当時の自分を思い返すと、少し恥ずかしいといいますか。
いえ、恥ずべきことはないのですが。
そうですね。簡単に言うと。
当時の私は、『支柱』の意味を知っていても理解はしていなかった、ということです。
深い迷宮のように、目の前すべてが暗く感じる。
何処までも言っても、何処にも辿り着けない、果てのない海に一人だけ取り残された、ではなく霧の中を進んでいるように足元さえ見えなくて。
でも進むしかないから。後戻りなんてできない、もし戻っても迎えてくれるだろうけど。
自分が、そんな自分を許せそうにないから。
最後の一隻が海に沈む。周りを見回し、被害の程度を確認した吹雪は、全員に号令を下す。
「残量確認! 残弾と兵装のチェックを!」
各自、周辺警戒しつつ武装の確認に入る。燃料の残り、推進機の損傷、砲塔の破損、電子機器の不具合。すでに三回戦はこなした、残りは後三回戦。丁度、半分は来たわけだが。
「吹雪、どう調子は?」
そっと横に来た暁に、小さく首を振る。
「不調なし。通常兵装だったら、もう故障とかしていると思うけど」
「さすがバッタ達ね。私達も問題はないわ。けど」
暁が言葉を閉ざす。彼女が何を言いたいか、吹雪は察したように視線を動かす。
古参組は戦い慣れているから、実戦経験が多いから上手く立ち回って艤装の損耗を最小限に抑えてはいる。正確に操れば無理なく艤装が動いてくれて、小さな損耗に繋がらず、積もり積もったものが艤装の不具合になることはない、のだが。
「如月と荒潮の艤装は?」
「推進機に違和感があるみたいね。魚雷も半分を切っているし」
動きまわるのが駆逐艦の役目。足を止めなければ燃料の消費と、動かし続けた推進機が損耗してくるのは当然のこと。
久しぶりの実戦での緊張から、最初の海戦で魚雷を多く使ったのが、今になって響いてきたか。
「天龍も前に出過ぎて装甲が危ないわね」
「龍田が付き合って、損耗度が上がっているかな?」
「ええ。由良も知らず知らずのうちに引っ張られて、かなり弾薬を消費しているわよ」
「神通は?」
「そっちは川内の後についているし、夕張も気にかけているから大丈夫。瑞鳳がちょっと厳しいかしら?」
作戦開始時より広域索敵・警戒、上空での空中戦の監視、航空管制。色々な役割を行っている彼女の表情は、少しだけ暗い。体力も燃料も余裕があるのに、本人の精神力が限界に近いか。
「赤城と加賀にしばらく任せて休ませよう。二人なら空中管制なくても大丈夫だから」
「それがいいわね。こう言うとき、空母の数が少ないと大変ね」
確かに、と吹雪は思う。
我が鎮守府で空母は三隻のみ。一隻が空での監視と管制、二隻が攻撃に振り分けているわけだが。
瑞鳳の対応能力があまりに高くて、任せっきりにしていた弊害が出てきたか。彼女自身の体力はかなりあるのだが、精神的疲労は体力を無関係に削っていってしまう。
「高雄と鈴谷は、大丈夫そうだね」
「あの二人はいい意味でも悪い意味でも生まれた時に地獄を体験しているから、この程度は散歩にしかならないわね」
あの時のことを思い出して吹雪と暁は苦笑してしまう。
まったく提督も酷いことを、と。
「それで?」
「大和と長門の主砲は、あと一回戦が限界でしょうね」
戦艦三隻のうちの二隻が作戦不可。
仕方がない、と割り切るしかない。いくら経験を積んで技量が上がったとしても、『砲身命数』は上がるわけがない。
バッタ達の努力でかなり強度が上がったとはいえ、使っていればそのうちに破損して使用できず、無理して使ったら破裂する。
その点、扶桑はさすがに温存を心得ているか。一斉射ではなく、砲身一つ一つでの射撃で加熱や破損を抑えながら、長門や大和を超える命中精度と撃破率を誇る。
「それで、貴方は大丈夫?」
チラリと目線を向けられ、吹雪は晴れやかに笑う。
「大丈夫。まだまだできるから、暁は心配しないで」
「心配はしてないわ。ただ、『提督の初期艦』が、この程度で膝を折るなんて、情けないこと言わないでと言いたいだけ」
辛辣か。けれど、暁の瞳に揺れる『不安と優しさ』はよく解った。
「もちろん、私は、『吹雪』は最後の最後まで見事に吹き荒れて見せるよ」
「それならいいけど」
「うん、ありがと・・・・・全員! 確認作業終了! 問題は?!」
吹雪の大声に、誰からも声は上がらなかった。
問題があるのを見落としているわけではない。まだまだやれる、もう少し頑張れると彼女達の顔が語っていた。
「では進撃します!」
不安はある、けれど吹雪は振り払うように進路を向けた。
轟音が周辺海域を照らす。
「この」
叫びそうになる声を噛みしめたが、こぼれてしまった音が僅かに耳を打った。
「大和、三連装すべてを使わずに一門ずつの砲撃を。貴方の命中精度と威力ならばやれるわ」
「はい!」
扶桑の声かけに元気に答えるのだが、彼女の顔には僅かな影が見える。まだまだ半分を超えた程度なのに、自慢の主砲の威力が落ちたのが許せないのか。
それとも自分の技量の低さに苛立ちがあるのか。
「長門、肩の力を抜きなさい。大丈夫よ、貴方ならやれるから」
「解ってはいるが」
振り返る彼女の表情は決して晴れない。今の自分の状態は、自分自身がよく知っているとはこのことか。
「大丈夫よ。貴方達二人に任せたりしないから」
主砲一門につき、一目標。細かく動かし、一斉射ではなく単発。それで命中を叩きだすのは扶桑の技量の高さ故。
そういえば、と彼女は場違いな過去を思い出す。
エーテル鎮守府の提督以外が決めたルール、艦娘同士で話し合ったものに、追加ができた。
艦娘は着任順に従う。艦種ではなく、着任した順番にて先輩後輩を決めようなんて、言いだしたのは確か長門だった。
自分の未熟を知り、駆逐艦の吹雪の強さを知った後に、彼女からの提案は誰もが受け入れた。
本当は『長門さん』『大和さん』と呼ぶべきかもしれないが、彼女達は呼び捨てでの対応を求めた。
敵航空機が来るのが、扶桑の視界の隅に映る。無視しよう、あれは脅威ではない。味方の航空機はまだ上空にある。瑞鳳の管制機は上がってはいないが、赤城と加賀の航空機はいまだ健在。
ならば空ではなく海上を見据える。
駆逐艦達が相手艦隊に接近、魚雷や砲ではなく接近戦を仕掛けに行ったか。
巡洋艦は砲撃にて注意を反らしている。その砲弾が散発的になったのは、残弾を気にしてしまったからか。
いや、と扶桑は考えを振り払う。散発的になってはいるが、効果的な攻撃にはなってきた。
一人一人の砲弾は少ないが、時間差をつけて放つことで密度的には多くなっている。
一定範囲の砲弾数ではなく、一定時間内での砲弾数へ変更したことで、深海棲艦が接近してくる駆逐艦達から注意を外された。
少ない弾薬でいかに効果的な結果を得られるか。巡洋艦も考えているようだ。
手本があるならば、参考にさせてもらおう。
「長門、大和、全艦での交互射撃を行います。いいわね?」
「心得た!」
「はい!」
「では、私から」
一発、相手艦隊に突き刺さる。敵重巡が轟沈、続いて長門が放った後、大和が砲撃、そして扶桑へと戻る。
放たれた砲弾は確かに少なくなったが、降り注ぐ砲弾に切れ間がなくなった。これで駆逐艦達が接近して。
「敵艦隊撃破! 進撃続行!」
吹雪の号令に従い、艦隊は再び陣形を組み直し敵本拠地へと突入していく。
航空戦はまさに混戦。敵味方入り乱れる空中に、巨大な鳳が舞う。
空中管制機が三機。広がり過ぎた空のすべてを支配しようと飛び上がるのだが、情報を受け取る瑞鳳の表情はとても暗い。
「瑞鳳さん」
赤城が心配そうに見つめる中、彼女は空元気を総動員して笑ってみせる。
「大丈夫、私はまだまだやれるから。だから、お願い」
言われて赤城は大きく頷いて弓を構える。
瑞鳳が空の情報を操り、全員に伝えるから。敵の航空機の位置、敵艦隊の進路、魚雷の有無。全員が海上に集中できるように彼女が頑張っているならば、赤城と加賀の役目は味方の上に脅威を発生させないこと。
「加賀さん」
「ええ、赤城さん」
言葉は少なく、相手の名を読んだだけだが、それで十分だ。昔から、船だった頃から組んでいた相方。何度も同じ作戦に参加した仲だから、相手の考えは手に取るように理解できる。
航空機、発艦。昔とは違う零戦ではなく、プロペラ機でもない。ジェットエンジンを高鳴らせて飛び上がるのは、昔の敵国が作った航空機。
最初に違和感はあった。敵の装備を、と思ったことは何度でも。けれど、だ。赤城と加賀はそれを飲み込んだ。
自分達より小さな軽空母の瑞鳳が、もっと大型の敵国の製品を扱って頑張っているのに、自分達が昔の因縁を理由に使えませんなんて言えない。必死に頑張っている瑞鳳を見ているのに、敵の兵器だからと拒否なんてできるわけがない。
深海棲艦側の航空機が迫る。相手の速度はお世辞にも速いとはいえないが、小回りは相手のほうが上だ。
速度のために小回りが利かないF-14の集団は、遠距離から複数の目標へミサイルを放つ。
次々に空を裂くように飛ぶミサイル群は、チャフもフレアも持たない深海棲艦の航空機を撃墜していく。
一方的な虐殺。相手に反撃させない、とは言い切れない。ミサイルは確かに万能だが数は限りがある。一機の航空機に搭載できる数は限られているため、相手の航空機の数が多くなれば必然的に格闘戦をやるしかない。
戻って補給してもやれなくはないが、引き揚げた隙間に相手の航空機が味方艦隊の上空に到達したらと思うと、迂闊に引き上げられない。
「航空管制、行くよ」
だから、瑞鳳がいる。今にも倒れそうな彼女に頼るのは、赤城にとって申し訳ない気持ちにさせるものだが。
振り返った赤城に対して、瑞鳳は親指を立てて合図を送る。
大丈夫、まだ倒れない。まだやれる。
「私はエーテル鎮守府の瑞鳳だよ」
顔面蒼白一歩手前の表情で、彼女は笑っていた。体力は限界、とっくに使い果たした。でも、気力で立ち続ける。味方の空を護るのは、我ら空母の役目。味方艦隊が海上の敵に集中できるように、味方の空には一機の敵も許さない。
「お願いします」
赤城が何か言う前に、加賀が振り返らずに答える。
瑞鳳を見ない彼女は冷たいと見えるだろうか。いや、彼女は心配しているし、悔しい思いも感じているだろうが。
加賀は、内心の感情を表に出さずに。振り返らないことで瑞鳳に対して全幅の信頼を向けている。彼女の背中が声高く叫んでいる。『任せた、そして任された』と。
「よぉぉぉ! 後一踏ん張り!」
元気を絞り出すように瑞鳳が叫び、赤城は再び空を睨みつける。
指示を受けた航空機が戻り、速やかに補充を受けて再び空へ。僅かな隙間を縫うように味方航空機を撤退させ、空いた穴は他の航空機に埋めさせる。
パズルのピースを探して合わせて、刻一刻と変化する空に網を張り続ける。
「我が空母機動部隊、ここにあり」
小さく赤城は呟き、弓を構えた。
味方の援護の元で突撃していく艦隊の中、焦り過ぎて前に出てしまう者は必ずいる。
特に味方のことが心配な、優しい子ほど前に出てしまう。
「天龍!」
「瑞鳳さんが危ないんだろうが!」
背後から由良の叫びに、彼女は叫び返して前に突き進む。
装甲の破損大、主砲も片方が脱落している。状況的に見て大破に近い中破、普通ならば下がるのだろうが彼女は前に出た。
後ろで必死に支えている空母のために、一秒でも速く終わらせる。
「どけよ!」
魚雷も撃ち尽くした、砲弾も残ってない。けれど、この刀がある。右手に持った刀で敵を斬り、前を塞ぐ深海棲艦を薙ぎ払う。
「天龍ちゃん!」
「うるせぇ! 龍田も続けよ!」
「ああもう!」
妹が不満を口にしているが、それが口先だけなのを天龍はよく知っている。何時だって自分の背後にいて、自分が見落とした敵をけん制してくれていたから。
だから、天龍は前だけ見ていられた。前の鎮守府では『無駄な資源の浪費』など言われたが、この鎮守府に来てからは『無鉄砲な仲間思い』なんて言われている。
それが自分だ、と天龍は叫ぶ。無鉄砲でいい、無謀で構わない。仲間が救えるならば、いくらでも前に出てやる。
砲弾を斬る、海面を裂く、敵を破る。向かってくる奴は、すべて倒して敵の総大将に。
「いたな!」
白い影とそれを隠すような大きな影。親玉の姿を見つけた天龍は、刃を振り上げようとして、気がついた。
刀が、根元から折れている。
「ち!」
気づいてすぐに進路変更、相手の攻撃を全力で回避しながら、大きく迂回する。天龍は失敗したことを悔しく感じた。もっと周りを見ていればよかったのかもしれない。武器のことを確認しておけばよかったのかもしれない。
だから、叫ぶ。
「吹雪さん! 後でお説教と訓練受けます!」
「よく言った!」
大きく回り込んだ天龍の航跡を裂くように、右手に剣を抜いた吹雪が突撃していく。
深海棲艦が、港湾棲姫の視線が吹雪を捕らえる。砲身が向けられるが、砲弾は発射されることはなかった。
「はい! 終わり!」
砲身の中に魚雷が詰め込まれる。逆方向から急激に接近してきた川内が、寸分の狂いもなく二つの魚雷を相手の砲身に突き刺す。
爆発が二人の姫を弾き飛ばす。
扶桑と長門、大和の全力砲撃。主砲一個だけ残して、後は壊れてもいいと考えているほどの密度の砲撃の中、吹雪はただ真っ直ぐに突っ込む。
相手の目線が見えた。吹雪を見ていた目線が、左右に揺れる。突撃していく吹雪に合わせるように暁、響、雷、電がそれぞれ別方向から迫る。
全員が近接武器を構え、誰が本命か悟らせないまま、五人の刃は目標を貫いた。囮なんていない、全員が本命の攻撃の前に、北方海域を支配していた姫は倒れた。
「目標撃破! これより鎮守府へ戻ります!」
吹雪の高らかな宣言を受け、全員が歓声を上げた。
北方海域の制覇。そのニュースは日本を揺さぶる。今まで侵入さえできなかった海域の解放。喜ぶべき報告のはずなのだが。
苦い顔をした軍人たちが、そこにいる。
「噂の鎮守府、その実力は疑うべきものではなかったか」
「こうも早く北方を落とすとは」
「忌々しき事態だ。このままでは」
誰かの発言の後、一人の男は苦々しく答える。
「ああ、我らの―海軍の存在が無意味になってしまう」
放たれた言葉は、室内にいた全員の表情を暗いものにした。
どうにかしなければ、誰ともなく呟いた言葉は、誰にも答えられずに室内に消えていった。
精神的支柱って、大変なんですよね。
今ですか?
今は何とかやれていますよ。
どうしました、皆?
私はまだまだ未熟ですよ。
え、嫌だなぁ。姫級くらい一分で狩りましょう。
え? 出来ない?
誰ですか、そんなふざけたこと言った子は?