夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 決めたんだ。もう誰もなくさないって。

 誓ったんだ。もう悲しまないって。

 だから、あの時はこれが正しいって。









鎮守府動乱・1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時もと変わらない青空だった。

 

 雲一つない青空と、何処までも続く水平線の向こう。今日も平和な一日で、何処かで戦争しているなんて信じられなくて。

 

 前なら怖さだけの海だったのに、今ではとても穏やかな波と潮騒が、心を躍らせるように遠くから呼んでくる。

 

 ここにおいで、ここなら楽しいよ。

 

 誘うように歌うように、奏でるような音に促されるように足を進めていく、立ち止まったらもったいない、まだまだ先に進めると促されるように前へと。

 

 一人じゃない、仲間達と共に進んでいく航路には、何処までも広がる世界があって。

 

「あれ?」

 

 足が止まった。まだ前に進みたいのに。もっと先に行きたいのに。

 

 転んでしまったのか、笑われるかなと見た先に、仲間達の姿がなかった。

 

 ただ青い世界に似合わない、赤い色と黒い雲が広がって行って。

 

「シズメ」

 

 暖かい海とは全く違う、冷たく震えるほどの暗い海がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂がその報告を受け取ったのは、すでに正午を過ぎた頃。

 

 最近は深海棲艦も大人しく、その上に問題の『あの鎮守府』のおかげもあって勢力図がかなり塗り替えられた。

 

 同時に東堂の胃も、かなりきつく締めつけられているが。

 

「明らかにおかしいです」

 

 部下が持ってきた報告書に、東堂は最初は嫌な顔を隠そうともせずに、溜息交じりに受け取った。

 

 どうせ、あいつらだろう。まったく遠慮がない、もっと静かに活動できないのか。言いたいことは多々あるが、文句以上の戦果を叩きだしているのも、あの鎮守府だから、言いたいことも言えない。

 

 間違いなく最大戦力。鬼神と呼ばれる駆逐艦を筆頭にして、誰もが一騎当千の艦娘ばかり。その上にだ、提督個人が持つ戦力も、本当に遺憾ながら、認めたくないが、地球上において最大最強。

 

 個人なのに国家くらいは転覆できる戦力を持った提督が、キテレツな考えで鍛え上げた艦娘達の場所。

 

 エーテル鎮守府がまたやらかした、と思っていた東堂は受け取った報告書を読み進めていくうちに、別の意味で顔色を悪化させた。

 

「輸送艦隊に損害? 未帰還?」

 

「はい、当初は迷ったと思っていたようですが、二週間以上も連絡なし。寄港予定地にも到着していないようです」

 

「馬鹿な、何だこれは。明らかに『内海』ではないか」

 

 顔を片手で押えて、東堂は呻く。内海とは、軍令部で使われている隠語で、敵対勢力と接する場所ではなく、味方の勢力圏の内部、安全圏に使われる単語だ。

 

 そこをまだ未熟な艦娘が航行して、訓練を積んでいたり。あるいは物資の輸送を行っていたりする場所で、今の日本の生命線にも等しい航路だ。ここが途切れてしまうと、日本の各地に物資がいきわたらず、経済が回らずに、徐々に日本という生物の命が消えるように、多くの死傷者を出すことになる。

 

 ようやく、どうにか深海棲艦が出現する前に戻したというのに。

 

「政府からも、至急と連絡を受けています」

 

「解っている。しかし、この場所では」

 

 行方不明の艦娘が、恐らく進んだであろう航路は報告が上がっている。調べることはすぐにできるが、問題は原因がもしも深海棲艦であったなら。

 

 明らかに日本の近海、それも絶対防衛圏の内側に入られたとなると、問題は艦娘被害だけでは留まらない。

 

 今は艦娘以外にも民間の漁船や小型タンカーが動いている。

 

 もちろん艦娘は大切だ。今の日本の防衛のすべては艦娘が担っていると言っても過言じゃない。

 

 前の大戦時において、かなりの艦娘を喪失。その後の戦力の立て直しでどうにかやりくりして、今は喪失前の八割まで戻ったかどうかだ。

 

 全盛期に遠く及ばない戦力で日本の海域を奪還できたのは、間違いなくあの問題児どものおかげだが、東堂は絶対に認めたくない。軍令部の誰もが事実として知ってはいても、認めたくないと思っている。

 

 妬みは恨みではなく、あの連中がやらかしたことを思うと、心の底から喜べない、胃の痛みが全員にあるから。

 

「総長、どうしましょう?」

 

 部下からの問いかけに、東堂は意識を戻す。あの連中より今は、こちらの問題だ。

 

「民間船に命じますか?」

 

 動くなと、航路を進むなと伝えるべきかどうか、部下の言葉に東堂は呻くように声を出し、小さく首を振った。

 

 無理だ、ようやく経済が回ってきたところに、物資が運べないなんてことになったら、今度こそ日本は大打撃だ。 

 

 人がいて、生存者がいて、多くの人が住んでいたとしても。死人が出なかったとしても、経済が回らなければ真綿で首を絞められるように、日本は滅びに向かってしまう。

 

「調査を行おう。まずはそれからだ」

 

「はい、ではどの鎮守府に命じますか?」

 

 候補は複数ある。しかし万が一の場合、それらが抱える艦娘の練度だと不安がある。

 

 行方不明の艦娘の平均レベルは四十。最大は六十を超えている。となると、中堅クラスの鎮守府では調査に出して、本当に深海棲艦だった場合に対応できずに二次被害となってしまう。

 

 かといって、それ以上となると。

 

 日本の四大鎮守府は、無理だ。どこも海域内部にて練度向上中。近々に予定している大作戦に向けて、この鎮守府を動かすとなると作戦に不安を落としてしまう。あるいは、作戦自体を延期か変更することになる。

 

「・・・・・・仕方がないな」

 

「総長」

 

「心配するな、あいつらもまさか内海で暴れないだろう」

 

「総長、本当にそうですか?」

 

 部下の不安そうな顔に、東堂は努めて気楽に笑った。

 

「大丈夫だ」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い室内に、一つの画像が映し出されていた。

 

 遠距離から撮られたのか、画像には一つの点が白い航跡を引いて動いていた。

 

「これが」

 

 男が室内を見回し、震えそうになる体を必死に抑えていた。

 

「あの艦娘です」

 

 画像が揺れる。空中から撮ったのだろうか、常に揺れ続ける画像は次第にズームしていき。

 

 やがて画像が消えた。

 

「距離ハ?」

 

 質問に、男は全身が震えてしまった。不味いと思ったのだが、相手は気にした様子もなく、何も映さなくなった白い壁を見つめている。

 

「おおよそ五キロ」

 

「彼女ノ限界攻撃距離ハ、五キロ」

 

 忌々しげに告げる女性は、睨むようにあの姿を思い出す。

 

 小柄で素朴で、何処にでもいるような少女。

 

「彼女ヲ仕留メレバイイ? 簡単」

 

 別の方向からの声に、女性が顔を向けた。そこにいるのは小柄な少女で、黒いレインコートを着ていた。

 

「オマエデハ無理ダ」

 

「馬鹿ニシテイルノ?」

 

「事実ダ」

 

 少女が殺気を隠そうとせず、女性は侮蔑を投げる。

 

 男は思う、どうして自分はここにいるのか、何故こんなことを引き受けてしまったのか、と。

 

「ソレニダ」

 

 女性の仕草に、男はハッとして次の画像を映した。

 

 一人の男性と一人の女性が、のんびりと港に立っている画像だった。

 

 偶然に手に入ったものだ。これがどういった意味かは、男は知らない。けれど、それを見た少女は顔を強張らせた。

 

「嘘デショウ? ナンデ?」

 

「最大ノ障害ハコチラダ」

 

 女性は一層、表情を歪めて憎しみを向けた。

 

「オマエガココニイルノハ、必然カ?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、女性は手を上げる。その手は男の首へと向かい、斬るように動かして。

 

 そして、女性の右手が吹き飛んだ。

 

「グ! ヤハリ、オマエハホンモノダナ」

 

 砕け散った右腕を左手で抑えつけながら、深海棲艦の姫は小さく告げる。

 

 『ジョーカー銀河帝国皇帝、いいや『神帝』』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「どうしました、テラさん?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 気楽に笑う主に対して、ホシノ・ルリは小さく首を傾げた。

 

「攻性防御に何か触れましたか?」

 

「らしいね。まいったな、これってオフにしてあったのに。そんなに危ない存在がいたのかな?」

 

「でも、テラさんの防御系ってどれも凶悪でしたよね。画像とか写真とかに触れたら、接触対象を中心に半径二キロを消滅とか」

 

「あ~~~あれは封印してあるから大丈夫。母上から受け継いだもんだからさ、俺じゃ抹消できないんだよね」

 

「静華さんも凶悪でしたね」  

 

 気楽に言い合いながら笑う二人に、宗吾は半眼を向けた。 

 

「おまえら、そんな危ない奴らだったのか?」

 

「昔はやんちゃしてましたから」

 

「ええ、昔はやんちゃでしたので」

 

 ケラケラと笑う二人を前にして、宗吾はそうかよと悪態をついた。

 

 もう規格外とか常識を投げ捨てたとか多くて、最近は放置する癖がついてしまったようだ。悪癖だと思いつつも、こんな馬鹿げた鎮守府に厄介になっている以上は必須なスキルだと思ってしまう。

 

 これも悪癖だなと宗吾は思いつつ、手元の資料に目を落とした。 

 

「で、東堂の馬鹿がよこしたのはこの情報か?」

 

「ええ。なんでも内海での行方不明らしいのですが、どうにも」

 

 ルリはちょっと苦笑しつつ、その情報に再び視線を落とした。

 

 宗吾もそうかと告げながら読み返して、小さくため息をついた。

 

「内通者いるな」

 

「やっぱりそう思いますか?」

 

「当たり前だろうが。いくら内海って言っても、こんだけ広い海域で艦娘の輸送部隊と遭遇する確率なんて、そんなに高くない。となるとだ」

 

「味方からの情報のリーク、ですか。まったくこんなことして、誰が得をするって言うのか」

 

 ルリは信じられない様子で首を振り、落胆した顔を浮かべる。

 

「色々あるんだろ?」

 

 宗吾は苦笑を向けながらも、内心では憤りを感じていた。自分が現役だった頃の海軍なら、こんな裏切りは速やかに探し出して、それ相応の報いは受けさせたのだが。

 

 ふぬけた海軍は、やはりふぬけた海軍だったということか。

 

「それともう一つ」

 

 流暢な日本語が横から差し込まれた。

 

 三人がそちらへ顔を向けると、白い肌に角を持った女性が小さく頭を下げていた。

 

「コーキ、何か?」

 

「私達の元身内に接触した鎮守府があるらしい」

 

 深海棲艦が艦娘の鎮守府と、何かを画策していると。

 

「・・・・・・こりゃひょっとすると」

 

「まずいですね」

 

 宗吾とルリの呟きに、コーキも頷いた。元港湾棲姫、すでに深海棲艦から外れたとはいえ、姫クラスの影響力は残っているため情報が、時々こうして流れてくる。

 

 誰が何処で何かを撃破したなんて小さいものは流れてこないが、誰と誰が同盟を結んだという大きなものは流れてくる。

 

 今までは一度もなかったことが、今回に限ってきたということは。

 

「人類を裏切りかぁ。やってくれるぜ」

 

「もしかして、それでも護りたいものがあったとか?」

 

「深海棲艦相手にか? コーキやホッポを見てたら忘れそうだけどな、深海棲艦は恨みの塊だろうが。それを頼らないと護れないものって」

 

 宗吾の言葉が止まる。

 

 あった、深海棲艦と敵対しない、戦争に加担せずに終われば護れるもの。

 

 一般人ではない、日本でもない。たった一つ、護れるものが。しかしだ、この話は限りなくゼロに近い可能性だ。

 

「艦娘か」

 

「そう考える提督もいるでしょうね」

 

「馬鹿野郎が。深海棲艦が見逃すなんて、本当に思っているのか?」

 

 呆れや憎悪ではなく、何処か悲しそうに告げる宗吾に、誰もが反論も賛成も告げなかった。

 

 深海棲艦は恨みの塊、それは人類すべてに向けられてはいるが、もっと向けられる存在がいる。

 

 それが艦娘、同じような存在でありながら、深海棲艦ができなかったことをやっている艦娘達を、深海棲艦が許すわけがない。

 

「艦娘を想い、艦娘を信じ、艦娘を家族のように接する提督ならば、そう考えるのでしょうね」

 

 ルリはポツリと呟いた。

 

 大切だと思い、家族のように慕うならば、艦娘が沈むことに抵抗したり回避したりすることもある。

 

 世界のホワイト提督たち、それが現状に耐えられなくなって。

 

「こりゃ荒れるな」

 

 宗吾の結論が、これからの未来を暗示しているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わった後、ルリはそっと抜け出して。

 

『終わらせる?』

 

「いいえ、まだです。もう少し見守りましょう」

 

『ですがそろそろ』

 

「時間がないのは解ります。でも、まだテラさんの命令はまだです」

 

『本当にいいの?』

 

 念を押されて、ルリは迷いなく頷いた。

 

「ええ、当たり前じゃないですか。私達は『神帝』テラ・エーテルの剣、『サイレント騎士団』は弾丸の一発たりとも、他の使うことはありませんから」

 

『ならいい』

 

 イオナがそう告げてルリの背後に従い。

 

『異論はありません』

 

 アリアがその隣に立つ。

 

『仕方ないか』

 

 バビロンがルリの右側に立ち。

 

『決定かな』

 

 オラクルがルリの左側に立つ。

 

「そろそろ皆も退屈でしょうから。私達は他に使うことはない。でも、テラさんの敵対者にまで容赦してあげるほど、優しくはありませんよ」

 

 ルリが右手を動かすと、空中に何枚かの写真が浮かび上がる。

 

「ねえ、『内通者』さん達」

 

 クスクスと笑うルリの瞳は、決して笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 






 この世界は艦娘達と、この世界の棲む人たちが、どうにかするべきです。

 もちろん、我が君が命令すれば問答無用で動きますけど。

 そうじゃないなら、私達は裏方に徹して表に出ることはない。

 けれど、私達の『関係者』なら、話は別ですよ。

 今度は復活しないように、念入りに潰してあげます。





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