光秀くんと月城さんの話   作:とましの

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光秀くんと月城さんの話

子供の頃の俺は普通の子供だった。運動が得意で勉強はちょっと苦手で、そんな平凡な子供だ。

そんな俺があの人と出会うきっかけとなったのは俺の心臓だった。

 

突然血を吐いて倒れた俺はある病院に運ばれる。その時点で俺の心臓は死にかけていたらしい。

けどそこらへんのことはあんま覚えてない。というか、あんま自覚してなかったのかもな。ガキだったし。

 

けどガキだったから、手術は難しく成功する確率も低かった。

そんな時にあの人が現れたんだ。他の心臓外科の先生が言うには『天才』だって。

 

「僕は失敗しないよ。だから君も頑張ろう」

 

テレビに出てる医者と比べたらその人は全然普通でカッコいいとかじゃない。

どっかの戦場でたくさんの人を救ったとかじゃないし。

変身してゲーム病をやっつけるなんてこともできないし。

お袋の好きなヤツみたいに筋肉ムキムキで屋上で練習してないらしいし。

 

けど手術が終わってからその人は俺のヒーローになった。

 

いつもヨレヨレの白衣を着てるとか。ポケットに手を入れてフラフラ歩いてるとことか。そういうとこ ちっともカッコよくないんだけどさ。トイレのぞうりみたいなのはいてるし。頭の後ろとかたまにねぐせってるし。

 

けど月城さんはすげぇ。人の命を救えるすげぇ人だ。

 

 

俺は月城さんみたいになりたくて勉強をがんばった。

近所のダチと遊ぶのもやめて毎日勉強した。テストの点数なんていつも百点になった。

 

高校生になると周囲のやつらは軒並み色気付き始める。誰が好きだとかどんなヤツがいいとか。グラビアの写真集を持ってくるヤツまで現れた。

そんな中で俺は好きな人について聞かれた。けど何も言えなかった。

 

頭の中には月城さんしかいなかったから。

 

 

夏に入ろうとする頃、俺は定期検査のために病院を訪れた。ガキの頃に手術した病院は今もたくさんの患者を抱えてる。

 

「月城さんって、好きヤツとかいる?」

心音の確認のために服を開かせながら聞いてみる。聴診器を俺の胸に当てた月城さんが俺を見た。

「光秀君も恋の話をする年頃になったんだね」

「周りはそうなんだけどさ」

息を思い切り吸い込んだ俺はそのまま息を止めた。沈黙の中で月城さんが俺の心臓の音を聴いてる。

月城さんが治してくれた俺の心臓は、月城さんが近づくと早く動く。飼い主を見つけた犬の尻尾みたいに。

心音と肺の音を確認した聴診器が離れる。俺は服を元に戻した。

 

「俺、たぶん月城さん以外眼中にないぽい」

クラスの連中に誰が好きかって聞かれても誰も浮かばない。女子から告白されても嬉しいと思わない。

俺はいつでも月城さんのことばかり考えてる。

 

「光秀くん、次の検査だけどね」

「なぁ聞いてよ。俺、月城さんのこと好きなんだ」

カルテに書き込む月城さんに俺は素直な気持ちを吐露した。だけど月城さんのペンは止まらない。

「次の検査は他の先生に診てもらうことになるよ」

「なんで?」

月城さんの突然の言葉に驚いた。心臓が痛い。

「俺の主治医は月城さんだけだよ。俺の心臓は月城さんが助けてくれたんだから」

「僕ね、移動が決まったんだ」

月城さんが何を言ってるのか全然わからない。

「決まったというか……元々戻る予定ではあったんだけど」

月城さんの手元でペンの動きが止まった。月城さんがこっちを見る。

俺、どんな顔をしてるんだろ。

「俺……月城さんがいないと生きていけない」

「光秀くん」

「好きなんだよ」

まだ16のガキがこんなことを言っても月城さんには通じないかもしれない。

月城さんはずっと年上で、大人だから。俺がガキの頃から天才でヒーローで凄い外科医だから。

 

「光秀くん、医者になるって言っていたよね」

ボロボロで泣きそうな俺に月城さんの優しい声が飛んでくる。

「医者になったら僕のところにおいで」

月城さんは優しい。だから俺は月城さんのことが好きなんだ。

 

 

夏が終わる頃に月城さんは他の病院に移った。そこで俺の担当医師も変わる。新しい担当は若い女医だった。

新しい主治医はボインで美人だってクラスのダチに話したら羨ましがられた。胸がでかくて顔が良くても医者としての腕とは関係ない。

けど、ボインは男のロマンってのはわからなくもない。

 

 

一般家庭の独りっ子な俺は公立高校から国立の医大に進んだ。そこにはいろんな毛色の人間がいたけど、俺は医学書しか見てなかった。

合コンするヒマがあったら勉強するし。遊ぶヒマがあったら医学書を開く。

そうして晴れて外科になった俺は、実家から遠く離れた大学病院の配属になった。研修医の時点で人事に手をまわして呼んでくれた人がいるから。

 

昔と違って、月城さんはヨレヨレの白衣を着ていない。ポケットに手を入れてフラフラ歩いてもない。

けど、まだ若いはずなのに少し白髪まじりなのは気になる。

そこを聞いたら月城さんは照れたように笑った。

「僕もいろいろ苦労したからねぇ。でも光秀くんが来てくれたから少しは楽になるかな」

「月城さんの期待に応えられるようがんばるけど」

「けど、なんだい?」

いつも穏やかな笑顔を見せてる月城さんは、ここでは院長という地位にいる。だから俺と二人きりにならない限りこんな砕けた会話はしてくれない。

「俺、告白の答えまだもらってないよ」

高校時代にした告白は、月城さんの移動でほったらかしにされたままだ。

それを告げれば月城さんはなぜか楽しげに笑った。

 

「そうだね。君が一人前の外科医になったら、大人の男として扱おうかな」

 

医者になりたての俺は、月城さんが告げた言葉の意味を正しく理解できてなかった。

一人前の外科医なんて研修期間を終えればなれるものだと思っていたから。

 

けど俺はまだ知らなかった。

月城さんがどれほど偉大な人なのか。

『天才外科医』がどれほど貴重で稀有な存在なのかを。

 

そしてそれを知った時、俺の目の前には絶望しか存在しなくなった。

 

 

 

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