ある所に、一人の男がいました。
彼は最愛の人を、世界を救うために失いました。
彼は泣きました。世界のすべてが幸福だと言っている最中で。
そして、彼は決意しました。
世界すべてを敵に回しても、大切な人を護れる力を、と。
それが、テラ達の一族の始まり。
両親の力のすべてを子供に継承させ、あらゆる世界、時間・空間を無視して力を集めた、狂乱と恐怖の集団。
吹雪、そんな男に訓練を頼む。
音は不思議としなかった。
物音もせずに、青い空が一面に広がって、やがて水面に叩きつけられる。
そこでようやく、自分が空を飛んだことを自覚して、吹雪は気を失った。
「あ・・・・・」
「バッタ! 速やかに吹雪を回収! バケツとか応急修理女神とか何でも使っていいから助けなさい!!」
『ピ!! テラ様の手加減下手!!』
「ええええ?! ちょっと待って! まだ一撃目! 全力じゃない一撃目!」
「テラさん! 吹雪はまだ生まれたばかりなんですよ! その最初の訓練の一撃目が、どうして『乖離剣』なんですか?!」
「真名解放してないけど?!」
「してなくても対界宝具でしょうが! ああもう! このド馬鹿主!!」
彼女の最初の訓練は、開始二秒で終了した。
吹雪、無事に生還す。
「生きているって素晴らしいですね!」
「はい、そうですね」
笑顔で答える彼女は、軽く背筋を伸ばして、そのまま走りだした。
「え?」
「司令官! もう一度です! 今度は耐えて見せます!」
「良し! よく言った!!」
「は?」
ルリ、固まる。
え、もう一度なんて言えるの。見事に飛んで、死ぬところだったのに。
もう一度なんて、どういう神経をしているのだろうか。
艦娘は指揮官に似る。この時、ルリは明確なルールの一つを知った。
そして、再び吹雪は宙を舞う。
「ふぎゃ?! でも今度は耐えました! 大破ですが、耐えました!」
女の子が決してあげてはいけないような悲鳴の後、彼女は立ち上がる。
艤装はボロボロ、服もボロボロ。けれど、真っ直ぐ前を向いて立ちあがる彼女は、笑顔のままで構えた。
「よぉぉぉぉし!! 見事だ、吹雪。ならば見せてやろう、我が一族がかの英雄王の技能に憧れ、生み出したスキルを!」
テラが右手を振り上げる。
彼の背後一面に銀色の円環が無数に浮かび、その中に七色の光芒が瞬く。
「行け! まずはDランクだ!!」
槍、剣、刀、斧、様々な武器の合間に砲弾や銃弾、あるいは近代的な近接武装の数々が降り注ぐ。
「テラさん?! 吹雪は大破なんですよ! 大破の次は轟沈ですよ?!」
思わずルリが止める声が響くのだが、テラはそちらを一瞬だけ見た後に、ニヤリと笑った。
回避すれば良し、一撃もらって沈むならば、助ける。すべては吹雪の気持ち次第だ。
口外に語られる意味を、ルリは正確に把握できた。
昔からテラを見てきた彼女は、彼が一遍の迷いもなく吹雪を鍛えようとしていることを痛感した。
「この程度!!」
一撃一撃を回避する吹雪。けれど、次々に降り注ぐ武器の数々に、彼女は叩き伏せられた。
「バッタぁぁぁ!!」
『ピ?! この似た者同士の馬鹿二人ぃぃ!!!』
慌てて飛び出したバッタがバケツを振りかけると、吹雪はすぐに海面に浮かびあがって、笑う。
「戻ってきました! 次をお願いします!」
何故にそこで次とか言えるのか。
そもそも、バケツだって無限じゃないのに、ドカドカと使うものではないだろうに。
いや待った、それよりも死にかけた後に『もっと』とか言える吹雪の精神状況が不味くはないか。
色々とルリは考え、不安になりながら、呆れて溜息をついて、最後にはポンっと手を打った。
「バッタ師団、総員へ。海域をすべて調査して、バケツを確保しなさい」
『ピ? ルリ様?』
「そうです。これは消耗戦です、あの馬鹿二人が諦めるか、こちらの資材が尽きるのか」
暗い顔で笑うルリに、バッタ達は全員が思った。
『あ、これは駄目だ』と。
「行きなさい! 我々は『サイレント騎士団』!! 我が主の願いを叶えるために! 我が主の前を塞ぐあらゆるものを沈黙させる『血の十字架』の戦闘集団!」
手を振り回し、盛大に宣言するルリに、バッタ達は一斉に敬礼をする。
条件反射とは悲しいものだ、と誰かが言っていたが。
「狂喜と恐怖と狂乱と力の名の元に! 我らは決して退かない! ならば前に進むのみ!」
ナチュラル・ハイは、テラだけではなかったらしい。
ルリも結構なストレスを抱えていたことを、この時になってバッタ達は知ったのだった。
「行きなさい! すべてのバケツをこの鎮守府に収めよ!!」
『ピ!! 御意! 我らが巫女! 我らが団長!』
もうヤケクソだ。バッタ達は冷静な理性を捨てることにした。
止める理性は誰も持っていない中、こうして止まることのない暴走特急は突き進んでいく。
毎日、吹雪は空を舞う。
剣で叩き落とされ、ドリルみたいな変な剣に打ち上げられ、雷を纏う獅子に弾き飛ばされる。
「まだまだです!」
バケツを頭に引っかけた吹雪が立ち上がり、バッタ達が『ファイト!』と言って離れる。
「いいだろう! ならば受け取るがいい! 『
「このくらいぃぃぃ!!!」
光の一撃を左半身を犠牲にしながら回避した。そこへ、高周波を纏った獣の突進が。
「は!! 甘いんだよ!」
八つ裂きのようになって吹き飛ばされた吹雪に、すぐさまバッタがバケツを放り投げて回復。
空中にあった吹雪は、全身の力で着水地点を変更。
飛んできた斧と槍を叩き落とす。
段々とコツが解ってきた、と吹雪は目を見開く。
飛んできた槍を右手の主砲で叩き落とし、続いてきた二つの剣を左手の艤装で叩き落としながら、一本を掴む。
体の回避が遅れて脇腹を斬ったが、問題ない。そんなに深く斬ってないから、出血程度だ。
左手の剣で、次に飛んできた刀を弾き飛ばす。
右手の艤装をベルトで背中に回し、飛んできた槍の一本を掴む。
斧、刀、剣を両手の武器で叩き落としながら、体を回転させていく。
一か所に留まらず、一歩でも前に進みながら、次々に武器を交換する。
弾き、反らし、回避し、蹴とばす。
「やるじゃないか、吹雪」
「はい、貴方の艦娘ですから」
ニヤリとお互いに笑う。
もう何度、太陽が落ちただろう。もう何度、月が昇っただろう。
昼夜の関係なく、二人は戦い続ける。
遠距離から宝具を振らせ、時に眷獣を突撃させるテラは、まだまだ手を抜いている。
もし彼が本気なら、吹雪はとっくに塵も残さずに消されている。
手を抜かれているのを彼女は知ってはいたが、彼に本気を出させるには自分はまだまだ未熟だ。
いや、スタートラインに立ったまま。一番の底辺にいるのが自分だと吹雪は感じていた。
だから後は、上り詰めるのみ。
最強や絶対の存在は、遥かな上にある。幸いにも、今の自分は見本が目の前にいて、特訓してくれている。
強くなるのに、これ以上の環境なんてない。
吹雪は両足に力を込めて、飛びあがる。
水面を走っていては届かない。ならば、空中をかけるのみ。
「甘い!」
宝具が水平に放たれる。
今まで打ち下ろしだけだったから、反応できない。
そんなわけない。
飛んできた武器を足場にして、次々に空中を踊る。
生まれたばかり、経験が足りない。ならば、補えるもので補うのみ。
自分にあるのは何か、解りきっている。
自分にあるのは、前に進もうとする意思。
『勇気』のみだ。
「はぁぁぁ!!」
最後に飛んできた剣を捕まえて、吹雪は振りかぶる。
「貰ったぁぁぁ!!!」
「甘いんだよ!!」
ゴンと、音が自分の脇腹から鳴った。
えっと視線を向けると、自分の脇腹に船舶が突き刺さっていた。
黄金の船は、そのまま吹雪を叩き落とし、空中に消えていく。
「剣とかだけかと思ったか? 俺の武器庫には、艦艇とかも入っているんだよ」
海面に叩き落とされた吹雪に、バッタはすぐさまバケツを放り投げた。
「・・・・届きました。接近できましたよ、司令官」
立ち上がり、笑う彼女がいた。
「ああ、届いた。けどな・・・・倒せないなら同じだろうが」
彼の背中には、今度は一つの円環のみ。ただ、その大きさが尋常ではない。
「参式斬艦刀・・・・・今回の特訓はここまでだ」
「そうですね、次は倒します」
拳を握って宣言する吹雪に、巨大な刀は振り下ろされた。
「言ってろ。楽しみに待ってやる」
何処か楽しそうに、テラは言い放った。
ナチュラル・ハイって怖い。戦闘狂って、もっと怖い。
「俺って、もっと平和的な奴だと思っていたんだけどな」
執務室の隅で膝を抱えるテラに、ルリは何とも言えずに溜息をついた。
「私だってそうです。どうも、お互いにストレスがかなり溜まっていたようですね」
慰めになってない言葉に、テラは首を小さく動かして、溜息をついた。
「吹雪はゆっくりと入渠させます。いきなりのレベルアップに、体が付いてこないみたいなので」
「ああ、うん、そうだね。なんだか、戦い方がランスロット染みてたよ」
湖の騎士、武芸百般の。
まさかとルリは視線に乗せて疑問を流したが、テラは立ち上がって振り返った。
本当だ。瞳の中の意思を受けて、ルリも考え込む。
駆逐艦・吹雪の戦歴は、パッとしないものだった。艦長や乗員にも、武芸に秀でた英雄が乗っていた履歴はない。
となると、可能性として最も高いものは、テラの影響が彼女に出たことか。
「艦娘は面白い存在ですね」
「見ていて楽しかったのは否定しないよ。で、ここは何処だったの?」
「はい。現在位置は日本、場所は静岡県浜松市といったところでしょうか」
言われても、テラはピンとこない。
地球のことなど歴史で習ったこともなく、せいぜいが人類が生まれた星程度の認識だ。
「元々は、中田島砂丘ってところがあった場所らしいのですが、深海棲艦の攻撃とかで地形が変わったらしく、そこに鎮守府を作ってみたら、あっさりと攻撃されて陥落」
「うわぁ」
なんでそんなところに作るのか。それとも交通か、防衛の要所だったのか。
「なので、遠慮なく地形ごと変えます」
「怒られないかな?」
誰にですか、とルリは視線で問いかけるが、テラは無視して顔を反らす。
「鎮守府の再構築計画は第六次まで計画済みです。今は鎮守府とその周りの防衛陣地の構築に入っています」
「うん、解った」
「後はそうですね。吹雪の仲間が見つかれば」
チラリとモニターに視線を向けたルリは、ベッドで休んでいる少女に嫌な予感がしてきた。
まさか、後に続く仲間もこんな訓練大好きの馬鹿ではないか、と。
「楽しみにしておこうよ」
「そうですね」
気楽なテラの一言に、ルリの心配は霧散した。
行きつくべき場所は、遥かに遠く。
けれど、逃げる場所ももっと遠い。
もっと先にもっと前に。
進みたいところは逃げて行って、どんどん遠くなる。
だから、もっと速く進んでいきたかった。