季節が進み秋も深まる頃に獣症関係の学会が開かれる。研究報告や論文発表が主な中身だが、話題に出るのはその後の会食だった。
獣症の重鎮と言われる老齢の教授たちにとって、定期的に開かれる学会は人脈を作る場になっていた。なぜならここ数年は新しい発見も刺激的な論文も発表されていないからだ。
けど今回は徳川と石黒がはりきってるから、俺自身は楽しみにしてる。徳川の獣症を治してからの石黒は前以上に意欲的な男になった。
おかげで俺もあいつらの手伝いに奔走させられて徹夜続きの有り様だ。
「明紫波君」
人が行き交う会場の入り口に月城さんがやってくる。
「さっきそこで古い友人と会ったんだけどね。君は覚えているかな……」
今日の月城さんはどこか楽しそうに話をしてくれる。それを聞きながら、俺は心臓が重くなっていくのを感じた。ただいつもと違って妙に脈が早い。
月城さんが楽しそうにしてるからか?
楽しそうに他の医者の事を語ってるから?
それともここ最近の疲れがピークに来てるからか?
その可能性のほうが高そうだな。月城さんの人脈は広いし、今さら誰かの話をしたところで動じるなんておかしい。
けどなんでだろ。月城さんの古い友人なんて、今まで聞いたことないな。
「光秀」
不意に第三者の声が割り込んで我に返る。目をしばたかせて前方を見れば月城さんが口を閉ざして立っていた。
ヤバい。月城さんが心配そうな顔してる。
「すみません。大丈夫です」
俺は大丈夫だから、月城さんは何も気にしないでくれ。俺は月城さんの足手まといにはなりたくない。
心の中でそう願いながら、俺は失礼を詫びるために頭を下げた。
そんな俺に月城さんの落ち着いた声が落ちる。
「徳川君、後の事を君と石黒君に任せてもいいかな。私は明紫波君を連れてホテルに戻るよ」
「はい。三成にも伝えておきます」
月城さんの言葉に徳川が応じる。
なんでそこで従順になるんだよ。俺がいないで司会進行は誰がやるんだよ。叫びたい気持ちを全力で飲み込んで、俺は月城さんに促されるまま動きだした。
心臓が重い。そのせいで血流が滞ってしまったのか、手足を含む全身が重い。
月城さんに連れられて、ホテルに戻る頃には全身が汗で冷えてしまっていた。
ホテルの広い一室で俺は月城さんに頭を垂れる。そんな俺に月城さんは座るように言ってくれた。
それでも動かない俺の肩を月城さんの手が乗せられる。
「座りなさい」
月城さんはいつでも優しい。けどその優しさは俺にはふさわしくないものだ。
ソファに座った俺の目の前で月城さんがお茶をいれてくれる。
「月城さん、申し訳ありません。これを飲んだら……」
「そこまで顔色の悪い君を放置していられないよ」
すぐに戻ると告げようとした俺は月城さんの言葉に口を閉ざす。
また月城さんに迷惑をかけてしまった。その罪悪感が俺の中に重く溜まっていく。
月城さんの役に立ちたいのに俺はなにひとつとしてできてない。
「光秀くん」
息苦しいほどの罪悪感の中にいた俺は不意の呼び掛けに驚いた。反射的に月城さんを見れば、なぜか月城さんは寂しそうな顔してる。
「僕は君の主治医だけど、その前に君から告白を受けた身だね」
一瞬、月城さんが何を言ってるのかわからなかった。けどかつての自分のしでかしを思い出して脂汗がにじむ。
「すみません。あれは……」
「その返事をここでしてもいいかな」
「はい……は!? いや、待ってください」
ヤバい。意味わかんねぇんだけど、つまり俺は解雇されるってことか?
学会ひとつもこなせない外科部長は不必要ってことだよな。そういう意味で結論を出すってことだよな。
「すみません。俺が不甲斐ないのは自覚してます。けどここでクビを切られるのは困るっていうか」
「僕は君の事を大切に思ってるよ」
「それはわかります。月城さんは優しいから、俺に無理をするなってことが言いたいんですよね。だから他の人間を部長にって」
「光秀くん」
「はい」
月城さんに改めて名前を呼ばれて俺は言葉を止める。
すげぇ混乱してきた。解雇とかリストラってこんな急に宣告されるもんなのか。
こんな急に、月城さんのそばにいられなくなるのか。
「愛しい相手が死にそうな顔をしていて、何も思わないほど僕はもうろくしてないつもりだよ」
絶望の中で混乱していた俺の頭が月城さんの言葉で停止する。
あれ、なんの話してたんだっけ。
「リストラの話ですよね」
「僕は告白の返事をと言ったよ」
相変わらずだねと月城さんが笑う。
リストラの話じゃないのに、俺を持ち上げる意味がわかんねぇ。
「正直、あの告白は俺の中で無かったことにしたい黒歴史のひとつなんです。世間知らずのバカなガキが、月城さんの偉大さも知らないで」
「光秀くん」
月城さんが名前を呼ぶのは、俺に黙れと言いたいからなのか。それとも落ち着けと言いたいからなのか。
「僕のことを何も知らない君の気持ちだから嬉しかったんだよ。それに君は僕のことを知ってもこうしてそばにいてくれる」
「それは、俺みたいな使えないヤツを月城さんが使ってくれるからで……」
「光秀くんはもう僕のことを何とも思っていないということかな」
「そんなことは」
「ないのなら、僕の恋人になってくれるかい?」
月城さんの問いかけに俺がNOと言うわけがない。だから答えは決まってる。
けど俺で良いのかって思いがなくもなかった。だって俺は何の価値もないただの男だ。月城さんほどの人がなんで俺なんかにって思わないわけがない。
けどそれが聞けないまま、俺は嬉しいはずなのに喜ぶこともできず途方にくれていた。