来たか。俺たちのこと言っても良かったんだぞ」

 

「ええ? いや必要ないですよ。宗吾さん達は俺が保護するって決めたんですから、それなのに交渉に使うなんて。どんだけ俺がヘタレなんだって話でしょう?」

 

 そういうものだろうかと宗吾は感じたのだが、違うだろうと自分に突っ込みを入れる。

 

「しかしなぁ。また来るんじゃないか?」

 

「その時はまた訊きますよ」

 

 にっこりと笑いながら、テラは軽やかに告げた。

 

「『悲劇と喜劇、どちらか好きな方を選べ』ってね」

 

「脅し文句じゃねぇか」

 

「え? 俺の世界じゃ日常の挨拶ですけど」

 

 きょとんとした顔で告げるテラに、絶対に違うだろうと思ったという。

 

 後日ルリに聞いた時、『日常的な挨拶ですね』と返されて、宗吾は確信したのだった。

 

 あの二人は絶対に別の世界から来た、と。

 

 

 

 




 

 あの瞬間にな、あいつは個人が国家を敗北させられるって思い知らせたんだよ。

 本当に情け容赦なくな。今でも襲撃に来た隊員達は、夜になるとうなされるらしいぜ。

 これだけやって死人を出さなかったなんてな。

 本当に、大した連中だったよ。

 冗談に命をかけるほど、馬鹿だったけどな。



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