夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 もしも、という話をするのなら、最初のもしもはあの時でしょう。

 もしも、私たちがあの人に会うことがなければ、世界が混乱することもなかったのでしょう。

 けれど、あの人達に会わなかった私たちがどうなったかは、よく知っているのではなくて?

 ええ、そうね。その通りよ。





勘違いって素敵

 

 テラ・エーテルは、一枚の通知を前に腕組みしていた。

 

 正式に日本軍の一部として受け入れられたことを意味し、同時に軍令部の傘下に入ったことを示すものなのだが。

 

 どうにも内容がおかしい気がするのだが。

 

「む」

 

 何度か読み返す。もうすでに十回は読んでいるはずなのに、内容が『いいのかな?』と疑問を感じてしまうものだ。

 

「テラさん、どうしました?」

 

「ルリちゃん、命令書ってこういうものだっけ?」

 

「はぁ?」

 

 ちょっと所用で執務室から出ていたルリは、テラが見つめる命令書に視線を通し、軽く舌打ちした。

 

「何処のどいつが考えたのか、まったく」 

 

「あ、やっぱり変だった? だよねぇ~~」

 

 そっかそっかと納得したテラは、命令書を持ち上げて歩きだす。

 

「ちょっと軍令部に殴り込みしてくる」

 

「お供します」

 

「ちょっと待ってください御二人とも!!」

 

 傍にいた大淀が慌てて止める。いくらなんでもそれは不味い、相手は日本軍のトップ。海軍だけとはいえ、そこに一鎮守府が殴りこみをかけるなんて。

 

「止めるな、大淀」

 

「そうです、いくらなんでもこの命令書はあり得ません」

 

「どんな内容だったんですか?」

 

 極秘の文字が書かれていたため、大淀は内容を知らない。そっと覗きこもうなんて考えは、彼女には最初からなかったが、ここまで二人が怒っている様子から確認しておけばよかったと後悔している。

 

「あり得ない内容だった、俺は怒りたい」 

 

「当然の結論です」

 

「ですから、待ってください」

 

 執務室を出ようとする二人の前に立ち、大淀は携帯端末を持ち上げる。

 

「邪魔するな」

 

「そうです」

 

「邪魔します。せめて、『全員の艤装装着が終わってから、全員で怒鳴りこみましょう』」

 

 大きく頷いて止める意味を口にした大淀に、テラとルリは動きだしかけた足を止めた。

 

 なるほど、道理だ。二人はそう思い、自分の装備を取り出す。

 

「では私は『あの装備』を持ってきます。吹雪にも装備させますので」

 

「よっし、ルリちゃん。ついでに俺の艤装もお願い。見てろよ、軍令部。俺に『大佐』なんて階級を送ったことを後悔させてやる」

 

「はい、私に『中佐』とかなめてるんですかね?」

 

 怒り心頭の二人はニヤリと笑っていた。

 

「軍に入ったら、三等兵からだろうが」

 

「まったくです。様式美を理解していない軍人がいたなんて」

 

「はい?」

 

 大淀、二人が言っていることが理解できずに、凍りついた。

 

 その後、艤装を纏った艦娘全員に対してテラとルリは激怒した内容を話したのだが、誰もが『え、そこ?』と思って呆れたという。 

 

 『将官でもいいんじゃない』と不意に誰かが言って、『三等兵から始まらない軍人なんてありえない』とテラとルリとの大激論になったことは、蛇足かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂軍令部総長は、当時のことを振り返る時に『あの馬鹿どもの話か?』と前置きを必ずしたという。

 

『だから、なんで俺が大佐? 三等兵からでしょうが』

 

「貴様は何を考えているんだ?」

 

 電話口にて、東堂は頭痛がしてくる思いを必死に抑えていた。

 

『だって、軍人は三等兵からでしょ?』

 

「まず最初に、貴様は外部協力者という扱いだ。軍人ではなく軍属だ。かといって階級がなければ、周りの鎮守府に示しがつかない。故に、一部隊を率いるに相応しい階級を用意した、理解したか?」

 

『三等兵が率いる部隊があってもいい世の中でありたい』

 

 なんだ、その壮大な思想は。

 

 喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。短いやり取りだが、相手が自分とはまったく違う常識を持って、その常識を投げ捨てる馬鹿なのは推察できた。

 

 ならば、怒鳴りつけるよりは理路整然とこちらの常識を語るべきだろう。

 

 大人であり、軍人であり、国防を担うトップならば当然の考えだ。

 

「馬鹿なことを言うな。三等兵では部下が持てん。艦娘を率いるからいいなどと考えているわけではないだろう?」

 

『あ、その考えがあった。艦娘を率いるから・・・・』

 

「人の冗談を真に受けて、話を続けるな」

 

 先ほどまであった考えを、思わず放り投げそうになった。

 

 いかんいかん、相手に乗せられては駄目だ。東堂は、少しだけ間を置くついでに息を大きく吸い込んだ。

 

 乗せられて感情的になったら、負けだ。何処からか届いた天啓に、深く頷いてしまう。

 

「そもそも、鎮守府は一部隊扱いだ。まあ、規模によっては多少は違ってくるが。軍という組織において、三等兵がいきなり部隊を任せられることはない。貴様は未経験者に『やれ』というつもりか?」

 

 どうだ、反論できないだろう。相手は馬鹿だが、決して冷血ではない。無理難題を押し通して、相手を潰すことはない。

 

 そうでなければ、あの鎮守府の艦娘達があんなにも提督や提督代行を慕うわけがない。艤装を纏い、軍令部や日本に逆らうほどに。

 

『え、言うけど?』

 

 心底、魂の奥底から東堂は先ほどまでの自分をぶん殴りたい気持ちになった。誰が優しい、誰が相手を潰すことがない、無理難題を言わないだ。

 

 こいつは確実に無理難題を押し通す、誰かにやらせる前に自分が無理難題にぶつかって粉砕していく、特殊な存在だ。

 

 きっとそうに違いない。

 

「貴様のやり方はどうでもいい。ならば、貴様が三等兵になった場合、提督代行はどうなる?」

 

 やり方を変えよう。彼自身に何を言っても無意味ならば、彼の部下らしき少女のほうから攻めよう。

 

 軍における三等兵は最下級、その下の階級はない。ならば、彼の部下の少女に与える階級がないならば、彼も折れるしかないだろう。

 

『世の中には四等兵もいるかもしれません』

 

 何処の異世界の話をされているのだろうか。

 

 東堂は耳に聞こえた少女の声に、世界とは広いなと一瞬だけ達観してしまった。そうか、四等兵もいるのか、素晴らしい階級制度だな。ならば次は五等兵や六等兵もできてくるのか。

 

 凄いな、かなりの兵力を持てる。新人はいずれ、十等兵とか言われて頑張って元帥まで上り詰めるのだろう。

 

 壮大な物語だ。軍人になって本望ですと、涙ながらに語ってくれるだろう。

 

 『そんなわけあるか、ボケナス』と、東堂は内心での色々な妄想を打ち切った。

 

「とにかく、だ。貴様たちの鎮守府の規模を考えると、大佐と中佐がもっとふさわしい階級だ」

 

『三等兵にしてくれないなら、ストライキだ』

 

「何処の世界に階級を下げることを条件にストライキを起こす軍人がいる?!」

 

 もう知るか。やってられるか、馬鹿の相手を理性的にすることが間違いだった。東堂は投げやりになって怒鳴りつける。

 

『ここにいる』

 

「よく解った! 貴様らの性格はよく解ったぞ! ようするに馬鹿騒ぎと様式美がしたいんだな?!」

 

『いや、そんなことはない』

 

「後な!! 一応、俺は軍令部総長だからな! 年上だからな! 敬語はどうした?!」

 

『ケイゴ? えっと、ルリちゃん、誰か手空きっていたっけ? なんか、軍令部総長が護衛が欲しいって』

 

「どあほう! 誰が警備といった?! 敬語だ! け・い・ご!! 敬えって意味だ!」

 

『崇拝はちょっと、こっちは色々と宗教的な絡みがあって』

 

「誰が宗教の話をした?! 俺だってそんなしがらみはいらんわ! そうじゃなくて尊敬語と丁寧語だ! 日本語を話しておいて知らんとは言わさんぞ!!」

 

 どうだ、今度こそ反論できまい。フッと東堂は笑って、受話器を持った姿勢のまま晴れやかに笑った。

 

『え、俺は習ったことないけど、何それ?』

 

「義務教育ぅぅぅぅぅ!」

 

 ゆっくりと東堂は机に突っ伏した。何故に知らない、日本語を話しているならば日本の学校を卒業しているのではないか。学校に通っていたならば、義務教育の中で必ず習うはずなのに。

 

『ギム今日行く? ああ! あの!!』

 

「そうだ、思い出したか」

 

 光明が見えた。東堂はやっとかと、体を起こして喜んだ。

 

『サワーが美味しいって『ギム・スナック』!!』

 

「誰が居酒屋の話をした! この唐変朴がぁぁぁぁ!!」

 

 思わず、叫んだ勢いのまま受話器を電話に叩きつけたのでした。

 

 後日、軍令部からは三等兵と四等兵の階級が送られ、今までの功績により昇進し大佐と中佐に任命すると、『二分後の通達』がされたとか。

 

 僅か二分の三等兵と四等兵気分、その後に粉砕してくるとか細かい仕返しにテラとルリは『あいつ、やりおる』と東堂を見直したのでした。

 

 当の本人は、『誰か、よく効く胃薬を知らないか』と周りに言っていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曰く、軍令部総長にダメージを与えた、初めての鎮守府。

 

 各地に鎮守府が作られたため、提督の苗字で呼ばれる鎮守府の中で、そこだけは『大馬鹿鎮守府』と呼ばれることになった原因は、この会話からだった。

 

 そして、同時に『越えてはいけない一線』を示す、『デッド・ライン』鎮守府とも呼ばれるようになるのだが。

 

 理由はもちろん。

 

「はい、じゃ何時もの行きます。どうぞ、提督」

 

「うむ」

 

 降り注ぐ宝具の雨。合間に思い出したように突撃していく、十二の眷獣達。おまけという名で降り注ぐ侵食魚雷。

 

 さらに空間を歪ませ、亜空間さえ出現させる演習場を前にして、多くの艦娘が立ちつくした。

 

 全艦娘、全鎮守府の中で唯一の鬼や姫級の撃破。艦隊で挑むでもなく単体で挑んでの撃破を行った鎮守府の艦娘達に、全国の鎮守府から見学あるいは演習の申し込みが殺到した。

 

 誰だって強くなりたい。もっと偉くなりたい。打算の含んだ連絡を受けたテラは、とてもいい笑顔で語った。

 

「ほら、皆もこの訓練が大好きだってさ。やっぱ、誰もが強くなりたいんだね」

 

 同時に吹雪も連絡を知って感動の涙を流した。

 

「やはり私たちと同じ考えを持っている艦娘が多いんですね」

 

 二人して『よし、やろうか』と楽しみにしている傍で、ルリと大淀は内容を一つ一つ確認しながら、ポツリと呟いていた。

 

「これ、現実を知らないだけですよね?」

 

「はい、確実に知らないはずです」

 

「じゃあ、最初は見学をさせてみましょう。で、『逃げなかった艦娘達』には訓練の『甘い部類』へ参加を」

 

 せめてもの妥協案としてルリが提案したのだが、大淀は小さく弱弱しく首を振ったのでした。

 

「提督代行、うちの鎮守府の甘い部分は、周りからしてみれば『地獄』ですよ」

 

「え?」

 

 ルリ、きょっとんとして固まり、可愛く首を傾げてみた。

 

「まっさかぁ」

 

 笑顔をつけて惚けたのだが、大淀は真面目な顔で首を振った。

 

 ここにきて、ようやくルリは現実を知る。今まで普通だと考えていた―全部じゃないし非常識だとは思っていたが―鎮守府の訓練が『地獄』レベルとは。

 

「で、では提督の『あの訓練』は?」

 

「・・・・・」

 

 無言。時に言葉はなくとも、目や表情が語る。彼女の顔面蒼白になって震えている様子に、ルリは『ああ、そうですか』と涙を振り払ったのでした。

 

 提督代行と秘書艦が色々な現実にぶつかっている間、提督と第一艦隊旗艦は色々な訓練を考えていた。

 

 そして、見学者が訪れた今日、訓練が始まったのが冒頭のこと。

 

「どうですか?!」

 

 笑顔一閃。吹雪が振り返ってみた先、燃え尽きたように灰になっている艦娘や提督たちがいた。

 

「あれ? ああ、そっか」

 

 なるほど、と吹雪は納得した。つまり、生ぬるくて退屈だ、と。きっと周りの鎮守府はもっと厳しい訓練をしているのに、功績を上げた鎮守府がこんなお遊び程度とは。

 

 沸々と吹雪のプライドが燃え始める。負けてはいられない。今までテラ・エーテル提督の元で必死に頑張ってきた、一歩も引かずに前に進んできた。

 

 ならば、もっと豪華絢爛な訓練を見せつけて、『流石だ』と言わせて見せる。

 

「エーテル鎮守府全艦娘は艤装装着! これより実戦訓練を行う!」

 

「え?」

 

 盛大に叫んだ吹雪に、見学者の中から疑問の声が上がったのだが、彼女は気にした様子もなく何時も通りの艤装を纏った。

 

 同時に、エーテル鎮守府所属の艦娘達は疑問を挟むことなく、艤装を纏って演習場の中へ。

 

「提督代行! よろしいですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 予想していたルリは、達観した表情で見送る。今回、大淀は不参加なのでルリの隣で悟りの表情で見送っている。

 

「ありがとうございます! 提督!」

 

「こっちはいつでもいいぞ」

 

「はい!」

 

 吹雪は振り返り、全員の顔を見つめる。誰もが真剣な表情で艤装の確認を行いながら、『訓練内容』を待っていた。

 

「今回、見学者の方々は退屈な様子です。きっと、私達の訓練が生ぬるいものに見えているのでしょう」

 

 話された内容に、ピクッと誰もが表情に変化を起こす。

 

 『まさか、弱いとみられたか』と。

 

「まさしくその通り。私達の実力を疑われています」

 

 はっきりと宣言した吹雪からは見えなかった。誰もが彼女を見ていたため、他を視界に入れてなかったから見えなかった。

 

 見学者達が『違うから』と顔の前で手を振っていたことも。

 

 ルリと大淀が、『あ、暴走した』と苦笑していたことも。

 

「私達は常に全力で訓練し技量を磨いてきました。その誇りは、決して弱くなどはありません」

 

 ギュッと胸の前で吹雪は拳を握る。絶対に負けないとはまだ言えないが、絶対に提督や提督代行の前に無様を晒すことはない。

 

 それだけは、違えるつもりはない。

 

「ならば! 私達は見学者の前で示すべきです! 我らが最強であると!!」

 

「はい!!」

 

 気合の入った返事を受け、吹雪は右手を掲げた。

 

「見せてやりましょう! 我がエーテル鎮守府こそが精鋭であることを!」

 

「了解しました! 『総旗艦』吹雪さん!」

 

「よろしい! では、提督!」

 

 その場で横回転。一歩も動くことなく体の向きを変えて、吹雪は真っ直ぐにテラを見つめた。

 

「お願いします! 訓練内容は『敵陣突破! 包囲殲滅戦』で!」

 

 話された内容に、見学者の中から、『何その凶悪な内容』と叫び声が上がったのだが、吹雪達の耳には何故か、『何それ、甘い』と聞こえたという。

 

「行きます!」

 

 そして、訓練場を一万発のミサイルと砲弾の雨。空間を削る圧倒的な攻撃が埋め尽くした。

 

 一撃大破どころではなく、かすっても轟沈するような攻撃の中を、薄く笑みを浮かべて突撃していく駆逐艦と軽巡洋艦

 

 空中のミサイルを次々に狙撃していく戦艦や重巡洋艦。

 

 圧倒的な攻撃を縫うように空を舞う艦載機と、回避行動しながら発艦を行う空母。

 

 後に見学者は語る。

 

 『まさに世紀末』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、鎮守府の電話が鳴った。

 

『なあ、おまえら、俺を胃潰瘍で殺したいのか?』

 

「え、何で? 東堂さんに恨みは今のところないけど?」

 

『嘘だろ、なあ。三等兵を取り上げたの恨んでるんだろ?』

 

「いや、別に。どうしたのさ?」

 

『見学者が蒼白になって、『我々には無理ですから』って言ってきたんだよ』

 

 言われてテラは思う。

 

 あれでも甘い訓練に見えたのか、と。

 

「そっか。じゃ、次はもっときちんとやるよ」

 

 テラは告げる、もっときつく厳しくやる、と。

 

『頼むからな』

 

 東堂は告げる、もっと常識的なことをしろ、と。

 

 二人の会話はかみ合っている、けれどその考えはまったく正反対を向いていたのでした。

 

 

 

 

 




 
 あの人に会わなかったら、きっと私達は艦娘として戦場に立って轟沈していたのでしょう。

 そうね、今の私たちがあるのはあの人のおかげよ。

 脳筋? 失礼ね、貴方よりは学力があるつもりだけれど。

 知識で勝っているのも間違いないわね。

 訓練内容は、『あの程度、艦娘ならば鎧袖一触よ』

 違うかしら


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