「先生、お婆ちゃんってなんで髪の毛が白いの?」可愛らしい声が教室中に響いた。
「ねぇ、どうして?」
「そ、それは」
上白沢慧音は言葉を詰まらせる。人里の中心部に建てられた寺子屋、その部屋の中でも一番大きい教室で慧音は授業をしていた。月初めという事もあり、生徒はいつにも増して多く、何人かは見知らぬ生徒も来てくれていた。閑古鳥が鳴いていることもある寺子屋、延いてはその寺子屋の教師である慧音にとっては、生徒を増やす千載一遇の好機であった。
だというのに、生徒から最初に発せられた質問の答えを慧音は知らなかった。いつもであれば、歴史の授業には関係が無いと切り捨てているが、今日はそういう訳にもいかない。なんせ、初めての生徒もいるのだ。親しみやすい先生というのを強調しなければならない。
先日、家に遊びに来た不死の友人に「慧音は、普段は優しいが、授業中は愛想が無い」と指摘された。「まるで、どこかの狐の式のようだ」
「そんな事はない」咄嗟に否定したが、内心では何処か納得していた。生徒たちに歴史を教えることに集中するあまり、生徒達自身には向き合えていないのではないか。
そうか、と呟いた心優しき友人は、それ以降何も触れなかったが、慧音の心には一つ大きな目標が出来ていた。いつもよりも生徒に向き合った授業をしようと。
「おしえて、けーね先生!」
大きな目をキラキラと光らせてこちらを見つめている生徒は、机に身を乗り出し、立ち上がっている。その姿は、餌を目の前にした猫のようで何とも愛くるしい。だが、残念な事に餌を持っていないのだ。
「あー、それはだな……。そう、人は死ぬとどうなるか知っているか?」
「んー?」
教室がにわかに騒がしくなっていく。数多の生徒たちが思い思いの答えを声高々に叫び、その度に騒がしさはより一層大きくなっていった。
「はいはい、静かに。答えは、幽霊になる、だ。見た事あるやつもいるかもしれないが、幽霊ってのは白くて、丸くて、ふわふわしているやつだ」
「何だか、可愛いね!」
かわいい、かわいい、と生徒たちは覚えたての言葉を繰り返すように連呼する。かわいい。
「それでだ、何でお婆ちゃんの髪の毛が白くなるかって言うとな。幽霊に段々と近づいているからなんだ。あの白色は幽霊の白色なんだ」
「えー!」
質問をしてくれた生徒は、目をまん丸にして、大きく口を開けていた。小さな両手を頬に当てて、首をぶんぶんと縦に振っている。私は何も聞いていません! と主張しているようにも、なるほどそうだったのか! と驚愕しているようにも見える。
「で、でも先生! この前家に来た幽霊の人は、髪の毛桃色だったよ!」
後ろの方に座っていた男子生徒が勢いよく立ち上がった。
「あの人も幽霊なのに!」
慧音は一人の冥界の主を思い浮かべる。幽霊だからなのか、掴み所が無いお姫様は、確かに桃色の髪をしていた。幽霊なのに。
「それはな。彼女が桜餅が大好きだからだ。髪の毛が白い人が、何か色を着いたものを食べると、その色になることもあるんだよ」
えー! という声が耳を貫いた。生徒達の元気の良さにはいつも圧倒される。彼らの力を合わせれば、門前の山彦妖怪にも勝てるのではないかと、最近では本気で思い始めている。
「質問も解決したし、それでは歴史の授業を始めるぞ」
まだ興奮が冷めていない生徒達であったが、授業を進めて暫らくすると、みな静かに授業を受けている。何人かの生徒は、しきりに首を縦にふり、授業の内容の理解を示していた。やはり、生徒の質問はどんな質問でも答えるべきなのかもしれない。
家に帰ると、そこには友人の姿があった。いつもの赤いもんぺを着て、どこか楽し気に鼻歌を歌っている。
「どうした、何だかうれしそうじゃないか」
「お、慧音。おかえり」
花が咲くような笑顔で振りかえった友人は、懐から何かを取り出して、嬉しそうにそれを見つめた。
「今日な、ここへ来る途中に子供にあってな。貰ったんだよ、これ。頑張ってって」
いつになく早口で言い切った友人は、どこか誇らしげに鼻をこすっている。
「そうか。良かったな」
嬉々としている友人を前に、思わず笑みが浮かんだ。それは、私のおかげだよ、と自慢したくなる。頑張ってねお婆ちゃんとも言いそうになったが、流石に友人にそんなことは言えない。
「あ、あと慧音先生も頑張って、て言ってたな。一体、何を頑張ればいいんだか」
手から荷物が滑り落ちた。先程まで微笑ましかった友人が急に悲劇の共有者のように感じてくる。同じ監獄に入れられた死刑囚もおそらく同じ気持ちなのだろうか。
「妹紅、私っていくつに見えるか」
「おいおい、それは私に対する皮肉か?」
肩をすくめ、やれやれと首を振る友人は、いつの間に用意したのか、湯呑を二つほど机の上に置いた。
「早速、戴こうぜ」
友人の手に握られた、桜色の和菓子を見つめる。あとどのくらいお前を食べれば、生徒の願望は叶えられるだろうか。きっと、何個食べてもだめなのだろう。
友人によって一口で食べられる桜餅を見ながら、やっぱり歴史以外の質問には答えないようにしようと固く決意をする慧音であった。