ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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イャンクック。

 

 

 ふとしたきっかけで、話が“狩場で食べていた物”の話題になった。

 

 

「そうじゃなぁ。今であれば支給品の携帯食料や、あらかじめドリンクや肉などを用意して、持って行くんじゃろうけどな?

 まぁワシらの時代には無かった物も多いし、なにより金が無かったしの……」

 

「じゃから基本的には、現地で調達した草食竜じゃな。

 そいつらを皆で必死に狩って、焼いて食っておったよ」

 

 味は個体によって様々だが、何故“必死に”かと言えば、それは自分達が狩っていたのが家畜ではなく、あくまでモンスターだからだ。

 豚や鳥ではなく、あくまで“草食竜”。当然その強靭さは、家畜とは比べ物にならない。

 

「アプトノスという大きな草食竜を、よく狩っておったのじゃが……。

 手負いとなって暴れるアイツに、踏み潰されて死ぬヤツが、後を絶たんかった。

 たとえ踏み潰されんでも、足の一本でも怪我させられりゃ、その時点で脱落じゃ。

 ゆえに出来るだけ危険の少ない、狩りやすい個体、ようは子供を狩るんじゃが……」

 

 例えば鹿や猪などを、一撃のもとにズドンと狩るのなら、何も思う事はなかったかもしれない。

 倒して、捌いて、解体して焼く。そうして生き物を食べる事に、大した感傷もないだろう。

 しかし自分達が使えるのは、ハンターナイフ。このなまくら(・・・・)だけだ。

 

「さっきも言うたが、ワシらが狩っとるのは家畜ではなく、あくまでモンスターなんじゃ。

 当然その身体は、牛や豚などとは比べ物にならん位に、頑丈じゃ。

 そんな草食竜を、寄ってたかって滅多切りにする。このなまくらでの」

 

 苦笑を浮かべながら、お爺さんがハンターナイフを、ゆっくりを前に掲げる。

 その刀身は頑強にして分厚い。しかしその刃には、鋭さなど全く感じられなかった。

 

「刃はろくに通らん。しかしこのような相手を殺すのに、いちいち砥石など使うとる余裕はない。

 じゃからそのまま、延々と小さな草食竜を斬りつけていく。皆で取り囲んでの」

 

「……何回くらいじゃろうな?

 30も40も斬り付けねば、死んではくれんかったと思う。

 地面に倒れ、苦しみもがいとるソイツを、息絶えるまで延々と斬り続けていく。

 その時間が、とても長く感じた」

 

 生き物を殺して、食う。これに関しては何も恥じる所などない。

 普段自分達がしている事、そしてされている事(・・・・・・)を想えば、これは至極真っ当な行為だと思えた。

 けれど「いただきます」の言葉にあるように、自らが奪ったこの命に感謝……などという気分には、どうしてもなれなかった。

 

 

「親はとうに逃げ去り、ひとりきりになってしもうたその子供を、延々と死ぬまで斬りつける。

 生き物が死ぬ間際にあげよる断末魔なんぞは、もう嫌というほど聞いてきたが。

 しかし、傷だらけになった子供が、必死で親を呼んどるような……。

 その悲しそうな鳴き声だけは、どうしても忘れられん」

 

 

 

 善悪はなく、ただそうある。

 

 死んだ。殺した。食った。喰われた。

 

 そして【生きている】と、【死んでいる】

 

 

 思う事ではなく、わかっている事。

 それのみがここでは、必要だと思えた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 “イャンクック”

 

 これは当時の人類が初めて対峙した、大型の鳥竜種であった。

 一体で村を焼き、複数体いれば小国をも亡ぼす。

 その個体数の多さから、当時は人類の天敵とすら形容された、大型モンスター。

 

「イャンクックなどの大型モンスの狩猟には、それはもう沢山の人員が駆り出された。

 大砲などの兵器があれば、狩る事も出来ようが、そんな物を狩場に持ち込めるハズもなし。

 ただひたすらにハンター達を投入し、討伐なり、追っ払うなりをしておったよ」

 

 自分が大型クエストの時に感じていた事。それはこの手の依頼に参加するハンター達には、片腕なり目なりを欠損した者……、いわゆるハンターとして“使い物にならなくなった”連中の数が、とても多かったという事だ。

 

「ようは、ランポスだのファンゴだのの掃討クエストでは、使い物にならんという、狩りの仕事が取れんようになった連中じゃ。

 そういう者達は、誰もやりたがらんような、死亡率の高いクエストにしか出られんようになる」

 

「大型の狩猟は、その最たる物じゃった。

 片腕を無くし、盾を持っておらんハンターを、よぅ見かけたよ」

 

 そんな身体の不自由なハンター達を、イャンクックは容赦なく蹂躙していった。

 飛びかかり、薙ぎ払い、潰し、焼き尽くす。例え50~60という人数で周りを取り囲もうとも、傷つけるどころか押し止める事すら出来ない。

 

 人が密集している所を優先して狙い、嬉々としてイャンクックが飛びかかって行く。そしてこの場に動くモノが居なくなるまで、決して止まる事は無かった。

 

「あの馬鹿でかいクチバシが一度振り下ろされれば、必ずその場に赤い花が咲いた。

 まるで人間の身体など無かったかのように、クチバシは地面まで貫通していく。

 水の入った袋を、地面に叩きつけた時のように、そこらじゅうにバシャっと血が飛び散った」

 

「ヤツは火を噴くというより、火の玉を吐き出すという感じじゃった。

 理屈はわからんが、まるで火のついた油のような液体を、こちらに向かって吐き出してくるような……。

 レウスの炎をその身に喰らえば、その業火で一瞬の内に黒焦げじゃが。

 クックの炎を喰らった者は皆……、もがき苦しみながら焼け死んでいくんじゃ」

 

「ただ比較的、あやつが火の玉を吐き出す事は、少なかった気がする。

 あやつは炎よりも、自らのくちばしや爪で、人間を殺す事を好んでおった。

 踏み潰し、蹴散らし、引き裂き、そして喰らった。

 ワシにはいつもその様が、どこか楽しんでおるように(・・・・・・・・・)映っておったよ」

 

 竜種は、非常に好戦的だ。

 縄張りを守る為ではなく、腹が減って喰う為でもなく、彼らは人間を襲う。全ての理由など副次的な物に過ぎない。

 彼らの視界に入り、そして襲われずにすむ可能性という物は、限りなくゼロに近い。少なくともおじいさんは、それを見たことも聞いた事もなかった。

 

「一瞬にして潰されたり、切り裂かれたりして死ぬのは、もちろん悲惨じゃ。

 じゃが下手に金のあるやつが、中途半端な鎧を着ていたが為に、もがき苦しみながら死んでいく事も、よくあった」

 

「尻尾で腹を薙ぎ払われ、くの字に凹んだ鎧が、身体に食い込むんじゃ。

 背骨まで腹に食い込んだ鎧のせいで、声を上げる事も出来ずに、血の泡を吹いて死んでいく。

 なまじ倒れておるもんじゃから、クックに後回しにされて、なかなかトドメも刺してもらえん、とかな」

 

「あのクックの大きな口の中で、生きながらにして咀嚼されていく者も、毎回のようにいた。

 時には2人、3人も同時にヤツは喰ろうた。

 風呂の水がザパッと溢れるように、その口から人間の血が溢れ出した。

 中途半端に咥えられ、下半身だけを無残に噛み潰され、そのせいで死に損なっている者もいた」

 

 身体を斬ろうが叩こうが、この巨大な生物は、決して怯む事がなかった。

 身体に感じる僅かな痛みよりも、目の前にいる人間たちを食い散らかす方が、大切な事なのだ。

 まるでそう言わんばかりに、片時も止まる事無く、クックは人間たちを蹂躙していった。

 

「50人ほどいた人数の、半数が潰された時点で、もう逃げてしまえば良いんじゃが……。

 しかし大抵の狩場では、それが出来ん状況となっておった」

 

「……いるんじゃよ、ランポス共が(・・・・・・)

 遠くの方からこちらを伺い、逃げ道を塞いで、こちらを取り囲んどる大勢のランポス共が」

 

 人間たちが肉塊に変わっていく様を、いつもランポスたちが、じっと見守っていた。

 時に歓声を上げるようにオゥオゥと鳴き、手を出す事も無く、ただじっとその場で、こちらの惨状を窺う。

 この後、確実に喰う事の出来る、人間たちの残骸。それを心から喜ぶように、また待ちきれないとでも言うように、ランポス達がオゥオゥと鳴く声が聞こえる。

 

「やがて、討伐は出来んまでも、命からがら必死にクックを追っ払った後……。

 待っとるのは、そいつらとの戦いじゃ。

 すでに刃も鈍り、身体は傷つき、まともに戦う事など出来はせん。

 じゃからワシらは、疲労した身体に鞭打ち、もう縫うようにして、必死にその場から逃げ出した」

 

「なんとか逃げおおせた、その背後からは、生きたまま喰われていく仲間の叫び声。

 そして、それを喰っているランポス達の嬉しそうな鳴き声が、いつまでも聞こえてきた。

 オゥオゥ、オゥオゥ、とな」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後も自分は、幾度も大型と対峙する事となるが、その度に必ず、幾人ものハンター達が死んでいった。

 

 人類がモンスター素材の神秘性を知り、それを加工して強力な武具を作り上げるのは、もう少し後の事。

 おじいさんが狩人として生きていた頃は、ついぞそれが、自分達にまで出回ってくる事は無かった。

 

 やがて人が竜種をポツポツと討伐し始める頃には、問題であった大国の人口問題は、ほぼ解消されるまでに至る。

 その数年の間で、一体どれだけのハンター達が、モンスターの腹に納まっていったのか。正確な人数など、自分には知る由もない。

 

 モンスターの生態を調べ、その勢力を命懸けで食い止め、環境を整える為の時間を稼いだ。

 その“時間稼ぎ”こそが、自分達ハンターが成した事の、全て。

 

 いま現在“ハンター”という職業が、数ある職業の中の、ひとつでしか無くなっている事。

 そして、ハンター達が狩りを行う為に必要な環境、キャンプ地、地図、技術、セオリーなどの全て。それは自分達のような者が礎となり、その上に成り立っている。

 確かにこれらは、自分達の功績と言えるのかもしれない。

 

 だが当時の自分達には、ひとかけらの栄光すらなく、安全な職も、市民権も、住む所すらありはしなかった。

 獣を狩る野蛮人と蔑まれ、施設の一部は使う事を禁止され、「早く死ね」と子供達に石を投げられた。

 

『我らこそ国民。自分達こそが正しい人間である』

 

 そう声高々に自称する人々によって。

 

 

 

 

「しかし結局その国も、モンスターに襲撃されて、滅んだがの」

 

 

 高い城壁を悠々と飛び越え、その赤い竜が国を襲撃したのは、ハンターとなって半年ほどが経った時だった。

 人々は逃げまどい、焼け死に、瓦礫に潰され、川に死体が溢れた。

 

 

『あんたハンターなんだろ!? 戦えよッ!!』

 

『そうだっ、早くなんとかしてこいよ!! お前ハンターだろ!?』

 

 

 そうヒステリックに叫ぶ、正しい国民の人々。おじいさんは追い立てられるようにして、赤い竜の元へ走り出した。

 

 その場から動いてすぐ、背後から建物が崩れるような轟音と、沢山の悲鳴が聞こえてきた。

 振り返えってみれば、先ほどまで自分に「戦え」と命じていた者達が、瓦礫に潰されて死んでいる光景が見えた。

 

 

「空の王者、火竜リオレウス――――襲撃してきたのは、その赤い竜じゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと目見た途端、背を向けて逃げ出していた。

 

 あれに挑もうという気持ちなど、一片たりとも浮かんではこなかった。

 

 

 


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