夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 嬉しかったわぁ。

 本当に、とても嬉しかったの。だって初めてなのよ、初めて吹雪さんに選んでもらったから。

 え? 普段の吹雪さんは怖いに決まっているじゃない。でもね、怖いから遠ざけるとか嫌うなんて思わないの。

 だって、吹雪さんは何があっても私たちを見捨てないし、置き去りになんてしないから。

 だから、皆は吹雪さんが好きなのよ。

 これ八丈島鎮守府じゃ、全艦娘が思っていることだからね。









甘くて深く、そして罪よりも暗いもの

 

 

 

 戦場において、絶対といえるものは少ない。どんな強者であっても、死ぬ時は死ぬし、帰れない人は戻ってこないのだから。

 

 絶対なんてない、そう言えるほどに戦場はとても無慈悲に、そこにいるすべての存在を飲み込んで消してしまう。

 

 でも、時々はいる。絶対といえるような、死と戦場に嫌われた、そういったものから解き放たれた存在が。

 

 彼は、そういうものらしい。

 

 彼女もあるいは、そうかもしれない。

 

 叢雲は思う、あの時の自分が彼女くらい強かったら、誰も失わずに済んだのかと。

 

 金剛は彼女を見つめながら、拳を握る。彼女と同じくらい、冷静であったなら別の道を選べたのではないか、と。

 

「もう終わりですか?」

 

「戦艦が情けない」

 

 目の前に立つそれぞれの頂点を前に、叢雲と金剛は強く願った。

 

 あの人達みたいに、強くなりたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦と艦娘の艦種は色々とある。 

 

 ホシノ・ルリ提督代行は報告書を見つめながら、少しだけ考えていた。

 

 苦手なもの、得意なもの、それぞれ艦種ごとに違っているから、艦隊を組み任務を遂行するのだから、万能的な性能なんて必要はない。六隻で一個、そういった強みがあればいいし、強みを出せるように考えるのが指揮官の役目だ。

 

 しかし、だ。今の鎮守府の戦力でいうと、悩むことは少ない。戦艦が対潜行動ができない、そんなことはない。駆逐艦が航空戦力を扱えない、いやそんなものはなくても対応可能だ。

 

 苦手意識を持つな、とか初期艦が言ったことは、その日の夕方には皆が知っていた。

 

 随分と無茶な言葉だなと呆れていたのに、誰もが当たり前と感じて訓練をしているのは、初期艦の人徳故か、あるいは初期艦の怖さからか。

 

 とにかくだ。

 

 今の鎮守府の戦力で考えると、艦隊編成で悩むことはとても少ない。一般的な鎮守府の提督が駆逐艦を二隻入れて、戦艦が足りないから、空母もいないととか悩んでいることを考えると、とても恵まれた環境に自分達はいるのだと実感できる。

 

 日々の訓練を見て頭痛がしてくる時もあったりするが、必要なことを割り切るしかない。割り切れたらいいな、と気楽に考えることでストレスを回避するのは、この鎮守府では当たり前のスキル。

 

 話を戻して、上位十名あたりは編成をどう組んだとしても、例え新人を入れたり単艦で向かわせたとしても、そこら辺の姫級が率いる艦隊くらいは簡単に殲滅してくる。

 

 ピンチはないだろう。大艦隊に放り込まれても、危機として殲滅してくるのが上位十名だ。

 

 扶桑、鈴谷、高雄、川内、夕張、電、雷、響、暁、そして吹雪。

 

 この十名はどんな状況でも、どのような戦場でも生き抜くことができる。陽炎はもう一歩、足りない。実力で言えば、他の鎮守府ならトップになれるくらいはあるのだが、どうしても一歩が届かない。

 

 瑞鳳は、どちらかといえば単艦ではなく周りを『上げる』能力に特化しているから、単艦だとどうしても攻撃力が落ちてしまう。これは普段の訓練で空中管制機を重点的にしていたから、仕方ないことだ。

 

 とはいえ、だ。

 

 すべての艦娘での上位者はこの十名だが、艦種ごとに分けるとそれぞれのトップは違ってくる。

 

 空母は間違いなく赤城だ。鳳翔に頭が上がらないだろうと、空母すべてで総当たりすれば、赤城の勝率だけが頭一つ分、飛び抜ける。

 

 巡洋艦は川内は間違いない、これで夜戦まで含めると、他の勝率と桁が違ってくるのは、彼女の性質だろうか。

 

 戦艦ならば扶桑が間違いなくトップだ。

 

 駆逐艦は当然、吹雪。

 

 だから、金剛と叢雲の最初の訓練は二人に頼んだのだが、どうにも壁が高すぎて自信を失ってしまったかもしれない。

 

 最初の訓練だから、金剛と叢雲がどれくらいできるか。新型の艤装を与えて、体の動かし方や戦い方の確認、二人がどのような反応を示すか、順応性はどのくらいか、適応性は高いかを確認したかっただけなのに。

 

「まさか、まさかでしたね」

 

 深くため息をついてしまう。

 

 まさか、十段階評価で一をつけられるとは。

 

 金剛の場合、『適応性も順応性も低い、状況判断能力に問題あり。現在の自分の周囲の状況の把握、状況に応じた戦術の選択は要再教育必要。艤装の扱いは新人以下、体の動かし方は問題にならないほど』。

 

 辛辣だとルリは思わず顔をしかめた。扶桑は厳しくもなく優しくもない、普通の教導をする子ではなかっただろうか。冷たいことは言うが、フォローも忘れない優しい艦娘だったはずなのに。

 

 続いて叢雲の場合、『問題外』。一言、まさかの一言で終わり。あの吹雪が、辛辣以上の冷酷な形で纏めてくるとは。

 

 『補足として、どうしてこの鎮守府に来たのか解らない。元の鎮守府で頑張るべきではないだろうか』とか書いてある。

 

 つまり、吹雪としては復帰するなら自分が選んだ提督の元に戻り、頑張って強くなるのが当たり前では、ということか。冷たいのではなく、他の鎮守府に移ってまで戦う理由が解らないということだろう。

 

 提督に絶対服従な彼女らしいといえるか、それとも吹雪の忠誠心が高すぎるから、移動する艦娘の気持ちが解らないのか。いやそれにしては不知火の時は嬉しそうに訓練していたではないか。

 

 殺す一歩手前だったような気がするが、そんなことはないと思いたい。

 

「・・・・・・扶桑のほうはこのまま金剛の教導をお願いしましょう」

 

「それがいいですね」

 

 同じように報告書を読んでいた大淀が、ちょっと困った顔をしていた。

 

「言いたいことは言った方がいいですよ?」

 

「それでは。扶桑さんは金剛に会って何かあったんですか?」

 

「あ、やっぱりそう思いますか? 扶桑がこんなに辛辣に書くってことは、何かあったんでしょうね」

 

「味方を護れなかったことに対しての怒りでしょうか?」

 

「まさか、扶桑はそこまで『冷酷』ではないですよ。あの状況で、金剛の技量を見た後に、『できなかったお前が悪い』とは言いません。もっと根本的な原因がありそうですね」

 

「根本的な原因ですか? 彼女の決意とか?」

 

 決意は十分に思えたが、扶桑からしたら不十分に見えたのかもしれない。

 

「あるいは、提督が説得したことが気に入らないとか?」

 

「え?」

 

 大淀が小さく声を落とした。

 

 知らなかったのかと目線で問いかける間に、彼女の表情が少し歪む。

 

「原因、そこですね」

 

「ああ嫉妬ですか? まさか扶桑も大淀も、そんなに提督のことが好きだとは思いませんでしたよ?」

 

「この鎮守府で、提督と提督代行のことを敬愛していない艦娘がいると、お考えだったのですか?」

 

 心外だと大淀は態度で示していた。

 

 まさか、まさかのそのまさか。艦娘達の忠誠心が高いのは知っていたが、まさか『提督に励まされたことが羨ましい』なんて思うほど、敬愛していたなんて。

 

「考えていませんよ。でも、そんなに提督が好きなんですか?」

 

「閨に呼ばれたら即答できるくらいには」

 

 決め顔で答えた大淀に、『え、なにいってんのこの子』とかルリは思った。一瞬、提督代行としての責務よりも、テラ・エーテルの巫女としての感情が上回りかけたが、グッと堪える。

 

「解りました。その話は終わりにします」

 

 一瞬だけこぼれた気配に、大淀は冷や汗を流した。

 

 『おまえ、それを私に言うってことは、殺されても文句はないな』なんて、言われたわけでもないのに思えるほどに、怖い気持ちにさせられた。

 

「叢雲の教導ですが、不知火に任せてみましょう」

 

「解りました」

 

 短く大淀は答え、自分の席へと戻る。

 

「大淀」

 

 その背中に、冷たい声が叩きつけられた。

 

「提督が、いいえテラさんが選んだなら私は何も言いませんよ? ですが、自分から押しかけたら、解っていますね?

 

「はいもちろんです!」

 

「よろしい。まあ、自分を磨いて夜這いをかける気持ちや、それを抑えられない気概も理解をしてあげますよ。でも」

 

 無意識に大淀は振り返ってしまった。そして彼女を見てしまい、激しく後悔した。

 

 とても冷たく美しい微笑みを浮かべた提督代行が、そこにいたから。

 

 理解と納得は別ですからね(許すとは言ってない)と、ホシノ・ルリは無言で語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注意一秒、けが一生。あるいは失言に死の気配。

 

 叢雲は自分の教導艦娘の決定に、意を唱えた。

 

「どうして吹雪じゃないのよ?!」

 

 彼女にしてみれば、最初の訓練が彼女だったから、ずっとそうだと思っていた。あの背中に追いつきたいと決めて、絶対に諦めないと誓った後に教導艦の変更に苛立ちが募っていたのだろう。

 

 金剛の教導艦に変更がなかったことも、彼女の苛立ちを加速させた。あちらは見込みがあったと思われたのか、それとも戦艦の数が少ないからそのままになったのか。

 

 自分は見込みがないと思われたのではないか、新人だからその上の先輩が着いて訓練していればいいと考えられたのか。

 

 色々とグルグルと考えた結果、彼女は禁断の一言を言ってしまった。

 

 八丈島鎮守府のルールを破る一言を。

 

「来なさい」

 

 不知火は有無を言わさない迫力で叢雲の襟首を掴み、そのまま引きずっていく。

 

 通達を受け取ったのは廊下だった。鎮守府の一階の食堂に行く途中にある廊下、まだ通信機器を上手く扱えない叢雲に、連絡を受け取った不知火が話をしに来て、通達が来ていること、通達を開く方法を教えた後に、彼女はあの一言を言ってしまった。

 

 丁度、昼も終わった頃で、誰もが自室へと戻っていて良かった。

 

 不知火はそう思っていたが、『一人もいない』わけじゃない。

 

「ねぇ、不知火」

 

 背後から声をかけられた。思わず、足を止めてしまったことを不知火は後悔したが、時はすでに遅すぎた。

 

「今ね、『そいつ』なんて言ったの?」

 

 声の主は、荒潮だった。硬く冷たい声だった、とても普段の愛想がよくてよく笑う魅力的な少女が出すようなものではなく、地獄で出会う鬼のように。

 

「私も聞きたいわね。『そいつ』がなんて言ったのか?」

 

 別の声は、如月のもの。彼女の声も冷たい。とても不味い、完全に状況的に最悪だ。これが陽炎なら『気をつけないと』とか、気楽に笑いつつ殺気を向けられて終わりなのに。

 

 他の艦種ならお説教で終わったか、あるいは砲撃訓練を付き合って終わりになるはずなのに。

 

 よりによって、崇拝している二人に見つかるなんて。

 

「注意しておきます」

 

「違うわよ、不知火。『そいつがなんて言ったか聞いているの』よ?」

 

「注意してと言っているわけじゃないの」

 

 ニッコリ笑う二人は、幼いながらも魅力的なのだが、そこに隠しきれない殺気が滲んでいた。

 

「教導艦は不知火なので。御二人とも、ここはどうか」

 

 深々と頭を下げると、気配が消え去った。

 

「解ったわ。でも、私たちでよかったわね?」

 

「これが川内さんとかだったら、間違いなく、ね」

 

「解っています」

 

 どうにか納めてくれた二人にお礼を告げて、不知火は首根っこを掴んだ叢雲を引きずって、そもまま廊下を歩く。

 

「不用意な発言は自分を殺しますよ」

 

「ごめんなさい」

 

「ここの鎮守府は大抵のことには寛容です、吹雪さんのことを馬鹿にしても『笑ってくれる』ことが多い。しかし、『初期艦を呼び捨て』は絶対に許してくれません」

 

「解ったわよ」

 

本当に?

 

 声は不意に、だった。

 

 不知火ではない声に、廊下を進んでいた二人が固まったように止まる。

 

「ねぇ、本当に解っているの? ねぇ、答えてよ?」

 

 ニッコリと笑っている『川内』がそこにいた。

 

「い、以後、気を付け、ます」

 

「よろしい」

 

 暖かい笑顔になった川内は、そのまま叢雲の頭を撫でた。

 

「吹雪さんを呼び捨ては、二度は許さないから」

 

 瞬間、叢雲は自分の首が落ちたような錯覚を感じた。実際に首が落ちているわけではない、ただ殺気を与えられてそう錯覚しただけ。

 

「じゃ、訓練は頑張ってねぇ~~」

 

 ヒラヒラと手を動かして食堂へと向かう川内に、二人は無意識に頭を下げていた。

 

「次あったら、見捨てます」

 

「ごめんなさい」

 

 頭を下げたまま、不知火はそう忠告して、叢雲は絶対に次は間違えないと誓ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻唄が聞こえてくる。とても嬉しそうに流れてくる音楽に、軽く耳を傾けてみる。

 

「ご機嫌ですね、由良」

 

「もちろんです!」

 

 華が乱れ飛ぶような笑顔の彼女は振り返り、長い髪がフワリと風に揺れるように踊る。

 

「給料日で休日ですから」

 

 右手に持った服を合わせ、左手に持った服を合わせ。嬉しそうに鏡を見つめる彼女に、そうですかと吹雪は答えた。

 

「耐久訓練の後だからなぁ。吹雪さん、この後、メシどうですか?」

 

「いいですよ、天龍。龍田は、何処ですか?」

 

「あいつなら向こうでジャケットを探していますよ」

 

 天龍が指さす先、上着の上に羽織るジャケットを睨んでいる彼女がいた。

 

「ジーンズ柄?」

 

「最近、あいつはジーパンがお気に入りなんですよ」

 

「似合いますね」

 

 ポツリと吹雪がこぼした声に、龍田が凄い勢いで振り返った。そのまま笑顔で早歩きで近寄ってくる。

 

「吹雪さん、こっちとこっち、私にはどっちが似合いますか?」

 

「え? 私にはセンスがありませんから」

 

「どっちですか?」

 

 ぐいぐいと来るので吹雪は二つを交互に見た後、右側を指差す。

 

「こちらで。でも、本当にセンスがないので」

 

「買ってきます!」

 

 嬉しそうにレジに向かう龍田に、吹雪は止めた方がと天龍に顔を向けると、彼女は『いいなぁ』と口にしていて。

 

「吹雪さん、私の上着なんですけど!」

 

「由良、落ち着いて」

 

「よっし! 吹雪さん、俺も見てくれよ!」

 

「天龍」

 

 何故か、由良と天龍まで服を持って迫ってくるので、吹雪は『センスがないですから』と何度も断ることになった。

 

 その後、鎮守府にて龍田、由良、天龍が『吹雪に服を選んでもらった』と話が流れ、金剛と叢雲を除いた全艦娘が自分の休日と吹雪の休日が合う日を探してスケジュールをにらめっこする日々が続いたという。

 

「提督代行、私にファッション・センスを教えてください」

 

「・・・・・本当に貴方は、私に聞けば何でも叶うって思ってませんか?」

 

「お願いしますから!」

 

 その後、提督代行に泣きつく初期艦がいたとか、いなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 







 本当にね、未だに覚えているよ。

 聞き間違えかなって思ったけど、どう思い返してもそう言っているからさ。

 まさかって思うよね?

 だって、吹雪さんのこと呼び捨てなんて。

 あ、ごめん、ちょっと夜戦してくるね。

 この感情をどうにかしないと、吹雪さんにまた『仕方ないですね』なんて言われちゃうからさ。




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