夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 今でも鮮明に思い出せます。

 凛と立つ姿も、穏やかな笑顔も、幾万の攻撃を避け切って、語りかけたくれた優しさも。

 私もあんな風になりたい。

 あんなような艦娘でありたいと願ったから。

 だから、私は今でもあの背中を追い掛けています。







憧憬

 

 お引越しが終わった翌日、軍令部から一枚の通知が舞い込んできた。

 

 転属願。

 

「・・・・・・おお」

 

 受け取ったテラは中身を流し読みした後、大きく頷いて立ち上がる。

 

「何処へ行くんですか?」

 

 反射的に、隣にいたルリがテラに声をかける。同時に、大淀も腰を浮かせて通信端末を手に持つ。

 

「ん、新人さんの訓練にちょっと」

 

「それは吹雪がやりますから。長門も乗り気になっています。ここでテラさんが動いて彼女たちのやる気を削ぐのは、いかがなものかと」

 

 できるだけ丁寧に言葉を選び、できるだけ長い文章になるように注意しながら伝えつつ、ルリは右手でアリア、イオナ、バビロンの全武装のロックがかかっているかを確認。同時に、左手で艦載機の現在位置を確認。特にテラの専用機の所在地は最優先で確認。

 

「そうかな?」

 

「はい、そうです」

 

 平然と答えながらも、ルリの思考は別々のことを考える。武装のロック確認完了、専用機及び艦載機に動きはなし。

 

「そっか」

 

 テラは大きく頷いて納得したように机に腰を下ろす。

 

「ん、それなら・・・・・」

 

「提督! 訓練ってできますか?!」

 

 扉を開けて入ってきた吹雪に、ルリと大淀は崩れ落ちるように項垂れたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーテル鎮守府が八丈島へと移った後、各地の鎮守府から『艦娘の移動願い』が政府に提出された。

 

 元々、鎮守府同士で艦娘の移籍や移動、あるいは転属などはあったのだが、一か所に集中する形は初めてだった。

 

 それに、前回の事件により関係があった提督達も更迭、あるいは反逆罪の適応により投獄。日本の防衛など後回しにして大粛清してしまったので、鎮守府はあって提督の数が足りていない。

 

 代理で初期艦や秘書艦が鎮守府を運営してはいるが、それも何処までできるか解らないのが現状だった。やり過ぎではなかったかと一部の政治家や軍人からの意見を、首相達は一蹴した。

 

 『もし国民に露見して、今も何の処罰もないと知られたら、どうなるか解っているのか』と。

 

 よくて海軍への不信感の増大、悪くすると政府の背信行為、デモに発展しかねない。最悪、クーデターの発生まで考慮に入れなければならなくなる。

 

 今回の処置は『致し方ない』と割り切るしかないという言葉に、誰もが反論できずに下がってしまう。誰もが言葉にせずとも解っている、今回の一件は『身内の不祥事』だと。

 

 そんな状況で各地の鎮守府は現在のままでの組織形態で続行できるかというと、誰もが『もちろん』と答えられないのは解っていた。

 

 悩みに悩んだ海軍上層部は、提督候補生の訓練期間の短縮、陸軍への協力の要請と同時に、鎮守府の統廃合を決定した。

 

 犬猿の仲の陸軍に頭を下げに行くのは、海軍としては屈辱であり、相手から何を要求されるか解らないという想いがあったのだが、話を通して見ると陸軍はすんなりと協力を受け入れた。

 

 陸軍も陸軍なりに今回の話を重く受け止めており、彼らも身内から処罰者を出していたため、他人ごとではなかった。

 

 同じ国を護る軍人として、海軍と陸軍の思いはここに重なった。同時に、テラ・エーテルとホシノ・ルリに対しての恐怖というか、一体感といったものか、とにかく二人を敵にした時に道連れが多い方がいい、と考えたのは内緒の話だが。

 

 こうして、提督の数の確保と鎮守府の数を少なくしての、一応の防衛力の保持はどうにかできた。

 

 ホッと安堵した両軍の上層部を、今度は艦娘側からの転属願が揺さぶることになった。

 

 他の鎮守府へ、あるいは昔の知り合いがいる鎮守府へ。そういった転属願ならば上層部は『よかろう』と頷けたのだが。

 

 一部の転属願については、誰もが渋い顔をすることになる。

 

 エーテル鎮守府への転属願。でてきた名前に、顔をゆがめて唸る。今の日本海軍陸軍関係者にとって、その名前は一種の『禁忌』扱いだ。

 

 駆逐艦であっても戦艦を撃破できる艦娘、最古参の艦娘ならば練度が高いのも当然と考えるのだろうが、あの鎮守府は新人であっても他の鎮守府の古参を超える練度を誇る。

 

 前の演習の時に見た訓練、あれを潜り抜けた艦娘が修羅になるのも頷けるのだが、あの艦娘達は『テラ・エーテル』にのみ従っている。日本ではなく、一提督に。他の鎮守府の艦娘が日本に対しての敬意を持っているのに対して、エーテル鎮守府の艦娘にはそれがない。

 

 もしテラが『攻め落とせ』といえば、日本を簡単に攻め滅ぼす。と、誰もが考えてしまうくらいに、エーテル鎮守府の悪名は日々を重ねるごとに膨れ上がっていた。

 

 テラやルリが実際にそんなことをしたわけでもないが、人というのは真実よりは知り合いや親しい人から与えられた情報によって印象をガラリと変えてしまう。

 

 悪名高き『デッド・ライン』、悪鬼羅刹がそのまま乗り移ったような艦娘がいる鎮守府に、さらに新しい戦力が与えられる。

 

 いいのか、それは日本にとって危機にならないか。様々な思惑が渦巻いていき、あの事件と同じような悪感情が軍人たちの中に渦巻く中で、東堂軍令部総長は『笑い飛ばした』。

 

 あのテラとルリが本気で日本を攻め滅ぼそうとしているならば、もうすでに大陸ごと消えていると。

 

 同時に、あの鎮守府には『相沢・宗吾』がいる。その情報が流れた瞬間、誰もが『口を閉ざした』。

 

 現在の海軍を生み出した男、敵対者には容赦の欠片もなく滅ぼす軍略家。噂程度、悪口一つでも見逃さない冷血。相沢元帥についての噂話は、彼を直接に知らない軍人でも知っているくらい有名だった。

 

 陸軍側も彼については多くの噂が流れていたため、相沢・宗吾がエーテル鎮守府にいるならば、『どんな悪口や悪意もこちらを滅ぼす』と思ってしまった。

 

 こうして、今回の転属願は紆余曲折を経たのに、すんなりと通ることとなったという。

 

「誰か俺の悪口を言ってる気がする」

 

「あ、俺もです」

 

「てめぇの場合、身に覚えがあり過ぎんだろ」

 

「もちろんです」

 

 某所にて、とある元帥と提督はそんなことを言って笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧れがあった。

 

「不知火です」

 

 名を簡潔に名乗る。僅かな緊張感に手の中に汗が流れ、それを忘れるようにギュッと握りしめた。

 

「ようこそ、エーテル鎮守府へ。私は初期艦の吹雪です」

 

 笑顔で挨拶を返す彼女を前に、『知っています』と心の中で呟く。

 

 あの戦場に自分はいた。あの時の彼女をよく見ていた。魚雷も砲弾も爆弾もすべてを回避して戦場を踊るように流れていた彼女の姿を、鮮烈な思いで思い出せる。

 

 彼女の前に、自分はエーテル提督に褒められた。男なのに、提督なのに艤装を扱う彼に褒められ、噂の提督でも人を褒めるのかと思ったものだ。

 

 その後に彼の所属の艦娘達に嫉妬のようなものを向けられたが、あの時は怖いと同時に少しだけ心地よかった。噂の提督の艦娘達が自分を妬むなんてと、少しだけ喜んでいた。

 

 戦闘が始まった後も、エーテル鎮守府の艦娘達の動きを見ていたが、自分との差はないと感じていた。戦ったとしても勝てないまでも、引き分けに持ち込めるだろうと。

 

 とんだ勘違いだと痛感したのは、あの時の吹雪の動きを見たとき。百倍以上の戦力差と相対しているのに、強張った顔も緊張感もなかった。ただ向かってくる攻撃を回避して、攻撃してくる艦娘に反撃もせずにやり過ごす。

 

 攻撃元を断たなければ攻撃は繰り返される。一対一でも徐々に自分の首を絞めるだけの無駄な行為。ただの自己満足で、いずれは攻撃してくる結果でしかないことを、彼女はやり遂げた。

 

「じゃ、少し軽くやってみますか?」

 

 挨拶が終わった後、転属願を出した艦娘達はあの訓練場に入った。

 

 前に見学の時、不知火は別任務中で見ることができなかったが、参加した同僚はこう言っていた。 

 

 まるで地獄だ、と。

 

 大げさなと当時は思ったのだが、本当に地獄だったらしいと不知火は内心で悲鳴を上げかけた。

 

 攻撃の密度、攻撃予想の的確さ。回避を自分でもランダムにしたというのに、万を超える砲弾のすべてが正確にこちらの進路を貫いてくる。 

 

 一つを避ければ十が降り注ぐ。行っても行っても終わらない、まるで霧を中を進むような密度の攻撃にさらされながらも、決して足を止めることなく突き進む。

 

 永遠とも感じる時間の攻撃の後、少しの休憩時間に吹雪が一人一人にアドバイスを口にしていた。あれだけの攻撃の中、同じように参加していて他の艦娘に気を配る余裕があるなんて、と不知火は呆れを通り越して畏怖を感じた。

 

 汗一つかいていない彼女は穏やかに微笑みながら、次の訓練の内容を通達してきた。

 

 こうして、演習という名の『ふるい落とし』が始まった。

 

 一人、一人と艦娘が戻っていく。自分から言い出さなくても相手から『貴方は戻りなさい』と伝えられ、元の鎮守府へと戻っていく。

 

 百人以上いただろうか、多くいた艦娘達はもう数える程度しか残っていない。判断基準は何なのか。撃沈されたことか、それとも攻撃を受けても立てていたことか。

 

 攻撃を見事に避け切った艦娘が、名を呼ばれ戻されると『どうしてですか』と食ってかかっていた。

 

 吹雪はちょっと困った顔をして、『貴方は見えてません』と答えた。理由の説明をしてくれないことに憤ったその子に、彼女はゆっくりと手で周りを示していた。

 

「私達は艦隊です。貴方一人で動いて、どうするんですか?」

 

 確かにそうだ。艦隊を組んでいるのに、一人だけ動けても意味がない。例え絶大な力を持っていても、単独で動くのは違うと不知火も感じた。

 

 その子はそれを聞いて小さく頭を下げて帰って行った。

 

 何度目かの演習、何度目かの豪雨のような攻撃を終えた後、終了が通達された。

 

 結果は、どうなのだろうと不知火が顔を向けようとして、空が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふるい落としなんて誰も考えていなかった。ちょっと演習につきあってもらって、その後に面接しようかなって考えていたのが最初の吹雪の意見。

 

 今回の転属願について提督代行と提督は特に何も言ってこなかった。ただ、任せるとだけ。

 

 陽炎は隣に視線を向けた。

 

 訓練の最後、気丈に立とうとした妹はそのまま倒れて空を見つめていた。体力も限界、気力も限界で倒れて気絶したらしい。

 

「密度で言えば、凄かったけどさ」

 

 本当に提督は容赦ない。他の鎮守府から転属願で来た艦娘にしていい攻撃ではなかったし、それを何度も繰り返すなんて正気じゃない。

 

 正気じゃないが、正気で務まる鎮守府じゃないか、ここは。陽炎はそんなことを感じながら、水平線に顔を向けた。

 

 吹雪が、暁達と艦隊を組んで演習している。吹雪を先頭にして、響、電、雷、暁と続く艦隊編成は、見たことがない。

 

 演習中に吹雪が何かに気づいて、試しにやっているようだが。

 

「あ・・・」

 

「気がついた?」

 

 隣の声に陽炎は視線を反らすことなく声をかける。

 

「はい、ここは?」

 

「訓練場の隅。医務室や休憩室に行くまでもないから、ここに寝かせておいたの」

 

「そうですか。私は不合格ですか?」

 

 体を起こした不知火は、壁に背を預けてボーとしている。何か燃え尽きたような顔つきだが、不合格とは何の話だろうか。

 

「さあ? それを決めるのはあんたじゃないの?」

 

「私が決めていいことですか?」

 

 疑問を向けながら不知火は顔をこちらに向けていない。目線は先ほどから吹雪を見ていて、僅かな動きも見落とさないように注視している。

 

「そりゃそうでしょ。自分が何処でどうありたいか、それを決めるのは自分じゃないの」

 

「私達は艦娘です。提督の命令に従い、敵を討つのが艦娘では?」

 

 当たり前のようの告げる不知火に、陽炎は小さくため息をついた。

 

「あんた、本当にそんなこと考えているわけ? 馬鹿らしい、命令に従ってただ敵を討つだけなら、私達は機械と変わりない。そんな考えの奴は、この鎮守府にはいらないわよ」

 

「違うというのですか?」

 

「ええ、違う。私たちは仲間の背中を追って、仲間に背中を追われて、自分らしく真っ直ぐに進んでいく。ここにさ」

 

 トンっと陽炎は自分の胸を叩く。きっとそこにあるのは、心であると同時に魂といえるもの。

 

 あの時、提督に教えられたこと、毎日の生活で提督代行に教えられたこと、すべてが自分の心を育ててくれたから。

 

 だから、何も知らない馬鹿な妹に告げる。

 

「ここにあるものが叫ぶままに、私は生きている。この鎮守府の艦娘達はみんながそうだから、あんたは?」

 

 トンっと、陽炎は不知火の胸の前に拳を置く。

 

「あんたはどうしたい?」

 

「・・・・・・強くなりたいです。あの人のように、どんな状況でも笑顔を浮かべてくぐり抜けられるように」

 

 絞り出すように、憧れをすべて乗せた声を出して、不知火は顔を向けてくる。

 

「いい顔している。だったら、ここに来て鍛えなさいよ。安心していいよ、ここにいる限り『最強』くらいにはなれるから」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 ニヤリと笑う陽炎に対して、不知火は少しだけ微笑みながら答えた。

 

 じゃ、教えておくねと陽炎は伝える。この鎮守府の提督命令を。

 

 何が来ると身構える妹に対して、姉は誇らしげに語るのでした。

 

「一つ、絶対に生きて帰れ。一つ、仲間を裏切るな。一つ、自らの魂に背くな。この三つを持ってエーテル鎮守府の提督の絶対命令とする。ようこそ、不知火」

 

 その言葉に、僅かに身構えていた不知火は一瞬だけ呆けた後に、力強く頷いたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 新しい仲間が増えた。顔見知りが来たことを喜ぶ子もいれば、妹が来たとはしゃぐ子もいる。

 

「さてと、次は?」

 

 執務室にてテラは資料を眺めながら声をかける。

 

「はい、そうですね。次は何処を攻め落としましょうか」

 

 ルリは地図を表示させながら、指を走らせる。

 

「提督、提督代行、書類のほうは私がやっておきますから、御二人はどうぞ戦略をお願いします」

 

 大淀が書類処理を行いながら告げる。

 

「よっし、じゃやろうか、ルリちゃん」

 

「そうですね、テラさん」

 

 二人はそう言って海図を見ながら笑い合った。

 

 

 

 

 

さあ、次の獲物を探そうか、と。

 

 

 

 

 

 

 




 

 あの時の憧れはまだ私の中にあります。

 強くなりたいと願い、強くありたいと思った私は今もここに。

 心の中にあって魂が叫ぶのですから、止まっている暇などありません。

 貴方は、どうありたいか思ったことはありますか?

 私は常に思っています。






――――――――――――――

 

 なんか、これで最終回って感じてもいいかなって思う今日この頃。

 とりあえず『第一章、完』ってところです。





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