夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 私はきっと、あの時にすべてを諦めていた。

 だから今の私があるんだと思う。







曇天の空に光を求めるように

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 小さく呟いた言葉は、相手に向けたものというよりは、自分自身に向けていたように聞こえた。

 

 白一色の病室のような場所、本来なら艦娘には必要のない場所にいる彼女は、相手のことを見ずにそう呟いていた。

 

 相手は、それに答えず深々と一礼して去っていく。

 

 本来なら風になびくことない軍服の袖が、去っていく彼の後悔のように病室の中を流れ、やがて扉と共に見えなくなった。

 

 二人のやり取りを見送り、ルリは小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦後の報告書が軍令部に届けられた時、すでに東堂は何とか回復して自分の席に座っていた。

 

 胃潰瘍とはストレスの果てになるものらしいが、本当にストレスで胃に穴が開くとは思わなかった、とは彼が退院時にこぼした言葉だった。

 

 誰もがそこに行くまでに病院に行くのだが、彼は軍令部総長としての立場と責任、なにより海軍の暴走の果ての懲罰、それに伴う人員の大規模削減による威信の揺らぎ、そして先人たちが築いたものへ泥を塗ったことを悔やみながら職務にまい進していたから、自分の体のことを労わっていなかった。

 

 結果、彼はテラとルリがやらかしたストレスが直撃し病院に運び込まれたのだが、まだ病室にいたほうがいいと思えるほどの報告書が彼に届けられた。

 

 艦娘喪失、最終確認数百六十隻。

 

 後頭部を殴られたような衝撃に、東堂はしばらく口を開けなかった。

 

 うち、練度七十以上五十八隻。練度九十九に到達した艦娘十二隻。グッと胃が痛くなった。かなりの艦娘が失われたと予想していたが、まさかここまでとは予想以上の大損害だ。

 

 艦娘の喪失は、即ち国防に穴が開くのと同義。今まで深海棲艦を抑え込んでいた壁に穴があけば、後はなだれこまれる様に侵攻されて、日本本土が再び火の海に沈む。

 

 通常兵器はまったく効かないわけではないが、大半が無効化に近い威力しか出せない。

 

 深海棲艦に対しての唯一にして絶対なる効果を発揮するのが、艦娘による攻撃だというのに。

 

 昔、艦娘達が生まれた当初は資材があれば建造できた彼女達を、『捨てる』戦法も取られたというが、現在においてそれは『自殺』に等しいと結論が出ている。

 

 練度の低い生まれた艦娘と、高練度の艦娘。その戦い方や戦果は、比べるでもない。一人の艦娘を育て上げるのに、どれだけの手間と時間がかかるか、ちょっと戦術をかじったことがある、もっと言えば軍人であるならすぐに分かるような話だ。

 

 ちょっと道理を知っている小学生さえ解る問題が、未だに理解していない軍人もいるが。

 

 資材があればいくらでも建造できる艦娘、逆に言えば資材がなければ建造できない。海に沈んだ艦娘の分の資材が戻れば、あるいは誰もがそれを実行したかもしれないが。

 

 損失は損失だ。二度と戻ることがない資材を、たった一つの勝利のために捨てるなど軍人として間違っている。もっと言えば、そいつは『日本を殺しにかかっている』。

 

 資材を集めるのに、どれだけの手間がかかるのか。外洋に迂闊に出れない人類のために、資材を取ってくるのは誰か。答えなど、ちょっと考えれば解ることなのに、それを理解していない連中が多い。

 

 艦娘がいなければ資材を集めることなど不可能なのに、その艦娘を捨てるなどと。

 

 東堂は昔を思い出し、今の腐敗をかみしめて、再び報告書に目を落とす。

 

 最初から最後まで、細かく読み込んだ後に、深くため息をついた。

 

 立て直せない。

 

 正直にそう思ってしまった。これだけの艦娘の喪失、そして高練度の艦娘の轟沈は、日本海軍の最後と言っていいかもしれない。

 

 幸いというか、何と言うか。生き残りはいた。あれだけの攻撃の中、諦めずに残った二隻は高練度の艦娘。

 

 駆逐艦『叢雲』、戦艦『金剛』。どちらも練度は八十を超えている。艤装に損傷があるためすぐに現場復帰は無理だが、時間をかければ戻れるはずだ。

 

 そうであって欲しいと東堂は、縋りつくように思ってしまう。

 

 『両名は鎮守府への復帰を拒否』。

 

 最後に付け加えられた言葉に、自分が座っているイスではなく、床そのものが崩れ落ちたような気がした。

 

 所属していた鎮守府の提督が迎えにいったが、艦娘は両名とも『戻れない』と伝えたらしい。

 

 報告は、面会の場を整えた八丈島鎮守府提督代行ホシノ・ルリと、両名が所属していた鎮守府の提督、二つから出ている。偽造した、あるいは艦娘の発言を封じ込めた可能性は低い。

 

 あのルリとテラが、そんなことをするわけがない、と東堂は確信しているが、嘘ではないかと疑いたくなる。

 

 高練度の生き残りが現場復帰不可能。あれだけの数の艦娘が沈んだのだから、二隻くらい復帰できなくてもと考えるだろうが、それは多いに間違いだ。ゼロと二では、天地ほども開きがある。

 

 特にあれだけの苛烈な戦闘と、それに伴う轟沈の数、そんな中で生き残った艦娘だ。技量や練度ではない、相手の攻撃に対しての何かしらの経験とスキルがあったと考えるべきだ。

 

 もし現場に復帰できれば、あるいは教導として他の艦娘に技量を教えることができたら、全体的に下がった戦力を持ち直すことができるかもしれない。

 

「まったくままならんな」

 

 小さく呟き、東堂は続いての報告書を持ち上げた。

 

 彼は軍令部総長、作戦の後も前も、あるいは作戦を決める時でも、仕事が終わることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スッと引き抜く。衝撃を真っ正面から受けることなく流し、そのままの勢いで刃を振りかぶり。

 

「はい、ダメ」

 

「あいた?!」

 

 頭部に衝撃を受けて蹲った。

 

「大和、どうして受け流して下がった後に、下の剣を振り上げるんですか?」

 

「打ち上げって苦手なんですよ」

 

 涙目で顔を上げると、困った顔の吹雪がそこにいて。

 

「苦手って貴方は、それで反撃を貰っていたら笑い話ですよ」

 

「苦手は克服してこそですか?」

 

 頭部をさすりながら立ち上がった大和に、吹雪は小さく首を傾げる。

 

「そうではなく、苦手『意識』を持つな、ってことです。そもそも、大和の筋力なら剣だろうと刀だろうと、振りまわすことは可能ですよね?」

 

「それは、まあ」

 

「なら後は力の流し方と入れ方です」

 

 剣を片手に持った吹雪が、片手だけで剣を回転させる。縦回転、横回転、円運動、よく片手でできるなと見ている大和は感じた。

 

「これは腕の延長、これは自分の体の一部。艤装と同じですよ」

 

「解りました」

 

 気合を入れて再び剣を持った大和に向かい合い、吹雪は小さく微笑んだ。良い根性を持っていると思いながら、先ほどより少しだけ速度を上げる。

 

 大和は気づいていない、訓練を始めてから徐々に吹雪は速度を上げていることに。その速度に食らいつき、何とか受け流している時点で、大和の技量は相当なものなのだが。

 

 彼女は少し真面目すぎて、『同じ速度だ』と信じて疑わない。

 

 だからこそ、横で見ていた艦娘からは『え、マジで』という目線で見られてしまう。

 

「大和、吹雪さんに追いついてない?」 

 

「何を言っているの、鈴谷?」 

 

 剣を構えている鈴谷の呟きに、高雄は嘆息してしまう。

 

 あれは、追いつかせているだけで、追いついているわけではない。

 

「吹雪さん、上手く合わせてくれているから、大和が受け流しているんじゃないの?」

 

「あ、そっか。そっか。うわぁ~~」

 

 ということは、だ。気づいたことに鈴谷は頭を抱えたくなった。

 

 つまり、相手に合わせてちょっとずつ引っ張れるほど、二人の技量は開きがある、と。

 

「最大最強の戦艦か」

 

「比べる相手が史上最大の艦娘では、比べようがないわよ」

 

 鈴谷の呟きを、高雄は真っ正面から切り捨てる。

 

 吹雪の技量を、今更に語るほどではない。何時も誰よりも訓練していたとか、キチガイ・レベルの特訓したとか、彼女の怖さはそんなものではない。

 

 常に前に、常に先頭で。そうではなく、常に『あの提督の背中を追っている』ことだ。誰もが諦めて途中で止めてしまうことを、途中で止めることなく突き詰めて極める。

 

 一つの動作でも、自分が思い描く理想に届かなければ、何度でも繰り返し行う。コンマ以下、条件反射とか、そういったものでの気に入らなければやり直す。そういったことを積み重ねて、何度も体にしみこませて、吹雪は技量を上げていく。

 

 艦娘としての練度も、艦娘という生命としての強さも。

 

「鈴谷には無理だなあ」

 

 気楽に笑う彼女を見つめながら、高雄は視線を反らす。鈴谷が握る剣は吹雪と変わらない形をしている。重さも握りの感触も、すべて吹雪と同じように調整してもらった剣を、彼女は十全に扱える。

 

 高雄は、知っている。彼女は、そういったことができることを。誰もがこれはというものを持っている中で、鈴谷はこれはがない。

 

 一点特化、長所がある、誰にも負けない『技術』がある。鈴谷にはそれがない、その上で彼女は『すべてを平均値以上で使える』強みがあった。

 

 万能型。

 

 努力を惜しまないほどに集中しながら、何処か飽きっぽい鈴谷は、その二つが奇妙なバランスを持って、万能平均タイプのような能力を構築していた。

 

 遊撃に最も最適な艦娘。撃ってよし、護ってよし。遠距離攻撃、中距離、近距離、どれでも鈴谷は一定以上の強さを発揮する。

 

 高雄は知っている。同期だからこそ、彼女が気楽に笑って、無理とか言っている姿の裏で、『絶対に退けない場面において、絶対に敵を通さない』ことを。

 

「そうね」

 

 でも語らない、鈴谷がそういったことを苦手だと思って、自慢するようなことを恥ずかしいと思っているから。

 

「鈴谷、私とやりませんか?」

 

「ん~~~いいよ、吹雪さん」

 

 そして、吹雪が訓練に誘うと絶対に断らないことも、高雄は知っているから。

 

 剣が踊る、鋭く切っ先が振られる戦いを見つめながら、大和は二人の姿を追いきれない自分を恥じた。

 

 片方は、言わずと知れた鎮守府の初期艦にして、艦娘の頂点『吹雪』。

 

 もう一方はと言われて、大和は眼をこすってしまう。本当に彼女がそうなのかと、疑問を感じてしまい、目の前の光景が夢のように思ってしまった。

 

「どうですか、大和? あれが鈴谷ですよ」

 

「嘘ですよね?」

 

「彼女は普段から、そういったことを誇りませんから」

 

 穏やかに笑う高雄に言われ、大和は再び目を凝らす。

 

 自分の時とは違う吹雪の動き、追いついたとは思わなかったが、ちょっとは本気にさせたと思っていたのに、まだまだ足元さえ届いていなかった。

 

 撃ちあうこと十分弱。一度も攻撃を通さず、一度も攻撃が通すこともできず、最後は鈴谷が足を滑らせて終わった。

 

「吹雪さん、強すぎ」

 

「鈴谷も鍛錬、お見事でした。前よりも強くなってますね」

 

「ああもう! 今日も勝てなかったぁぁ!」

 

 両手を振り回して悔しがる鈴谷は、そこで体を起こして剣を真っ直ぐに向けた。

 

「次、追いつくから」

 

「ええ、でも私も止まらないので、追いついてみなさい」

 

「オッケー!」

 

 ニヤリと笑う鈴谷に、大和は体が震えるのが解った。

 

「本当に、うちの鎮守府って強い人ほど、普段が穏やかですよね」

 

「ええ」

 

 にっこりと笑う高雄に、大和は内心で溜息をついた。

 

 この人も強さで言えば上位。特に、乱撃に関しては怖くて近寄れないほどの凄味がある人だった、と。

 

 重巡・高雄。その近接武器は『レイピア』。鋭く細く、まるで閃光のような一撃と、多数の手数による乱撃は、蜂の一刺しと、雷雲に例えられるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潮風が昔は気持ち良かった。

 

 初めて海に出た時、周り一面の青さに何故か涙が出た。

 

 どんな戦闘でも絶対に負けないって気持ちで進んで、どんな時でも絶望なんてしなかった。

 

 常に前に常に先頭に。

 

 提督と出会い、仲間達と共に手を取り合って、前に進んでいたはずなのに、今は何も見えない。まるで闇の中、海に一人で取り残されたように。

 

「もう、どうしょうもない」

 

 小さく呟く言葉は、昔と違う。昔は英語が混じった言葉が、素直な日本語で出てくるのは思い出してしまったからか。

 

 転生者なんて言葉で片付けたくはない。でも前世に、平和な日本にいた『ような』記憶はある。だから、言葉はもう昔のように話せない。

 

「怖い、から、かな」

 

 絞り出すように呟き、顔を下げる。昼間の海、何処までも青い海は前と変わらないのに、見降ろした海の『蒼さ』に、飲みこまれそうなほど暗い気持になってくる。

 

「貴方も怖いの?」

 

 声に、振り返らずに頷く。

 

 同時に救われた艦娘、彼女は最後まであきらめなかったのだろうか。仲間達が沈んで、周りに誰もいなくなって、敵のただ中にあったのに、最後まで抵抗したのだろうか。

 

「私も怖いのよ。もう二度と戦えない」

 

 語りかけるような言葉に、返事を期待する音色はなかった。独白のように自分の心を語り、何かから逃げるように声を出す。

 

 彼女も同じか。自分と同じように、仲間の死を前にして最後まで抵抗しようとして、できなくて逃げ出すしかなくて。

 

 でも逃げられなかった。何処までも冷たいあいつに捕まって、後は。

 

「戦いたくない」

 

 思わず口から出た言葉に、相手は頷くような気配がした。

 

 戦いたくない、二度と仲間を失いたくない、もうあんな怖い思いはしたくない。逃げて、避けて、忘れて、それで。

 

 それで最後まで終わってしまうのだろうか。

 

 ギュッと唇を噛む。逃げていいと言われた、戦いたくないなら戦わなくていいとも。誰も強要しない、誰も無理強いしない。貴方達は立派に戦ったから、もう休んでいいと。

 

 でも、と思う。怖いから逃げたいから、そうやって避けて最後になった時に果たして自分は笑えるのだろうか。死んでいった、沈んで行った仲間たちに笑って会えるのか、と。

 

 気配が、そっと近づいてきた。隣に腰かけた彼女は、同じように海を見下ろしていた。

 

「私も戦いたくないわよ。でも」

 

「そう、でも、です」

 

 彼女の言葉が途中で止まり、誘われるように残りを繋げた。

 

 でも、心の何処かで『ダメ』と言っている何かがいる。逃げてもいいから、避けてもいいから、それでも迷わないで、と。

 

「戦えないです」

 

「もう無理だって知っているけど」

 

「戦いたくないです」

 

「解ってるわよ。でも」

 

「でも、仲間達の顔が泣いているから」

 

「あいつらが、今も不安そうにしているから」

 

 お互いに、お互いの心がよく解る。怖くて逃げたいのに、どうしても逃げるって選択肢が選べない。

 

 薄く闇の落ちるような蒼い海と、何処までも澄み渡る暗がりのような空の下で、二人は小さく呟きかけて、言葉を飲み込んだ。

 

 もう無理だ、その言葉を言ってしまったら、すべてを裏切るような気がして。

 

「逃げてもいいだろ、そんなのはさ」

 

 声にハッとして二人が振り返ると、一人の男が歩いてくる。

 

「べっつに、二人がいなくても何とかなるって。そんなに気負って、死んだ仲間の影を背負ってまで頑張らなくてもどうにかするって」

 

「何をあんた?」

 

 思わず、彼女が鋭く返す。それに対して男は特に気にした様子もなく、軽く背伸びした。

 

「怖いんだろ? ならしなくていいって。あんだけの仲間が目の前で死んだら、無理だって思うのは当たり前だ。逃げていいぞ」

 

「だからなんなのよあんたは?! 解ったような口で、何を!」

 

「解ったようなじゃなく、解ったから言ってるんだろ?」

 

「ふざけないでよ!」

 

「ふざけてないさ。海を『暗い』って感じてる時点で、無理してるんだよ」

 

 図星だった。内心を言い当てられて、どちらも言葉に詰まって顔を反らしてしまう。

 

「だからもう止めろって。二人がいなくても、艦娘は他にいるんだからさ。まあ、この戦争はどうにかするから、安心して穏やかに暮らしていれば?」

 

「そんなわけいかないわよ。私達は艦娘で、戦わないと」

 

「誰が決めた、そんなこと?」

 

「誰って」

 

 返せない。艦娘は戦いものだと、生まれた時から思っていた。深海棲艦から世界を取り戻すために、戦って戦い続けて。

 

 その後は。

 

「誰も決めてない。生まれた時の宿命だとか、周りがそう言うからって自分もそうだなんて思い込むなよ。なんとかなるって」

 

「気楽に言わないでよ。今までだって、出来なかったことじゃない」

 

「今までは、な。これからは違う」

 

 はっきりと自信を持って答える彼は、真っ直ぐに腕を伸ばし、ゆっくりと手を握っていく。

 

「今は俺の艦娘がいる。あいつらがどうにかするさ」

 

「馬鹿じゃないの。艦娘なら私たちだってそうじゃない」

 

「そうだな。でも、俺の艦娘は一味、違うぜ?」

 

 不敵に笑う彼は、そのまま背中を向けた。

 

「無理してる奴に頑張ってもらうほど、この国はがけっぷちじゃなさい。まだまだ頑張ってるやつもいる。だから、無理しないで休め。逃げていいんだよ、負けていいんだ。そいつらは、重荷にするものじゃない」

 

 そいつらが何を示すのか、鋭く響くように解る。

 

 泣きそうな顔で見ている戦友、沈んで行った仲間たち。轟沈したことを、消えてしまったことを悔やんでいると感じていた、もう戦えないからと嘆いていたと思っていた彼女たちが、そう思っていた理由をはっきりと自覚する。

 

 自分達が苦しんでいたからだ。

 

 だから泣いていた。悲しそうに見ていた。そんなことも気づけないほど、自分達は自分自身を追い詰めていたのか。

 

「解ったなら、止めておけ。後は俺たちが何とかするさ」

 

「勝手に言ってんじゃないわよ」

 

 震える体を動かす。もう動けないと思っていた体は、思ったより素直に動き出した。

 

「戦います」

 

「無理すんな」

 

「戦えるわよ」

 

 二人して言葉を投げつけると、男は小さく振り返り、フッと笑う。

 

「いいんだな?」

 

「はい」

 

「当然じゃない」

 

 決意なんてまだできない。体は震えているし、怖くて悲しくて辛いのはまだ心の中にある。

 

 でも、少しだけ明るくなった気がした。

 

 目の前の彼の背中のほうだけ、光がさしているように。

 

「なら、ついてこいよ。『生き方を教えてやる』」

 

 彼はそう告げて、歩きだした。

 

「やってやろうじゃないの!」

 

「貴方に見せてやりますよ!」

 

 精一杯の勇気を込めて、二人はそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、テラさん」

 

「ん、ルリちゃん、追加二人ね」

 

「はい」

 

 短くやり取りしながら、鎮守府の廊下を歩く。

 

 叢雲と金剛は、元の鎮守府に戻ることなく八丈島鎮守府へ編成されることとなった。

 

 戦えるようになったら戻すと決めていたのに、二人からと、何より元の所属の提督から頼まれた。

 

 『自分ではあの二人を元気づけられなかった』といわれて、テラとルリは疑問を感じてしまったが。

 

「元気づけてないけどさ」

 

「まあ、煽ったといったほうが正しいですね」

 

「詐欺師になれるかな?」

 

「どちらかといえば、熱血反面教師ですね」

 

「辛辣だねぇ~~」

 

「その方がいいのでは?」

 

 そこでテラとルリは笑った。まあ、どちらでもいいか、と。

 

「東堂さんはなんて?」

 

「任せる、と言われました。念のため、『本当にいいんですか』と念を押しておきましたよ」

 

「よ~~し、ならやるか。日本がなくなると、俺としても寂しいし」

 

「はい、私もです」

 

 やりますか、そう二人は告げて楽しそうに笑ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 






 馬鹿じゃないの。あいつが英雄?

 まったくありえない、あいつはね、何処までもまっすぐで馬鹿でアホみたいに笑って。

 そうやって、人を焚きつけて煽って、真っ直ぐに進ませるようなやつよ。

 え? 簡単に言えば?

 道しるべ、かしら、ね。



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