テラ・エーテルも、ホシノ・ルリも、この世界の常識を知らない。
他の世界から来たから、それが異常なことだと気付かない。
暁達も建造の細かい話をされたことがないから、知らない。
吹雪も、鎮守府はここが初めてだから知らない。
妖精達も語らないから、それが異常だとは知らないまま、進む。
鎮守府は今日も平常運転。問題は欠片もなし。
「となればいいんですけどね」
何処までも高い空を見上げながら、ルリは現状に対しての問題点を考えていた。
資材はある、戦力は十分。
『サイレント騎士団』を動かせば、深海棲艦相手に負けることはない。
蹂躙し破壊し、殲滅して塵も残さない。
相手を『沈黙させる』のが、騎士団の理念だ。
敵が何者であっても、どんな障害があっても、必ず沈黙させてきた騎士団の実力を、ルリは欠片も疑っていない。
もちろん、妄信しているわけでもない。
一つ一つのデータを集めて検証を重ねて、感情的な要素を排除して確実に現実的な結果を得てから、確信に至る。
けれど、自分達は感情のある生物なので、完全に切り離すことはできない。
その感情が今の状況は、不味いのではと叫んでいるのだが。
「避けてみろ!!!」
テラの怒声と共に宝具の雨が訓練場を覆い尽くす。
「今度こそやるわよ!」
気合十分な暁が、それらを掻い潜ってテラへと接近してく。
響は大きく回避して別ルートから。
雷、電の二人は砲撃で暁のルート上に落ちてくる宝具を撃ち落としている。
適応能力は高いらしい。
訓練を始めてすぐに、四人でのチームワークを確立させて、それぞれの役割を瞬時に把握している。
大抵は暁が突撃、響が別ルートを辿っての奇襲・強襲。
雷は後方からの援護射撃にて、ルート上の障害を排除。
電は援護射撃を補佐しつつ、二人が失敗したときのための予備で待機。
うん、四隻でのフォーメーションとしては見事だ。
けれど、だ。
「行かせると思うの?」
「吹雪?!」
宝具の雨を抜けた先、白い影が踊る。
左手に砲を、右手に剣を持った吹雪は、真っ直ぐに暁の前を塞ぐ。
「どきなさいよ!」
「どかせて見せてよ」
互いに砲を構えて撃ちあう。
暁の射撃の腕は見事だ。確実に上がってはいるが、まだまだ届かない。
砲弾は、お互いを捕らえることはなく逸れてはいるが、吹雪はわざと外している。
彼女の技量ならば、暁を一発目で沈めている。それが外しているのは、訓練の時間を伸ばしているからか、それとも。
ルリは考えようとして、頭を振った。
今は考えるべきものじゃない。
考えるべきは、この訓練の内容だ。
「バッタ、準備は?」
『ピ 狙撃班はすでに待機、バケツ効果の特殊弾の用意も二千発ほどです』
素晴らしい返答だ。
これで何があっても大丈夫だろう。
ほっと安心したルリの視界に、吹雪が暁を斬り飛ばした景色が映る。
「はぁ・・・・・あの子はどうして砲じゃなくて剣を好んだのでしょうかね」
吹雪は本来ならば右手に砲を持って戦っているはずなのに、今は左手に砲を持って右手には剣を持っている。
左手で砲撃できるように訓練し、今では百発百中を出している。
右手の剣は、バッタ達が作った特殊金属のもの。
「何を使ったんですか?」
『ピ 一応、頑丈なように『オリハルコン』で作ってみました』
「・・・・はい?」
『ピ 『オリハルコン』です』
一瞬、意識が遠のく気がしたルリだった。
「ま、まあ、いいでしょう。今の吹雪の実力なら妥当なところです」
無理やりにルリは飲み込むことにした。
現状の問題に比べたら、瑣末なことでしかないから。
「テラさん! いいかげんに死線をくぐらせる訓練は止めませんか?!」
「死線をくぐってこその訓練じゃないの?!」
「貴方の幼少時じゃないんですから!」
「え?!」
驚いて振り返る彼に対して、ルリは『本気だったんですね』と溜息をついたという。
最初の時、何も感じなかった。
次の瞬間、体中に痛みを感じた。
そして、世界が開けた。
「って、思ったんだけどね」
「はははははは」
目の前の光景に、二人して目覚めたことを後悔している。
なんだろう、あの武器の雨を抜けるって。
一撃でも貰ったら轟沈するレベルの攻撃なのに、笑って通り抜けるってキチガイではないだろうか。
そもそも、艦娘は砲撃や雷撃で戦うものではないのだろうか。
「いきなりさせませんから、大丈夫ですよ」
穏やかに微笑むルリに対して、二人は何と言っていいのやら。
微妙な顔で訓練場を指差す。
「あれは幻です」
「え、でも・・・」
「幻です、白昼夢です。いくら吹雪が最初からこうだったといっても、貴方達まで染まることはありません」
微笑んだまま、ルリは大きく頷いた後に、片手を空中に踊らせる。
まるで、何かを遮るように。
「暁達みたいに手遅れにならないでくださいね」
「・・・・一番! 川内! 行きます!」
突然に走りだした巡洋艦は、そのまま訓練場に突入。
「提督! 夜戦じゃないけど来たよ!」
「よっし! それでこそ俺の艦娘だ! 容赦なく行くぞ!」
「はい!!」
笑顔で嬉しそうに、彼女は殺人的な雨の中を突き進む。
何度も傷だらけになり、沈みかけてはバケツの銃弾で回復して、また海上を突き進む。
見事、とルリが小さく呟くのを聞いて、彼女は周り中を見回した後に、飛びだしていた。
「夕張です! 実験艦で速度が遅いけど!」
「だから何だ?!」
「勇気だけは誰にも負けないつもりです!!」
「よくぞ言った!!」
豪海に笑うテラに、彼女も突撃開始。
こうして、六隻対一隻プラス提督の戦闘は、二日を経過した後に提督と一隻側―つまりテラと吹雪の勝利で幕を下ろした。
「よっしゃぁぁぁ!! 見事だおまえら! 次は実地だ!」
「はい! 提督!」
ビシッと敬礼をする吹雪の後ろで、傷だらけの艦娘全員がそろって敬礼している。
あ、これは手遅れだ、仕方ないかとルリは諦めたのだった。
訓練が終われば、おいしい食事としっかりとした休息。
これ、絶対。
『ピ』
看板を掲げたバッタが見守る中、テラ達は一応の食事をしていた。
「二日・・・・かぁ」
「テラさん、いいかげんにナチュラル・ハイになって特訓を続けるの、止めませんか?」
「自覚がないんだよなぁ」
強硬に強烈に、戦争狂みたいに戦っていたのか。
テラには戦っていた時に自分がおかしくなったとは感じなかった。
それに、だ。
シン・アスカに行った訓練に比べたら、今の艦娘達の訓練は優しい方だ。
「・・・・あいつ、よく生きていたな」
「シンさんですか? エリクサーの在庫がなくなるくらいには、死にかけていましたよ」
百万単位であった蘇生薬がなくなるなんて、思いもしなかったとバッタ達が言っていたのを、遠い昔のように思い出す。
「誰ですか?」
吹雪が顔を上げて聞いてくるので、テラは素直に答えることにした。
「俺の一番弟子」
「え? そっか、いるんですね。どんな人なんですか?」
ちょっと落胆したような吹雪だったが、すぐに笑顔で別の質問をする。
「そうだな・・・・・・『凍焔の鬼神』って呼ばれている騎士だな」
「彼に睨まれたものは凍りついたように動けなくなり、焔のような意思の元に砕いて消される。私達の世界では、有名な『エース』です」
吹雪は、軽く眼を細めた。
嫉妬ではなく、決意。絶対にその人に追いついてやる、という意志が瞳に現れている。
「そんなの私たちにかかれば、すぐに止めてあげるわ」
「問題ないね」
「私たちに任せなさい」
「大丈夫なのです」
一斉に暁、響、雷、電が答える。
全員は強い決意を宿した顔で、真っ直ぐにテラを見ていた。
「あいつを止める? いいぞ、止められるものならな。俺でも十回に一回は止められないぞ」
「ふぇ?! ま、任せないさ、レディーに二言はないのよ」
「それは、男じゃなかったかな?」
震える声でさらに強気にいう暁に、響は首を傾げている。
「レディーよ!」
「暁はなんでもレディーで通すのよね。ダメよそんなことじゃ」
「雷ちゃんも、母親気質でよく語るのです」
「電?!」
何故だろう。先ほどまでの結束感が欠片もなくなってしまった。
口論を始めた暁達を余所に、机に突っ伏して動けない二人にテラは顔を向けた。
「生きてるか?」
「夜戦なら何とかできるのに」
「生きてる。私達はまだ生きてる」
壊れたテープレコーダーのように、同じ単語を繰り返す二人に、テラは本当にやり過ぎたと後悔した。
「テラさん、それは後で。現在の鎮守府の戦力は、艦娘が駆逐艦が五隻、巡洋艦・・・・軽巡ですね、それが二隻。編成上、これでは二個艦隊が組めません」
ルリの話に、テラは違和感を持った。
計七隻ならば、一戦隊分にも満たないのではないか。
彼女はテラの視線から違和感を察して、さらに言葉を重ねる。
「通常、艦娘は六隻一艦隊編成だそうです。これは妖精たちから言われたことで、最も効率のいい運用だそうです。燃料や弾薬の消費、後は補充の面でも六隻編成が好ましいとのことです」
「六隻で一艦隊。で、幾つまで出せるのさ?」
「いくつでも、と妖精達は言っていましたが」
そういうものなのかと、テラは言葉を口の中で回す。
「確かにな。じゃ、建造数を増やす?」
「はい。追加建造は妖精たちにお願いしておきます。後、ドロップって現象もあるらしいので」
ドロップ、海域を進んでいるとたまに艦娘が漂っているらしい。
以前、妖精たちがそんなことを言っていたのを、テラは少しだけ思い出した。
「あれ、俺と吹雪の時はなかったけど」
「確率的に二割を切ることが多いそうですよ」
なんだ、その非効率的なものは。
テラは出かかった文句を噛み砕いて消して、腕組みして考え込む。
「・・・・・・何度でも出撃し放題?」
冗談交じりに言ってみると、ルリは真っ直ぐに見詰めてきた。
「テラさんがそうしたいならば、私はバックアップとして尽きることのない補給を約束します」
一点の迷いも戸惑いもなく、彼女は言いきった。
事実、今まで一度たりとも彼女が補給を滞らせたことはない。尽きるのではなく、なくなるのではなく、滞るだ。
何時もスムーズにスマートに、的確に補給を確立させてきたのが、ルリの手腕。
戦場を見通し、正確に戦力を配置して、こちらが戦い易いように動かす。
それが、彼女の能力であり役目だから。
「なら、ルリちゃん、それで」
「はい、解りました」
立ち上がり一礼したルリに、頼むよと声をかけて、テラは立ち上がる。
「吹雪、ちょっと耐久作戦とか行ってみるか?」
「はい、お供します」
空かさず立ち上がる彼女に続いて、全艦娘が立ち上がった。
「七隻編成はちょっと無理じゃないか?」
「四隻と三隻の二つの艦隊で連合艦隊って編成もあるみたいですよ」
ルリからの助け舟に、そういうのもあるのかとテラは内心で納得して、剣を持ち上げる。
「じゃ、行くぞ」
「了解しました、提督!」
気合十分な返答に、テラは小さく笑う。
突き進んだ先、何処までも続く水平線の果てには何があるのだろうか。
考えても答えは出ないから、進んでみた。
きっと素敵な出会いがあると信じて。
信じてみたかっただけかもしれないが。