ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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理由。

 

 

 あの頃、自分は何を思って生きていたのだろう? おじいさんはふと考える。

 

 

 あの狩場と寝床を往復していた若き日の自分。いったい何を考え、どのような意義があってそれをしていたのだろう? それを今になって思い返す。

 

 しかし、これといって何も思いつく物がない。

 あのクエスト報酬時に受け取る、僅かな小銭。はたしてそれ以外に、あの日々で何かひとつでも得た物があったのだろうか?

 何かひとつでも、自分に“得たかった物“があったのだろうか。

 

 ……何もない。自分には無かったように思う。

 ただ物を考える事なく、自分は狩場と寝床を往復する日々を、過ごしていた。

 

 

 国に、乞食は沢山いた。野垂れ死ぬ者も掃いて捨てる程にいた。

 ただ何故それを選ばずに、毎日飽きる事無く狩場へと赴いて行ったのか。その理由がわからない。

 

 戦わずにすむ道は、あった。

 たとえ飢えて死ぬとしても、あの豆や小麦のように人間がすり潰されていく、そんな場所に赴かずにいる事は出来た。

 なのに何故、自分は狩場へと行ったのだろう。その理由が、今でもおじいさんにはわからない。

 

 

 けれど、ただひとつだけ言える事。

 それは何一つとして“殊勝な理由”などは無かった、という事だ。

 

 

 まずこれは、いわゆる戦争のような“守る為”の戦いでは無かった。

 異民族の侵略から国を、民を、文化を守る。そんな類の物では決して無い。

 自分達ハンターは、主に外から逃げ込んできた移民であり、何一つこの国には、命を賭けて守りたい物などありはしなかったし、そもそもが自分達は「死んで来い」とばかりに使い捨てられる、そんな存在であったのだ。

 

 ならば金の為かというと、それも違うと思う。自分達が狩りで得られたのは、いつも僅かな日銭のみだ。

 乞食だの物乞いだのをしていれば、少なくとも生きていく事くらいは、出来たかもしれない。例え虐げられ、石を投げられようともだ。

 

 では生きる為か? 生きていく為に狩場へと赴いているのか?

 だが生きたいのならば、そもそも狩場などという場所へは、行かないだろう。

 いったい自分が、何人の仲間の死を見てきたと思っているのだ。

 

 それならば、死ぬ為に狩場へと赴いているのか? 絶望し、人生を終わらせる為にこそ、ハンターを続けていたのか?

 自害や飢え死にを選ばず、少なくとも戦って死ぬというのだから、多少はましな死に方に思えてしまうし、あの頃は誰しもが一度はそう考えたのだろうが……。

 

 けれど、そう考えていられるのは、きっと“初めてクエストを受ける前まで”。

 一度でも狩場に赴き、鳥竜種たちに次々と仲間が食い散らかされる場面に遭遇したならば。あの圧倒的な竜種という存在と、一度でも対峙してみたならば。

 そのような考えなど、一瞬にして消し飛ぶハズだ。

 

 この戦いには、戦争における兵士の戦いのような、名誉も栄光も無い。勲章など貰えない。

 ここは、ただただ人間が喰われ、そして死んでいくだけの場所だ。“勇敢な死に様“など、どこにもありはしない。

 ゆえに、自ら進んで『喰われに行こう』などと考える者は、非常に稀だった。戦場で自害をする羽目になった連中ならば、腐る程いたけれど。

 

 最後に考えられるのは、“恨み”の感情だ。

 村を焼かれ、家族を喰われ、過去未来現在という自分の全てを奪われたのだから、これは人として真っ当な理由のように思える。

 ……でもどうしてだろう? 自分にそのような感情は、もう無かったように思える。

 

 モンスターを殺してやろう。この恨みをぶつけてやろう――――

 そんな事を考えていられたのは、いったい何度目のクエストまでだったのだろう?

 ゴミのように人が死んでいく。家畜が草を食べるのと同じように、仲間達が竜に喰われていく。

 そんな光景を何度も見ているうちに、恨みや敵討ちなどという殊勝な感情は、次第に持てなくなっていった。

 

 

 ……結局の所、あの頃の自分はきっと、何も考えてはいなかった(・・・・・・・・・・・)のだと思う。

 そんな空虚な日々を、ただ過ごしていたのではないか、と思う。

 

 ハンターとして狩場へと経ち続ける日々……。それに理由があるとしたら、ただひとつ望んでいた事があるとすれば……。

 それはきっと、『なにも考えずにすむから』

 

 国に言われるがままにハンターとなり、出されるがままにクエストを受け、運ばれるがままに狩場へと行く。

 あの頃の自分には、なぜかそれが、とても“楽な事”のように感じていたのだ。

 

 

 意義も無く、理由も無く、家族も無い。戦って得るも、守るべき物も無い。

 そして、なんの栄誉もない戦いに赴いていく、自分のただひとつの理由……。それは狩場にいる時は、何も考えずにいられるからだ。

 これは自分だけだったのかもしれないし、そうでは無かったかもしれない。ただあの時代、狩場で生きた目をしている人間を、自分はあまり見た記憶がない。

 

 

 ハンターとなった誰しもが、だんだん人として壊れていった。

 

 ある者は身体を欠損し、それでも欠けた身体のまま、狩場へと赴いていった。

 いつかモンスターに喰われ、無残に死ぬその時まで。わずかばかりの日銭を稼ぐために戦った。

 

 ある者は心を壊し、日常生活をおくる事が出来なくなった。

 仲間の死に様を夢に見るようになり、悲鳴を上げて跳ね起きる日々。眠る事すらも出来なくなった。

 

 起きている時も、助けを呼ぶ仲間の声や、生きたまま喰われていく断末魔の幻聴を聞く。

 大きな音や声に極端に怯えた。身体中から汗が吹き出し、その場から一歩も動けなくなった。

 そして、ふとした瞬間に突然叫び声を上げて暴れ出し、家族や大切な人を傷つけた。

 

 そんな風になってしまった自分自身を恐れて、いつしか自分から人を遠ざけていく。もう人と関わって生きる事が、出来なくなっていく。

 

 

 しかし、そんな誰もが、死ぬ時は叫び声を上げながら死んでいく。

 嫌だ、やめろ、喰わないで――――

 言葉は違えど、誰もが『生きたい』と叫びながら、無惨に死んでいった。

 

 そんな仲間達の姿を横目で見ながら、ただクエストに参加し続けるだけの日々。

 なぜ空虚であった自分ではなく、あれだけ『生きたい』と願った仲間達の方が、死んでいったのか。

 当時も今も、自分にはそれが不思議でならない。

 

 狩場にいた誰しもがそうであったように、もし自分も死んでいたならば『生きたい』と願って死んだのだろうか?

 そんな事を考えてみるも、ついぞ自分には、その機会が巡って来ることは無かった。

 空虚だった自分は、ただただ生き残り、そして今に至るまで、こうして生き続けている。

 

 

 あれからいくつかの国を転々とし、またいくつかの出会いがあり、そして狩場で片腕を無くし、ただただ時が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「英雄さまは、おらなんだ。わしらの時代にはな」

 

 

 いま目の前で押し黙る、ちいさな少年。その姿を見ながら、おじいさんが苦笑する。

 モンスターハンターに憧れ、この部屋にやって来たこの子は、きっとかっこいい英雄譚が聞けるのだとワクワクしていた事だろう。

 それを想うと、少し申し訳ない気持ちになってくる。

 

「わしはソロで竜を討伐した事も無いし、強い武具も持ってはおらなんだ。

 持っていたのは、皆と同じ、この“ハンターナイフ”だけ。

 坊(ぼん)の思う、英雄などではなかったよ」

 

 出来るだけ優しい笑みを浮かべながら、少年の頭を撫でてやる。

 傷だらけで、老いさらばえてしまった自分の手。それでも出来うる限りの愛情を込めて。

 

「でも今は違う。

 今の時代には、ポッケの英雄さまやベルナの英雄さまのような、強いハンターが沢山おる。

 竜を討つ為の強い武具も、すごい回復薬や狩りの道具も、沢山開発されておるでな。

 ワシらの時代とは違うよ。坊もそんなかっこえぇハンターになればええ」

 

 

 

 今の時代の強い武器や防具を見て、おじいさんが特に何かを思う事は無い。

 自分達の時代に、これさえあればとか……、今の今までおじいさんは、不思議な程に考える事がなかった。

 ただなんとなしに「そうか」とだけ。

 どんな武具を見ても、凄い英雄譚を聞いても。不思議とおじいさんの心が波風を立てる事は、今までなかったのだ。

 

 ……しかし今、未だブスッと押し黙るひ孫の頭を撫でてやりながら、おじいさんは考える。

 この少年は将来、いったいどんなハンターになるのだろうかと。

 

 英雄譚に出てくるような、清く正しく、真っすぐなハンター。勇敢で情熱に溢れた、人々に愛される狩人。

 それも、決して夢物語などではない――――

 この優しく真面目で、キラキラした目の少年であれば、人々を守る英雄となる事だって、きっと不可能ではないはずだ。おじいさんは心からそう思う。

 

 そして、ふと考える。

 この子が目指すようなハンターが、誰もが思い描くような英雄さまが、もし自分達の時代にいたならば、いったいどうなっていただろうか?

 人々を守り、希望を与え、竜を穿つ。そんな存在がいてくれたのなら、それを見て自分はいったい何を思ったのだろう?

 

 

 あの頃の自分は、英雄さまを見て嫉妬をするだろうか。それとも悔しがるのだろうか。

 なぜもっと早く現れてくれなかったのかと、殴りかかって彼を責めるだろうか?

 でも多分……、どれも違うような気がする。

 

 

 なんとなしに、だが。

 自分はきっと、その英雄さまに“憧れた”んじゃないかと思うのだ――――

 

 

 空虚だった若者。

 耐えるでも、希望を持つでもなく、ただただあの日々を生きていた青年。

 きっと自分は、そんな眩い存在を見て……、憧れを持ったんじゃないかと思うのだ。

 

 あの15の時の……、ひたすら狩りに明け暮れていただけの自分。けどもしかしたら、自分はその英雄さまが来てくれるのを、ずっと“待っていた”のかもしれない。

 勇気も、意地も、反骨心も、その全てを狩場で叩き折られていたけれど……。それでも自分は、ただ待つ事だけは止めなかったのかもしれない。

 たとえ自分達が、ここで死のうとも、いつかきっと竜を討つ英雄さまが現れる。そんな時が来るのを、心のどこかでずっと待ち続けていたのかもしれない。

 

 

 無意味に死んでいった、自分達の想い。

 餌として喰われるだけだった、非力な者達の願い。

 それを全部果たしてくれる、すくい上げてくれる存在を。

 

 あそこに神様は居なかった。何者にも縋る事は出来なかった。だから自分の背骨には芯がなく、いつも心は空虚なまま。

 

 でもきっと、望んでいた。

 手足を食いちぎられ、泥にまみれながら、それでも皆、心から願っていた。

 クックも、レウスも、ディアにだって負けない。そんな夢物語のような、竜を討つ英雄の姿を。

 

 

 この絶望を覆す“モンスターハンター”という存在を――――

 

 自分達はきっと、待ち続けていたのかもしれない。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そんな事をふと想い、なにやらストンと永年のつかえが取れたような気がした。

 

 あの頃から、ずっと引っかかっていた事。何故だと自問自答し続けた答えが出て、なにやらスッキリしたような心地だ。

 

 今、ひ孫の少年の顔を見ながら、おじいさんは考える。

 この小さな英雄さまが、この世に生まれて来た。その為にここまで頑張って来たというのなら、自分の人生もそう捨てた物では無かったのではないか? と。

 

 我ながら単純だと思うし、どうかと思わない事もない。しかし、ワシがそう感じたのなら、もうそれでいいのやもしれん。

 そんな事を考えながら、ひとりでニヤニヤしていたおじいさんだったのだが……。ここにきて突然、これまでムググ……と俯いていた少年が、ガバッと顔を上げる。

 まるで、唐突に何かを思いついた、とでも言うかのように。

 

「あっ! でもおじいちゃん、さっき『ソロでは倒せなかった』って言ったよね?!

 じゃあ一人じゃなくても、おじいちゃん竜を倒した事があるんでしょ!? そうなんでしょ!?」

 

 勝手に自分の中で良い話風に決着をつけ、もうここらへんで切り上げようとしていたおじいちゃん。その身体に今、勢いよく少年が掴みかかる。

 

「その時の話を聞かせてよっ!!

 おじいちゃん倒したんでしょ? レウス倒したんでしょ?!

 きっと腕の怪我も、その時にしたんじゃないの?! どうなのさおじいちゃんっ!!」

 

 ガクガク身体を揺さぶられ、おじいちゃんは「う~あ~!」とうめき声をあげる。視界が上下にグアングアンと揺れ、永年患っている腰痛もピンチだ。

 

「……お、落ち着いておくれ、坊。

 確かに、倒すには倒した事があるんじゃがな?

 でもせっかくさっき、えぇ雰囲気だったんじゃし。

 もうここら辺で、きれいに終わっておいた方が……」

 

「そうはさせるもんかおじいちゃんッ!

 ぼくはおじいちゃんの、こう……とにかくなんか良い感じの話を聞くまで、ここを動かないよっ!

 なんだよ! ランポスとかランゴスタとかって! 需要ないよそんなの!!

 レウスの話をしてよおじいちゃんっ! レウス討伐のお話をっ!!」

 

「う~あ~」

 

 引き続き身体をガックンガックンされるおじいちゃん。少年の燃え盛るパッションのせいで、首の骨がえらい事になりそう。

 

「……わかった! ワシの負けじゃ坊! 話すっ! 話すでの!」

 

 なんとか拘束を解いてもらい、とりあえず一息だけ入れさせてもらう。

 無印MHの時代には、拘束攻撃など無かったというに。

 ボタン連打&アナログパッドグルグルをすれば、なんとかなったのだろうか? おじいちゃんはよく知らないけれど。

 

 

「とりあえず、話す事とするが……。でも坊よ、決してかっこいい話ではないぞ?

 これはワシらの時代で、唯一リオレウスを討つ事の出来た時の、話なんじゃが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうおじいさんが、改めて断ったように、それは決してかっこいい竜退治の話などではなかった。

 落としどころを逃したおじいさんが、やがて自身最後の狩りとなる、“火竜リオレウス”の話をポツポツと語っていく。

 

 そして、この部屋にやってきて以来、ずっとそうであったように、これも決して少年の望むような夢のある話ではなかった。

 

 

 英雄などいない――――

 

 始めからおじいさんは、ハッキリとそう言っていたのだから。

 

 

 

 

 


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