東方短編集   作:ptagoon

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元気な子供

「子供って本当に元気ですよね」

 向かいに座った早苗さんが、団子を頬張りながら悩まし気に口を開いた。

「ほんと、子供のパワフルさは異変レベルですよ」

 

 昼時の甘味屋は、思った以上に混んでいた。私の部下である布都が、甘味屋の団子が絶品だった、と余りにも進めてくるので、折角だからと来てみると、早苗さんに見つかってしまった。「あ、神子さん。ちょっとお話しませんか」と太陽のような笑顔で誘ってくる早苗さんを断ることは出来なかった。友好を深めることは守屋との後々を考えても必要な事であるので、私からしてもありがたい申し出であったのだが、何故だか今日は彼女と話したら拙い事になる予感がした。

 

「もしかしたら、子供なら妖怪の賢者に一泡吹かせられるかもしれません」

「その式の狐と狸の仲を取り持つことも?」

「できます、できます。神子さんと聖さんの仲も取り持てるに違いありません」

「それは、無理でしょう」

 

 いえいえ出来ますよ、と鼻を鳴らした彼女は手に持った団子をパクリと頬張った。頬を緩め、もきゅもきゅと食べる姿は何とも微笑ましい。何時だって子供が食べ物を食べる姿は、人を癒すものだ。

 

「それでですね、その子供のことで相談があるんですよ」

「えっ早苗さんが、ですか」

「どういう意味ですか! 私はもう大人ですよ」

 

 頬を膨らませた彼女は、その頬に溜めた空気を一気に吐き出すと、困っているんですと言葉を零した。

 

「ここの甘味屋の息子さんなんですけど、どこか落ち着きが無くて些細な事でも泣いたり、暴れたりするそうなんですよ。しかも、甘味屋が開いている昼間に限って」

「別に普通の事じゃないですか? 大抵の子は落ち着きが無くて情緒不安定ですよ」

目の前にいるように。

「そうなんですけどね、私も最初は親バカだなぁって思いましたよ。でも、引き受けちゃったんですよ。何とかするって」

「身から出た錆ですね」

「どうしたらいいのでしょうか…」

 

 天真爛漫な彼女にしては珍しくため息を吐いた。緑色の綺麗な髪も、心なしか日がたった白菜のように萎びてみえる。本来であれば、彼女自身がまいた種は彼女が刈り取らねばならない。だが、今後の守屋との関係を考えると、ここで恩を売っておくのも悪くはないだろう。そう、だからこれは決して私が絆された訳でも、元気で破天荒な彼女を見て普段は癒されていたなんて訳でも無い。為政者たるもの打算的でなくてはならないのだ。だから、そんなわけはない。

 

「仕方が無いですね。その子に会わせて下さい」

「いいんですか!」

「人の悩みを解決することも、為政者の務めです」

「さすが神子さん! カッコいいです。耳当てが似合う聖人第一位!」

「これはファッションではなく、耳が良すぎるので雑音をかき消すためにつけてるんですが」

「それでも格好いいのは変わりないですよ」

 

 目を輝かせて、私の手を握った早苗さんは、ぶんぶんと大きく揺さぶってきた。肘を机にぶつけないかと冷や冷やしていると、案の定ごつんと派手な音を立てて強打していた。叫び声すらあげず、その場でうずくまっている。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「い、痛すぎて息が…助けて下さぁい」

「そんなこと言われても」

 

 目をウルウルとさせ、こちらを見上げてくる彼女は、捨てられた子犬のようだった。激しく感情を揺さぶられる。その自分の心を誤魔化すために、大きな声で店員を呼んだ。すると、人で埋まった机をすり抜けるようにして、一人の男性が急ぎ足で向かってきた。この店の店長だ。少し薄くなった白い髪を汗で濡らし、ふくよかな腹をゴムまりのように弾ませている姿は、哀愁ただようものだった。

 

「はぁはぁ……。な、何か注文ですか?」

「い、いや。そうではなくて。連れが肘を強打してしまったみたいで」

「早苗さまが肘を! それは大変だ」

 

 あせあせとその場で足踏みをし、肘をぶつけてうずくまっている彼女に対し、ああ、早苗さま、と悲痛な声を出している店主を見ると、つい笑ってしまいそうになる。こんなか弱い少女でも、きちんと現人神としての仕事は果たしているようだった。肩に入っていた力がするりと抜ける。

 

「あの店主さん」

「あ、はい。何でしょうか」

 

 うずくまりながらも、右手でこぶしを握り親指を立てた早苗さんを見て安心したのか、少し落ち着いた店主さんは、不安そうな顔で私を見た。畏れと緊張の入り混じった微妙な顔だ。庶民が為政者に向ける顔だ。そして、すぐにはっとし、顔を下に落とすと、そのまま地面へと身体を落とした。そこには、先ほど早苗さんに見せたような親しさはない。

 

「あなたの息子さんに会わせてもらえないでしょうか」

 

 店主と早苗さんが同時に顔を上げ、私をまじまじと見てくるのが面白くて、私はまた頬を緩めた。

 

 

「こいつが私の倅です」

 店の奥の、小さな三畳の部屋に入った店主は、泣き叫ぶ小さな男の子を抱きかかえた。

「うるさくてごめんなさいね」

 

 その男の子は、早苗さんから聞かされたように、かなりの大声で泣いていた。見たところ、まだ2歳といったところか。このくらいの子供であれば、それも珍しい事でもない。甘味屋の喧騒と男の子の泣き声が張り合うように耳に響いていた。

 

「可愛いですねぇ。あの! 私、抱っこしてみたいんですが」

「ぜひ。早苗さまにおぶって貰えるなんて、こいつは幸せ者です」

「えへへ。ほら、奇跡を授けますよー、っと」

 

 店主から早苗さんの腕へと移った男の子は、相も変わらず大声で泣いていた。身体をよじり、何かに抗議しているようにも、耐えているようにも見えた。が、早苗さんは一向に気にした様子はなく、可愛いでちゅねー、と頬を緩めながら揺さぶっていた。不慣れながらも妹に愛情を捧げる少し上のお姉ちゃん、といったところか。

 

 手持無沙汰になったのか、落ち着きなく手をぶらぶらと振っている店主へと近づく。その目は、ずっと子供に向けられていた。困ったように眉を下げているが、どこか嬉しそうに微笑んでいる。その一瞬だけで、彼がどれほど子供を愛しているかが分かった。

 

「店主さん。いくつか質問いいでしょうか」

「ああ、はい。何でしょうか」

「失礼ですが、奥様は」

 

 一瞬きょとんとした彼だったが、合点がいったのか、すぐに頬を緩ませた。

 

「家内は、今は店で働いてくれてますよ。私が店に出てるときは家内が倅の面倒を見て、家内が店に出てるときは私が出てるんです」

「なるほど。そういうことですが」

「まあ、私も家内も倅を泣き止ませることはできないのですが」

 

 泣き笑いのような表情をした彼は、もう一度男の子へと目を移した。私も同じように視線を変える。そこには一向に泣き止まない男の子に向かい、少し焦りながら変顔を見せている早苗さんの姿が目に入った。それでも男の子は泣き止まない。甘味屋から聞こえる笑い声とは対照的だ。

 

「あらら。泣きませんねえ。どうしたのでちゅかー? お腹が空いたのでちゅか?」

「どうでしょう」

「まあ、赤ちゃんは繊細なので、私たちに驚いちゃったのかもしれないですね」

 

 そうなんでちゅかー? と男の子に微笑みかける早苗さんは、楽しそうに身体を揺すりながら男の子に語りかけている。それでも、男の子は泣き止む気配はない。

 

 赤ちゃんは繊細。先ほど早苗さんが話した言葉が頭に残る。その通りだ。幼子は私たちでは認知できないような些細な事にすら反応し、泣き声でそれを知らそうとしてくれる。そんな幼子がいつも泣き止まない。では、一体何を知らそうとしているのか。

 

「あ」

「ど、どうかされましたか?」

 

 不思議そうに私に向かい首を傾げた店主に軽く頭を下げ、早苗さんが抱きかかえている男の子へと近づく。そして、私の両耳を覆っていた耳当てを男の子へとつける。それを取り外した瞬間、多くの雑音が耳につき、顔を顰めそうになったが、なんとか笑顔を保った。男の子に恐怖を与えてはいけない。

 

 早苗さんの腕の中で、全身を使って大きな泣き声をあげていた男の子は、耳当てをつけてしばらくすると、段々とその声を小さくさせていった。そして、そのくりくりとした目をゆっくりと閉じ、寝息をたてはじめた。どうやら上手くいったようだ。

 

「神子さん神子さん!」

 男の子を起こさないよう、声を潜めながて早苗さんが詰め寄ってくる。

「すごいですね! 泣き止みましたよ」

 

 後ろを振り返ると、店主さんも早苗さんと同じように目を丸くしていた。「あ、ありがとうございます」と小さな声で呟いてはいたが、どうやらあまりに簡単に泣き止ませてしまったようで、現実を直視できていないみたいだ。

 

「さっき早苗さんも言ってましたが、この子は繊細なんですよ。だから、甘味屋から聞こえる人々の声に恐怖していたんです。その危険を知らせようと、暴れたり泣いてたりしてたんですよ。だから、甘味屋が開いているときにそれが顕著だったんです」

 

 なので、雑音を防ぎ、必要な音だけを通してくれる私の耳当てをしてあげれば、きっと泣き止むだろうと、そう思ったのだ。予想通りにことが運んで、本当に良かった。

 

 ほへー、と気の抜けた声を出した早苗さんは、「つまりは神子さんの耳当てには騒がしい子供を落ち着かせる効果があるのですね!」と目をキラキラさせた。そこまで純粋な目で見られては、否定することもできない。まあ、そういうことです、と曖昧な返事をする事しかできなかった。

 

 

 

「なるほど、そんなことがあったんですね」

「そうなんです。だから、私は悪くないですよ」

 

 人里を従者と共に歩くのは、きっと楽しいだろう。そう思い暇そうにしていた屠自古を人里に連れ出したのだが、予想外なことが起きていた。

 

 人里の間で、とあることがちょっとしたブームになっていたのだ。そのせいで、私は先日の甘味屋での出来事、早苗さんの頼みで男の子に耳当てを渡したことを話さなければならなくなっていた。

 

「最初は、みなが太子様の威光に感化されたと思いましたよ」

「私もそうです」

「でも、話を聞けば“この耳当てには騒がしい子供を落ち着かせる効果があるらしいですよ”なんて言われるもんですから。これでは太子様が騒がしい子供の一人と思われているのではないか、って勘違いしますよ」

 

 そのブームと何か。子供たちに私と同じようなデザインの耳当てをつけることだ。それが流行っていた。おそらく、早苗さんか甘味屋の店主がそう噂を流したのだろう。その噂は間違っているが、私にとってはありがたいものだった。それはなぜか。

 

「おや、あなたもこの耳当てしてるのですか」

「ええ。子供とお揃いなんです」

「似合ってますよ」

「神子さんほどじゃないですよ」

 

 こうして、庶民の方々と親しく話せるようになったからだ。以前のように畏れを顔に浮かべる人が減っていた。それは、私と彼らとの間にあった壁を打ち砕いてくれたような、そんな気すらした。

 

「あ、神子さん!」

 

 少し不満そうな都自古を宥めながら歩いていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。最近聞いた、天真爛漫な声だ。ゆっくりと振り返る。そこには、満面の笑みを浮かべる早苗さんの姿があった。

 

「やっと会えましたね。探してたんですよ!」

「探してたって、私をですか。どうしてです?」

「ふっふーん。これです!」

 

 自慢げに鼻を鳴らした彼女は、懐から取り出したものを、そのまま頭に被った。私と全く同じデザインの耳当てだ。

 

「諏訪子様と神奈子様に貰ったんです。お揃いですね!」

「ええ。お揃いですね」

 

 やった、と微笑んでいる早苗さんを見ているとつい笑顔になってしまう。やっぱり、子供というのは本当に元気だ。頭を抱えながらも、早苗さんを見ながら微笑んでいる二柱の守屋の神が頭に浮かんだ。残念ながら、私の耳当てでは彼女は静かになりそうにない。でも、それでいいと私は心から思った。

 

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