夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 自慢の姉って言われると、私に思いつくのは一人だけ。

 もちろん、他の姉達もかっこいいし頼りになるけど。

 本当に凄くて優しいのは、あの人だけだから。






姉のように、姉らしく

 

 

 建造指示を出して三日後。ついに、鎮守府に新しい艦娘が着任した。周りが色々と不穏な空気を流していたり、裏側で色々な人達が動いている中での新人の加入。

 

 付け入る隙がとか思って油断して襲ってくるなら撃退するが、絡め手でこられたらそれはそれで楽しい謀略戦ができそうだな、とルリはちょっとだけ楽しみにしていたりする。

 

「鳳翔と申します」

 

「大鳳です」

 

 二人はよどみなく挨拶をするのだが、最後の一人は顔をそむけたままで、言葉を口にしない。

 

「艦名を名乗りなさい」

 

 催促するように告げるルリだったが、内心で憤りを浮かべている、わけではない。彼女の背後で吹雪が、『とってもいい笑顔で』剣を抜きかけているのが見えたから、ちょっと焦っているだけ。

 

「・・・瑞鶴」

 

 短く答える少女は、両手をギュッと握りしめ、視線はそらしたまま立っていた。一礼もなく、目線も合わせずに。

 

 あ、これは一波乱あるな、とルリとテラは不意に思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸惑いなんて言葉は、浮かぶ前に消えた。自分が何者なのか強制的に刻みこまれ、当たり前のように体を動かして歩くことに違和感しかない。

 

 自分は沈んだはずだ。消えたはずなのに、今はここにいる。どうしてと疑問を感じる前に、疑問自体が消えていくような虚無感だけが心に沈んでいく。

 

 自分は空母、鋼鉄の船。なのに、この体はなんだ。柔らかない、人間のように、まるで自分に乗っていた人たちのように。

 

 けれど、確実に違う。あの人達のように、心の中に一本の筋が通ったのようなものがない。支えになるべきものが見当たらない、自分が何者か解っているのに、それはまるで『そうだと言われ続けているように』違和感だからで。

 

 気持ちが悪い、自分は航空母艦だ。船だったのに、今は人間みたいな動きしかできなくて、弱々しくて惨めで、とても小さな存在で。

 

 何万トンもの船体はどうしてしまったのか、海に浮かぶことができても軟弱な体しかないのは何故なのか。

 

 疑問が浮かんでは消えていく。まるで『考えるな』といわれるような、脅迫感だけが脳裏を揺さぶる。絶対に忘れない、絶対になくさないと思っていたものが、泡沫の夢のように消えて零れ落ちる。

 

 自分は誰だ、自分は艦娘で。繰り返すように言い聞かせても、違和感ばかりが大きくなって、次第に自分の首を絞めつける。

 

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。こんな自分が存在していいはずがない、消してしまいたい壊してしまいたい、でも自分で自分を壊すことができないから。

 

 だから、誰か『ワタシヲコロシテ』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練中に大破、ですか?」

 

「はい」

 

 報告書を受け取ったルリは、かなり渋い顔をしていた。

 

 新人空母艦娘三名を入れた六隻編成の機動部隊。とりあえず最初なのだから軽く始めた艦載機の発艦訓練において、彼女は立ち上がれなくなってそのまま沈みかけた、という話だ。

 

「演習弾しかなかったはずですが?」

 

「全員の艤装を確認しました、確かに演習弾です」

 

 報告書を持ってきた赤城の言葉に、ルリは軽く首を傾げる。

 

 演習での大破、ではなく実戦的な大破判定が下されている。妖精たちとバッタ達の判断のより、演習は強制終了。彼女には速やかにバケツ効果の狙撃弾が使用され、何とか轟沈は回避できた。

 

 原因は妖精たち曰く『不明』。建造に関わったすべての妖精たちが調査しても不明なままで、どうして彼女が轟沈寸前までいったのか解らないらしい。

 

 妖精たちが『気合を入れて建造した』三隻のうち、他の二隻は大変に素晴らしい能力を発揮している。

 

 鳳翔も大鳳もさすが『鳳』の名を持つ空母艦娘だ。初期動作ですでにF-22を扱えている。これには赤城や加賀、瑞鳳が『負けてられない』と気合を入れているのだが。

 

 最後の一人、瑞鶴が躓いた。艦載機を飛ばせない、艦載機を扱えない、といったレベルの話ではない。艤装が扱えていない。確かに浮くことはできるが、進むことができない。

 

 艤装の調査で異常の発見はなし、すべて正常。艤装の妖精たちも不具合はなかったと話をしている。

 

「問題はないようはずなのですが」

 

「ふむ・・・・・」

 

 報告書を読み、妖精たちからの話も聞いたルリは、続いてバッタ達に視線を向けた。彼らから報告書が上がっていない。口頭での説明もないのは、不自然を通り越して怪しい。

 

「バッタ、原因を把握していますね?」

 

『ピ』

 

 彼らの代表として来ている一匹のバッタは、電子音を出したまま小さく頭を下げたままで答えない。

 

「言えないことですか?」

 

『ピ これは私たちではどうにもできない問題です』

 

「原因を知りながら、解決できない問題、ですか」

 

 意味不明な言葉を投げかけられたルリは、小さく考え込む。

 

 外的要因、ではないということか。機械関係でバッタ達が解決できない原因は、ほぼないと信じている。技術面での問題も、これだけ多くの艦娘の艤装を妖精たちと扱っているから、知識量や技術力が原因での問題解決不可能ではないのだろう。

 

 となると、だ。ルリは思考を巡らせる。機械関係でバッタ達がどうにもできないと答えを出した、のではなく。

 

「問題は、『内面的な要因によるもの』だと?」

 

『ピ はい、ルリ様』

 

 バッタ達の答えを受けて、ルリはなるほどと思った。彼女の艤装は完璧、機械的な不具合はなく、明石と夕張の仕事は完璧。妖精たちにも問題はなく、艤装は見事に動いている。

 

 残る要因は、彼女自身。

 

「時間がかかりそうな話になってきましたね」

 

 機械関係ならばすぐに調整できる。けれど、精神的な問題となってくると時間がかかるだろう。原因の調査、それに対しての精神的ケア、昔から人の心理ほど厄介で複雑な問題はない。外的な負傷のように特効薬があるわけではなく、目に見えないから手探りにやっていくしかない。

 

「解りました。瑞鶴のことはしばらく訓練から外して、鳳翔、大鳳の訓練を優先しましょう。赤城達もF-22の完熟訓練もありますから」

 

「はい、解りました」

 

 少し赤城が顔をしかめている。瑞鶴のことが放置になるのが、彼女にとって許せないらしいが、だからといって瑞鶴ばかり構っていて全体の練度が上がらないのも困る問題だ。

 

 ルリとしても、放置はしたくないのだが、瑞鶴の内面を見通せない以上は原因の確認から始めないといけないので、訓練と同時進行はしたくはない。

 

 もしかしたら、訓練事態が原因の精神的な問題かもしれないので。

 

 ルリが赤城にその話をしようと口を開きかけた時、扉をノックする音がした。

 

「はい。どうぞ」

 

「失礼します、提督代行」

 

 一礼して入ってきたのは、加賀だった。

 

「どうしました?」

 

「私に教えてください」

 

 いつになく真剣な眼差しの加賀に、ルリは『何をですか』と問いかけた。

 

 そして、彼女は願いを話し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 与えられた一室で、瑞鶴は窓を見ていた。小さな部屋の中、自分だけしかいない場所。誰もいない、船員もいない、指揮官もいない、小さな部屋でしかない住処。

 

 こんな場所があるわけない、自分が入れる部屋なんてない。違う、自分は艦娘だから部屋は必要だ、普通に生活する場所があるのは当たり前のことで。

 

 軍艦が陸に上がって部屋暮らしはおかしい、艦娘ならば当然のことだ。

 

 乱れる思考の中、瑞鶴はギュッと唇をかみしめる。

 

 違う、そうじゃない、当たり前で、間違っている意見。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

「入らせてもらったわ」

 

 自分じゃない声。ハッとして振り返った先には、憎らしいほどの相手がいた。

 

「何の用? 天下の一航戦が、私を笑いに来たの?」

 

 つい反発してしまう。元々の軍艦だった頃の記憶か、それとも他の瑞鶴の記憶なのか、加賀には反発したくなる気持ちがわき上がる。

 

 加賀は無言のまま歩いてくる。思わず下がりそうになって、机に背中を押しつけた。

 

「な、なによ、何か言ったら・・・」

 

 いいじゃない、と言いかけた彼女をそっと加賀が抱きしめた。

 

「な?!」

 

「大丈夫、ここにいるのは貴方だから、大丈夫よ」

 

 ゆっくりと語る声は、加賀のものだ。何故か知っている、誇り高くて冷たい加賀のものであったはずなのに。背中に触れる温もりが、ゆっくりと動く彼女の手だと、数秒後に気づく。

 

 大丈夫、大丈夫と声をかけながら上下する手の暖かさと、全身を包んでくれる優しさが身に染みる。

 

「わ、私は、航空母艦瑞鶴だから」

 

「ええ。貴方は瑞鶴よ」

 

「私は鋼鉄の船で、なんで人間の体なんて持っていて」

 

「そうね」

 

「誰もいないのは、もう嫌だ。なのに、誰も、『瑞鶴に乗っていた人たち』がいないのは」

 

「皆がいるから、大丈夫。私がいるわ」

 

「怖いから、怖くて、もう暗闇は嫌だよぉ」

 

「そうね」

 

 ギュッと加賀にしがみ付く。怖いもの全部、悲しいもの全部、違和感さえも吐き出すように泣きながら、次々に口から言葉を吐き出す。

 

 その度に、彼女は優しく背中をさすってくれた。泣きじゃくる子供をあやすように。

 

 叫んで、泣きわめいて、ボロボロ喚いたのに、彼女は一度も離すことなくずっと抱きしめてくれていた。

 

「私が傍にいるから、大丈夫よ」

 

 そっと囁く言葉に顔を上げれば、そこにいた彼女はとても穏やかに優しく笑っていてくれた。

 

「もう大丈夫そうね」

 

「うん、ごめん」

 

「いいのよ。私が傍にいてあげるから、貴方は立ちなさい。支えが必要ならばここにあるから」

 

 泣きやんで冷静になって、瑞鶴は思った。誰だ、この人は。外見は加賀なのに、どうしてこう『与えられた知識』と違う様相なのか。

 

 無口で無表情が彼女ではなかったか。この穏やかに微笑み、優しく語りかける彼女は本当に加賀なのだろうか。

 

「訓練をしましょうか」

 

「え、でも・・・・」 

 

 またできないのではないか。そう不安を感じていると、加賀がそっと手を重ねてきた。

 

「私がついているから、行きましょう」

 

「はい」

 

 思わず返事をしてしまったが、本当に彼女は加賀なのかと再び思ってしまう。

 

 その後も、彼女は自分の隣にいてくれた。訓練の時はお手本を見せてから、自分なりの解釈をちゃんとつけて教えてくれて。

 

 日常的なことも、色々と教えてくれた。困った時は嫌な顔一つせず、きちんと丁寧に教えてくれる。

 

 出来なかったことが、まだまだ沢山ある。でも、出来ない時はできるまで傍にいてくれた。原因を一緒に考えて、対策を考えてくれて、一緒に訓練してくれる。

 

 出来たことが、増えてきた。出来なかったことができたときは、本当に大げさなくらいに喜んでくれて、褒めてくれた。

 

 毎日、顔を合わせる。朝におはよう、昼にこんにちは、夜はこんばんは、寝る前はおやすみなさい。挨拶は何度も、日常的な会話はもう数えきれないくらいにしていた。

 

 最初は警戒していたけど、次第に自分から話しかけるようになっていた。日常的なこと、ちょっとした会話。訓練のこと以外でも、天気のこと、ご飯のこと、鎮守府の小さな草花のこととか。

 

 色々な、本当に小さな話もよく聞いてくれるあの人のことが、いつしかとても大切な存在になっていて。

 

 そして、今では。

 

「あ、加賀姉!」

 

「・・・・瑞鶴、それは駄目よ。私と貴方は姉妹ではないのだから」

 

「何で? 私にとって加賀さんは『姉』だよ。翔鶴姉は翔鶴姉だけど、私にとってはもう一人の姉でいいじゃん」

 

「はぁ、まったくもう」

 

 困った顔で溜息をつきながら、あの人は拒むことなく小さく微笑んでくれた。

 

「しょうがない子ね」

 

「へへへへ」

 

 小さくそう告げて頭を撫でてくれて、瑞鶴は笑うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の様子を見ながら、赤城とルリはホッとしていた。

 

「あの加賀さんが、『姉としての振る舞いを教えてください』といった時はどうなるかと思いましたけど」

 

「一人っ子であっても、近所に小さな子がいれば『兄や姉』として振る舞えることがある、というわけですね」

 

「ええ、本当にあの加賀さんが、『お姉さん』しているなんて」

 

 ちょっと泣いている赤城に対して、ルリは思う。『案外、加賀は面倒見がいい性格をしているのでは』と。

 

「確かにそうですが、加賀さんは『愛情表現が表に出ない人』なので」

 

 ルリの内心を言い当てるように、赤城は今までの彼女が周りにどう思われていたかを語る。

 

 冷たい、冷血漢、怖い人。表情筋が滅多に動かないからと、言い方が冷たいことがあるため、周囲にはそう認識されていたらしい。

 

「はぁ、そうですか。面倒見がいいのは知らなかったですが、愛情表現が表に出ないってことはないでしょう」

 

 ルリの意外な言葉に、赤城は『どうしてですか』と問い返した。

 

「あの子くらい、愛情表現が表に出る子はいませんよ」

 

 自信満々に告げるルリに対して、赤城は小さく頭を下げた。

 

「負けました、提督代行。私以上に加賀さんをよくご存じで」

 

「当たり前じゃないですか。私は貴方達の提督代行ですよ。艦娘のことをよく知らずに指揮などできません」

 

「恐れ入ります」

 

 完全に負けたと赤城がさらに深く頭を下げると、ルリは小さく手を振った。

 

「止してください。当たり前のことですから。瑞鶴の訓練は問題ないようですね。他の二人は?」

 

「大鳳はもう一歩といったところです。鳳翔『さん』は凄いの一言で」

 

「艦娘は着任順に習うのではなかったのですか?」

 

 赤城が鳳翔をさん付けで呼んだことに、ルリは『やっぱりか』と思った。

 

「許してください、提督代行。鳳翔さんを呼び捨てなんてできません」

 

「まあ、空母達の『母』なら当たり前ですね」

 

 建造されたばかりなのに、空母の誰よりも貫禄を持っている人物。練度は低くても、航空機の扱いは誰よりも『猛者』に見えるのは流石といえる。

 

「それで、鳳翔はどのくらいまで言っていますか?」

 

「空中給油機と管制機を六機ずつ扱えます」

 

 報告を受けて、ルリは固まった。まさか、そんな嘘でしょうと言葉が浮かんでは消えていき、ようやく彼女は再起動を果たす。

 

「さすが、ですね」

 

「はい、負けそうになりました」

 

 まさか赤城が敗北まで追い込まれるとは。さすが空母達の母は強いか。それとも彼女自身の並々ならぬ努力の賜物か。

 

「なら、次の作戦には空母艦娘六隻で行けますね」

 

「はい。それと提督代行」

 

 赤城が窓の外を見ながら、話を変える。それに対してルリは『ええ、そうですね』と軽く相槌を討った。

 

 この鎮守府には近々、『加賀型姉妹』ができそうだ、と。

 

「ねえねえ!! 加賀姉!」

 

「はいはい、瑞鶴、そんなに慌てないの」

 

 窓の外を元気に走り抜ける空母艦娘と、それを困りながらも何処か嬉しそうに歩いてく空母艦娘がいた。

 

 

 

 

 

 




 

 私に『私をくれた』人だから、加賀姉が一番。翔鶴姉や蒼龍姉もかっこいいし、赤城姉も頼りになるけど。

 やっぱり、私にとって一番の姉は『加賀』姉だよ!

 いつか、私も言ってみたいな、『鎧袖一触よ』って!




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