強くなる秘訣ね。
装備をしっかり確認して、日頃の訓練をまじめにやる。
え、てっとり早く?
う~~うちの鎮守府じゃ、それって禁句だから言わない方がいいよ。
何で?
だって、そんなこと言ったら、『初期艦』様がねぇ
仕事の合間の休憩には、まずは一杯のお茶。さすが日本人。
「俺、名前的には外国人なのかな?」
「そうですね」
緑茶を飲みながら、テラはポツリと呟いてみた。
緑茶は好きだ。紅茶も好きだ。毎日に飲んでもいいみたいな気持になるのだが、どうしても味が解らない。
「外国人。日本人になろうとしてみるかな?」
「止めませんけど、そうなると帝国はどうするんですか?」
「ああ」
早速と腰を上げかけたテラは、ルリの言葉に腰を下ろした。
さすがに、自分が作った国家を放り投げて他の国に亡命しましたなんて言ったら、絶対に追いかけてくるだろう。
アイリスあたりが、激怒して。
「三日」
「一時間」
テラが唐突に言ったことに、間髪入れずにルリが否定してきた。
「ええ、そうかなぁ?」
「ほぼ間違いなく帝国軍の中央四軍が勢ぞろいしての降下作戦でしょうね。一時間で日本占領ですよ」
確かにとテラは思いつつ、お茶を口に入れる。
「・・・・・・・蹂躙戦にならないといいなぁ」
「蹂躙戦で、その時間でしょう。民間人に手を出さないこと前提でやるとしたら、恐らく一時間以内に首都陥落ですから」
「わぁお、帝国って強いなぁ」
冗談で口にしたら、ルリが半眼で睨んできた。
『いったい、誰の責任で強くなったと思っているんですか』と。
何かある度に逃亡して、その度に帝国軍が挑んでくるから容赦の欠片もなく撃退していった結果、精強なる帝国軍と呼ばれるようになったのだが。
「ん、良し。戻ってきたかな?」
「はい、では」
お茶を飲みきり、二人は執務室から出ていくのでした。
反省点が色々とありそうな今回の作戦内容に対して、テラは『いいじゃない』と言ってあげたいのだが。
ルリ的には苦言を口にするしかない。
「総員、お見事でした。と、言いたいところですが」
鎮守府に戻った全員を見回し、ルリは小さくため息を『わざと』ついた。
「なんですか、その体たらくは? 情けないにもほどがある。あれだけの訓練を積み、提督まで引っ張っての特訓を受けて、こんな無様を晒すなんて。貴方達は誰の配下の艦娘ですか?」
全員がボロボロ、まだ入渠も終えていない状態の彼女たちを見下ろしながら、ルリは盛大に溜息を吐きだす。
「艤装はボロボロ。残弾がない子もいますね。燃料も使い切りとは。どういうことですか?」
睨みつけるように全員を見回すと、何人かが視線をそらせた。いい傾向だろうか、自分達の不始末を、未熟さをよく実感できているらしい。
「たかが一海域、総員で挑んでのこの結果では、とても『我が提督の艦娘達』とは言えません。赤ん坊でももっとマシな働きをしますよ」
誰からも反論はない。異論もないか。ちょっと貴方達は真面目に育ち過ぎじゃないですか、とルリは内心で別の意味の『呆れ』を感じていたが、表に出すことはしない。
「未熟、不首尾、不徹底。そんな呆れた結果しか出せない貴方達に、提督ではなく私から一言だけ伝えます」
もう一度と、ルリは全員を見回した後、小さく告げる。
「よくぞ戻りました、我が艦娘達よ。見事でした。ですが、貴方達はようやくスタートラインに立ったのみ。振り返るな、前だけ見て進め。以上」
柔らかく頬笑みを浮かべて告げたルリに続いて、テラは両手を振り上げた。
「よぉぉぉし! 全員、入渠後に飯にしようぜ! 俺は腹が減った」
「はい!」
全員から元気のいい返事が戻ってきたので、これで心地よく解散と行きたいのだが、ルリとしてはそうはできない理由があった。
「長門」
「は!」
小さく名を呼ばれ、彼女は緊張した面持ちのまま答えた。
「捨ててきなさい」
「しかし提督代行!」
「いいから、捨ててきなさい」
「ど、どうかご配慮を!」
強硬に食い下がる彼女に対して、ルリは『自分の意見も言えるようになって偉い。育ちましたね』と内心で少しだけ喜んでいたのだが、どうしても今回ばかりは彼女の意見を優先するわけにいかない。
何しろ、長門は。
「いいから捨ててきなさい!」
「私がきっちりと面倒をみますから!」
「ダメです! 何処の世界に『深海棲艦の姫』を面倒見る鎮守府があるというんですか?!」
怒号に近い声に、周囲の艦娘達は首を傾げたり、頷いたりしていない。全員が真っ直ぐにルリを見て『どうか』と小さく呟いている。
自分らしく素敵に育っていて偉いとかテラは思っていて、ルリもその意見には大いに同意を示したいのだが。
「ここにあってもいいと考えます!」
「い、言うようになりましたね、長門」
一瞬の迷いもなく言い返す彼女に、『立派に育ったなぁ』とテラが楽しそうに笑っているが、ルリとしては同意はしても『認める』わけにいかない。
自分達は深海棲艦と戦っている。敵のボスクラスがいるなんて知れたら、今の日本が何かしてくるか解らない。最悪、敵と通じているとして排斥されるかもしれないが。
それはそれで面白いのではないか。ルリは一瞬だけ妙な考えを浮かべたが、慌てて首を振って忘れることにした。
面白いで一国と戦争を起こすなんてこと、前はよくやっていたなぁと懐かしい気持ちが溢れてくるが、今は関係ないので打ち消す。
「貴方が立派に育っているのは嬉しく思います。しかし! ダメなものは駄目です」
「何故でしょう、提督代行。我が鎮守府ならば『敵であっても受け入れる』度量位はあります」
「言い切りますね。本当にもう」
小さくため息をついて、ルリはテラへと視線を向けた。
彼は『いいんじゃないの』といった顔をしているから、否定なんてしてくれないだろう。
では、大淀は。彼女は意見がないらしく、話に加わってこない。というよりは、だ。全艦娘の意見は同一なのではないかとルリは考え始めた。
まず最初に、連れ帰れた時点でおかしい。長門の意見に反対ならば途中で捨ててきているはず。あるいは撃破して終わりだろうが。
「吹雪」
「はい! 私もいいと思います」
初期艦が同意を示したから、誰もが反対意見を口にしなかったか。あるいは吹雪は反対を示したが、周りがお願いしたので首を縦に振ったか。
「では全員の総意として『許す』と?」
「お願いします!」
「解りました。では、百歩ほど譲って認めますが、二人は駄目です」
「何故ですか!?」
「姫級を二人もかくまったなんて知れたら、全面戦争ですよ。解っているんですか?」
「がんばります」
吹雪の一言に、ルリは軽いめまいを覚えた。がんばりますとは、何を示すのか、見つからないようにか。それとも二人が反乱しないようにか、暴れないようにか。そもそも、深海棲艦という恨みとかの塊が、こんなに大人しくしているのは罠があると考えないのか。
待った、吹雪の頑張りますは、『日本と戦争になったら叩き潰します』の頑張りますではないだろうか。だとすると、全艦娘が日本と戦争してでも姫級二人をかくまうと決めたのか。
頭が痛くなってきたルリは、もういいかと投げることにした。
事はなるようにしかならない。ならば、このままでもいいのだろう。何よりだ、とチラリとルリは隣に視線を向けた。
相変わらず微笑んでいる我が主を見て、『それもそうか』と納得してしまう。敵であっても取り込んでしまう馬鹿ならば、見慣れているではないか、と。
「許可します。しかし、何かあったら、特に提督に何かしたら」
「もちろん潰します」
言葉の途中で、全員から返されてしまった。もう見事に、全員が殺気をうかべているので大丈夫だろう。
「では解散、補給と休息しなさい」
「はい!」
敬礼して散っていく艦娘達を見送りながら、ルリは小さく呟いた。
「テラさん、どうやら育て方を間違えたようです」
「うん、あれはなんて言うか。ヤバい宗教集団に見えた」
「はぁ」
小さくどちらかともなく溜息をついた。
改めて戦闘をしてみれば、鎮守府の弱点が浮き彫りになってくる。
現在の鎮守府は、戦艦三、空母三、重巡二、軽巡六、駆逐艦八、これに大淀や明石を入れたら結構な戦力になる、と予想していたのだが。
「空母ですか」
「はい、瑞鳳の負担が大きく、休ませながらの戦闘でした」
吹雪の感想に、ルリは小さく頷く。
盲点だったといえる。元々、化け物じみた体力を持つテラを筆頭に、疲れ知らずなバッタ師団が補佐した『サイレント騎士団』において、体力が続かないといったマイナス要素はなかった。
単体で一つの役割をこなす、ということがなかったこともある。補助としても予備としても常に四つ以上の配置をしていたルリにしては、珍しいほどの初歩的なミスだった。
空中管制を行いながら索敵ラインを形成、周辺警戒も一人で行うとしたら確かに続かないか。
「戦艦も三隻ですが、そちらは?」
「扶桑が上手くまとめてくれました。主砲については、やはり長門と大和の精神的な未熟さが出てしまって」
「最終局面前で戦艦なしの場面があった、と?」
「はい」
なるほど、とルリは小さく呟く。報告は受けた、データとしては吹雪達はもちろん、大気圏外の艦隊から受け取った戦闘報告もあるが。
実際に現場にいた人間の感想のほうが、ルリとしてはスッと頭に入ってくるのでこうして報告してもらっているのだが。
「駆逐艦や巡洋艦は?」
「そちらは大丈夫です」
笑顔で答える吹雪に、一切の迷いはない。
『言わせない』ではないだろうか、とルリはちょっと変な考えが浮かんだのだが、ここは吹雪を信頼しようと結論を出す。
「解りました。建造を指示しておきます。とりあえず、三隻くらいを目安に資材は目いっぱい」
近場にいた妖精が、『キラッ』とウィンクして工廠へと向かっていく。
「なんだか嫌な予感がしますね」
「あ、私もです」
「止めたら妖精たちが泣き崩れるのでそのままで。で、吹雪、後は?」
「はい。近接武器がもう少しあればと思いました」
艤装ではなく、近接武器か。
これもルリとしては意外とは感じなかった。他の鎮守府で言えば、『何を考えている』と言われそうだが、ここはトップが近接武器を使っているので、その配下の艦娘ならば使えて当然という考えが蔓延している。
ルリは止めないし、吹雪は染まっている。初期艦からしてそうなのだから、配属された艦娘達は次々に近接武器を使えるように頑張っているが。
今のところ、駆逐艦達は全員。軽巡達がもう一歩、重巡の二人は慣れさせ始めたばかりで、戦艦は選んでいる途中、空母はまだ訓練していない段階。
「天龍がやらかしたと聞きましたよ?」
「突撃途中で武器を壊す間抜けは、今は特訓中です」
「はぁ」
貴方がいて、誰がとルリは考える途中で天井を見上げた。
「提督ですか?」
「いえ、暁がやっています」
「はぁ」
意外な名前ができたものだが、彼女はそんなに近接武器を使えただろうか。
「剣が使えなかったので、刀を使ったらこれが意外にはまったみたいです」
「なるほど」
そういえば、日本刀を使っていたなとルリは思い出す。刀みたいな艤装を扱う天龍にとっては、とても勉強になる相手か。
「解りました。後は何かありますか?」
「はい。『ホッポ』と『コーキ』に決まりました」
「ああ、姫級二人の名前ですか? 二人は何と?」
敵の元にいるならば、逃げ出したいと言っていないか。それとも、苦しいと言っているか。
「鎮守府の食事を食べたら、『もう戻りたいくない』と」
小さく眼を反らす吹雪に対して、ルリは思う。
『いや、それはどんな食事をしていたんですか』と。
港を歩く、砂浜の一部が足元を流れ、ざらざらとした感触がとても懐かしく思える。
『コーキ』、元港湾棲姫は小さく顔を上げて太陽を見上げた。世界を憎んではいなかったが、艦娘は憎かった。なのに、今は鎮守府でこうして艦娘達を過ごしているのは、どんな笑い話よりも喜劇だろうか。
あるいは悲劇なのかもしれない。
「コーキ、あっち」
ホッポ、元北方棲姫が指をさす先では二人の艦娘が向かい合っていた。
方や駆逐艦、最も小さい艦種にして最も脆弱な艦種のはずなのに。
「天龍、もう終わりかしら?」
穏やかに微笑む姿は小さい子供なのに、何処か深窓の令嬢を思わせる。優雅に動く体の、一つ一つに気品が満ちているような錯覚を覚え、相手が子供だと解っているのに、一人前のレディがドレスを纏ってダンスをしているように感じてしまう。
実際には彼女はとても無粋で物騒な刀を持っているが。
「まだまだ」
一方で汗だくになって息切れを起こしているのは、軽巡。普通、駆逐艦と軽巡が一騎打ちをしたら軽巡に軍配が上がるはずなのに。
駆逐艦は息一つ乱れず、汗一つもかいていないのに、軽巡は汗だくで立ち上がれずにいる。
「貴方は力任せ過ぎるのよ。刀は力で振るうのではなく、流れで振るうもの。がむしゃらにやっていたら、優秀な武器でも折れるわよ」
「解ってるんだけど、どうにもな」
息を整えながら天龍はどうにか立ち上がる。手に持った刀は艤装と同じ形をしている。何もかもそっくりな刀が、あの時の光景を思い出させる。
最後の一撃を入れ損ねた。自分の刀がどんな状態であるのか、視界に入れるまで気づかなかった。
「頭で解らないならば、体に覚え込ませる。何度もでも付き合ってあげるわよ、天龍?」
小さくウィンクした暁は、右手だけで刀を回す。わざと隙を作っているような動作の中、天龍は一歩で突っ込んでいき、叩き落とされた。
「読み合いがまだまだね。わざわざ刀を回す理由が何処にあるの?」
「ク、ちっくしょう」
「はいはい、威勢のいい貴方はとても素晴らしいわ。けれど威勢だけで上達するわけがないのよ。ほら、次、きなさい」
右手だけで刀を持った暁は、自然体で立っていた。構えるわけでもなく、力を込めるでもない姿に、コーキは『怖い』と思ってしまう。
何処から来ても迎え撃てる、それだけの実力が彼女からは感じられる。艤装も纏っていない駆逐艦に恐れを抱くとは。
「暁、怖い」
「ええ、そうね」
ホッポの言葉に頷いていると、暁がこちらを見て小さく頭を下げた。
「天龍、今日はお客様がいるからここまでにしましょう。ゲストを怖がらせるのは、レディらしくないわ」
「あ、そうだよな。ありがとうございます、暁さん」
「いいえ、私もいい訓練になったわ。また後日」
「是非、お願いします」
一礼して去っていく天龍を目で追いかけていた暁だったが、やがてこちらへと顔を向けて歩いてくる。
温和な笑みに、先ほどの凄味は何処にもなかった。
「二人とも、鎮守府はどうかしら? 何か困ったことがあれば、私か吹雪を頼りなさい」
「大丈夫」
「ありがとうござます。どうして、敵である私たちにそこまで優しくしてくれるのですか?」
前々から感じていた疑問を口にすると、暁はきょとんとした顔の後、小さく微笑した。
「貴方達を助けると仲間が決めて、全員が認めたからよ。それ以外に理由はないわ」
「でも、それで貴方達が危機に陥るのでは?」
彼女の懸念に、暁は『そうかもしれないわね』と口にしてから、別の言葉を紡いだ。
「その時は私たちが全力で守るわ。仲間も貴方達も、全員が全員を」
誇らしげに語る彼女にコーキは何故か、とても安堵している自分を感じていた。
「私達も貴方達と同じだったのよ。裏切られて捨てられそうになって。でも、提督と提督代行に救ってもらった。だから今度は、恩返しのためにも誰かを助けたいのよ。『貴方達が救ってくれた私たちは、こんなにも強くなって多くの人を救えるようになった』といえるようにね」
誇らしげに胸に手を当てて語る暁の姿は、とても少女のものではなくて。コーキには、肖像画に描かれているような貴婦人のように見えたという。
焦燥感は何処にでも有る。自分に自信が持てない人ほど、他人が優秀に見えて、彼らが自分に対して何かしてくるのではと怯えてしまう。
怖さや怯えが内心に留まっているならば、他に影響されることなく押し込められるのだが、それが表に出てきてしまうと人は簡単に壊れていく。
倫理は道徳など無視して、『おまえが悪いと』責任を押し付けて。
「あの鎮守府は危険だ」
「彼らは圧倒的な武力を持っている」
「彼らは日本を無視している」
怖さが渦を巻き、伝染し、多くの人の価値観を狂わせていく。
やがて大きな流れとなったものは、小さな意見など飲み込んで、大きな悪意へと姿を変えていく。
「あの鎮守府は、日本を征服しようとしている」
誰かが小さく言ったことは、それがまるで真実のように広まっていく。誰も否定しない、誰も嘘だと告げない。
ただ、妬みと恨みと怖さが混ざり合った意見のみが、周辺へと流れて行ってしまう。
「潰そう、それが日本のためだ」
短絡的な意見が、それが正解であるように多数決として決まっていく。
相手が誰かも知らないで、一個人だと、一つの鎮守府だと思いこんで。
一朝一夕で強さなんて身につかないから、私達は毎日を訓練する。何度も繰り返して、何度も体に覚え込ませてね。
泥臭いのは嫌? なら簡単な話じゃん。
強くならなければいい。
なら痛いことも泥臭いこともないから、簡単でしょ?
はい、この話は終わり。私は訓練しに行くからね。
なんでって、そんなの決まってるじゃん。
私はまだまだ強くなりたいからね。