「土かあ…腐葉土とか堆肥なら作れるんだけどなぁ」
アイサちゃんのリュックに入った土に触って、しみじみと思った。土が宝なのだと言われても、さっっっぱり全く共感できない。空において地面がありがたいものだとは理解できる。理解はできる、が、ありがたみは分からない。それが地上人と空島の人々との違いなのだろう。
「それって何?」
「土の栄養になるものだよ。植物が育ちやすくなったりするの。でも腐葉土とか生ゴミ処理機の堆肥に直接植物を植えるとか聞いたことないしなぁ…そもそも問題は植物を植える場所がないってのじゃなくて土によって植物を産むってことだし…」
「…なんか難しそうだね」
私のぼやきの意味が分からなかったのか、アイサちゃんがしかめっ面でぼやき返した。素直で可愛い子だなぁ、とついつい顔が緩んでしまう。
「難しいねぇ…。土…どうにか作れないかなぁ…」
「そんなの無理だよ。それに、土じゃなくって神の島を取り戻すために戦ってるんだから」
「ああうん、シャンディアのみんなはそうなんだけどさ。空島の人たちがね、土の作り方が分かれば島を諦めてもらえないかな、って思って」
「……ミサオ、そんなこと考えてたの?」
「うん、まあね」
大きく口と目を開けて驚き満点の声色でアイサちゃんに言われた。ううん、驚いた顔もめっちゃ可愛い。
「空島の人たちは神の島が欲しいんじゃなく、土が欲しいんだよね。でもってシャンディアの人たちは神の島を取り戻そうとしてるわけでしょ?だから代替案があれば向こうだって戦争を好むわけじゃないんだろうし、取り引きするのは有りっちゃ有りなんじゃないかなぁ」
「そんなことはどうでもいい。俺たちは島を取り返す、それだけだ」
「うひっ!…ワイパーさん」
慌ててアイサちゃんのリュックの蓋を閉じる。そのリュックをアイサちゃんがギュッと抱きしめたのを横目に確認して、ワイパーさんに向き直った。急に背後に現れるのは心臓に悪すぎるからやめてほしい。いつか口からポロっと心臓が飛び出そうだ。
「お前は誰の味方なんだ」
「…私は誰の敵にもなりません。でも、あえていうならお世話になってるみなさんの味方でありたいです」
「なら黙って見ていろ。余計なことはするな」
「…代替案を探すことは、ダメなことですか?誰だって戦争したいわけじゃない。ただ守りたいものを守ろうとするから、衝突しちゃうんでしょ?」
「あいつらが奪い、守ろうとしているものこそが俺たちの故郷だ!」
「ええ。だから、向こうの方々を…言い方が悪いですけど、穏便に追い出す方法を模索してるんです」
「追い出す?この400年、奴らが島を占拠し続けているというのにか?」
「ええ、それでも。屁理屈を正論に捻じ曲げてでも、私はあなたたちが無事に故郷に帰れる日が来てほしいと思ってますから」
「……ねえ、ミサオも家に帰りたいんだろ?」
「もちろん!」
「ならあたいたちのことまで考えてないで、ミサオが帰る方法とか考えりゃいいだろ?なんであたいたちのこと、そこまで考えてんのさ?」
気遣うように声を上げたアイサちゃんには悪いが、雲に乗っている時点で私はここが異世界だと確信を持っている。家に帰るというなら現れたここに居座って時空が歪むなり何なりするのを待つのが一番確実だろうということも。でもそれはあまりに非現実的すぎて言えない。下手すれば狂人だ。世話になっている彼らへの恩返しというか、暇つぶしというか、そういう不純な動機でこんな考え事をしているだけだ。保身と利己的な考えを胸に口を噤んで、私はアイサちゃんに笑いかけた。
「私も、アイサちゃんやワイパーさんたちも、帰りたいのは同じでしょ?ならちゃんと帰れるまで見届けたいじゃない?」
「ミサオ……」
「やだなぁ、そんな顔しないでよ!ほらほら、可愛い顔でにっこり笑ってよ」
「や、やめろよー!」
柔らかいもちもちほっぺたを揉んでやると、しょげた顔が消えて機嫌を損ねたような照れた顔になった。本当はそんな顔をしてもらう意味なんてないのに。自分の卑怯な損得勘定に心底嫌気がさす。
「………」
「あっ、ワイパー…」
無言で立ち去ったワイパーさんの背からは、なんだか拒絶するような雰囲気が薄れて見えた。たぶん、私の都合のいい幻覚なんだろうけど。