夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

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 理想と現実は決して相容れない。

 どれほどの努力をしようとも、必死に抗ったとしても。

 理想は、絶対に手の届かない夢物語。

 だから追いかけるな、自分が破滅する前に止めろ。

 かつて、そんなことを言った大人がいた。

 けれど、彼らはこう言う。

 『理想を追い求めてこその我らであり、それを叶えるからこそ我らは存在していられる』と。




おもてなし

 

 闇を探るように、彼女は手を伸ばして、気がついた。

 

 見たことのない綺麗な天井。

 

 体を包むような柔らかいベッドの感触。

 

 フワリとかけられた布団の温もりに、ここが何処だか思い出す。

 

 鎮守府。

 

 静かに体を起こし、周りを見回す。

 

 姉妹たちが仲良く眠っているこの場所は、鎮守府の居室。

 

 全員いる。誰一人かけることなくここにいることに、彼女は小さく泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁達が吹雪に連れられて鎮守府について、最初にしたことは。

 

「脱げ」

 

「え?」

 

 ルリは挨拶もせずに一蹴。

 

 疑問を浮かべる四人を裸にした後に、バッタ達によってお風呂場に叩き込まれた。

 

「何するのよ?!」 

 

 代表して暁が怒鳴りつけるが、彼女は別の方向を向いていて。

 

「サイズはありましたね?」

 

『ピ もちろんです。四人とも服のサイズは測定済み。服装一式すべて作り上げて見せます』

 

 バッタの返答に満足そうに頷いて、ルリは浴槽の中の四人を見回す。

 

「貴方達が何処から来たのか、私は知りませんし関係ありません。しかし、この鎮守府にいるのならば、汚れたままではおけません」

 

「だからってこんなの」

 

「反論は聞きません。お風呂で体を綺麗に洗ったら、新しい服に着替えてきなさい」

 

 そう言い放ち、彼女は浴室から出て行ってしまった。

 

「何よ」

 

「姉さん、もしかして・・・」

 

 響が少しだけ硬い声で告げる。

 

 暁も、小さく頷いて解っていると示す。

 

 体を綺麗に洗って、新しい服を着せて、その後のことなんて嫌でも解る。

 

「油断しちゃダメだから」

 

「解っているよ。電、雷、離れないように」

 

「ええ」

 

「なのです」

 

 ジッと、ルリが出て行ったドアを見つめながら、四人は身を寄せ合う。

 

 人間は信用できない。

 

 彼らは自分たちを兵器か道具としか見ていない。変わりの効く、便利な消耗品。壊れたら捨てて、変わりを探せばいい。

 

 何度も見てきた、何度も苦痛を味わった。

 

 自分達を護るために他の艦娘が犠牲になる姿を。

 

 永遠に続くような悲鳴を上げ続ける仲間の姿を。

 

 何万回と見せられたから。 

 

 絶対に油断しないと誓った彼女達は、その後に目を回すことになる。

 

 お節介、それはバッタのスタンダード。

 

『ピ! はい暁様はこちらの服が!』

 

『ピ! 馬鹿もの! レディーに対してそんな服装があるか!』

 

『ピ! はい、響様の服はやはり白がお似合いです!』

 

『ピ! 愚か者が! 捻りのないコーディネートなどバッタ師団主計科の名折れだ!』

 

『ピ 雷様の服装はちょっと大人し目で動きやすく』

 

『ピ 違う、ここは大人っぽくフリル控え目が正解だ』

 

『ピ!! 電様最高です! フリルでレースにしましょう!』

 

『ピ!! 痴れ者が! 柔らかく控え目にするべきだ!!』

 

 浴槽から出た四人を待っていたのは、衣装ケースを大量に持ったバッタ達の群れ。

 

 もう、ライブ会場か、あるいはファッションショーでも開くのではといった数が用意されていて。

 

「や、やるわね。こういう衣装で攻めてくるなんて」

 

 暁がようやく絞り出した声に、バッタ達が過剰反応。

 

『ピ!! なるほど! 攻めたいと!』

 

『ピ! ロリでレディーで攻めるとは! 暁様の気概に我らバッタ師団感服しました!』

 

『ピ! 誰か! パーティドレスを作り直せ! 色は十二色が最低数だ!』

 

『ピ! 生地から作り直せ! 我らが世界中の色を表現できると示すのだ!』

 

「違うから!」

 

 お祭り騒ぎになるバッタ達に、思わず怒鳴り返す暁だった。

 

『ピ 総員、静粛に。暁様からのありがたいお言葉だ』

 

『ピ!!』

 

 瞬間、バッタ達は手にメモとペンを持ち、全機が暁へと頭部を向ける。

 

「え、あの、その」

 

『ピ 暁様、どうぞ。響様、雷様、電様、ご意見があればどうぞ。我らはバッタ師団、皆さまの願いを叶えるために存在する者達です』

 

 誇張も、言い過ぎもなし。

 

 バッタ達は、四人から要望が出るならば、時間を停止してでも叶えるつもりでいた。

 

 実際、術式展開済み。後はスイッチ一つで時間停止が可能なところまで、裏方は準備完了している。

 

「・・・・普通でいいから」

 

 あまりにジッと見られたため、暁は精神的に追い詰められ、緊張のあまりにそんなことを言った。

 

 いや、言ってしまった。

 

『ピ 普通?』

 

『ピ 普通ですと?』

 

『ピ 普通ってなんですか?』

 

『ピ 誰か辞書を持ってこい、普通ってなんだっけ?』

 

『ピ 普通・・・・・普通に可愛いものをってことですね?!』

 

『ピ! それだ!!』

 

 そして、バッタ達は一斉に時間停止した空間を飛び回り、四つのドレスを仕上げてきた。

 

 一人一人違ったものでもいいのだが、今回は全員に同じ衣装を。

 

 藍色から水色への変色カラー。上から下にかけて徐々に色合が変化する、バッタ師団渾身の特殊生地。

 

 フリルを右肩に備えて、左肩はレース編みで飾り付け。

 

 全員がそれなりに髪は長いので、リボンは朝焼けのように淡いオレンジ色。

 

 リボンの先は波をイメージした刺繍でレースで完璧。

 

『ピ フ、これが普通です』

 

 着替えが終わった後、鏡の前で最終確認したのだが、四人は何とも言えない表情をしていた。

 

 そして、呆けたままルリの前に連れて来られ、彼女の一言で現実に戻る。

 

「見事に普通にまとめましたね」

 

「これのどこが!?」

 

 四人の悲鳴に、ルリはきょとんとして首をかしげたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂、着替え、と来たら勿論。

 

『ピ 本日のお食事ですが、前菜より』

 

 コック帽をかぶったバッタが、メニューを読み上げる。

 

 白いテーブルクロスの上、銀色の食器が並べられた席に座った四人と、無表情にメニューを聞いているルリ。

 

 室内の灯りは落とされ、テーブルの上のロウソクのみが光を称える。

 

「いいでしょう、それで頼みます」

 

『ピ 解りました。では、お飲物はいかがなさいますか?』

 

「私は、そうですね、オレンジ系で」

 

『ピ 五分ほど前に収穫したフレッシュなオレンジがあります。それでノンアルコールカクテルをお作りします』

 

「いいですね。それで、四人はどうしますか?」

 

 自分の分が決まって顔を向けたルリの視界に、蒼白な顔で座っている四人が映った。

 

「緊張しないことです。ただの食事会なので」

 

 そんなことを言われて緊張が解れることはない。

 

 いくら知識が乏しくとも、目の前に置かれた食器類が、高いものであることはすぐに解る。

 

 しかも、わざわざ会食のためだけに、ロウソク使うとか意味が解らない。

 

 窓も斜光カーテンや暗幕ではなく、ルリが指を鳴らしたら光が入らなくなった。

 

 かなり高度な科学技術を、無駄なことに使っているのがよく解る。

 

「何が目的なの?」

 

 意を決して、暁が話を切り出す。

 

「目的ですか?」

 

 バッタに、『四人にも同じものを』と伝えた後、ルリは暁の言葉を繰り返す。

 

「目的といわれても。テラさんが、この鎮守府の提督が貴方達を助けた。だからお客様として扱っているだけですが?」

 

「私達は艦娘よ」

 

「ええ、知っていますよ」 

 

 ルリはそう答え、四人を見回す。

 

「暁型駆逐艦の姉妹、と見受けますが、合っているでしょう?」

 

「だから!」

 

 思わず声を荒げる暁に対して、ルリは手を向ける。

 

 向けられた手のひらに彼女が怯んだ瞬間、四人のグラスにカクテルが注がれた。

 

「艦娘とはいえ、貴方達はまだ幼い。ですから、ノンアルコールです。うちのバッタ達は料理もカクテルも腕がいいですよ」

 

「何か入っているんじゃないの?」

 

 思わず疑うような暁に対して、ルリは少しだけ眉を上げた。

 

「私がテラさんが招いた客人に、『盛る』と? 貴方達の警戒は解りますが、それは侮辱と受け取ります」

 

 軽く怒りを向けるルリに、暁は言葉に詰まる。

 

 ロウソクの炎が揺れ、彼女の背後に巨大な影が浮かぶ。

 

「貴方達が艦娘で、他でどのような扱いを受けていたか。それを私は知りません。貴方達の警戒から、推察はできますが」

 

 ルリは言葉を止め、カクテルを喉に通す。

 

「けれど、それはここでは意味を持ちません。私が重く受け止める事実はたった一つ。『テラさんが貴方達を助けると決めた』、たったそれだけです」

 

 グラスをテーブルに置き、ルリは全員を見回す。

 

「ならば、私達『サイレント騎士団』は全力を持って貴方達を歓迎し、総力を持って貴方達を害する者から護ります。まあ、初対面の私が何を言っても信じられないでしょうから」 

 

 再びルリは言葉を止めて、右手を差し出す。

 

 今度はクルリと回し、手のひらを受けに向けて指先をそろえて示す。

 

「貴方達が信頼する者達に保証してもらいます」

 

 テーブルの上、料理の食器が並ぶ場所に、小さな席が設けられていた。

 

 そこに座っているのは妖精たち。

 

 一人に対して二匹の妖精が、彼女たちと相対するように小さな席に座って、料理を待っていた。

 

「なんで妖精たちが?」

 

 響の疑問に、ルリは微笑しながら答える。

 

「証明するためです。私が何か『盛る』ことはしないと。さあ、料理ができたみたいです、楽しみましょう」

 

『ピ お待たせいたしました』

 

 バッタ達が料理を運んでくる。

 

 それらは暁達の前だけではなく、妖精たちに前にも。

 

 小さな体の妖精たち専用の食器に、暁達と変わらない食事が載せられる。

 

 もちろん、妖精たちに合わせた大きさのものが。

 

「物体の縮小・拡大は、私たちには当たり前の技術です」

 

 疑問を浮かべている彼女たちに対して、ルリは当然のように語る。

 

 それが、今の世界にとって、どれほどの技術か解っていても。

 

 食事会は、その後も適度な緊張感の中で進んでいく。

 

 けれど、暁達は料理や出された飲み物を、残らず味わったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

「俺、肩こるんだよな、ああいう食事」

 

「そうなんですか」

 

「うん、だから吹雪さ、俺に求めないでね」

 

 場所は食堂。

 

 暁達とルリの会食の様子を見ながら、テラと吹雪は昼食を食べていた。

 

「ちょっと憧れますけど。提督が肩が凝るなら仕方ないですね」

 

 頬を僅かに染めた吹雪に、テラは『ああ、悪いけど』といい掛けて、言葉を止めた。

 

「憧れるね」

 

「はい、艦娘ですけど、女の子ですから」

 

 それはどっちに、とはテラは問いかけなかった。 

 

 食事か、ドレスか。もしかして、ルリに対しての憧れか。

 

 色々と考えさせられる言葉だったが、気にすることなく流すことにした。

 

『ピ 料理だけなら運べますよ。テラ様に対して、あんな堅苦しいマナーを強要しませんから』

 

「サンキュー、いつも助かっているよ」

 

『ピ それがバッタ師団ですから。御代りは?』

 

 もらうよと伝えると、嬉しそうな仕草でご飯茶わんを持っていくバッタ。

 

「今のさ、俺って馬鹿にされた?」

 

「苦手なことをさせないって、バッタ達の優しさじゃないですか?」

 

 そうなのだろうかとテラは思う。

 

 吹雪から見たら優しさなのだろうが、テラから見たらバッタ達が『諦めている』ように受け取れる。

 

 昔からテーブルマナーは、訓練して身にはつけたのだが、どうにも使ってみようという気が起きない。 

 

 日常的にそんなことが必要のない生活ならばいいが、国に戻れば外交で食事することはある。 

 

 『この馬鹿夫、なんでフォークとナイフを内側から使うのよ』。

 

「どっちでも同じだろうが」

 

「はい、何ですか、提督?」

 

 思い出したことに対しての独り言に返され、テラは何でもないと慌てて取り繕う。

 

「いや、何でもない。ところで吹雪、艤装のほうはどうだった?」

 

「良好ですよ。私の動きにも完璧についてきますから」

 

 嬉しそうにガッツポーズを決める彼女に、さすがバッタ達が妖精たちと全力で頑張った結果だ、と内心で称賛を贈る。

 

 吹雪の技量が上がっていくことに、バッタ達は懸命に考えた。

 

 今までの艤装では彼女自身の技量に追いつけない。かといって、新型機関や銀河帝国製の技術とか搭載では、妖精たちが操りきれない。

 

 ならば、妖精たちと協力して作り上げてしまえばいい。

 

 吹雪の訓練データを妖精たちと見直して、バッタ達が設計図を構築。

 

 妖精たちと討論に討論を重ねて、新規製造開始。

 

 既存の艤装でもなければ、銀河帝国の技術体系でもない。まったく新しい技術体系を確立させた。

 

「うちのバッタ達は変態・奇人ばかりだな」

 

『ピ それで皆様が全力で動けるならば、私達には褒め言葉です』

 

「ああ、そうね」

 

 空かさず悪意もなく善意すべてに皮肉さえなく答えられ、テラはこいつらは本当に機械なのか疑問を感じた。

 

『ピ というわけで、吹雪様、お願いがあります』

 

「はい?」

 

 いきなり話題を振られ、吹雪は食べ終わった食器を持ったまま、イスから浮かした腰をまた下ろした。

 

『ピ! お願いです! 吹雪様用のドレスと着物と浴衣と和服と私服を十着ずつ作らせてください!』 

 

「えええええ?!」

 

『ピ! 絶対にいいものに仕上げますから!』

 

「そ、それは嬉しいといいますか、ありがとうと言いますか」

 

『ピ! よっしゃぁぁぁ! 言質とった! バッタ師団主計科服飾班集合!』

 

『ピ! 我らを呼んだか?!』

 

 何処からともなく集まってくるバッタ達に、吹雪は乾いた笑みを浮かべた。

 

「ご愁傷様。こいつら全力で作ってきて、その後に写真撮影までやるぞ」

 

「ふえ・・・・・嘘ですよね」

 

「残念、俺もやられた」

 

 半眼で告げると、吹雪は項垂れて苦笑したという。

 

 その後、一時間ですべて仕上げてきたバッタ達による、吹雪のファッションショーが開催されたのでした。

 

『ピ 満足満足』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事が終わった後、暁達は個室に案内されたが、『全員一緒がいい』と伝えると、速やかに大部屋が用意された。

 

 キングサイズを超えるようなベッドに、四人で寄り添って眠る。

 

 以前の生活からは考えられないような、暖かくて穏やかな夜。

 

 悲鳴もない、不意な襲撃もない。

 

 僅かに波の音がする室内に、徐々に不安が溶け出していく。

 

 人間は信用できない。けれど、命は助けたい。

 

 矛盾するような想いが胸にあり、時々は苦しくて悲しくて辛くて。

 

 でも今は、この幸せをかみしめて、ゆっくりと休もう。

 

 彼女はそうして、再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 




 
 あの人を見つめる。

 初めて会ったとき、彼は穏やかに笑っていなかった。

 何処か悪ガキのように、ニヤリと笑って飛び出していった。

 だから、慌てて追いかけてみた。

 その先に何が待っているかなんて、考えもせずに。


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