ハンターナイフ ―老いた狩人の回想― 作:はせがわ
「優しいからだよ」
私だけは知っている。貴方が狩場へと向かう理由。
貴方は“優しいから“、いつも自ら狩場へと向かっていったんだよ。
いつもいつも、いつも。
貴方はその事を知らない。知らないまま、狩場へと赴いていく。
何も言わず、ただ目の前のクエストをこなしていく。とても空虚な瞳をしたまま。
私だけが、その事を知っている。
………………………………………………
何か、わかりやすい理由があれば良かったね。
私達が戦う理由。
例えば戦争のように、何か大義名分でも、あれば良かったのに。
故郷の為。家族の為。仲間の為。
そんな分かりやすい理由さえあったなら……、私達は命を投げ出す事に、意味を見出せたのに。
でも、私達には何もない。貴方には、なにもなかった。
だからいつも、そんなにも空虚な瞳をしていたんでしょう?
街を歩けば、石を投げられた。
市民権を持たない、獣を狩る“野蛮人“は、人として扱っては貰えなかった。
相手が“人“でさえなければ、人間はいくらでも残酷になれる。
家畜や獣に慈悲をかける事が無いように。それに慈悲をかける事はむしろ、“おかしい事“だと言って。
狩場にも、仲間なんていなかった。
皆、自分の命がかかれば、平気で他人を見殺しにした。当たり前のように盾にしていった。
自分が生き残る為には、なんでもやった。当たり前のように持ち物を奪い、命を奪った。
狩場で警戒すべきは、決してモンスターなんかじゃない。人だ。
依頼主の悪意、そして共に狩場に立つ人間をこそ、私達はもっとも警戒しなければならなかった。
若い貴方が市民達に暴行されている所を、見た事がある。
狩場で仲間に裏切られた貴方を、見た事がある。
危険なクエストへの参加を強要されている貴方を、見た事がある。
大人数にとり囲まれ、報酬金を奪われる貴方を、見た事がある。
その後、何事もなかったような顔で立ち去っていく貴方を、何度も見た事がある。
何の絶望も無く、何の期待もしていない顔の貴方を、いつも遠くから見ていた。
それなのに何故、生きようとするの。
何も信じられないくせに。何も持ってはいないくせに。
希望も無く、期待もせず。何故いつも独りきりで狩場へと向かうの。
そんな、寂しいだけの心で。
………………………………………………
貴方はいつも、狩りの先陣に立った。
いつも一番危険な場所に、貴方の姿はあった。
狩場では誰もが、貴方に縋った。誰もが貴方を頼り、貴方の後に続いた。
もしかして貴方は、それに気付いてはいなかったのかもしれない。ただただ役目を押し付けられたからと、そこに立っていただけなのかもしれない。
それでも私達は、貴方に救われた。
何度も何度も、貴方のおかげで生き延びる事が出来た。
貴方は負傷した者を、肩に担いで歩いた。
そんな真似はやめろと、偽善だという声にも耳を貸さなかった。
率先して囮役を買って出た。いつも逃げる時には殿を務めてくれた。誰に言われるまでもなくその位置に出た。
自分を裏切った者に、自分の道具を与えた。自分を傷つけた者をかばい、自ら竜種と対峙した。
片目を欠損した者の代わりに、大型の狩猟を引き受けた。
「お父さんを探して」という子供の願いを聞き、ひとり森丘を彷徨った。
ろくに報酬金も払えない、そんな見知らぬ村の人々を救う為、ひとり鳥竜種を掃討しに向かった。
死んだ者の小指を切り取り、遺品と共に家族のもとへ届けた。そして「お前が殺した。息子を返せ」という謂れのない罵倒を受けた。
なにより貴方は、共に狩場で戦う者達を“仲間“と呼んだ。
そんな人を、私は貴方の他には知らない。
そんな貴方を、みんなが利用した。貴方は黙って、それを受け入れた。
なぜそんな事をするの。何も期待していないくせに。
なぜそんなに優しいの。誰にも好かれてなんかないくせに。
なぜ助けてくれるの。いつもひとりきりでいるくせに。
そんな貴方の姿を、いつも狩場で見ていた。
………………………………………………
でも、それもついに年貢の納め時。
貴方は明日死ぬ。火竜と戦って、それでおしまい。
私達みんな、それですべておしまい。
これで最後なんだという気持ちが、私の背中を押した。私は初めて貴方の隣に座り、貴方に話しかけた。
一人集団の輪から少し離れ、楽しそうに笑う皆の姿を静かに見守る貴方。そんな貴方に、私一人だけが声を掛けた。
キョトンとした顔を初めて見た。そんな顔をするなんて今まで知らなかった。女の子に肩を並べられた経験なんて、今まで一度も無いに違いなかった。
貴方の傍にいるうちに、私の目から涙が出てきた。
押さえつけていた気持ちが、貴方のせいで零れ出してしまった。
――――生きたい。生きていたい。
貴方の静かな優しさにあてられ、私の心は溢れてしまった。
また、貴方に縋ってしまった。
優しく、そして悲しい貴方に、いつも私達は縋ってしまうから。
私はいつも、貴方に縋ってしまうから。
……私の泣き顔を見て、泣き声を聴いて、いま貴方が何を考えているのかは大体予想がつく。
この人はきっと、“何も考えていない“。
何も考えず、何も言わず、ただただ私の隣に寄り添っていてくれる。
そんなこの人にいつも助けられてきた私だけれど、今くらいは一発ブン殴ってやってもいいんじゃないかという気がしている。
なんとか言ったらどうなんだこの朴念仁。優しい言葉のひとつもかけてみせないか、この野郎。
ただ……、貴方が明日どんな風に戦っていくのかも、私は大体予想がつく。
きっとこの人は誰よりも前へ、誰よりも危険な位置に自らを置くつもりだ。
……そして、なんだったらこんな私を守ろうとしてくれちゃって、自ら危険に飛び込んでいったりするかもしれない。
……これは自意識過剰なんかじゃないの。いつもそうだったのこの人は。
だから私は貴方の事を憶えてるの。今まで見てきた何千人ものハンターの中で、貴方の事だけは憶えてるの。
きっと貴方は、私の事なんて全然見てもいなかったのでしょうけれど……。
でも私は、そんなのは願い下げ。
今まで散々縋っておいてなんだけど、もう貴方に守ってもらうなんて事、願い下げだ。
――――だって、せっかく貴方の隣に座る事が出来た。
――――――ようやく貴方の隣に、並ぶ事が出来たのだから。
離す事は出来ない。ここから離れる事なんて出来ない。
だからどうか明日は、私の隣にいて欲しい。
貴方の事が、怖い。
貴方のその優しさが、とても怖い。
それはとても“悲しい“物だと、私は感じるから。
誰も信じていないくせに、何も欲しくなんてないくせに。
誰かが傷つかないようになんて理由で、一人で行ってしまわないで。
そんな貴方を見て、私はいつもたまらなくなる。
貴方の隣に立ちたい。明日は私といてほしい。
頭上の星を見上げ、そして静かに微笑む貴方の顔を見て……、私はたまらなく悲しい気持ちになるの。
どうか明日は、一人でいないで。
どうか私も、一緒に連れて行って。
もう充分なんて、優しい笑みをしないで。そんな満ち足りた顔で、私を見ないで。
死ぬなんて、受け入れたりしないで――――
どうか明日は、私と――――