住めば都とはよく言ったもので   作:シーシャ

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9.戦いが終わって平和になったらしいけど…

 

 

「………漫画の子だ…」

 

「…どうした?」

 

「………ワイパーさん…どうしよう。私…帰れない」

 

「どういうことだ」

 

「私…私……っ!」

 

「ミサオ、こっちに来い」

 

「………」

 

「いや、もっと近くだ。…もっとだ」

 

もう体がくっついてしまう、という距離にまでなって、ワイパーさんが手を持ち上げて私の頭を引っ張った。

 

「ワイパーさ、んぶっ」

 

「これなら周りに聞こえん。話せ」

 

薬独特の匂いがする。真横にワイパーさんの顔があるのが分かる。なんならもう耳と耳がくっついてるし、私の首の下には包帯が巻かれた肩がある。怪我人の上に半ばのしかかるような状態なのに、横目で見るとワイパーさんは顔色ひとつ変わってない。空気を読んで空島の女の子がにっこり微笑んで離れてくれた。ああ、ここは優しい人ばっかりだ。

 

「……私の故郷は、日本って国なんです。でも、この世界には日本がないんです。だから、私…」

 

「絶対に、ないのか」

 

「絶対にありません。だって世界地図が違うし、あの海賊の子たちも……」

 

海賊の子たちに直接は聞いていない。だけど聞くまでもなくもうとっくに分かってた。たぶん日本一有名な漫画で、よく利用するコンビニなんかでもコラボしてて、テレビのCMでだって見たことがある。その漫画の主人公なんだ。だって腕伸びたし。トナカイが喋って二足歩行してるし。あのキャラ、見たことある。漫画は読んだことないけど、本屋で、コンビニで、CMで…あちこちであの子たちのイラストを見た。

 

「私、もう、帰れないです…!」

 

涙が止まらない。こんなこと、先祖代々の望みであった故郷をやっと取り戻せた人に向かって言うような話じゃない。ましてや相手は病人なのに。だけど、もう耐えきれなかった。そんな風に自分のことばかり考えてしまう自分が、何よりも嫌だった。

 

「…この怪我が治る頃には全てが片付くだろう。だからそれまで待て」

 

「え…」

 

「今度は俺もお前と探してやる。お前が帰る方法を」

 

ワイパーさんの声に、いつものピリピリするような覇気がない。初めて聞く穏やかな声で、ワイパーさんはそう言った。ワイパーさんが喋る振動と心臓の鼓動が体を通して伝わる。それがまるで精神安定剤のように私に染み渡って、だんだんと激情がおさまっていった。

 

「…私の故郷、ないんです。家族ももういなくて…」

 

「なら帰ることができる日まで、ここにいろ。カマキリが兄で、ラキが姉、アイサを妹にするんだろう?」

 

「…嫌だって断られちゃいましたよ……」

 

「なら俺が家族になってやる」

 

ワイパーさんは以前酒を飲んだ時の酔っ払いの戯言を、今でも覚えてくれていた。私の頭に回された手が、ゆるりゆるりと撫でてくる。あまりに優しいその手に、思い切り縋り付いて泣き喚いてしまいたかった。

 

「お前が無事帰ることができるまで、俺たちがお前の身縒木だ」

 

「みよりぎ…」

 

「ああ。だからもう、泣くな」

 

「うう…っ!泣いたって仕方ないじゃないですか…!嬉しいんだから…っ」

 

「…そうかよ」

 

「一生帰れないかもしれないんですよ…」

 

「ああ」

 

「私、全然役に立ちませんよ」

 

「知ってる」

 

「……見捨てないでくださいよ」

 

「誰がそんなことするか」

 

頭を撫でていた手で顔をぐっと引き寄せられた。ごちっとワイパーさんと頭がぶつかる。なんとまあ、女の子の慰め方がすごく下手くそな人だ。でもその気持ちが嬉しくて、嬉しくてたまらない。あと結構恥ずかしい。顔が熱を持ってきた。

 

「……ワイパーさんかっこいい。惚れます」

 

「黙ってろ」

 

「ハイ」

 

いつかのように良い子のお口チャックをして、ワイパーさんの傷に気遣いながらそっと体に腕を回した。するとワイパーさんが無言のまま、もう片方の手で私の手を掴んできて、体がもっと密着した。くっついた所から、じわじわと暖かな体温が移ってくる。中途半端な体勢の辛さなんて苦にならなかった。冷たい悲しさが、じんわりと解けて消えていくようだった。ああ、私って、すごく恵まれている。

 


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