時々、思い出すことがある。
あの時、自分達がもし彼の手を取らなかったら。
穏やかな日々も、痛いだけの時間も、あるいは戦うだけの毎日も。
きっと永遠に来なかったのに。
どうして、あの時、彼を信じてしまったのか。
時々、自分達は思い出して、そして小さく笑ってしまう。
今日も元気に海域侵攻。
敵が続々、出てくるよ。
やりたい―戦い方とか武装とかのテスト―ことがたくさんあるのに。
時間がまったく足らなくて。
「提督、それってなんですか?」
「替え歌」
「ああ、あの『寝不足』的な歌ですよね。私も知っていますよ」
そこまで有名なものなのか。
やはり、世界や星が違っても、人がたどる歴史に変わりはないらしい。
「時間が足りないよな」
水平線に落ちていく太陽を見つめながら、テラは小さくため息をつく。
「はい、もっと時間があれば。一日が三十六時間は欲しいです」
「同感。せっかく、艤装を作ってくれたのに」
テラは右手の連装砲に目を向ける。
妖精たちが『使ってください』と土下座して持ってきた砲なのだが、一撃で重巡クラスが沈んでいくのは何故だろうか。
口径は何センチだ。駆逐艦しかいない今の鎮守府で、巡洋艦や戦艦の主砲なんて作っていないはずなのに。
「この主砲は凄いですね。駆逐艦の私でも、戦艦相手に戦えます」
嬉しそうに主砲を構える吹雪に、『そうだな』と適当に返しながら、テラは思い出していた。
妖精達の後ろに、『やり遂げました』と横断幕を持ったバッタ達がいたな、と。
『二人とも、そろそろ戻ってください。二隻で夜戦、敵海域のど真ん中はちょっと危ないですよ』
ルリからの通信に了解と返し、テラと吹雪は帰路についた。
鎮守府の運営は順調に回る。
バッタ達は今日も元気に資源集めに飛び回り、その途中で深海棲艦の情報を持ち帰り、勢力図を更新中。
妖精たちは、『好きに使ってください』と巨大倉庫から溢れた資材を押しつけられ、艤装の開発や修理に勤しむ。
テラと吹雪は情報を元に海域に突入、艤装のテストをかねて戦闘し、戦い方を磨いて帰還。
鎮守府近海は、イオナとアリアの二隻の絶戦艦級という建前の霧の艦艇が警戒警備。
メンタルモデルの元が二人だが、船体は超超弩級戦艦土佐のものだから、船体左右の飛行甲板に色々なものが並べて便利。
そして、すべての情報と兵力のすべてを束ねて、ルリが細かく周辺調査しつつテラと吹雪のバックアップを進める。
「陸地続きなのに、誰も来ないのが気になりますね」
『各地の状況も厳しいものがあるから、こっちに気づいてないとか?』
ありえるな、とルリは頷いた。
各地の戦況は一進一退を繰り返している。
日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツは艦娘の出現により持ちこたえているが、他の国は海岸部分を切り捨てて内陸にこもっている。
「敵戦力が増加していましたか?」
『さあ? この艦娘の数と軍艦の数なら、押し返してもおかしくないんだろうけど』
どうして一進一退の攻防なのか、バビロンも理解できないらしい。
確かに深海棲艦相手だと軍艦では分が悪い。
相手が人の大きさの的に正確に攻撃を当てるのは、イージス艦でも難しいらしい話を、ルリは昔に聞いたことがある。
けれどそれは、二十一世紀あたりのイージス艦だったはずだ。
今の時代の軍艦の性能は知らないが、当てるくらいならできるはずだ。あるいは、点ではなく面に対しての攻撃を行えば。
気化燃料、散弾、炸裂弾、焼夷弾、やり方などいくらでもある。
ミサイルでさえ弾頭の入れ替えや炸裂方式への変換で、イ級クラスならば纏まっていれば五匹くらいは轟沈させられる。
実際、『サイレント騎士団』は手持ち火器の中でも最低レベルの攻撃でさえイ級を蜂の巣にしている。
だというのに、この世界の軍隊が後手に回っていて、艦娘にすべて任せる形になっているのが理解できない。
いや待った。もしかしてとルリは嫌な考えを浮かべてしまう。
人間が、いる。可能性としては決して低くはない、むしろ人間がいるならば当然の考えだ。
「・・・・・国防や平和よりも、個人の利益を優先している?」
『まさか。この状況でそれを蔑にしたら、個人の利益が高くなるより先に世界が壊れる』
バビロンが否定するが、ルリはむしろ納得してしまった。
国とか世界より、自分のお金儲けを優先させるのが人間の側面。むかしから戦争が絶えないのは武器商人がいるため。
ありえる。十分な理由だ。
「ここには他人のためよりも自分のためが多いようですね」
『はぁ? それは不幸だね』
「どうしてですか?」
『いやだって』
彼は当然のように、戻ってきたテラの画像を表示させ指さす。
『テラがそんな連中、存在しておくと思う?』
「・・・・・・バッタ師団へ。誰か、『ヴァルハラ』へ行って倉庫すべての鍵を閉めてきなさい」
一瞬で蒼白になったルリの指示に、バッタ達は全員が前足を上げた。
『ピ 無理です。壊されます、むしろ電子回路すべて焼かれます』
「くぅぅぅぅ! ロザリオの存在が恨めしい!」
『はははは、彼女は容赦ないからね』
普段は優しいお姉さん風なのですが、とルリは胸中で付け足す。
テラの専用機『スノーホワイト・エンパイア』の従属機集団、『護元神』が一体の『ロザリオ・ティヤーズ』は、電子戦略機。
一割稼働で太陽系のすべての電子機器を破裂させることが可能。
これに、『スノーホワイト』の強化ユニット『六柱神』の一体、『眼のアルペンド』及び『冠のファラス』が加わったら。
銀河帝国でさえ、すべての電子機器が破壊されて全面降伏するしかない。
そして、テラが使わない時は『ヴァルハラ』にいる。
テラ達の一族が集めた技術や武器のすべてを収めた、浮遊大陸。
最秘奥ともいえるそれらのために、異空間まで作ってガードを固めたそこに入るには、専用のゲートか、あるいはコマンドキーが必要になる。
無闇に入れば、問答無用で焼かれる。
『護元神』七体、『六柱神』六体。たったの十三体の存在が、実は『サイレント騎士団』や近衛騎士よりも凶悪な戦力を秘めているなんて、嘘だと信じたい。
実際に、ルリはその全力戦闘を目にしたことがあっても、だ。
「祈りましょう。きっと、祈ればラネルス様が何とかしてくれます」
『いや、いくらなんでも無理じゃない』
「大丈夫です」
どうにかしてください、とテラ達の一族が産み落とした始まりと終わりの元神の一体に、ルリは真剣に祈った。
後日、ルリの執務室の机に小さな便箋が届いた。
『我が主であるテラ様を止めろなどと。無茶を言うな、巫女よ』と書かれていたとかいなかったとか。
テラと吹雪が戦う中、ルリがバビロン達と鎮守府を回す中。
暁達はどうしているかというと。
「・・・・・・・」
『ピ』
四人そろって、鎮守府の中にいた。
出撃しろなんて言われず、働けとも強制されない。
ただ、毎日を過ごしているだけ。
『ピ 今日のお昼ご飯はどういたしましょう?』
『ピ 中華ですか?』
『ピ 中華は昨日だったから、今日は和食にしてみますか』
『ピ 秋刀魚かアジか。あるいは塩、味噌か』
『ピ 誰か囲炉裏の用意を。目の前で塩焼きにしよう』
『ピ それだ!』
「待って」
何故か盛大に盛り上がるバッタに対して、暁はやっと話の腰を折ることができた。
初日はルリに振り回されて終わり、二日目はこうしてバッタ達に進められるままに日々を過ごした。
三日目、ようやく話の腰を折ることができ、感じていた疑問を口にする。
「私達は戦わなくていいの?」
恐る恐る告げるのは、姉妹全員が毎日に感じていたこと。
自分達は艦娘だ。戦う存在だと、兵器だと言われ続けてきた。
違うと言っていたし、それだけじゃないとも思ってきた。
やっとそれが叶ったというのに、こうやって毎日を過ごしていると罪悪感だけが増してくる。
『ピ 皆さまはテラ様のお客様です。どうして戦うのですか?』
「私達は艦娘よ」
『ピ そうですね。だから戦うというのは違います』
真っ向から否定され、暁は言葉に詰まってしまう。
「艦娘は兵器だと言われてきたよ」
押し負けた暁に変わり、響が帽子に触れながら告げる。
表情を隠すように引っ張りながら。
『ピ 兵器とは、誰が使っても同じ結果が出せるものを示します。貴方達は違いますよ』
「でも、私達はそのために生み出されたって」
雷が悲しい顔で言ってくる。苦しいと全身で語るように。
『ピ 誰が言いました? 妖精ですか? 彼らはそう語りませんでしたよ』
「軍人さんが言っていたのです」
泣きそうな顔で電が語ったことに、バッタは全身で怒りを示す。
『ピ! その痴れ者は後で細切れにして業火で焼いてやろう』
『ピ! いいや、死ぬことは許さない。全身を細切りにしてやる』
『ピ! 誰かルリ様へ報告を。バッタ師団海兵隊に協力を要請』
『ピ 強襲作戦を立案するように情報科へ提案する』
次々に決まる報復攻撃に、四人のほうが引いてしまう。
『ピ 自らの意思で戦うことを選ばず、他人に任せるだけのバカものなど放っておいて大丈夫です』
『ピ 皆さまはテラ様の客人、もしそんな連中が来たならば我らバッタ師団が殲滅します』
『ピ むしろ、テラ様の客人に手を出したなら、『サイレント騎士団』全軍がお相手しましょう』
安心してと書かれた旗を掲げるバッタ達に、暁は恐る恐ると問いかけた。
「どうして、そんなに優しいの?」
『ピ 皆さまは可愛いレディだからですよ。テラ様が母君から教えられた言葉にこんなものがあります』
『ピ 『女の子は生まれたときから幸せになる権利がある。それを邪魔するものは銀河ごと消して大丈夫』と』
違うから、と後に多くの人物が言ったことだが、テラは忠実に守っているところがある。
主が守ることは、従者も守る。
バッタ師団が、『サイレント騎士団』が、そして銀河帝国全体が。
誰だって幸せになる権利がある、ならばそれを邪魔する者は全力をもって排除しよう。
『ピ だから皆さまは好きに生きてください。そのために必要なものがあるならば、我らバッタ師団が揃えて御覧に入れましょう』
優雅に一礼するバッタ達。
機械の体で、人間のような構造をしていないのに、暁達には老齢な執事が一礼したように見えた。
嬉しいと思えてしまった。
優しいと感じてしまった。
だから、ずっと何もしないのは嫌だから。
彼らの暖かさに溺れたままでいたくないから。
そして、暁達は決めた。
戦いたいです。
そう言ってきた女の子四人を前に、テラは少しだけ考え込んだ後、一人一人をしっかりと見つめた。
「いいんだな?」
「ええ、一人前のレディーが何時までも働かないのはね」
胸を張ってそう答える暁に、テラは首を振る。
「レディーは働かない者が多いぞ」
「あら、そうなの? でも、私達は違うわ。お願い、ここで戦わせて」
真っ直ぐに見詰めてくる彼女に、テラはちょっとだけ困って吹雪とルリへと顔を向けた。
「私は仲間が増えるのは嬉しいですよ」
「テラさんが決めたことには従います」
二人の意見は肯定。ならば、後は自分だけの中で、テラはニヤリと笑った。
「解った。ならばようこそ、暁、響、雷、電。我が鎮守府へ」
彼はそう告げて、背中を向けた。
「この背中についてこい。ただし、俺は立ち止まらない。前に前に進んでいく。後ろも振り返らない。おまえらはついてくると信じている」
一気に語り、テラは少しだけ歩いてから振り返る。
全員を視界に収める。艦娘、自分の巫女、バッタ達、妖精たち。
「提督として、最初の訓示を行う。俺の命令は絶対だ、俺の命令に逆らうことは許さない」
全員を見回し、誰も反論しないことを確認して、命令を伝える。
「一つ、死ぬな。何があっても、生きて帰れ。一つ、仲間を裏切るな。信頼する仲間がなくては、前になんて進めない。一つ、おまえらの魂に背くな。この三つを持って、我が鎮守府の提督の絶対命令とする」
「はい!」
全員の気合の入った返答を得て、テラは再び背中を向けて拳を突き上げる。
「行くぞ! まずは近海の大掃除だ!!」
「おー!!」
「その前に、暁達の艤装と新人さんの訓練が先です」
動き出しかけた全員が、ルリの一言で転んだのでした。
夢を見て、夢を語る。
誰もが当たり前に願うことが、自分には遠いものに感じる。
けれど、誰にでも夢を見る権利はある。
人間であっても、艦娘であっても。
ある軍人は、そんなものは必要ないと語る。
けれど、彼は違った。
『おおいに夢を見て、おおいに語れ。そして酒でも飲もうか』と。
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衝動が止まれないため、別作品を書きます。
テラ・エーテルの一番弟子、シン・アスカの異世界旅行記。
狂乱に出てきた、ロンド・ベルの別世界鎮守府物語。
鋭意制作中だったりします?