夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 ええ、あの時の話がしたいって?

 いいけど、気持ちのいい話でもないよ。

 本当にさ、あの戦争はただの侵略戦争じゃなくて、生存戦争だったって実感させられたから。










引き金を引いたのは誰?

 

 

 

 

 

 

 故人曰く、『弾は撃ったら飛んで行くものだ』。

 

 しかし我らが総旗艦曰く、『砲弾は当たって当り前のもの』、らしい。

 

「無茶ぶりだと思うのよね」

 

 珍しく、本当に珍しく彼女は吹雪の考えを否定していた。多くの意見を言われて、理不尽なようなことを言われても『解りました』と答えていたはずの彼女が、こうまで愚痴のように言うのは珍しいを通り越して新鮮に聞こえる。

 

「当たって当たり前って、ちょっと信じられないわ」

 

 如月は、そう呟いてため息をついた。

 

「あ、うん、そうね」

 

 視線を反らしつつ、陽炎は答えた。

 

「そうでしょう? 確かに電磁投射砲とか使えば、ほぼ直線で飛んで行くけれど、撃った時の揺れとか相手の動きとかで、当たらない方が多いじゃない」

 

「まあ、それはそうだろうけど」

 

「ですよね! だから陽炎さん、私は思ったの」

 

 ズッと近づいてきた如月に、陽炎は思わず身を引いた。

 

 今の彼女からは、普段の吹雪と同じような『不条理な何か』が出ているよう気がしたから。

 

「うっかり撃った砲弾が兆弾することで、味方に当たることもあるって」

 

「あ、うん」

 

「決して! わざとじゃないのよ!」

 

 力説する彼女の背後で、真っ黒になった夕立が波間に漂っていた。

 

「本当に真っ直ぐに飛ばずに歪曲するなんて、考えていなかったのよ」

 

「そう」

 

「当たり前じゃない、私の眼は嘘は言ってないですよね?」

 

 にっこり笑顔で告げる彼女の瞳には、嘘は浮かんでいないようだった。

 

 ただ、『吹雪さんを呼び捨てにした、吹雪さんを侮辱した、許せない』なんて言葉が浮かんでいた気がする。

 

「・・・・・・如月、味方への攻撃により罰則」

 

「そんな響さん!」

 

 思わず振り返った彼女の視線の先で、響は笑顔で杖を握っていた。

 

「当たり前じゃないか」

 

「私はわざとじゃありません!」

 

「うん、わざとじゃなくて『狙った』んだよね?」

 

 ニッコリ笑顔の響に、如月はニッコリ笑顔を浮かべた後に、回れ右した。

 

「如月、罰則を受けてきます」

 

「よろしい。あっちで、扶桑が的を探しているから行って来て」

 

「・・・・・はぃ」

 

 瞬間、この世の終わりを告げられたように、全身に闇を纏った如月がいたという。

 

「さて、陽炎。続けようか」

 

「響さん、あれはいいの?」

 

 真っ黒で波間を漂う夕立を指差した陽炎に、彼女は笑顔のまま告げた。

 

「私『も』怒ってないって思ったのかな?」

 

「はい」

 

 笑顔ではあっても、目は語る。『少し反省させた方がいい』と。ついでに、吹雪によって個人的な訓練をしてもらったことへの嫉妬らしいものまで見えたが、気のせいだと陽炎は自分に言い聞かせた。

 

 今日もエーテル鎮守府は、平和でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いついたことを形にするのは難しい。言葉にするのが難しいように、それを体現できる存在は数少ない。

 

「・・・・・・・落下中に艤装が纏えるなら、航空機を足場にできないかな」

 

 思わず、そんなことを呟いた妹分のような空母艦娘に対して、加賀は目を見開いてしまった。

 

「加賀姉、私は思ったんだ」

 

「ええ、瑞鶴、話して」

 

 聞き間違えだ、そうに違いない。普段から摩訶不思議な発言と行動が多い鎮守府において、この妹は可愛いくらいに普通の艦娘だ。

 

 よく笑い、よく怒り、よくがんばるいい子だ。素直に自分の言うことをよく聞き、真面目に訓練する素直な子だ。

 

 間違っても、キテレツな行動をとる子ではない。

 

 つまり、うちの瑞鶴はとても可愛い。加賀は脳裏で結論を出して、改めて彼女の話に耳を傾けた。

 

「航空機を足場にして空中を飛べないかな?」

 

 訂正、うちの瑞鶴はやはりこの鎮守府に染まっているようだ。

 

「待ちなさい。それは、つまり」

 

 加賀は頭痛がしてくる頭を抑えながら、ゆっくりと訓練場の空中を指差した。

 

「あの降下訓練が無駄だということ?」

 

「そう! 私には無理だから!」

 

 今も赤城と鳳翔と瑞鳳が落下中に航空機を発艦させ、慌てている大鳳が出せずに着水姿勢がとれず、顔面から落ちてしまった、そんな訓練が無駄になるのかと、加賀は深く頷いた。

 

「無理? 貴方はできないというの?」

 

「加賀姉! 冷静になってよ! あれは無理だから! そもそも人体は空中で動けるほどの力はないから!」

 

「私たちは艦娘よ。艤装の力と妖精さんの力があれば、出来ないことはないわ」

 

「無理だって!!」

 

 絶対に引き下がらない瑞鶴に、加賀はどうしたものかと言葉を探して。

 

「ではそれができたら考えます」

 

 他からの意見によって、遮られてしまった。

 

「赤城姉!」

 

「瑞鶴、貴方が何を考え、何を思っているかは私にもわかりません」

 

「赤城さん、貴方は先ほど落下したばかりでは?」

 

「瑣末なことです、加賀さん」

 

 さっきまで訓練場の真ん中にいたはずなのに、絶対に五秒で接近できない距離にいたのに。

 

 この人も鎮守府に染まってきたか、加賀は思わず遠くの空を見つめてしまった。

 

「瑞鶴、自分の考えを言うだけなら、普通の艦娘です」

 

「そうね」

 

 加賀もそれは同意。普通の鎮守府の艦娘なら、それで済むだろうが、この鎮守府の艦娘はそこで終わらない。

 

「テラ提督とルリ提督代行の艦娘なら、この鎮守府の艦娘であるならば!」

 

 バッと赤城は手を天高く上げた。

 

「自らの考えは自らの行動で示しなさい!」

 

「はい!! じゃやってくるね!!」

 

 笑顔で勢いよく走って行く瑞鶴を、笑顔で手を振りながら見送る赤城は、ポツリと呟いた。

 

「昔、砲弾でやった艦娘がいましたね」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 遠くを見つめる赤城の言葉に、加賀は赤面して顔を覆ったのでした。

 

 言えない、回避した時に空中にいたから、足場がないからと探していたら、敵の砲弾が通りかかったから、思わず足場にしたとか。

 

「それを見て、嬉しそうな顔をして真似した人がいましたね」

 

 赤城はフッと笑った。

 

 加賀は顔を覆ったまま、忘れたいように首を振った。

 

「吹雪さんならともかく。まさか、電さんがあんなことするなんて」

 

 遠い日の懐かしい思い出を赤城は、思い出していた。

 

 『なのです!』とか言って、敵味方の砲弾や航空機を足場にして、空中をかけて行った駆逐艦の姿を。

 

「よしやろう!!」

 

 気合十分の瑞鶴。

 

「え、出来るよ」

 

「え?」

 

 その眼前を、当然のように航空機を足場にして、空中を飛び跳ねる小さな軽空母艦娘がいたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、夕張」

 

「どうしたの、川内?」

 

「お酒が手に入ったから、飲まない?」

 

「いいよ」

 

 そんな気楽な会話から始まったのが、十二時からの飲み会。

 

 昼間の十二時から始まる飲み会。酒を飲んだら艤装禁止、運転するな飲まれるな、というのは陸上だけのルールらしい。

 

 酒が入った程度で、動けない馬鹿はいない。何処かの提督代行は、そんなことを言ったらしいが川内も夕張も聞いたことはない。

 

「ねえ、夕立のこと怒っている?」

 

「そりゃね。吹雪さんをあんだけ盛大に呼び捨てにしたら、大抵の艦娘が怒るんじゃないの? 夕張は違う?」

 

「私はどちらかといえば」

 

 酒が入ったコップを手の中で回しながら、彼女はその時のことを脳裏に流してコップを砕いてしまった。

 

「怒る」

 

「ほらね! うちの鎮守府の艦娘ってなんだかんだいって、吹雪さん大好きが多いからね」

 

 ケラケラと笑う川内はすでに顔が赤くて。とても陽気に酒気を飛ばしてくる。酒に弱いわけじゃないが、顔にすぐに出るのが川内だ。だから誰もが『飲んでいる』ことが解るわけで。

 

「一番手! 鈴谷! 手料理です!」

 

「お~~~」

 

「二番手に扶桑、自家製燻製をお持ちしました」

 

「・・・・・え?」

 

 こうして、食堂で飲んでいれば大勢が集まってくるのは、何時ものこと。

 

「皆で飲むのもいいけど、明日が休みな人は?!」

 

 夕張の発言に答えたのは、言った本人だけ。

「え? まって、待った、川内?」

 

 言い出した本人が、まさか休みではないとか。そんなことあるわけがないと夕張は信じたかったが、現実はとても非常だった。

 

「明日は吹雪さんと一緒に海域突入!」

 

「まさかの作戦日程!?」

 

 思わず、揃っていた艦娘全員が川内に突っ込みを入れるが、当人はケラケラと笑っているだけで。

 

「いいんだって、飲んだ方がいいの。じゃないと、ちょっとね」

 

 笑顔をとめてコップを持ち上げる彼女に、何かあったと思えた。普段なら任務に対して、こんなに不真面目な態度になることはない。特に吹雪が一緒の任務なら、体調管理を万全にして一部の隙もなくすくらいやるのに。

 

「あ、夕立が一緒?」

 

「正解!」

 

 気がついた夕張の言葉に、川内は盛大にカップを突き出した。それに無言で夕張はお酒を追加する。

 

「しかもね!!」

 

「まさか、叢雲も一緒とか?」

 

「さすが鈴谷!!」

 

 マジですか、と誰もが嘆いた。やらかした二人が一緒なら、多少は気を抜かないと思わず『誤射』くらいやりそう、ということか。

 

「だからね、今日の私は飲みたいの、飲んで飲まれて沈んで眠りたいからさ」

 

 夜戦とか叫んで夜通し起きていて、次の日に作戦なんてことになって、寝不足で動けないなんてこと、この川内に限ってはない。

 

 初期メンバーの一人、三日三晩の徹夜での海域制覇は当たり前にやっていたし、訓練で徹夜続きなんてこともあった。

 

 必死になって背中を追い掛けて、決死の覚悟で突き進んだ初期メンバーにとって、一度の徹夜なんて疲労のうちに入らない。

 

 だから酒を飲む、浴びるように飲んでグダグダになったほうが、夕立や叢雲のことが気にならないくらいに、戦場に集中しなければ任務遂行できないくらいに注意力が落ちない。

 

「あ、私もよ」

 

 まさかの扶桑も参加の任務だったとは。夕張は呆れつつも、そっと差し出されたカップにお酒を注いだ。

 

「この不良娘ども」

 

 小さく悪態をつくと、二人は赤い顔で笑っているだけで、反論してこない。

 

「まあ、いいわ。その気持ちは解るから、飲もう」 

 

「お~~」

 

「はい!」

 

 呆れながらも夕張は、飲み会を止めなかった。

 

 笑顔でカップを持ち上げる川内も。

 

 元気に返事する扶桑も、誰も止めなかった。

 

「・・・・・・」

 

 だから、鈴谷は気づいた。三人が陽気に笑って酒を飲んでいて、注意力が散漫になっている中で、一人だけまだ酒が入りきっていない彼女だけが気づいた。

 

 食堂の入口のところ、穏やかに笑っている初期艦と。その肩に手を置いて首を振っている初期艦と双璧をなす駆逐艦娘がいることに。

 

「明日の作戦は、二人が抜きかぁ」

 

 小さく呟いた彼女は、そこで気づいた。

 

 あ、明日の教導立会はあの肩に手を置いている人だって。

 

 忘れよう、鈴谷は思いっきり酒を飲み干した。

 

「いい飲みっぷりだね!」

 

「はい、次はこちらにしましょうね」

 

「こっちも美味しそうね」

 

 川内、扶桑、夕張が楽しそうにお酒を楽しむ中、鈴谷はもう一杯と手を伸ばして。

 

「楽しそうですね、私も一緒していいですか?」

 

「私も混ぜてもらおうかしら?」

 

「え?」

 

 いきなりの乱入者二人を見て、飲み会は終わりかなと感じたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スッと引き抜く刀に、刃こぼれはない。前に無茶な使い方をしたにしては、よく戻ってきたなと感心してしまう。

 

「由良さん、もう無理しないでくださいね」

 

「はい、善処します」

 

「善処じゃなくて」

 

 明石の愚痴に、彼女は小さく頭を下げるだけ。

 

 無茶な駄目、無理もダメ、そんなことをしなければ戦えないなら、それは技量が劣っている証拠。

 

 剣に比べて刀は脆い、押しつぶす刀に比べたら、引いて斬る刀は鋭さ優先で強度はそれほど高くない。

 

 刀を持った時に教えられたはずなのに、前の戦闘では思わず押し込むように斬ってしまったから、刃がかけたり、ちょっと曲がったりしていたのに。

 

「ありがとうございます」

 

「まあ、私は工作艦ですから、整備しろと言われるなら、どんなものでも完璧に仕上げますけど」

 

 手元の連装砲を撫でながら、明石はちょっと怒った顔をしていた。

 

 完璧に整備はする。でも、整備できるからと言って無茶してほしくない。直せるものは直せるけど、直せないものは直せないのが工作艦だから。

 

 艤装はいくらでも直せるし、何度でも作り出せる。でも、それを使う艦娘は失われたら、二度と戻ってこない。

 

 明石は思う。叢雲達の話を聞いてから、何度も思うことがある。今までこの鎮守府は一度も艦娘を失ったことはない。どんな場面においても、中破までいくような損傷はなかった。

 

 でも、それはこれからも続くだろうか。深海棲艦の侵攻は続いているし、敵の強さは上がってきている。

 

 敵の情報は逐次更新されているし、偵察部隊は常に飛び回っている。敵の内情を知っているコーキとホッポから、知りうる限りの情報は得ているけれど、絶対なんてこの世界にはないから。

 

 だから不安になってしまう。自分は艤装はあっても、戦場に同行はしないしできないから。自分が整備した艤装で、もし不備があって仲間が沈んでしまったら。

 

 二度と帰ってこなかったら。

 

「大丈夫ですよ」

 

 まるで明石の内心を見透かしたように、由良はそう答えながら刀を鞘に納めていた。

 

「私達は『提督の絶対命令』を護ります。今までも、これからも」

 

 笑顔で自信に満ちた声に、明石はそうでしたねと答えた。

 

 護り続ける、何があっても。絶対に破らない。この鎮守府の艦娘達は、常にそう思って鍛え続けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、それは決して絶対じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクドクと心臓がうるさい。

 

 これが裏切りだって知っている。

 

 でも、他に道なんてない。

 

 自分達が助かりたいわけじゃない、命が惜しいわけじゃない。

 

 世界が滅びる前に。

 

 人類が消える前に。

 

 この戦争を終わらせるべきだ。

 

「デハ、ソノヨウニナ」

 

「解りました」

 

 白い軍服に身を包んだ青年は、ゆっくりと消えていく影に深々と頭を下げた。

 

「提督!」

 

「言うな大淀!」

 

 相手が消えた執務室に、秘書艦が駆け込んできた。

 

「ですが!!」

 

「これは俺の決定だ! 反論は許さん! もう無理なんだ」

 

 強い口調で告げていた提督が、最後に震える声でそう告げた。

 

「この戦争は、我々『人類の敗北』で終わる。生存権はあちらが握った」

 

「提督」

 

「だから後は、全滅だけは。すべて消える前に、誰もがいなくなる前に」

 

 提督はギュッと拳を握り、執務机の上にある写真立てを見つめた。

 

「もう誰も失くたいない。そのために、皆が生きるための汚名なら、いくらでもかぶろう」

 

 悲痛な言葉を吐く提督の視界の中で、仲良さそうに笑う艦娘達の写真が、小さく光を反射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 生存戦争だと、誰かが言っていたな。

 確かに、あの戦争は後から考えたらそう言ったものかもしれない。

 生き残ることは大切だ、生命ならば当たり前かもしれない。

 しかしな、誇りを失ってまで生きて、その先に何があるか、私には解らない。








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