夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 あの当時のことか、私にそれを話せと?

 酷なことを言うものだな、最近のジャーナリストは容赦がないらしい。

 まあ、いいか。こんな牢獄まで来たのだから、それなりのネタがないとそちらも大変だろうからな。

 本当に後悔しないな?

 ならば語ってやろう、あの海軍最大の『汚点』を。







善悪ではなく、人について語ろうか

 

 

 天気はいい、波は穏やか。こんないい日は、のんびりとお茶でも飲みながら、海を眺めていたいものだ。

 

「では、諸君、よろしく頼む」

 

 東堂軍令部総長の声を最後に、誰もが席を立ちあがった。

 

 本当に天気がいい日なのに、どうしてこう薄暗い室内に閉じこもって、馬鹿げた話を聞かなければならないのか。

 

「特にテラ、本当に頼むぞ」

 

「はいはい、了解」

 

 気楽な態度で応じると、室内にいた誰もが厳しい視線を向けてくるので、溜息が出てしまう。

 

 目上、敬語、あの後にオラクルに頼んで調べてもらったのだが、どうにも身につかない。元来、自分というのは礼儀知らずだったのかもしれない。礼儀を知っていたつもりでいたのだが、これは新しい発見だろう。

 

 『帝国に戻ったら』、お説教くらわないといいな、とテラは別のことを考えながら、きちんと敬礼を『して見せた』。

 

「了解しました、軍令部総長」

 

「やればできるじゃないか、おまえは」

 

 呆れたような東堂の言葉に対して、テラは『ま、頑張ったので』と気楽に笑う。これにも軍人たちが顔をしかめるので、『またか』と内心で嘆息する。

 

 実力主義といえばいいのか、あるいは実力しかない世界にいたからなのか、それとも両方か。テラ自身は昔から礼儀はできていたと思っていた。周りから注意されることは言動で言えば、『動』のほうだったので気にしていなかったのだが、どうやら本当に自分は礼儀知らずだったようだ。

 

 いい経験だな、とテラは思い直す。今までの自分を省みて、これからの人生に活かす。これは大人だ、とテラは自分自身に言い聞かせ、内心で大きく頷いていた。

 

 きっと、彼の妻たちはそんなテラを見たら、こう告げるだろう。『馬鹿の考え、休むに似たり』と。

 

「まあ、いい。結果さえ出してくれたらな」

 

 東堂が何時も通りの口調で、言葉を投げてきた。僅かに目線が細められたことに、テラは『気づいていても気づかないふりをして』答えた。

 

「やれることは全力でやるよ」

 

 軍令部総長は大きく『そうか』と頷いた。自分の心のうちなど見せず、ドロドロとしたものを隠すように。

 

 一方のテラも気楽に鼻歌など歌いながら軍令部の会議室を後にして、廊下を歩いていく。

 

 誰にも話しかけることなく、また誰にも話しかけずに軍令部を後にして、迎えの車に乗り込む。

 

「お疲れ様です、テラさん」

 

 車に乗っていたルリの声に、テラは手に持っていた資料を渡しながら、こう呟く。

 

「・・・・ホント、どうしょうもない」

 

「ええ、そうでしょうね」

 

 資料を受け取ったルリはページを流し読みしながら、最後に表紙の言葉を口にした。

 

「『天一号作戦』ですか」

 

「そ、中部海域の制圧だってさ」

 

「なるほど。本当にどうしょうもない話、ですね」

 

 ルリは短く嘆息しながら、指を走らせる。

 

 『計画実行、変更点なし』と。相手からはすぐに返答があった、『では万事、すべて滞りなく』。

 

 後は、とルリとテラは思う。

 

 『後は、彼らが常識的なことを祈ろう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍令部の会議室に残った東堂は、資料を読みなおしていた。誰もいない室内に人の気配はなく、僅かに窓から日差しが差し込むのみ。

 

「『天一号作戦』か。皮肉にしては効きすぎていないか?」

 

 語る声は独り言にしては大きく、室内に小さく木霊して床へと沈みこむ。

 

「彼らを沈めるには十分かと」

 

 人の気配などない場所に、小さな声が浮かび上がる。

 

 会議室の壁の一部が動き、男が入ってきた。あの時、密談を行った相手の登場に、東堂は驚くことなく顔を上げる。

 

「準備はできているな?」

 

「はい。今回の一件で国内の不穏分子は一層される手はずです。しかし、本当によろしいので?」

 

「ああ、致し方がない」

 

 東堂はそう答えながら、資料を持ち上げ、ライターで火をつける。

 

 燃える炎がゆっくりと資料を焦がし、灰へと誘っていく。

 

「あのテラの鎮守府の戦力は、かなり魅力的なものです。今後の総長の発言力を高めるためにも必要なのでは?」

 

「御せぬ力は毒と同じだ。あの鎮守府の艦娘達は、テラとルリ以外には従わないだろう。ならば、いらぬな」

 

 少しずつ消えていく資料を見つめていた東堂は、はっきりと言いきって視線を戻した。

 

「無礼者の命二つで、日本が生き延びるならば、それでいい」

 

「はい、総長の指導の元、日本は再び世界の頂点に立つのですから」

 

 少しだけ興奮している男の様子を眺め、東堂は瞳を細めた。

 

「そう、だな」

 

 冷静に小さく絞り出した言葉に、僅かな喜色が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の会議室には、静かに提督代行の声が響いていた。

 

 今回の作戦目的、それに付随する相手側の情報。各艦娘が今回の作戦で使用する装備品の説明。一人一人、今回の作戦で与えられた装備を説明していった提督代行は、最後に総旗艦『吹雪』に視線を向け口を開く。

 

「最後に吹雪」

 

「はい!」

 

「秘匿艤装を使用」

 

 出された名前に、場が騒がしくなる。

 

 開発をしていた明石は蒼白になって立ち上がりかけ、『それ』を知っている艦娘達は耳を疑い、あることは知っていても内容を知らない艦娘達は周囲を見回す。

 

「それと、提督も『秘匿艤装』を使用します。以上」

 

 周りを気にせずに続けた提督代行の言葉に、誰もが悲鳴を噛みしめた。

 

 あれを使う日がくるなんて、誰もが考えていなかった。提督の悪のりで建造された艤装であり、提督代行が封印した最悪の兵装。使用した場合、下手をすれば大陸が消えるとまで言われるものを、今回は最初から使うと言っている。そこまで厳しい戦いになるのか、と艦娘達の間に緊張が走る。

 

「・・・全員、よく聞いておきなさい」

 

 提督代行は、全員を見回した後に、そっと『裏側』を語る。

 

「人間は欲望の塊です。誰かより優れていたい、誰かより優秀でありたい、誰かより富んでいたい、誰かより幸福になりたい。そういった欲望の塊」

 

 彼女は静かに語る。人が欲望を持っていることを、その欲望があったからこそ、人はあらゆる苦難に打ち勝ってきた、欲望があったからこそ人類は発展してきた。

 

 悪いことじゃない、困難に打ち勝って、今より楽な生活がしたいと科学技術が発展した結果、いずれは星々の海を行くこともできるだろう、と。

 

 けれど、今回はその欲望が人の身を滅ぼすことになるかもしれない。他者より優れていた、他者よりも権力を持ちたい、他者よりも多くを従えたい。そういった願望が暴走した結果、今回の事態になった、と。

 

「欲望は決して、悪いものじゃありません。これは明言できます。けれど、強すぎる欲というのは、自分だけじゃなく周りも巻き込んで破滅していきます。貴方達はそうならないように。自分の心をどう染めるかは、貴方達次第です。もし、『何か』に負けそうになったら、貴方達の魂に問いかけなさい。『これでよかったのか』と」

 

 そっと、彼女は自分の胸に手を当てる。

 

 祈るように、確かめるように手を当てて瞳を閉じた提督代行は、最後に一言を艦娘達の前に置く。

 

「かつて、貴方達に『乗っていた人たち』が何を願っていたのか、それをよく聞いてあげなさい。その上で選んだならば、貴方達の道に間違えはないでしょうから」

 

 彼女はそう告げて立ち上がる。

 

「では、解散。各員、準備を怠らないように」

 

「あ、あの!」

 

 立ち去ろうとした提督代行に対して、瑞鶴が声をかける。珍しいこともあるものだ、と提督代行は視線を彼女に向けた。

 

「どうしました?」

 

「提督代行は、何時もそうやっているんですか?」

 

「私は違います。私の場合は・・・・・・」

 

 視線を巡らせながら、提督代行は最後に視線を止めて、小さく微笑んだ。

 

「私の魂は、ここじゃなくて」

 

 自分を指差した後、彼女は壁際で立っている人物を指差す。

 

「あそこにありますから」

 

 穏やかに魅力的なほどの笑顔を浮かべながら、ホシノ・ルリ提督代行はテラ・エーテル提督を指差していた。

 

 だから、迷うこともなく、疑うこともなく、付き従う。誰が相手でもどんな状況でも決して違えることなく彼のために戦う。

 

 口外に告げられた意味を、艦娘達は正確に理解した。

 

「私の魂と心はここにあります」

 

 間髪入れず、吹雪はそう告げていた。自分を指差してはっきりと答えた後、彼女は顔を提督へと向けた。

 

「でも、『魂の道しるべ』はそこにあると思います」

 

 自分達は自分達の意思と魂を持って、提督たちについていく。真っ直ぐに顔を向けてくる彼女たちを見回し、提督代行は体の向きを提督へと向けた。

 

「というわけです、提督。我らに命令を」

 

 深々と頭を下げる彼女を見つめ、続いて全艦娘を見回した後、提督は小さく苦笑した。

 

「そんなに大した奴じゃないんだけどな、俺って。まあ、でも、皆がそう言ってくれるなら俺らしく進むだけだ。だから、付いてこい」

 

「はい!!」

 

 元気よく答える艦娘達に提督は笑顔を向けた後に、爆弾を落とした。

 

「よっし、じゃルリちゃん。裏話しようか」

 

「ええ、そうですね」

 

 そして提督代行の口から語られたことに、全艦娘が怒りを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦開始まで後少し。準備に忙しい合間を縫って、テラは相沢・宗吾の家を訪ねていた。

 

「おう、来たのか。話、聞いたぜ」

 

「というわけになりましたので」

 

 気楽に語るテラに、宗吾は嘆息の後に小さく頭を下げた。

 

「悪いな、俺達の『身内のケンカ』に巻き込んだ」

 

 年上の男が頭を下げる意味を、テラは知っていたし理解していた。だからこそ、神妙な顔ではなく笑って手を振ってみせる。

 

「そんな大げさな。単なる意見の行き違いってやつですよ」

 

「けどな、相手はお前らを・・・・・」

 

「利用して潰すつもりでしょうね」

 

 真面目な顔で最悪の事態を告げようとした宗吾より先に、テラは何時もと変わらない表情で相手の裏話を伝えた。

 

「知っていたのか?」

 

「まあ、あんだけ盛大に話をすれば、嫌でも伝わりますから。傍聴、ザルもいいところですよ」

 

「そ、そうか。海軍の暗号は破られたことないんだがな」

 

「世の中に絶対はない。何時だって慎重に慎重を重ねてやらないと、実行前に潰されますから」

 

 気楽に重みもない言葉をテラは言っているはずなのに、宗吾は妙な寒気を感じていた。

 

 あいつらを知っている。昔からよく知っている連中だ。傍聴には人一倍、敏感になっていた。昔から情報の大切さは嫌というほど叩きこんだ。暗号通信を解読されて、敗戦寸前になったこともあったから。情報を握られて同士討ち寸前まで追い込まれたこともあったから。

 

 今も海軍はその気質は変わっていない。だから毎年のように暗号は変更されているはずなのに、だ。

 

 目の前の男は、傍聴はザルだと言った。慎重に慎重を重ねろとも。

 

「そうか」

 

「ええ。まあ、ルリちゃんに言わせれば、『この時代においては、中々いい線いっていますよ』ってところでしょうけど」

 

 時代、といった彼の表情は『純粋に褒めている』ように見えた。一方で宗吾は彼の秘密の一端が、ようやく見えた気がした。

 

「時代か、おまえさんがこの世界の人間じゃないのは知っていたけどな。ひょっとして未来人か?」

 

 毒を食らわば皿までだ。この際だと宗吾は何時もなら踏み込まない一歩を、思いきって踏み込んで見た。

 

 返答が何でも動じない。真っ直ぐ受け止めて見せると考えていた彼の前に、予想外の返答が落ちてきた。

 

「いえ、ただの宇宙人です」

 

「そうかそうか、宇宙人か。なんだって?」

 

「正確には異星人ってところですけど」

 

「おい」

 

 馬鹿にしているのか、と文句を言うとした宗吾は、言葉を思わず飲み込んだ。

 

「改めて、ジョーカー銀河帝国初代皇帝やっている、テラ・エーテルです」

 

「・・・・・・はぁ?!」

 

 何処か悪戯っ子のように告げるテラに、宗吾は『あ、冗談か』と思ったのでした。

 

 けれどその後、ルリを捕まえて聞いたところ、『ええ、事実ですよ』と答えられて、ついでに証明するように銀河帝国に連れて行かれて、嘘じゃないことを実感したのでした。

 

「なあ、テラ。おまえさん、何でここに来たんだよ?」

 

「気分転換のついで?」

 

「ほう・・・・・おまえんところの皇帝陛下は、気分転換のついでに『うちの戦争』に首を突っ込んだんだな?」

 

 怒りと呆れ半々でルリへと問いかけると、彼女はきょとんとした表情で答えた。

 

「え、テラさんって昔からそうですよ。ちょっと行って惑星制圧とか散歩感覚でやることあります」

 

「・・・・・もういい、解った」

 

 あまりにあまりな話に、宗吾は酷くやつれた顔で答えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、作戦が始まった。

 

 予定時間ぴったりに始まった作戦は順調な滑り出しを見せ、多くの艦娘が海原を埋め尽くして進む姿は、まさに雄々しく猛々しく、これで深海棲艦を攻め落とせると思えた。

 

 けれど、艦娘達は純粋に平和を願っていても、その後ろにいる人たちは『それだけじゃなかった』。

 

「さて、やろうとするか」

 

 ある者たちはとある鎮守府へと兵力を進め。

 

「では、動くとしよう」

 

 ある者達は、敵対勢力を消すために動き出し。

 

「はぁ」

 

 ある者は、それを見つめながら小さくため息をついた。

 

 ここに史上初の人類対人類対深海棲艦の三つ巴の戦闘が開始されたのでした。

 

 

 

 

 

 




 
 出だしはそんなところだ。当時の私は、あいつらのことをまるで理解していなかった。

 ちょっと科学技術があるだけの、すぐに潰せる勢力。こちらが本気になればすぐに消せるだろうと思っていた。

 結果か? 知っているだろう?

 地上を進むだけの獣に、星々の輝きは遠すぎた。それだけだ。



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