ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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死。

 

 

 “リオレウス討伐作戦”

 

 それが自分の参加した、生涯最後のクエストの名前。

 これは当時の某国が、国の存亡を賭けて決行した一大作戦であった。

 

「いくつもの国を単独で滅ぼしていた、一匹の火竜。

 こやつが当時わしの暮らしておった国の、近隣まで迫っておっての」

 

 今であれば竜たちは、そのほとんどが辺境へと追いやられており、人の住む国まで赴いてくるような事は、極めて稀。

 しかし当時の人類は、抗う術を持たず、それこそ竜たちはこぞって“人の住む場所”をこそ狙い、次々に滅亡させていったのだ。

 国は総力をあげ、出来うる限りの人員を、このクエストに投入した。その有様は今における“大討伐クエスト”に近い物であった。

 

「十や二十ではない。それこそ千を超すような数のハンター達を投入し、たった一頭のリオレウスを討伐しようと、しておったんじゃ」

 

 たかが一頭のリオレウス。だがそれを倒さなければ、自分達に未来はない。

 後先を考えるという余裕すらなく、まさにこの一戦には、国の存亡がかかっていた。

 当時の国王は、兵士、農民、乞食、そんなハンターですら無かったあらゆる“動ける者達”をも投入し、狩場へと送り込んだ。

 そして、その先陣に立つのが、市民権を持たない自分達であった。

 

「長い長い行列が、狩場へと進んでいった。

 国の兵士や市民達のように、馬車で輸送されていく者達もあったが、とてもすべての人間達を運びきる事は、出来なんだでな」

 

「……まぁ、たとえ出来たとしても、ハンターであるワシらには、そんな権利もなかったじゃろう。

 ろくな食料も持たされぬまま、いくつもの山や川を越え、途方もない距離を歩かされていく。

 当然、途中で力尽き、倒れていく者達も多くいた」

 

「わしらが進む道のあちこちには、それはもう沢山の死体が転がっていた。

 それらは皆、靴を履いておらず、服を着ておらず、荷物を持っておらんかった。

 誰かが地面に倒れれば、そこに他の人間たちが群がり、次々と荷物を奪っていくからの」

 

「じゃから、死んだ者は皆、丸裸にされて地面に転がっておるんじゃ。

 中には、荷物を奪う為じゃったのか……、頭が割られておる死体もあった」

 

 自分達は捕虜でも罪人でもない。だがその様はまさに“死の行軍”であったと、おじいさんは語る。

 

「ろくに眠らず、ろくに食わず、ただひたすらに狩場を目指して歩いた。

 途中で行き倒れたり、ランポスに喰われたりしながら、目的地である“森丘”のキャンプ地にたどり着いた時には……。

 あれだけおったハンター達の何割かは、もうおらんようになっていたよ」

 

 よしんばこの狩りを生き残る事が出来たとして、そもそも自分達ハンターは、帰る時には一体どうするのか。

 そんな事すらもう、考えるのが億劫だった。

 

「あぁ、そうそう。このクエストではひとつ、当時としてはとても珍しい事があっての?

 “支給品“があったんじゃよ。

 狩場へ到着したワシらは、キャンプ地にある馬車の前に並ばされ、それぞれが一つつづ“支給品”を渡されたんじゃ」

 

 水や食料さえもロクに渡さなかった国が、たったひとつとはいえ、自分達に支給品を用意した。

 それを手渡された時、この国はよほど切羽詰まっており、このクエストに賭けているのだなぁ、と思った物だ。

 

「じゃがひとつ言えるのは、これは決して、今の回復薬や砥石のような、有難い物ではなかったよ。

 この“支給品”の用途を知った時、あぁこの国は本当に駄目なんじゃなぁと……、しみじみ思ぅたわ」

 

 

 

……………………

……………………………………………

 

 

 

 その品物の事については、後でまた話すとして……。

 そう言っておじいさんは、当日の思い出などを、ポツポツと語っていった。

 

 その日の夜、おじいさん達は巨大なキャンプ場を形成して集まり、そこで一夜を明かしたのだという。

 後からたどり着く者達を待つ為、という事だったが、狩場で夜を明かすという経験は、おじいちゃんにも初めての経験だった。

 

 何人かのグループに分かれ、共に火を囲み、星空を眺めながら慎ましい食事を摂る。

 今までの狩りも厳しい物ばかりではあったが、今回のクエストはこれまでとは違い、もうここから生きて帰る事は、とても望めないのだろう。

 そんな共通の認識が、ハンター達の間にあった。

 

 怪我をしても、倒れても、救助がないのは当然だ、しかし今回に限っては、帰路さえも保証されていない。

 そして相手は、あのリオレウス。その存在の強大さは、自分達が一番よく知っているつもりだ。

 

 正直な話、このクエストは“勝てる戦”ではないだろう。

 それはこの場のハンター達の、誰もが感じていた事だった。

 

『刃は通らないよ。あのリオレウスには――――』

 

 たとえ何千人ハンターがいようとも、かの竜を倒す事は出来ないよ。そんな事を誰かが口にした。

 攻撃が通らないのなら、それが何人いても同じ事。明日はただただ、多くの死体がこの森丘に積み重なるだけ。

 そんなもう“わかりきった事”を、誰かがわざわざ口にした。

 

 それでも自分達の心は、何故かとても落ち着いていたように思う。

 誰もが暖かな火を囲み、僅かに振る舞われた酒を飲み、そしてにこやかに笑っていた。

 

『あの兵士たち、明日はキャンプ地の防衛任務だ~とか言って、全員ここに残るらしいぜ?』

 

『マジかよ。そりゃあご苦労なこったなぁ』

 

 そんな事を、ゲラゲラ笑いながら話す声が聞こえる。

 あの空虚な日々を生きてきた自分が、今は仲間達と共に同じ火にあたり、穏やかな空気の中にいる。

 思えばこのような経験は、いままでの自分には無かった物かもしれない。それをどこか嬉しく思う自分がいた。

 

 明日、死ぬ。

 みんな揃って、死ぬ――――

 

 それをこの場の達達は、痛い程に理解している。

 実際に竜と対峙した事のある、自分達ハンターだけは。

 

 いま遠くの方で、偉そうに叫ぶ兵士たちの声がする。どこかで喧嘩でも起こったのか、それを諫めるために駆け出していった。

 そんな光景すら、どこか微笑ましく感じていた。

 

『おぉケンカかぁ! やれやれぇー!』

 

『あの勤勉な兵士諸君に、乾杯っ!!』

 

 馬鹿みたいに笑いながら、次々に杯を掲げるハンター達。

 そんな優しい時間の中で、ぼんやりとまどろんでいた自分の所に、ふと一人の仲間が歩み寄ってきたのだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「とても若い、女のハンターじゃったよ。

 その子はワシと年頃も近かったし、きっと話しかけやすかったんじゃろうて。

 輪から少し離れた所に居た、ワシの隣に来ての」

 

 

 その頃の自分は、周りから見て「どこか達観したような雰囲気があった」のだと言う。

 正直な所を言ってしまえば、物を考える事が面倒になり、いつも一人で静かにしていただけだったのだが……。その姿になにやら感じる所でもあったのか、彼女は静かにやって来て、自分の隣に腰を下ろした。

 

『……みんな、バカみたい。明日死ぬかもしれないのに』

 

 その子は杯をもったまま俯き、膝を抱えて座っていた。

 気休めにしかならない、粗末な防具。短く切った髪。そして腰には同じ“ハンターナイフ”。

 この女の子も、何かしらの事情を背負い、ハンターとして戦い続けた末に、この帰路の無い狩場へとやってきたのだろう。

 

『とても私は、そんな気になれない。みんなもう、諦めてしまっているように見える。

 お酒を飲んで笑っているなんて、私には出来ない』

 

『ここに来るまでの間、もう何人も死んだ。

 死体を踏み越えて歩いて、歩けなくなった人達を見捨てて、死人から持ち物を漁って。

 そうしてやっとここまで歩いてきたのに……明日になったら、みんな揃って死ぬの?』

 

 

 ――――生きたい。生きていたい。

 

 こんな所で死ぬなんて耐えられないと、女の子が呟く。

 それは、自分が久しく感じてこなかった、生への慟哭だった。

 

 やがて女の子は顔を伏せたまま、静かにさめざめと泣き始めた。そのあいだ自分は、ただじっと隣で寄り添っていただけ。

 気の利いた事など、とてもじゃないが言えない。何を言ったらいいのかすら、自分にはわからなかった。

 

『貴方も、そうじゃないの……?』

 

 そんな事を訊かれた気がするが、きっと何も答えられはしなかったのだろう。

 ただただ、その女の子の隣で、じっと寄り添ってやるばかりだった。

 

 

 女の子と同じであったのか、そうでなかったのか。それすら自分にはもうわからない。

 この数年の生活で、自分の心はすっかり摩耗してしまっている。

 人の生き死に。自分の生死。そんな事はもう、随分と長い間、考える事はなかった。

 死んだ。殺した。生きていると、目の前にある“事実”だけを、ただ淡々と確認するばかりの日々。

 

 けれど、いま隣で泣いている女の子の姿に……、擦り切れてしまったハズの自分の心が、静かに波打つのを感じる。

 

 

 もう泣けなくなった自分の代わりに、女の子が泣いてくれている――――

 もう死んでしまった連中の代わりに、泣いてくれている――――

 

 

 悔しいと。嫌だと。間違っていると(・・・・・・・)、はっきり言ってくれている。

 

 その事をどこか、嬉しく感じている自分がいた。

 

 

 

 ……………。

 …………………………。

 

 

 

『……ねぇ、あなた支給品は受け取った? それ今も持ってる?』

 

 

 やがて、優しい時間はいつしか終わり、女の子が涙を止めて自分の方に向き直った。

 

『うん、そのタルみたいな小さなヤツ。……というか、まだ持ってたんだソレ……。

 いい? それ明日になったら、真っ先にどこかへ捨てて。

 兵士たちに見つからないように、コッソリと』

 

 さっきまでの弱弱しい姿は、もうない。女の子は真剣な瞳で、語り掛ける。

 

 

『知ってるの。以前街で商人が売ってたのを、見た事がある。

 爆弾よソレ(・・・・・)。ぜったいに使っちゃダメだから――――』

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「“小タル爆弾”。あれは今で言うソレの……雛型だったんじゃろうな」

 

 

 女の子が言った事の意味は、次の日になればすぐに分かった。

 リオレウスに踏み潰された者、喰われた者。その誰もが轟音を上げ、次々に爆散していったのだ。

 

「これを渡された時は、ただ『持っていろ』と言われたんじゃが……。

 まさか、人間ごと竜を吹き飛ばそうなどと考えよるとは……さすがに思いもせなんだ」

 

 次々と仲間が吹き飛んでいく様を見て、ハンター達は自分の持っている物の意味を知る。当然のように辺りはパニックに陥った。

 思わず持っていた“支給品”を投げ捨て、それを地面で爆発させてしまう者。その爆発に巻き込まれて、何人も死んだ。

 被害はそれだけに留まらず、吹き飛ばされた者が持っていた“支給品”に次々と誘爆し、そこらじゅうに轟音と悲鳴が響いた。

 レウスと戦うまでもなく、それだけでハンター達の士気は乱れ、次々に数を減らしていった。

 

「竜には刃が通らぬ、ならば火薬で攻撃しよう。……確かに理にはかなっておる。

 レウスと接触した者、喰われた者は、その悉くが爆発して死んでいったよ」

 

 だがそれでも、火竜であるリオレウスには、少しも堪えた様子など無かった。

 

 現代における正規の小タル爆弾であっても、たとえ100発当てたとしても、竜は倒せない。

 そこいらの鳥竜種ならいざ知らず、火竜リオレウスとは、それほどに強靭な肉体を持つ。

 

 そして、家ほどの大きさがあるにもかかわらす、鷹の如くの速度で飛ぶリオレウスだ。かの存在に対しては、たとえボールのように投げつけたとて、当てる事は困難を極める。

 それどころか、ブレスを喰らった一人の爆発と誘爆して、その場の何人ものハンター達が、まとめて爆散していく。

 まるで連続した花火のように、ハンターたちの身体が跡形も無く消し飛び、雨のように赤い血が地面に降り注いだ。

 

「……あぁ、死んだのぅ。どこもかしこも、見渡す限り赤く染まっておった。

 あの広大な丘を、原型を留めない人間の死体が、埋め尽くした。

 地面が見えん、という程にな。死体を踏まずに歩く事は、出来んかった」

 

 戦闘が開始して、しばしの時間が経った頃。

 辺りに動く者の姿が少なくなったからか、悠々とリオレウスが、その場から飛び去っていった。

 後に残ったのは、辺り一面に広がるおびただしいまでの人間の残骸。そして燃え残った炎の揺らめきのみ。

 

 ほぼ全ての戦力を投入し、最初から総力戦で挑んだ、自分達。

 だがそのほとんどが、わずか十分足らずの時間で瞬く間に壊滅し、後に残ったのはわずか十数人ばかりのハンター達と、すでにその場から逃げ出していた者達だけ。

 

 

 そして余談ではあるが、その後おじいさんが身体を引きずりながらも必死でキャンプ地へと辿り着いた時……。

 そこにあったのは、レウスの襲撃により壊滅した施設と、破壊された馬車の残骸。

 そしてすでに炭のように黒焦げた、何百という数の兵士の死体だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 わずかに残った仲間達は、散り散りとなって逃げ出し、帰る足はすでに無い。

 こうなるともう、竜が出る幕はない。

 残りの人間たちは自害をするか、もしくはこの“森”が始末をつけていった。

 

 

 人間の残骸で埋め尽くされた、広大な赤い丘は、今頃それを狙ったランポスやファンゴ達で、溢れかえっている事だろう。

 それを避けて森の中を進んでいた自分は、迷い込んだ先で、ある“オブジェ”を見つけた。

 

 森の少しだけひらけた場所。そこでおもむろに地面に立てられている、2メートル程の木の棒。

 その頂点には、先ほどまで生きていたであろう人間の、生々しい生首が刺されており、下にはまるで花や太陽を模すかのように、沢山の人間の手足が、装飾として飾り付けられていた。

 

 ギクリと足を止め、ふと辺り一帯を見回してみれば、これと同じように人間の身体を使った“オブジェ”が、いたる所に設置されているのが分かった。

 それを見て、ようやく自分は気が付いたのだ。

 

 ――ここは“集落”だ。

 ――――自分はチャチャ族の集落へと、迷い込んでしまったのだと。

 

 未だ血の滴る、この真新しいオブジェは、先ほどレウスとの戦いから逃げ出し、森へと迷い込んでしまった者達の末路なのだろう。

 チャチャ族は人間を食べない。だが縄張りと、自分達の力を誇示する為に、自らが殺した人間の身体でこれを作る。

 5、10、15、20――――もう数えるのも億劫になる程のオブジェが、この小さな広場に設置されていた。

 

 その時、ふいに遠くの方で叫び声のようなものが聞こえ、思わず身構えた。

 自分はじっと耳をすませ、懸命に目を凝らし、辺りを警戒する。

 

 その叫び声は、いつまで経っても止む事が無く、延々と続いた。

 まるで、人間が拷問を受けているような、……いや「生きたまま四肢を切断されている」かのような、そんな情景が脳裏に浮かんだ。

 

「やめて」「やめて」「助けて」「切らないで」

 

 風にまぎれ、かすかにそんな言葉が、耳に届く。

 極力音を立てないように気を付けつつ、一刻も早くと、その場から離れた。

 

 

 

 ……それからも自分は、長い間森を彷徨った。

 時に川を渡り、険しい岸壁を登り、少しでも安全な場所を求め歩いた。

 その道中にも、いつくもの死体が地面に転がっていた。

 

 いつもであれば、このように死体が転がっている事は珍しい。みんなランポスやファンゴがすぐに“処理”してしまうから、骨や残骸くらいしか残らないのだ。

 さすがの森丘のモンスター達も、今日一日で出た夥しい死体を喰いあぐねているのか。それほどまでに膨大な人数が、この森丘で死んでいったのか。

 そんな事を考えながら、延々と歩いた。

 

 おかしな物で、行く先々で【寄り添い合って死んでいる死体】を見つけた。

 3人4人と身を寄せ合い、一緒に横たわっている死体が、散見されるのだ。

 

 別にこの者達は、共に自害をしたワケでも、同じ狩りで死んだ仲間でもないのだろう。

 ただただ、どこかで致命傷なり四肢の負傷なりを負ってしまった者が、その死に場所を、偶然みつけたこの死体の傍にしただけ。

 すなわち、独りきりではなく“誰かの傍”に居たくて、偶然この場にあった死体の傍を、自分の最後の場所とした為なのだろう。

 

 一人で死ぬのではなく、誰かと一緒にいたい。

 死体であったとしても、最後は誰かの傍にいたい。

 そんな悲しいまでの、人間性――――

 

 いたる所で、そんな者達の姿を見かけた。

 

 

 

 

 そうこうしている内に、やがて自分は偶然にも、アイルーやメラルー達が住む集落を発見するに至った。

 

 こちらの姿が見つかった途端、もうありとあらゆるポーチの中身を、メラルー達に盗まれてしまったが……、しかしこちらから危害を加えない限り、彼らが襲い掛かってくる事はない事を、自分は知っていた。

 

 やがて盗む物が無くなると、こちらに興味を無くしたように、メラルー達は離れていく。

 別に奪われてしまった道具の、お代がわりではないけれど……、そこでようやく自分は、一息つく事が出来たのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 飯を食おうと火を焚いてみれば、そこにメラルー達が「自分も!」とばかりに、勝手に魚をくべて焼いていく。

 池の水を飲もうとすれば、その隣でアイルー達がシャコシャコと歯を磨きだす。その姿は愛らしくはあったのだが、せっかくの水が泡だらけになってしまった。

 

 そんな事をしながら過ごす内に、やがて森丘に、夜の帳が下りた。

 アイルー達はみな、ソソクサと自分のねぐらへと入っていき、自分は焚火の番をしながらも、木に背中を預けるように座り、ウトウトと船を漕いでいた。

 

 本当は、もう大の字になって眠ってしまいたくはあったのだが、一応はあたりを警戒する意味で、起きていようと思っていた。

 しかしながら、今日という日の疲れ、そして精神の疲労がそれを許さない。ゆえに自分は、いつしかウトウトと眠りに落ちていったのだ。

 

 本音を言ってしまえば、もし寝込みを何かに襲われた所で、何がどうという事もなかった。

 朝になれば、自分はまた狩場へ立つのだ。孤立無援となった今の状況下では、それは避けられない明確な“死”を意味しているのだから。

 

 そんな思いも、心のどこかにあってか、中途半端な浅い眠りの中で、まどろんでいた時。

 ふと近くに何かの気配を感じた自分は、慌ててパッと目を開け、じっと辺りを見回す事となった。

 

 

「月明りの差す、あの幻想的な風景の中……。

 わしの目の前に、あの女の子の姿が現れたんじゃよ」

 

 

 木に背中を預け、未だ寝ぼけ眼のまま、その女の子の姿を見つめる。

 よく見てみると、女の子の身体は血にまみれており、その肩から腹までの右半身が、まるで竜にでも喰いちぎられたかのように存在していなかった。

 

「それでもその女の子は、何事も無いかのように向こう側へと歩いていき、そして消えていった。

 一度もこちらを見ようとせず、煙のようにスッと消えていった。

 あの子の残っていた左手には、これと同じハンターナイフが、握られておったよ」

 

 そして、よく目を凝らしてみれば、辺りには彼女だけでなく、同じような姿となった沢山のハンター達の姿があった。

 

 ある者は頭を無くし、またある者は両足を無くしていた。

 

 破れた腹から臓物を垂れ流し、それでも今も必死に戦い続けているのか、手にしたハンターナイフを懸命に振り回している者。

 

 黒焦げになった者や、川で溺れ死にぶくぶくに身体が膨れている者。

 

 中にはもう、自分の身体が“左腕だけ”になってしまった者もいた。

 しかしその誰もが、一振りのハンターナイフを、その手に握っている。

 

 そんな沢山の、ハンター達を見た。

 月明りに照らされた青白い光景の中、この森丘で死んでいった沢山の狩人たちの姿が、まるでホタルのように浮かんでは消えていった。

 その光景を前に、自分はただ、見つめる事しか出来ずにいた。

 

 

「何をするワケでもなかった。連中はただそこにあり、ただ現れては消えていった。

 こちらに恨み事も言わん。助けも求めたりせん。

 ただじっと、そこにいる。この森丘におるんじゃ」

 

「恐らく今も、ずっとそこにおるんじゃろう……。

 あの森丘に、死んでいった連中の魂が、ずっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弔ってやる事も出来ない。

 そして元より、明日は我が身なのだ。

 

 それでも、目の前に現れた連中、そして『生きたい』と願っていた、あの女の子の姿を見て。

 自分は今、ひとつ決めた事がある。

 

「あの竜はどこにいる?」

 

 自然に、そう目の前の者達に問いかけていた。

 するとどうだろう、今まで自分になど目もくれなかった虚ろな連中が、一斉にこちらへと向き直り、じっと見つめ返してきたのだ。

 

 

 

「――――あの竜は今、どこにいる?」

 

 

 

 通称“竜の巣”と呼ばれる、山頂の巨大な洞穴。

 連中はゆっくりと首を動かし、その方角を示した。 

 

 

 

 


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