夢の果て いつかの約束   作:サルスベリ

51 / 51



 遅くなりました。



 
 





鎮守府動乱・6

 

 

 

 

 

 

 東堂はその報告を受けて、深く息を吐いた。

 

 八丈島鎮守府を投入しての内海の掃除は、順調に進んでいる。今のところ、人的被害は発生していない、多少のタンカーや輸送船が被害が出ているが、人的被害が発生していないのは朗報だろう。

 

 残る問題は、それを護るために動いている艦娘の被害だが。

 

 これは出ている。

 

 いくら八丈島鎮守府が優秀で飛び抜けていても、広大な内海のすべてを掃除できるほどではなく、どうしても空いてしまう海域は出てくる。少数精鋭といえば聞こえがいいが、広大な海域、巨大な戦線を維持できるほどの人員はいない。

 

「ままならないな」

 

 艦娘の被害は轟沈はいないが、中破はいくらか。上手く、八丈島鎮守府の戦域展開の隙間を突かれたか、あるいは偶然にすれ違ってしまったのか。

 

 そう考えた東堂は、違和感を覚えた。

 

 あのルリが、見落とすなど、あるものか。

 

 本拠地が攻撃された時さえ、接近には気づいていた。以前の作戦にも、敵艦隊の取りこぼしなんてなかった彼女が、今回に限って見落とした、あるいは索敵を怠ったなどあるものか。

 

 いや、待て、と東堂は嫌な予感が脳裏を通り過ぎた。

 

 これはまさか、そんなバカな。自分が思いついた考えを否定しようと首を振ったが、嫌な予感は徐々に膨れ上がってくる。あれほど釘を差したはずだ、はっきりといったはずなのに。

 

 外れてほしい、そう願った東堂は速やかに立ち上がり。

 

「総長!! クーデターです!!」

 

 駆け込んできた報告に膝を折ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我々はここに、日本からの独立及び深海棲艦への和睦を伝える』

 

 ルリは思わず、深くため息をついた。

 

 テレビに映っているのは、何処かの鎮守府の提督、そんな部類の男ではなく。もっと上の立場の軍人でもない。

 

「呉の反乱ですか」

 

 日本の四大鎮守府の一つ、呉の鎮守府の提督の宣言に軽く首を振ってしまう。まさかまさかのそのまさかなんて事態、想定していても実際に発生するなんて考えていなかった。

 

「どうしますか?」

 

 演説を続ける男を見ながら、大淀は命令を待っている。呉の味方するのか、あるいはこのまま日本海軍として戦うのか、戦うとしたらどちらを敵として戦うのか。

 

「どうとは?」

 

 一方のルリはとても自然に、混乱も動揺もせずに言葉を返した。

 

 意図は伝わっているはずなのに答えのない言葉に、大淀は言葉を続けることなく提督代行を見つめる。

 

「大淀、一つだけいいことを教えてあげましょうか」

 

「なんですか?」

 

「歴史上、クーデターによって発生した政権は、長続きしないんですよ」

 

「それは」

 

 確かにそう、なのだろうか。大淀の脳裏に、かつての歴史が何度も蘇る。過去、人類が国というものを持ってから、国王や皇帝を倒して、あるいは国の代表を殺害して国を乗っ取った人々は確かにいた。

 

 その多くが長続きしなかったか、というと。そういうわけではない。長く続き、繁栄した国家も確かにあった。なのに、彼女はまるで絶対に失敗することが解っているように、はっきりと断言してきた。

 

 ならば、歴史ではなく彼女の意図を読むべきか。大淀は素早く思考を切り替える。提督代行の補佐として、ずっとやってきたのだから、今更になって彼女の考えが読めない、なんてことはない。

 

 今までのこと、ふざけたこと、真面目なこと、色々な記憶を思い出していきながら、やがて彼女は口を開く。

 

「軍人が表に出ているから、ですか?」

 

「半分正解。軍人が現政権を打倒して長続きした政権はありますよ。でも、そのどれもが、途中で倒される。どうしてだと思いますか?」

 

 再度の問いかけに、思考を再び動かす。

 

 軍人とは、戦う人たちだ。兵站を担う人たちもいるだろうが、基本的には戦闘に特化しており、内政を疎かにしてしまい、気づいた時には資源や資金が枯渇して国民に負担を強いてしまう。

 

 かつて、第二次世界大戦時の日本がいい例だろう。

 

 しかし彼女は半分正解と言った。それは何故か、どうして半分なのだろう。軍人と役人の違いは、政治家と軍人の違いは何か。民主主義と軍国主義の違いだろうか。

 

「簡単な話です」

 

 ルリは小さく指を立てて、微笑む。

 

「彼らは軍人だからですよ」

 

「え、はい、それはそうですけど」

 

「軍人とは命令に従う、それを徹底的に教え込まれます。例え、どのような短縮教育を行われようとも、命令には従うは徹底的に教え込みます」

 

 それはそうだろう、と大淀は頷く。

 

 軍人一人一人が命令に従わなければ、軍という巨大な武力組織は破綻する。個人の勝手な判断で動いた結果、作戦が遂行できず、あるいは作戦目標以外のものを攻撃してしまえば、武器や弾薬が徐々に枯渇していき、最後には自分の首を絞めるように敵の攻撃を受けて自滅してしまう。

 

 そして、護るべき者を犠牲にして消えて行ってしまう。

 

「だから、軍人が政権を握ると、上の命令に疑問を挟まずにしたがってしまう。多角的な視点が欠如するんですよ」

 

「あ」

 

「国家の運営は個人が行えるほど小さくはなく、様々な知識と経験、あるいは技術や意見が必要になっています。だから、民主主義は出来上がったんですよ。最終判断を行う人物がいたとしても、多くの意見を集めて、多くの議論を重ねて最善を目指せるようにね」

 

「確かに、そうですね」

 

「だから、上の命令に機械的に従う軍人では、国家の運営は不可能なんです。思想的にも、性質的にもね」

 

 大淀は頷き、そうなのだろうか、と疑問を感じてしまった。

 

「でも、危機的状況下せ即応性が求められる場面では、軍人のほうが素早くできるのでは?」

 

 思わず口から出た言葉に、大淀はしまったと思ってしまった。今の完全に提督代行の意見を否定するものだ。

 

 お叱りを受けるか、いやそんなことはないだろう。大淀はそう思って相手を見ると、彼女は軽やかに笑っていた。

 

「ええ、そうですね。大淀も、そうやって意見が言えるようになりましたね。良かったと喜ぶべきでしょうけど、なんだか少しさびしい気がします」

 

「いえ、提督代行、そんなことは」

 

「娘が成長するとは、こう言うものなんですね」

 

 しみじみと感動している提督代行に、大淀は何と言っていいか解らなかった。今は非常時ですからと戒めるのには、自分の中の嬉しい気持ちが大きくて。ありがとうございますと伝えるには、あまりにも小さい出来事だったから。

 

「まあ、この話は」

 

 小さくハンカチで涙をぬぐったルリは、鋭くテレビを見つめた。

 

『我が考えに賛同する者たちは、我が元へ来たれ! 我らは決して艦娘を無碍にするものではない。すべての者を平等に扱う! そのための!!』

 

「この馬鹿者達をどうにかしてから、ですね」

 

『そのために我らとともに戦おう! 誰よりも平等と平穏のために!』

 

 馬鹿らしい、とルリは口の中で小さく呟いた。

 

 世界で最も平穏と平等とは程遠い、理不尽と不平等を知っているはずの軍人がこれでは。先も見通せない暗愚の意見としては、口に出していえるほど小さい理想ではない。

 

 まったくとルリが続けて何か言おうとしたとき、通信機が盛大に存在を主張した。

 

「はい、こちら八丈島鎮守府」

 

『東堂だ。すまない、ホシノ提督代行、頼みがある』

 

「ええ、どうぞ」

 

 まるで彼の頼みが予想できたかのように、ルリは自然と先を促した。

 

『君たちの『戦力』を借りたい』

 

 震えるように告げる東堂の言葉に、ルリは眉も動かすことなく相手の次の言葉を待った。

 

『報酬はいくらでも用意しよう。私に出来る範囲なら、すべて叶える』

 

「いいんですか?」

 

 自分達に、『血の十字架』に願うことがどういうことか、解って言っているのか、とルリは口外に告げる。

 

『ああ、これは軍人が行うことではないからな』

 

 東堂は震えるような声で、はっきりと告げてきた。

 

『これは私個人が、彼らを殺すことを決めて動いた。そういうことだ』

 

「解りました。テラさんに話を通します」

 

『頼む』

 

 通信を閉じて、ルリは立ち上がった。

 

「大淀、しばらく鎮守府をお願いしますね」

 

「提督代行」

 

 少しだけ顔色の悪い大淀は、思わず彼女を呼び止めた。

 

 何を言うべきか、何を伝えるつもりだったのか、大淀は呼び止めた姿勢のまま、口を開いたまま固まってしまう。

 

 上手く言葉が出てこない大淀に対して、ルリは大丈夫と微笑んだ。

 

「すぐに戻りますから」

 

 まるで散歩に行くように、彼女は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テラさん、というわけです」

 

「ん、そっか。東堂さんがね」

 

「はい」

 

 鎮守府の屋上で、テラは海を見ていた。

 

「艦娘でも、海軍でもなく、日本としてもでない、か」

 

「責任の所在を明確にして、他に追及が出ないように、でしょうね。東堂さんが個人的に行ったことなら、責任所在は明確です。国民にも言い訳ができるでしょう」

 

「政治かぁ、俺はあんまり好きじゃないなぁ」

 

「テラさんはそういった細かいことは苦手ですからね。だからアイリスさんが宰相として頑張っているんですよ」

 

「頭が上がらないなぁ。それで、ルリちゃん」

 

「私は受けてもいいかと」

 

 即答した彼女をテラは振り返って見つめ、再び海へと視線を投げた。

 

「東堂さんの頼みは断れないなぁ。解った、いいよ」

 

「では、そのように」

 

 一礼してルリは戻っていく。

 

 テラは海を見つめながら、小さく息を吐いた。考えは解る、大切なものを大切だというのは、誰もがしていることで誰もが否定できないことだけれど、それを言うことと行動に移すことは別物だろう。

 

「『命を奪う武器を持つ者は、命を護る、その一点において存在を許される』か。君たちの選択は間違いじゃない。でも、正解でもないかもしれないよ」

 

 彼はそう告げて、歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府内部を歩くルリは、次第に表情を険しくしていく。

 

 呉の提督の言い分は理解できる。自分にだって、他のすべてより大切なものはある。最後の最後に護るべきものは、決して譲れない一線もある。

 

 何があっても、どうあっても、絶対に護り通すものが、彼らにとっては艦娘だったのだろう。

 

「でも貴方達は決して、その選択は許されませんよ」

 

 軍人であるならば。

 

 軍人として生きるのならば。

 

 国民を守るために武器を持ち、国民を守るために技量を磨き、国民を守るために最優先で物資を与えられた軍人ならば。

 

 コツコツと廊下を歩いていくと、その途中である軍人が立っていた。

 

「藤井提督」

 

「ホシノ提督代行、私は」

 

「貴方には貴方のやるべきことがあります。それだけを考えなさい」

 

 顔色の悪い彼に対して、ルリははっきりと突きつけた。

 

「深海棲艦の本拠地を探して教えなさい。それだけです」

 

「しかし、このクーデターは、私が原因ではないか。ならば、私が」

 

「貴方が動いても変わりませんよ」

 

 懇願するように告げる彼に対して、ルリは冷たい顔で斬り捨てた。

 

「彼らは貴方がいなくても動いた。それだけです」

 

「しかし」

 

「黙れ、今すぐ自分のやるべきことを始めろ。貴方が一秒、迷うごとに貴方が護りたい艦娘が一日以上、戦場にいることを忘れるな」

 

 グッと言葉に詰まった藤井提督を睨むように見つめ、ルリは最後に強く伝えた。

 

「解りましたね?」

 

 彼は何かを振り払うように、ルリとは別方向に歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 これがのちの歴史において、『鎮守府動乱』と名付けられた事件の、終わりの一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 死を前にして怯むのは戦士ではなく。

 生を望んで駆け抜けるならば、軍人ではない。

 武器を持って笑うならば狂人でしかない。

 命令のままに、護りたいものを胸に抱き、矜持を失わずに進む。

 それが、軍人ってもんだろ。

 違うか、坊主?





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。