では、社会学的に最も強い生物が何か知っていますか?
そうです、『社会学的』です。
言っている意味が解らない?
なるほど、これは難しいですね。
ちょっと考えればすぐに解る事なんですよ。
答えは。
戦い方なんて実は単純なもの。どれだけ策略をめぐらせて、体術を極めて、優秀な武器を得ようとも、昔から戦いとはとても単純でシンプルで。どうしょうもないくらいに、真っ直ぐなものでしかない。
スッと、吹雪は体を引いた。その先を砲弾が通り過ぎていく。攻撃、回避は余裕だったのだが、今の砲弾は前方から来なかった。
チラリと目線を向ければ蒼白になった顔をした艦娘が一人、確かあの姿は。
「どういうつもりですか?」
「ごめん、なさい」
小さな謝罪を浮かべる少女の姿に、吹雪は疑問をさらに投げかけようとして急停止し全速後退した。
「ごめんなさい!」
次々に突き刺さる砲弾と、海中を進んでくる魚雷。一つ一つは大した脅威ではないが、こうも数が多いと『鬱陶しい』。
一人、二人じゃない、周囲の艦娘達がこちら側に『エーテル鎮守府』所属の艦娘へ攻撃を仕掛けてくる。目の前に深海棲艦がいるのに、まるで関係ないように。
「本当、提督代行の予想は当たりますね」
狙撃して回避してでは面倒だ。いっそのこと、と吹雪が目を細めて後ろ腰の剣に手をかける。
攻撃手段の元から断てばいい、と考えかけて右手は空を切らせた。回避続行、当たりそうなものは相殺していくしかない。
攻撃元である艦娘の無力化を考えていた吹雪だったが、それはできなくなった。だって彼女達は泣いていたから、泣きながら攻撃をしてくる。彼女達だけじゃない妖精までも涙を流していた。
提督による強制命令。艦娘の意思を無視して、妖精たちでさえ止められないほどの強制力を持つ命令権。行使できる提督はとても少ないと妖精たちが言っていたが。
『吹雪さん、こっちも始まったよ』
瑞鳳からの報告が入る。周囲を素早く見回せば、エーテル鎮守府所属の艦娘は自分だけ。予定通り、戦術通り。提督代行が描いたプラン通りに、『こちらを目の敵にしている鎮守府所属の艦娘はここにいる』だけ。
「解りました。では、海域は任せます」
『了解、じゃまた後で』
通信が閉じる。瑞鳳は、こちらが轟沈する可能性を微塵も疑っていなかった。また後でと言ってくれた、信頼してくれた。ならば後は答えるのみ。
仲間が信じてくれた、提督代行が信頼してくれた、何より今まで提督の訓練に耐えた自分自身を信じて。
「来なさい」
短く答え、穏やかに微笑む。大丈夫、何でもない。こんなことは些細なケンカ以下でしかない。貴方達が気にすることはない、すべては愛国心が暴走してしまった人たちの責任なのだから。
無言で語りながら、吹雪は両手を広げる。全部、受け止める。あらゆる攻撃を受け止めて、誰一人傷つけない。
『轟沈させなさい、これは命令です』と提督代行は言っていた。一対百隻以上の戦闘。想定通りなら二百隻にもなる、いくらなんでも無謀でしかないから、だから提督代行は、命令した。
自分が仲間を殺したことを悔やまないように、後悔して自分自身を責めないように。
でも、吹雪は答えた。『大丈夫です、やり遂げます』と。気負うことなく、悲壮な決意なんて持たずに、ただ穏やかに微笑みながら。
「来なさい!!」
ビクッと周囲の艦娘達が震えて、攻撃が放たれた。砲弾、魚雷、爆弾、色々な攻撃を前にして、吹雪は動き続ける。
砲弾の隙間を縫うように通り抜け、足元をすくう魚雷には飛び上がって回避し、空中から迫る航空機の攻撃は、主砲を使った反動で空中を飛び跳ねるように舞う。
まだまだ余裕、もっと来ても大丈夫。苦しいなんて表に出さずに、にっこりと微笑みながら。
二時間、三時間、時計の針が進んでいく中で、吹雪は一歩も引くことなく攻撃を避け続けた。
やがて主砲が止まった、魚雷が来なくなった、航空機も空にはいなくなって、やがて艦娘達が海上で停止していく。
無限機関と有限機関の差、燃料切れになったか。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「何かありましたか?」
謝ってくる彼女たちに、吹雪は小さく首を傾げる。
えっと、誰もが顔を上げる先、彼女は笑顔で手を振っていた。汗まみれで少し顔色が悪いのは、ご愛敬にしてもらおう。
「何にもありませんでしたよ。ちょっと戦場が入り乱れただけですから。それじゃ後は救援が来るまで少し休みましょうか」
穏やかにゆっくりと、何も怖いことはないと全身で語るように。
吹雪自身、余裕なんてない。燃料・弾薬はまだ大丈夫でも、体力的にはもう限界で今すぐに倒れて眠りたい気持ちだ。
けれど、それはできない。周りにいる全員を絶望に落としてしまうから、それじゃ『助けた』なんて言えない。無傷なのは当たり前、その押し潰れそうな心を救いあげてこそ、『助けた』といえるのだから。
「警戒は『吹雪』が承りました。皆さん、ゆっくりと休んで大丈夫ですからね」
だから、彼女は立ち続ける。絶対に折れない、自分の魂に誓ったことを護るために、提督命令を護るために。
絶対に生きて戻れ、仲間を裏切るな、自分の魂に背くな、でしたよね、提督。小さく吹雪は、心の中で呟いた。
艦娘の一部が攻撃してくることなど、ルリにはお見通し。提督代行が予想したことは全員が否定したかったが、結果はご覧の通り。
『さすが、吹雪さん』
小さく誰かの声が通信機から聞こえる、これは陽炎か。まったく、他のことを気にしている余裕があるなんて。
けれど、それでいいのかもしれない。余裕のない戦闘など、余計な失敗をしてしまい、自分自身の首を絞めてしまう。
魚雷が迫る中、暁は走り抜ける。
「暁ちゃん!」
後ろからの声に進路変更、斜めにとび抜けるように走った後、刀を一閃。敵目標撃破、続けて砲塔旋回。
「響! 雷! 電!」
叫んだ後に発砲、目標は戦艦ル級。たかが駆逐艦の砲弾、それを貫通できないと思ったのか、彼女は動くことなく立ち止まり装甲で受けた。
一発目の暁の砲弾は弾いた、しかし、同じ個所に着弾した響の砲弾は少し装甲に亀裂を走らせた、その後の雷の砲弾で亀裂がさらに深く入り、電の砲弾が装甲を貫通、相手の内部で炸裂。
「戦艦撃破! 轟沈確実!」
「次なのです!」
深海棲艦の艦隊は続々と来る。まだまだ終わりが見えないことに、暁は焦る気持ちがわかない自分に驚いていた。
いくらあの訓練を繰り返したとしても、あんな数の深海棲艦を抑えるなんて無理を通り越して無謀ではないか。それに、自分達の任務は『通さない』こと、あの数の深海棲艦をこの先の海域へ進ませないこと。
吹雪が頑張って無力化している彼女達の海域に、一隻でも進んでしまえば終わってしまう。燃料と弾薬のない艦娘なんて、ただの的でしかない。
「まあ、余裕ね」
優雅に微笑む。決して慌てることなく、決して憤ることなく。できれば叫ぶことなく立ち回れれば、もっと素敵なレディーでいられるのだろうが。
叫ぶ仕草も優雅さがあれば、それは野蛮とか下品とは取られない。優雅に軽やかに穏やかに、落ち着いてゆっくりと大きな声を紡ぐ。
「来なさい、ここを通りたいなら私たちを倒すしかない」
暁は自分の背後に響たちが集まったことを、何となく理解していた。彼女達がそれぞれの武器を構え、悲壮な決意を浮かべた表情をしていることがないように、暁型の長女として常に優雅に余裕を持って、目の前の敵艦隊に語りかける。
「他の海域に行こうなんて、そんな無粋なことしないでもらいたいわ。ほら、ここには私たちがいるのよ? なら、一曲、踊ってくれないかしら?」
右手に刀を抜く。その場で一歩も動かずに、抜刀術のように鋭く引き抜いた刀の切っ先を相手に向け、左手は胸元へ持っていく。
「まだまだ小さいけれど、これでも立派な『レディー』のつもりなのよ。淑女からのお誘いを断る無粋な輩はいないのでしょう?」
軽くウィンクした後、左手で小さくスカートのすそを持ち上げた。
「どうぞ、一曲、お相手を。ワルツでもいいわよ」
一礼した後、暁は顔を上げて微笑んで、動きだす。
「さすが、我が長女は『レディー』だね」
「本当、淑女になったみたいね」
「暁ちゃんは昔から、ご令嬢みたいでしたよ」
その後に続く三人は、そのまま別れる。広く浅く、相手を通さないように。
絶対に通さない、堅牢の楯のように。
そして、暁型四隻は、三百以上の深海棲艦を相手にして一歩も引かず、また一隻も通さない戦闘をやり通した。
これが『堅牢なる四天王』の名を知らしめた、最初の一戦だった。
焦りはない、憤りもない、不思議と穏やかな気持ちで扶桑は周囲を見回していた。
空母組は艦載機を見事に操っている。空の護りは完ぺきだ、新型艦載機も依然と変わらないくらいに操っている。敵攻撃機の侵攻はない、上空からの脅威がないのなら、気にするべきは水上艦隊のみだが。
「はい仕留めた!」
「姉さん! 右舷!」
「はいよ!」
川内と神通が向かう。その後ろにいるのは天龍と龍田だ。二隻で一編成の敵艦隊突入組の片方。彼女たちが混乱した敵艦隊を次々に撃沈、あるいは損傷を与えていく役目を持っている。
それでもう一方の突入組は、駆逐艦の三名。陽炎を先頭に荒潮と如月が続く。まるで以前の吹雪を見ているような鋭く切り込み、魚雷と砲を使いながら敵を確実に削り、削り切れなければ全員が即座に近接武装を持って撃破。
「潜水艦三隻確認」
「情報、受け取りました。対潜魚雷発射」
海中の護りは夕張が索敵・補足しながら、その情報を由良に渡して攻撃を行っての撃破。地味な作業に見るだろうが、足元の脅威というのは無視できない。好調に敵艦隊を撃破している最中、魚雷をもらって轟沈なんて話はいくらでも聞いている。
これで敵の脅威はほぼない。となると、扶桑達の役目は。砲撃支援組の役目は敵艦隊へ圧倒的な暴力を叩きこむこと。
「大和、長門、高雄、鈴谷、砲撃用意」
声をかければ、全員から即座に『了解、完了』と答えが来た。
練度は高い、以前に比べたら砲撃を開始するまでの時間は格段に短くなった。命中率も以前とは比べものにならないくらいに上がった。
「では、撃て」
轟音が空気を震わせる。放たれた砲弾は放物線を描いて、敵艦隊に直撃。初段命中なんて、昔はおとぎ話くらいでしかなかったのに、今は簡単に決めてしまう。
扶桑は指示を出しながら、周囲を見回す。
最初の時、吹雪達が抜けた後の総旗艦を誰にするかでもめると考えていた。
『では、扶桑で』。提督代行は、特に考える素振りもなく伝えた。扶桑自身が疑問に感じて無理だと反論しようとしたが、他の仲間たちは誰も反論しなかったし、否定もしなかった。
むしろ、それが『当たり前』だと言わんばかりに『了解』と答えていた。
どうして、何故と扶桑が問いかける先に提督代行は呆れたように告げた。貴方がこの鎮守府最初の戦艦であり、貴方以上に周囲を気にかける子はいませんよ、と。
そんなことはないと反論した扶桑に、提督は『扶桑でいいよ。それが一番あっているから』と答えた。
ここまで言われたら否定なんてできない。やるしかないと覚悟を決めて戦場に赴いてみれば、割とやれている自分に自分自身が驚いている。
「敵艦隊撃破!」
「全員、弾薬と燃料、艤装の確認を。作戦続行可能ね?」
問いかけに誰もが否とは言わない。素早く自分の確認を終えて、もちろんですと答えが返ってくる。
「では行きましょう」
静かに告げながら、扶桑は進む。全員の視線を集めながら、微塵も揺るぐことなく堂々と。
かつて、扶桑型戦艦は欠陥品と言われていた。
初の国産戦艦だからと色々と詰め込んだ結果、様々な不備が重なってドックに入ったままでいた。出撃できない日々、無駄な資材の浪費だと言われたこともあった。
けれど、今は違う。艦娘として生まれ変わり、エーテル鎮守府で建造された彼女は少しの動揺も見せず、仲間達を鼓舞して戦場を進む。
後にエーテル鎮守府の扶桑は、多くの艦娘達にこう呼ばれるようになる。
仲間を見捨てず、仲間を不安にさせない。精神的な絶対の守護者。彼女のいる戦場において、撤退はありえない。
『勝利の女神』と。
作戦は順調に遂行中、と。
『ピ 巡航ミサイルすべて消滅』
『ん、核ミサイルもブラックホールに吸い込ませたよ』
「結構」
報告を受けて、ルリは顔を上げる。艦娘達は順調に作戦を行っている。吹雪は完了、暁達も完了、扶桑達はもう少しで敵中枢を撃破できるところまで進んでいる。
「さてと、それではどうしましょうか?」
振り返った先、彼女の視界には二つの通信モニター。
一方には日本人が、もう一方にはアメリカ人が映っている。
通信をつなげたわけじゃない、相手の通信回線を乗っ取ったわけじゃない。できないことはないが、そんな簡単なことじゃわりに合わない。彼らがしたことは、明確な反逆だ。自らの主、テラ・エーテルにではない。
この世界に生きる全ての『一般市民』への。
巡航ミサイルがすべて炸裂したら、近場の街はどうなっていただろうか。海に着弾して津波とか起きていたら、近隣の街の被害はどのくらいになっていただろう。
核ミサイルなんて論外だ。周辺被害だけで日本の半分は吹き飛ぶくらいに、容赦ない被害が起きただろう。
「予想していたわけですが、本当にやるとは思いませんでした」
『貴様は何をしているか解っているのか?!』
東堂が喚く。その彼はモニターの先で『床に転がされたまま』だ。他にも数名が転がっているようだが、ルリは気にせずに別のモニターに顔を向ける。
「そちらは?」
『君たちの実力を、私達は見誤っていたということか?』
静かに語りながら、男は汗をかいていた。モニターには映っていないが、彼を通信に出すために結構な手段を使ったから、それに怖くなったのだろう。
「さあ? ですが、貴方はまだ幸運な方です。我が主とその近衛騎士が向かって、『建物一つで済む』のですから」
男の、アメリカ合衆国大統領の背後には空が広がっていた。話を聞きに行って止められて、通してくれないから話をしたら、拘束されかけたので反撃、最終的には軍まで出てきたらしいが。
物の数ではなかったようだ。
『君たちはこれから、私たちアメリカに敵対するのかね?』
「答えはイエスでありノーです。貴方達が日本に、いえ日本の国民に何かしないならば、手だししません」
『それは信用していいのかね?』
鋭く値ぶみするような男の視線に、ルリは笑顔を向ける。見ている者すべてが凍りつくような笑み、冷笑を。
「お好きにどうぞ。まだまだ私たちに『対等な立場でものを言える』ようなら、どうぞご勝手に」
『解った。以後、君たちに手は出さない、しかし深海棲艦はどうにかしてくれるのか?』
一瞬、大統領は言葉に詰まって、何とか声を出した。今、退いてはどうにもならないと使命感に背中を押されたらしいが、それは見当違いな話だ。
「私達は日本の『鎮守府』です。どうしてアメリカまで護らないといけないのですか?」
『な!? そ、それは』
「お話は終わりのようなので。それではごきげんよう、合衆国大統領」
ルリはそこで通信を閉じる。これで相手がまた同じことをしてきたなら、その時は全面戦争だ。星がどうなろうが、太陽系が消えようが関係ない。
『ピ テラ様達も撤退を開始。後五分で戻られます』
「解りました。さてと、東堂さん、今回の一件、貴方はどうしますか?」
話を戻すために視線を彼に向けると、相手はこちらを見ていなかった。
『私は国を護るために、多くの人を護るために』
何度も繰り返し、涙を流す男がいた。無念だろうか、後悔だろうか、どちらにしても遅すぎた。
原因は、こちらにもあるのかもしれない。技術を出し過ぎて警戒を煽ったといえるのだが、ルリはそれを『だからなんだ』と切り捨てる。
努力してこなかったのは誰か、妖精たちともっと交流を持たなかったのは誰か、様々な意見を取り入れなかったのは誰か。
戦争をしている、生存をかけての戦いをしているのに、自分勝手な理屈で大義名分を作りだして、自己の利益を追求していたのは誰だ。
「貴方達はもう少し真剣になったらいかがですか? この戦争で負けたら、その先の未来なんてないんですから」
もう聞いていないか、声も出さずに泣き続けている男から視線を反らし、ルリはモニターを閉じた。
「案外、あっけなかったかな?」
小さく呟き、マントを脱ぐ。
こうして、海軍最大の『汚点』ともいえる事件は幕を閉じた。
そしてエーテル鎮守府艦娘達により、中部海域の解放はなされたのでした。
答えは、『人間』です。
生物学的には最も弱くても、人は多くが集まり、社会という武器を手に入れた。一人で勝てなくても皆でなら勝てる。
そうですね、例えば剣術の達人がいて、その人は一人では虎には勝てません。
ですが、その人のために多くの人が集まって、鉄を集め、炉を築いて、鉄を鍛えて、刀を作って柄をこしらえて、そうしてできた刀を持った達人ならば虎に勝てるでしょう?
ですから、人間は最も弱く、最も強い生き物なんですよ。