夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

44 / 51






 困った問題なんて、生きていればいくらでもある。

 小さなことでも、大きなことでもいくらでも。

 考えて色々と対策を練ったとしても、回避も防御も不可能なこともあります。

 ですが、それでも立ち向かうことは大切です。

 私たちは艦娘でも、生きているのですから。










貴方の過去と私がそこにいるから

 

 

 

 

 

 

 

 報告に、ホシノ・ルリ提督代行は小さくため息をついた。

 

 駆逐艦のドロップは正直に言って嬉しい。小型で立ちまわれる艦種は、いくらいても足りるなんてことはない。

 

 戦艦や空母より小回りが利き、少数でも敵陣地への強襲が可能、資材を極度に使うことはなく、最速を持ってあらゆる脅威の排除が可能。

 

 ルリはそこで、自分の考えを打ち切った。

 

 駆逐艦に夢を見ているのかもしれない。最初の駆逐艦が、吹雪があれだけの活躍を見せて、その後に続いた駆逐艦達も戦歴を重ねているから、『駆逐艦なら』と幻想を抱いているかもしれない。

 

 指揮官にとって幻想は大敵だ。大丈夫なんて信じるのは指揮官として当たり前、艦娘がやってくれると信頼して送り出すのは指揮官には当然のこと。

 

 しかし、幻想を抱いて心の底から『絶対に』なんて考えていたら、どれほど優秀な存在でも、あっさりと零れ落ちる。

 

 敵に倒されるのではなく、自分が殺してしまう。指揮官の慢心と、過度な期待によって殺されるなんて、当人たちにとっては悪夢だろう。

 

 だから信頼はしているし、信用もある。けれど、絶対なんて言葉を持って接することはない。

 

 ホシノ・ルリにとって、艦娘への信頼はそこまで。他のあらゆることに対して、過度な期待や絶対なる信頼を向けることはない。

 

 ただ唯一、主であるテラ・エーテルだけは例外だが。

 

「夕立ですか?」

 

「はい、夕立です」

 

 ドロップした駆逐艦の戦歴は、かなり優秀なもの。ソロモンの悪夢なんて呼ばれているほどに、苛烈な戦場を潜り抜けてきた。

 

 他の鎮守府の夕立の戦歴を確認しても、鎮守府の駆逐艦達に比べて頭一つ分くらいは高い。

 

 基本的な能力は十分。鍛えれば鍛えただけ、能力値が上がっていく。これなら吹雪クラスになることもあるかもしれない。

 

「そんなことない、かな」

 

 自分が馬鹿げた考えをしているのを自覚して、ルリは苦笑した。

 

 吹雪は、本当に奇跡的な育ち方をして、あれだけの強さを手に入れた。本当に絶妙なバランスで鍛えたから、あれだけの強さを誇った艦娘になれたのだが、他の艦娘に試そうなんて考えない。

 

 最初にテラに会い、その後を追いかけて、そして『鬼神』になった存在は二度と誕生しないだろうから。

 

「それで?」

 

 先を促すルリに対して、報告を持ってきた不知火は直立不動のまま答えた。

 

「叢雲が落ちました」

 

 こちらのほうが、頭が痛いな、とルリは提督代行として思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつての光景が、目の前に降り注ぐ。

 

『大丈夫っぽい、なんとかするから』

 

 笑っている彼女は、すでに主砲を失っていて、魚雷もなかった。それなのに気楽に笑いながら、ゆっくりと進んで行った。

 

「夕立」

 

 小さく呟き手を伸ばす。そこには誰もいないのに、まるで底にいる誰かを救いあげるように。

 

『なんとかするよ、だから叢雲は生きて』

 

「夕立!!」

 

 霧が晴れるように、彼女の姿は光の中に消えて行った。

 

 叢雲は叫んで手を伸ばして、そして手は何もないところで止まった。

 

 無かった、すべて消えてしまった。

 

「ごめんなさい」

 

 あの時、自分は立ちすくんで、彼女は前に進んだ。

 

 勇気のある行動だ。皆を護るために誰よりも前に出て、誰よりも先に駆けて行った。誰からも称賛されるべき行動の果ては。

 

 彼女の喪失と、全員の轟沈。

 

「ごめんなさい」

 

 光さす中、彼女は泣きながら闇を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強くなりたい気持ちは誰にでもある。誰よりも強く高く、誰にも負けたくないって気持ちは、戦士には必要なことだから。彼女がそう思うことを誰も止められないし、止められるわけがない。

 

 特に初期艦は、その気持ちで進んだ結果、あの強さになったのだから。

 

「ぽい!!」

 

「ああもう!」

 

 だからといって、強くなるためなら何をしていいなんて話は、絶対にない。

 

 陽炎は思わず足を止めて、振り返る。

 

「夕立! 回避軌道って言ったわよ?!」

 

「このほうが速いっぽい!」

 

 またか、と陽炎は舌打ちしたくなった。何度か艦隊を組んでみて解ったことは、夕立は基本的に命令を聞かない。

 

 指示を出しても聞かない。艦隊機動を指示しても、敵艦隊を見つけるとすぐに突撃して行ってしまう。

 

 味方はその度に、夕立の位置と速度を確認、速やかにフォローに入れるように動くので、まともな艦隊機動は出来ずに個別に動くことになってしまう。

 

 いっそのこと、夕立を先頭にして艦隊を組めばと試したのだが、彼女は後ろに合わせることはせずに、単独で何処までも突っ込んでしまう。回避とか防御なんてせずに、ただ真っ直ぐに敵に。

 

「戦争狂なんて部下にしたら最悪じゃない」

 

 訓練でよかったと思いつつ、陽炎は悪態をついた。

 

「詰めます!」

 

 荒潮が夕立のすぐ傍により、反対側からは如月が敵艦隊へけん制と圧力をかけて、夕立と荒潮から注意を反らす。

 

 陽炎は後ろにいる不知火に一瞬だけ視線を向けた後、大きく外周りで敵艦隊へと向かった。

 

 一方、不知火はその場に立ち止まり、小さくため息をついた。

 

「叢雲」

 

「ごめんなさい」

 

 彼女の背後、一歩も動けずにいる少女は小さく呟くだけで、推進機が動くことはない。

 

 荒療治ですが、と提督代行が提案した『いっそ同じ艦隊にしてみたら』は失敗に終わったらしい。

 

 まるで逃げるように立ちつくす叢雲。

 

 まるで逃げるように突撃していく夕立。

 

 まったく方向性が違うだけで、二人の内心は同じものを抱えていた。

 

 夕立はドロップ前の記憶はないというが、体のどこか、あるいは魂の何処かで覚えているのかもしれない。

 

 前の自分がどうやって戦い、どうやって沈んで、仲間のところに後悔を残して逝ったのかを。

 

「夕立!!」

 

 遠くでの叫び声に不知火が顔を向けると、轟音が訓練海域を駆け抜けた。

 

『ピ 夕立様、轟沈。荒潮様、轟沈。作戦続行不可能と判断して失敗です』

 

「はぁ」

 

 これで何度目だろうか。

 

 夕立が入った艦隊訓練は必ず失敗してしまう。

 

 叢雲が入った艦隊訓練は、必ず停滞して強制終了になる。

 

「本当にまったく」

 

 不知火がそう溜息をついたころ、陽炎も同じように溜息をついていた。

 

「なんでそう突撃したいわけ?」

 

「敵を倒すのが一番だから」

 

 まったく悪く思っていない様子の夕立は、はっきりと言い放つ。それが最善、それが正しい。彼女はそう信じて疑わない。

 

「だから」

 

「だから、逃げてもいいって?」

 

 グッと夕立が言葉に詰まった。

 

「あんたのそれは逃避。逃げてるだけで、解決してないじゃない。それでよく」

 

 陽炎は言葉の途中で、一歩だけ後ろに下がった。

 

「言うな!」

 

 夕立の右の拳が宙を切って、怒りを浮かべた彼女が陽炎を睨みつける。

 

「私は」

 

少し頭、冷やしなさいよ

 

 まだ前に出る夕立の横から、手が伸びた。

 

 夕立は邪魔するなと手を振り払おうとして、その体は盛大に海面に叩きつけられた。

 

 まったく見えないほどの早業で、荒潮が夕立を海面に叩きつけていた。

 

「陽炎さんに、何を楯ついているのか知らないけれど、貴方のそれは単なる八つ当たりじゃない。付き合わされるこちらは迷惑よ」

 

「おまえ!」

 

 怒りの形相で荒潮に飛びかかった夕立は、先ほどと同じように海面に投げ飛ばされる。

 

「本当、そんなんで何がしたいの?」

 

 溜息をついて髪をかき上げる荒潮は、明かに侮蔑を夕立に投げていた。

 

「おまえに何が解るっぽい!!」

 

 素早く立ち上がった夕立が主砲を構えた。

 

「いいの?」

 

 砲を向けられても荒潮は慌てず、むしろ夕立から視線を外していた。

 

 まるで、おまえの攻撃なんて当たらないと言っているように。それが夕立の何かを『追い込んだ』。

 

「それをしたら、私は容赦なく潰すわよ?

 

 夕立の全身を寒気が襲った。細切れになったような錯覚に、全身の力が抜けていく。

 

「どうするの? ねえ、その砲をどうするって言うの?」

 

「荒潮、もうそのあたりでいいから」

 

 顔面蒼白になって倒れかける夕立に、さらに追い打ちをかける荒潮を、陽炎は止めに入った。

 

「でも、陽炎さん、この子は」

 

「誰にだって『やんちゃ』したい頃はあるから。今日の訓練はここまで、後は休んで。提督代行には私から謝っておくから」

 

 軽くウィンクして港へ戻っていく陽炎に、荒潮は深く頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

「いいっていいって、たまには怒られたり始末書とか書いておかないと、必要になってできませんじゃ」

 

 気楽に笑っていた陽炎だが、昔の書類勉強風景を思い出して蒼白になった。

 

「あれは味わいたくない」

 

「私もです」

 

「じゃ、撤収で」

 

 怒られてきますか、と陽炎は気楽に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いれたての紅茶の匂いが、僅かに俯いた気持ちを引き上げてくれる。

 

「それで?」

 

 声をかけられ、叢雲は顔を上げた。

 

 場所は食堂の外に設置されたカフェ・テラス。訓練後に入渠を終えた叢雲は、どうすればいいか解らずに迷って悩んで、最後にはこの人の前に座っていた。

 

 鎮守府のナンバー2。優雅な淑女、あるいは鉄壁の女王、皆のお姉様なんて呼ばれている方。

 

 鬼神と呼ばれる吹雪とは対照的な雰囲気をもちながらも、確かな実力で鎮守府の双璧をなす艦娘。

 

 駆逐艦『暁』の前に。

 

 顔をあげて、そこで気づく。自分の前に紅茶のティーカップが置かれており、クッキーまで添えられている。

 

「それで?」

 

 たしなめるでもなく、詰問するようでもない。ただ穏やかに、ゆっくりと心にしみこむような口調で、暁は同じ言葉を繰り返した。

 

「わ、私、夕立に、彼女じゃなくて前の仲間の」

 

「落ち着いて」

 

 内容がまとまらず、混乱してた叢雲の心に、そっと言葉がしみ込む。

 

 強くないのに、聞き逃さないほどの声量で。あっと知らずに下げていた顔を上げると、目の前の彼女は微笑んでいた。

 

 優しく温かい笑みが自分を見ていることで、叢雲は乱れていた心が次第に落ち着いていくのを感じた。

 

「それで?」

 

 促すように告げられた言葉に引っ張られるように、叢雲はあの作戦の最中のことを話し出す。

 

 彼女に助けられたこと、彼女が囮になったこと、助けられなかったこと、自分は動けなかったこと。

 

「私は最低だから」

 

「それは違うわ」

 

 ピシャリと言葉を否定され、叢雲は暁を見つめた。

 

「夕立は、貴方に生きていて欲しかった、最後まで生きてほしかったのよ。だから彼女は敵に向かっていった」

 

「だから私も!」

 

「そこで貴方が追いかけたら、夕立の気持ちを裏切ることになった。違うかしら?」

 

 グッと言葉が詰まった。そうかもしれない、あの時の夕立は確かにそう言っていた。でも、彼女を犠牲にして生き残った自分は、とても最低で卑屈で。

 

「死ぬことは簡単なのよ。本当にあっさりと終わる。でもね、生きることはその逆に大変なことよ。特に、仲間の命を背負った時はね」

 

「私は、皆を助けられなかった」

 

「それは事実、でも真実じゃないわ」

 

 暁はゆっくりと立ち上がり、自分の胸を指差した。

 

「皆の命は、貴方のここにある。皆は貴方に託して、そして散ったのよ。だから貴方がそれを否定したら、本当に皆が死んでしまうことになる」

 

「そんなの!!」

 

 思わず叫んでしまった。詭弁だ、綺麗事だ、そんなことない。

 

「命が終わるのは、その人を忘れてしまった時。私はそう思うわ。だから私達はここにいるの。艦娘として、あの『第二次世界大戦』で死んでいった人達の想いを背負って、ここに生きているのよ」

 

 暁は穏やかに微笑んだまま。怒鳴られても否定されても、不快感を示すことなくゆっくりと語り続けていた。

 

「あの人達が願ったこと、祈ったこと、やり遂げたかったこと。大切な人たちを護りたいって気持ちを、あの人達の命を忘れないように、私達はここにいるの。だから、叢雲。辛くても立ちなさい、どんな辛い言葉を投げられても、真っ直ぐに立ち続けなさい」

 

 きついことかもしれない、辛いことかもしれない。それでも、仲間達の命と想いを背負っているのならば、胸を張って生き続けなさい。

 

 それが艦娘だから、と暁は最後に語った。

 

「きついことよね?」

 

「ええ、とてもきついわ」

 

「悲しいし苦しいことじゃないの」

 

「それはそうね。でも、私たちがいるわ。貴方が立てなくなったり、迷って歩けなくなったら、遠慮なく頼りなさい」

 

 暁が、小さくウィンクした。

 

「大丈夫よ、私たちは貴方よりも前にこの鎮守府にいるの。先達っていうのは、後輩に頼られて潰れるほど軟じゃないわ。特に、この鎮守府の提督の艦娘ならばね」

 

「何よ、カッコつけちゃって。でも、そうね、ありがとう」

 

「どういたしまして。それとね、叢雲」

 

 最後に、暁は蛇足だけれどと付け足して提督の命令を伝えた。

 

「仲間を裏切るなっていう提督命令があるのだから、私達は貴方を裏切ることはないわ。それは、貴方の中にある想いも裏切らないってことなのよ」

 

「なによそれ、むちゃくちゃじゃない」

 

「無茶苦茶でも理不尽でも、私達はテラ提督の艦娘であり、ルリ提督代行の艦娘よ。だから、絶対に護るわ」

 

 暁はそこで紅茶を口へと運んだ。優雅な仕草に気品が宿る、そんな彼女の動作の一つ一つがまるで『淑女』のように見えた。

 

「貴方も仲間達の想い、裏切らないこと。これはこの鎮守府の艦娘にとって絶対命令だからね」

 

「・・・・・そっか、私はもうあいつの艦娘なんだ」

 

 ストンと色々なものが落ち着いてしまった。

 

 自分の提督が誰か、自分が何処に所属していたかを、叢雲はきちんと理解していなかった。

 

 提督の命令は絶対。それを裏切ることはない。それが、自分が心の底から信じた提督の命令ならば、尚更だ。

 

「ええ、そうね。でも、他の場所では『あいつ』って呼ぶのは止めておくことね」

 

 暁の忠告に、思わず叢雲は周囲を見回した。他の誰もいないことに、ちょっとだけ安堵して席に座り直す。

 

「紅茶、風味が飛んでしまったわね。入れ直してあげましょうか?」

 

「いいわよ。私はこれから訓練に戻るから、また後でごちそうしてください」

 

 一礼して立ち去る叢雲の背を見送り、暁は空を見上げた。

 

「・・・・・・はぁ、隠し通せたかしら」

 

 ポツリと呟いた暁の手の中、ティーカップが砕けてしまった。

 

「提督の呼び方だけで、こんなに怒りを感じるなんて、まだまだ私はレディーとして未熟ね」

 

 どうしょうもないわね、と暁は口の中で呟いて、砕けたティーカップの掃除に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕立は焦っていた。訓練では思ったように動けない、敵を倒したいのに倒せない。自分の実力の低さを痛感して、何度も必死に頑張ったというのに。周りの艦娘は『違う』と言っているだけで、教えてくれない。

 

 敵を倒せばいい。敵艦隊を撃沈すれば、後は平和な海域で。

 

 残らず敵を倒せば、味方は沈まないのに。

 

 『そうだよ、沈めようよ』。足元に自分の影が映る、赤い目をして笑っている自分が何度も何度でも言ってくる。

 

 敵を殲滅しろ、敵に容赦するな、仲間が傷つくことないように、すべてを沈めてしまえ。

 

「だから」

 

 何度目かの突撃を開始。禁止されても、止められても、絶対に退かない。たった一人でもやり遂げる。

 

「何をしている?」

 

 視界が暗転した。何がと考える前に背中から海面に叩きつけられた。

 

 また荒潮か、訓練が解散になってから一人で訓練場に来たから、後から付けられたのか。

 

 体を起こし、顔を上げた時。

 

 夕立は自分の命が消えたように錯覚した。

 

「何をしている、と聞いているんですよ?」

 

「あ、あ、あ」

 

「答えなさい。貴方はスケジュールだと陽炎達と訓練のはずでは?」

 

 言葉が上手く出てこない。色々とうるさかった自分の影が、細切れになって消えて行った、今が何処で何を前にしているか意識が拒否して解らない。

 

「質問に答えなさい」

 

 再び視界が転がった。蹴られたと知る前に、肺の空気が一気に吐き出された。

 

「何をしている?」

 

 声は耳元からした。腹部を殴られたのか痛みがある、揺れる視界の中どうにか顔を巡らせると、自分の頭を掴んでいる艦娘が見えた。

 

「何を、しているのか、答えなさい」

 

「くん、れん、を」

 

「ふざけている?」

 

 顔面に衝撃が走った。気づいた時には頭が海の中にあって、慌てて体を起こした。

 

「一人で艦隊機動の訓練ができるんですか?」

 

 上げた顔を蹴られた。ただの一蹴りで夕立は海面を飛ぶように転がっていく。

 

「艦隊は六隻編成。二隻でも組めないことはないけど、基本的に六隻のはずです。一人で艦隊機動なんて、馬鹿にしてますか?」

 

「馬鹿になんて!」

 

 無理やりに海面に手を付きたてて勢いを殺して、一気に立ち上がる。

 

「してないっぽい!!」

 

「馬鹿にしてないなら」

 

 気づいた時には、目の前に拳を振り上げた彼女がいた。

 

「一人で訓練している理由を話しなさい」

 

「吹雪!!!」

 

 反射的に彼女の名を叫んだ後、夕立は盛大に空を舞った。

 

「私達は常に艦隊で動いています。単独で動くことは滅多にないことです。なのに、貴方は一人で訓練を? その程度の技量で?」

 

「吹雪ぃぃぃ!!」

 

 海面に叩きつけられた。痛みで全身が叫んでいても、夕立は立ち上がる。

 

 彼女だ、彼女の強さがあれば。この強さがあれば、誰が相手でも負けない、何が来ても仲間を危険に晒さない。

 

 この強さを手に入れたら、もう誰も失わない。

 

 だから。

 

「吹雪ぃぃぃぃ!!!」

 

 真っ直ぐに、回避も防御も考えずに、夕立は突撃した。

 

「まったく」

 

 彼女は小さくため息をついた後、右足を振り抜いた。

 

「悲しいなら悲しいって言えばいいのに、何を八当たりしているんですか?」

 

「あ」

 

 距離はあったはずなのに、当たるはずなんてないのに。

 

 夕立は横からの衝撃で、ゆっくりと海面に倒れた。

 

「聞きなさい、夕立。これは我が鎮守府の提督の命令です、これは絶対です、何があっても護るべき命令です」

 

 一つ、死ぬな。

 

 一つ、仲間を裏切るな。

 

 一つ、己の魂に背くな。

 

 指折り数える吹雪を、夕立は海面に倒れたまま見つめた。

 

「今の貴方はすべてに背いています。今の貴方は死んでいます、今の自分を見ないで何ができるって言うんですか?」

 

 そんなことない、と否定したくても夕立は声が出せない。過去の自分が、いつかの自分が今の自分を縛っているから。

 

「今の貴方は仲間を裏切っています。陽炎達に心配をかけて迷惑をかけて、過去の自分の仲間の気持ちを踏みにじっています」

 

 仲間なんて関係ない、護り切れればいい。そう思っている自分が、ゆっくりと心の中で膝をついた。

 

「貴方は自分の魂を裏切っています。それは本当に貴方がしたいことですか?」

 

 したいことなんてもうない、自分は皆のために。

 

 夕立はそう思いながら立ち上がる。もう皆を失いたくない、誰も助けられないのは嫌だから。

 

「だから!! みんなを助けたいから!!」

 

 気合を込めて叫ぶ夕立に、吹雪はフッと笑った。

 

「そうですか。なら」

 

 そして夕立の正面に立った吹雪は、剣を真っ正面に構え、振り下ろした。

 

 彼女の刃は海面を切って、そこにいた昔の誰かを打ち払った。

 

「もっと素直になりましょう、大丈夫、ここにいるのは貴方よりも強い子ばかりですから」

 

「ぽい」

 

「夕立、一緒に強くなりましょうね」

 

 剣を後ろ腰に戻し、吹雪は手を差し伸べた。

 

 さっきまでとは違う穏やかに笑う少女に、夕立は戸惑いながらその手を掴んだのでした。

 

「でも、訓練を中止させるような、危険な考えは駄目かな」

 

「ぽい?」

 

「うん、やっぱりお仕置きだね、夕立」

 

「ぽい~~~~?!」

 

 その後、海面を転がったり空を飛んだりした夕立が発見されたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまえ、吹雪さんを呼び捨てにしてなかったか?

 

「してないっぽい!!!」

 

 後日、複数の艦娘からにらまれている夕立がいたとか、いなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去は消えないから。

 

 あの時の自分達はそこにいて、消えることはないから。

 

 だから、夕立と叢雲は前に向いて歩きだすことを決めた。

 

 消えない自分達に、今の自分達を示すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 あの時、怒られたに決まってるじゃない。

 スケジュール通りに動けってことじゃなくてね。

 困ったなら通信しろって、提督代行に言われちゃって。

 本当、夕立には困ったもんよ。

 今? 夕立は何処まで育っても夕立。でしょ?







  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。