とりあえず、第二章です。
色々と考えて、試行錯誤をしてみたのですが、変わりあるものがあったような、なかったかのような。
そんな第二章です。
うん、絶好調。よっし、がんばろう
空は何処までも高くて、海は何処までも広がっていた。
かつて、人は海を奪われた。遥か彼方まで広がっていた海は、深海棲艦の支配する場所となって、人類は大陸の内部に追いやられた。
誰もが苦労をして誰もが絶望した中で、一筋の光明が持たさされたのは、やはり海からだった。
『艦娘』。かつての船の魂を持つ少女たちのおかげで、今では一部の海域を人類は安全に航行できるようになった。
すべては艦娘のおかげで。今も脅威はあるが、艦娘達が日夜の努力で徐々にその領域は取り戻されつつある。
今日も何処かで艦娘達は、深海棲艦の脅威から人類を護り、彼らの支配領域を奪還しているのだろう。
「そんな話、でしたっけ?」
「え、馬鹿が馬鹿やってじゃないの?」
とある場所で、そんな会話があったとか。
力の限りに努力して、死ぬ気で頑張って練習を重ねて、練度を決死の覚悟で上げていった先にあるのは、最強ではなかった。
息が上がる、もう辛くて苦しいのに、届かない。一歩も動けないほどに頑張ってみても、遥かな高みには届かないと知ってしまう。
ダメだ、もう少しやれるはずだ。心は叫んでいても体は裏切る。動けずに立ちつくし、やがて海面に膝をついた。
「もう終わりですか?」
声がしてきた。
上手く動かない体を何とか持ち上げて、どうにか顔を上げて見上げると、彼女は最初に会った時と変わらない顔のまま、こちらを見下ろしていた。
汗一つかいていない、息一つ乱していない。体が強張っているわけでもなくて、強がりを見せているわけでもない。
彼女にとっては、今の演習はとるに足らないこと。散歩程度でしかなかったというわけだ。
「終わりならば、私はこれで」
「ま、待ってください!」
思わず声を出して呼びとめてしまった。何か言いたいことがあったのに、彼女が振り返った瞬間に、言葉が消えてしまった。
「何か?」
凛と立つ姿勢、気負いことなく、それでいて隙がない姿に、思わず息が零れてしまう。
「貴方は、どうしてそんなに強いんですか?」
やっと絞り出した言葉は、どうにもしまりがなく、ありふれた内容のもの。
昔から強い相手に向けられた言葉を受けて、彼女は小さく微笑んだ。
「貴方にそう言われると、少しおかしく感じますね」
「え?」
「『吹雪』である貴方にそう言われると、とても」
そう告げて、彼女は頬笑みを浮かべたまま背を向ける。
「私が強いのは、背中を追い掛けたからです。とても強くて優しい、大きな背中を」
彼女は答えながら遠ざかる。誰のことを言っているかは、すぐに解った。彼女ほどの強さを持っている人が、追いかけるほどに強い人なんて一人しか思い浮かばない。
八丈島鎮守府所属の不知火が、艦隊相手に単艦で圧勝するほどの強さを誇る彼女が追いかける相手。
八丈島鎮守府所属、『鬼神』、あるいは『終焉の女帝』と呼ばれる艦娘。
全艦娘の頂点、『吹雪』。
自分もいつかあのようになりたい。誰が相手でも、気負うことなく戦いすべてを護れるような存在に。
「クッシュン!」
「どうしたの、吹雪?」
「風邪かなぁ」
同じ頃、憧れられる存在は盛大にくしゃみをしていたという。
「あの吹雪さんが風邪!?」
「提督の耐久訓練レースでも傷一つしかなったのに!?」
「嘘でしょう!?」
「この世の終わりだぁぁぁぁ?!」
そして、とある鎮守府の艦娘達を恐慌に追い込んだ、と。
通常、鎮守府は提督の名前で呼ばれる。しかし、その鎮守府は例外的に場所の名前で呼ばれている。
理由は、二つ。その場所にある唯一の鎮守府であること。もう一つは提督の他に提督代行がいる、というわけではない。
誰もが彼の名前を口にして拒否反応を示すから、苦肉の策として場所の名前をつけた、という話。
「不知火、戻りました」
鎮守府の執務室にて、彼女は見事な敬礼をしていた。
「はい、お帰りなさい」
受けるのは提督代行、ホシノ・ルリ。見慣れた軍服姿が、最近は妙に板についてきた、と見えるのは不知火が他の服装を見たことがないためか、それとも軍服以外の姿を見たいと思ってしまっているからか。
どちらでもいいか、と不知火は考えを忘れることにした。
「他の鎮守府への教導任務、本当に私たちをなんだと思っているのか」
「強くなりたいと願いうことは悪いことではないかと」
自然と口に出した言葉に対して、提督代行は小さく頷いて書類を差し出す。
「いいですね、不知火。貴方もここに染まったようです」
「朱に交われば赤くなるです」
「なるほど、いい傾向ですね。では、不知火は休暇に入ってください。スケジュール調整はこちらでやりましょうか?」
「自分でできます」
「では休暇を楽しみなさい」
提督代行の言葉に、不知火は敬礼で答え退出した。
住みなれた廊下を歩き、見慣れた階段を通り抜けた先、一階の大部分を占領する場所へと不知火は足を向けた。
景色がよく見える場所に建設されたそこは、海が一面に見渡せて日差しが心地よく、懐かしい潮の香りが室内に入り込んでくる。
五階建ての鎮守府の一階にありながら、建物の中に完全に入っているわけでもなく半分は外に出ており、透明なガラスで覆われている。太陽の光と自然の光と同じ照明の光、眩しくなく暗く感じない程度の柔らかい光が、室内を満たしている。
心地のいい場所で楽しい食事を。そんなコンセプトで作られた場所に来た不知火は、ゆっくりと周囲を見渡す。
「あっれ~~不知火じゃん。どうしたの?」
「陽炎」
彼女は大げさに手を振って、にやりと笑っていた。
「教導、お疲れ様、どうだった?」
「まあまあです」
ニヤニヤと笑う陽炎の隣に腰をかけると、彼女はさらに顔を近づけてきた。
「それで、どうだった? 『吹雪』さんに勝った感想は?」
内緒話のように告げられた言葉に、不知火は小さく眉を潜めた。まったくこの姉は、そんなことをここで言うなんて。
「陽炎?」
「ヒ?!」
ユラリと気配が昇る。顔面蒼白になった姉が振り返った先で、とてもいい笑顔の響が立っていた。
「誰に勝った感想なのか、詳しく聞かせてくれないかな?」
「は、はい」
そしてそのまま、襟首を掴まれて引きずられていく。
「ご愁傷様です、陽炎」
小さく合掌して見送る不知火。彼女の視線の先、他に三人の艦娘がいることから、きっと一対四の演習が待っているのだろう。
滅多にない貴重な体験だ。これなら陽炎はきっと、いい経験を積めるだろう。そう思い込むことにして、不知火は外へと視線を向けた。
いい日でありいい潮風だ。こんな日は、ゆっくりと海を眺めていよう。休日の過ごし方の一つを決めて、不知火は立ち上がる。まずは美味しい食事から、楽しい休日を始めるために。
「そうそう、瑞鶴、私は明日は休暇だから」
「・・・・・ええ?!」
瞬間、艦載機が訓練場の天井を貫いた。
見事に天井に穴を開けて、破片が床に散乱しているのだが、やらかした本人はまったく気にせずに、話題を振ってきた当人に詰め寄っていた。
「なんで?! 明日、私は出撃なんだけど!」
「そう、頑張ってきなさい」
「加賀姉!!」
「貴方もそろそろ一人で動けるようになりなさい」
「ふぇぇぇ~~~」
がっつりと抱きついて泣きだす瑞鶴に、加賀はもうどうしていいか解らなくなってしまっていた。
最初の頃、過保護にし過ぎたか。けれど、最初の対応はあれであっていたはずだ。ではその次からの対応が間違っていたのか、それとも日々の積み重ねがこんな甘えた艦娘に育った原因か。
「大丈夫ですよ、瑞鶴。私が一緒ですから」
「え?! 赤城姉は明日一緒なの!?」
泣いていたカラスがなんとやら。凄い笑顔で隣に飛びついて行く瑞鶴に、呆れ顔を向けてしまう。
「はいはい、明日は一緒に頑張りましょうね」
「うん!」
がっしりと抱き合っている二人に、加賀は何とも言えない顔を向けながら、拳をしっかりと握りこむ。
止めた方がいいのだろう、こんな場面を見つかったら、色々と怖いことにならないだろうか。なる、間違いなく怖いことになってしまう。
止めよう、しっかりと拳を握った加賀は決意する。決して瑞鶴が赤城に甘えている姿に嫉妬したわけではない、彼女が他の空母艦娘を『姉』と呼んでいることが妬ましいわけじゃない。
よし、止めよう。
「どうしました、三人とも」
立ち上がりかけた加賀は、体が凍りついた気がした。同時に、今まで笑っていた赤城と瑞鶴も凍りついたように固まる。
「そんなところで、どうしたんですか?」
「鳳翔、さん?」
ゆっくりと加賀が顔を向けた先、困った顔で首を傾げる女性がいて。その後ろにいる大鳳が、すっごい勢いで首を振っていたりする。
「訓練場でふざけるのは、ちょっと困ったことになりますよ」
「は、はい」
ガクガクと震える。隣の赤城も震えていて、瑞鶴はもう気を失いそうだ。
順序で言えば鳳翔は下の方。この鎮守府のルールに従うなら、鳳翔と呼び捨てにするべきなのだが。練度的にもこちら側が上なのに、どうしても勝てるとは思えない。
何より、体の芯から震えが来るほど、怖い。無意識に理解しているのだろう、彼女が空母艦娘の母であることを。
「はい、何をしていたか話してくださいますか?」
妙に丁寧に語りかける鳳翔に、加賀は覚悟を決めて頭を下げた。同時に赤城と瑞鶴も土下座に入った。
「ごめんなさい」
「まったく貴方達は。八丈島鎮守府の空母艦娘としての自覚が足りていないようですね。これはそうですね、私も提督に習うべきでしょうか?」
ポンっと手を打って微笑む鳳翔に、誰もがいいようのない寒気に襲われていた。
「艦載機による航空戦、二十四時間とかしてみませんか?」
名案が浮かんだと鳳翔が嬉しそうに笑っている中、赤城、加賀、瑞鶴、大鳳はもうこの世の終わりのような顔をして、さらに深々と頭を下げるのでした。
「申し訳ありません、ご容赦ください」
「あら、まあ。そうですか。では、吹雪さんにお話しして」
「もっと止めてください!!」
何処の地獄だろうか。あの頂点相手に訓練なんてしたら、艦載機すべて喪失してボロボロにされるに決まっている。
ここは絶対に退かないと。
全員の心は一つに纏まり、決死の覚悟で顔を上げた時だった。
「鳳翔、私を探していると聞きましたけど?」
「あ、吹雪さん」
終わった。誰もがそんなことを思って、彼女を笑顔で迎えるのでした。
話題の中心である彼女は、そんな艦娘達を見回した後に、可愛く首を傾げた。
半年、それが八丈島鎮守府が出来てからの期間。
色々あった、様々な出会いがあった。十人十色ではないが、とても濃い内容の時間が過ぎた。
「っつってもなぁ。最近、何かあったか?」
「吹雪が鎮守府の全戦力と戦って勝ったとか?」
「横須賀のだろ? ありゃ、痛快だったな」
日本家屋の縁側に座りながら、宗吾とテラは空を見上げながらお茶を楽しんでいた。
「横須賀、呉、舞浜、佐世保。これで日本の四大鎮守府は制覇しましたよ」
「おうおう、すげぇな。これで文句なく、『艦娘の頂点』になったわけだ」
「狙ったわけじゃないんですけどね」
偶然だった。単純に教導相手に吹雪が指名され、行ってみたら連戦連勝。次々に艦隊を撃破していって、気がついたら誰も勝てない高みにいた。
「で、次はどうするんだ? 獲物、見つかったんだろ?」
「ええ、まあ」
テラは小さく苦笑し、海へと視線を向けた。
「とりあえず、中部海域の先ですね」
まるで散歩に行くみたいに、テラは告げて眼を細めた。
思い返すと、随分と遠くに来たものです。
ちょっとの寄り道、気分転換の旅路みたいなものだったのに。
今ではこの手の中に、結構な宝物が増えていました。
重荷じゃないですよ。
ただ、少しだけ寂しく感じます。
あの子たちはもう一人で考えて、前に進んで行けますから。