ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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蛇足になりますが、エピローグです。






英雄の証。

 

 

 今日も集会場の受付カウンターには、沢山のクエスト依頼が張り出されている。

 

【彼女への贈り物を作る為、素材を取って来て欲しい】や、【研究用に、竜の卵を3つ納品】

【闘技場で子供達に狩りを観せてやって欲しい】などなど。

 中には【ペットにするので、リオレイアを一頭捕獲してきて】なんていう物もあり、その内容は実に様々。多岐にわたる。

 

 まだ顔に幼さを残す一人の青年がカウンターの前で腕を組み、その張り出されたチラシの内容をじっと吟味していた。

 

 青年の後ろでは、今この集会場に集まった沢山のハンター達が思い思いに歓談をしたり、またテーブル席に着いて自由に飲み食いをしている。

 やれ「今日は轟竜に行く」だの、「ブレイブスタイルが良い」だの、「逆鱗が出ない」だのと、ここからでも和気あいあいとした話し声が聞こえてくる。

 中には酒を酌み交わして唄い出す者達や、椅子の上に立ち上がり踊り出す者がいたりと、皆その表情には一様に充実している様子が見て取れる。

 

 そんな中青年は、一枚のチラシを掲示板から引きはがし、それをカウンターにいる受付嬢へと差し出す。

 受付嬢は笑顔でチラシを受け取り、依頼の内容と目の前の青年の実績を鑑みて「この方ならば何の問題もない」と太鼓判を押し、そして契約書にも大きなスタンプを押した。

 

 青年は笑顔で一礼してから引き返していく。クエスト前に軽く食事を摂っておこうと、一人テーブル席の方へと向かっていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「……あのっ、下位レウス行くんですよねっ!?

 よかったらわたしも、ご一緒させてもらえませんか!?」

 

 

 狩りの計画を考えながらモシャモシャと食事を摂っていると、青年の元に一人の女の子が歩み寄り、声を掛けてきた。

 その女の子は脚腰腕にだけ中途半端にレウス装備を着ており、一式を製作途中であろう事が見て取れる。

 

 その後ろの方の席からは、恐らくは知り合いなのであろうハンター達がやいのやいのと女の子を冷やかす。

 ゲラゲラと笑いながら「でたよ! 寄生だよ!」「そんなんじゃ強くなれねぇぞ~?」とからかわれ、それに対して女の子は「うっ、うるさいっ!!」と真っ赤になりながら怒鳴り返している。

 

「わ、わたしどうしても紅玉が出なくって!

 一緒に連れて行って貰えたら嬉しいなって……!」

 

 それでも精一杯の勇気を出し、クエスト同行をお願いする女の子。

 この青年の事は以前から集会場で見かけていたし、彼の噂や情報はハンターであれば誰もが耳にしている。それ程までにこの青年は、この界隈で有名なハンターだったのだ。

 少女は「ハチミツくださ~い♪」と知り合い達に茶化され、もう腕を振り上げて飛びかかって行かんばかりの様子だ。

 そんな彼女に呆れながらも、ようやく青年が言葉を返していった。

 

「……えっと、俺依頼の他にも少しやる事があるから、

 クエスト達成まで、少しかかってしまうかもしれないけど……」

 

「えっ……! あっ、はい! 採取ですか?! そんなのぜんぜん良いですよ!!」

 

 もう連れてって貰えるなら何でもいい! そう言わんばかりに勢いよく女の子は頷く。

 わたしがんばってペイントします! 閃光玉投げます! 胸の前で両手をグーにし、フンスフンスと鼻息を荒くする女の子。

 

「……わかった。それじゃあよろしく。一緒に頑張ろう」

 

「はっ……、はい~っ!!」

 

 おもわず「やったー!」と飛び上がり、おもいっきりガッツポーズ。そしてこちらの手を掴みブンブン上下する女の子を見て、少しばかり苦笑する青年。

 

「おぉ……まさかアイツのナンパが成功するとは……! 有名な地雷娘だってのに……」

 

「つかあの人、めったに人と組まないって聞いたぜ?

 よく連れてって貰えたなオイ……。G級だぞあの人……」

 

「まぁあの人だったら下位なんて苦労しねぇさ。

 アイツにお情けでもくれたんじゃねぇの?」

 

「いいな~。俺にもディノ一式作ってくんねぇかな~」

 

 そんな知り合い達の声に顔を真っ赤にしながらも、なんとか気にしないようにしながら女の子は少年の隣の席に着く。軽い料理と酒を注文し、未だモクモクと料理をかっこむ青年に話しかけてみる。

 彼は下位ハンターである自分の遥か上をいく人。せっかく勇気を出して掴んだ機会だし、先輩である彼に色々と話を聞いてみたいと思った。

 

「あのっ! こないだ貴方がソロでバルファルクを討伐したってきいて!

 それでわたし……! そのっ……凄いなって思って……!

 どうやったらあんなに大きなモンスターを、一人で狩れるんだろうって!」

 

 とりあえずのきっかけとばかりに、最近きいた彼の情報から切り出してみる。

 女の子はまだ大型をソロで狩った経験すら無く、バルファルクの単独狩猟など、とてもじゃないが想像もつかない程の事。

 その偉業を純粋に称えたかったし、どうやったらそんな事が出来るのかを一度きいてみたかったのだが……。

 

「狩りじゃないよ」

 

「…………えっ」

 

「“狩り“なんかじゃない。ただ殺してきただけだ」

 

 女の子と目を合わせる事もせず、ただただ料理をかっこむ青年。

 

「そんな安全な物じゃないよ、竜との戦いは。

 命の獲り合いをしてきたんだ。“狩り“なんかじゃない」

 

 

 ハンターが狩猟で得るモンスターの素材。当然の権利と言えるそのほとんどを自らギルドに寄付し、何故か妙にアロイなどの金属製武具ばかりを使用しているという、変わり者のソロハンター。

 

 彼が装備しているのは、無骨なフォルムの片手剣。

 決してそれは貴重な武器などではなく、鉱石と資金さえ調達出来るのならば、誰もが手に入れる事の出来るような無難な代物でしかない。

 その事が、彼という高ランクハンターの“異質さ“を物語っている。

 

 14の時にこの街でハンターを始め、16となった頃には異例とも言える速さでこのG級まで上り詰めた。

 

 彼の握る片手剣。

 その無骨なフォルムは、色こそ違えどあの“ハンターナイフ“と同じ形状をしていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 馬車の荷台で揺られながら、狩場へと向かう。

 

 居眠りするも良し、のんびり荷物の整理をするも良し、景色を眺めるも良し。

 今回の狩場となる森丘。そこに到着するまでの数時間は、そんな非常にまったりとした時が流れた。

 

 狩場へと向かう途中で、ランポスの群れに襲撃されて死ぬ事も無い。

 何故なら人類はその生活圏を完全に取り戻し、ほとんどのモンスター達は、人の住まない森や辺境へと追いやられている。

 加えてこの馬車に並走し、護衛の人員を乗せた別の馬車も付き添っている。

 

 途方も無い距離を歩いて狩場へと向かう必要もない。現在は全てのクエストの管理をギルドが主導して行っており、行きにも帰路にも悩まされる事は無い。キャンプ地や支給品だって用意されている。 

 海で沈没して死ぬ事も、広大なエリアをモンスターの情報も無しに彷徨い歩く事も無い。

 

 莫大な人員を狩場に投入する必要も無い。

 現在ギルドで受注出来るクエストは、そのほとんどが1~4人のハンターがいれば十分に達成出来る物ばかり。

 狩場で人間が大量に食い散らかされるなんて事態は、そもそも起こりえない。

 

 そしてハンターはその実力毎にしっかりとクラス分けがされており、請け負う事の出来るクエストはその実力に適した物に限られる。

 必要以上に身を危険に晒す必要も無く、クエストリタイアも正当な権利としてギルドに認められている。

 

 何より現在は武具の進化や、訓練施設の充実、そして秘薬を始めとする優秀な回復薬の開発によりハンターが狩場で死ぬ事例というのは稀だ。

 月にほんの2~3件ほど、どこどこの国の誰々というハンターがやられた、または消息不明となったという話を聞く程度。

 狩場である以上は事故、不測の事態、または古龍や未知のモンスターに挑んだ結果である場合もある。しかし大概の原因はギルドの警告やルールを無視したハンター側の過失である事が多い。

 たとえ狩場で倒れるハンターが居ても、今は充分と言える程の救助体制が確立されている。

 

 ゆえにハンターは純粋な生活の糧として、また時に娯楽として(・・・・・)狩場へ出る事が可能である。

 本当の意味で緊急性のある狩猟依頼など、現在ギルドのクエストの中でも、ほんの一割にも満たないのだ。

 

 そしてハンター達は、まず一番最初に『生きろ』と教えられる。

 生きて帰ってくる事こそがハンターの役目。そう教えられて訓練を重ねる。

 ギルドに、受付嬢に、各自が所属する団体の全ての人々に『無事に帰ってね』と声援を受けて、華々しく出発していく。

 それがハンター達の心にとって、どれほどの支えとなっている事か。

 

 しかしながら現代のハンター達は、基本的には素材を得る為にこそ竜を討伐し、その“ついで“とばかりに、クエスト依頼を受注する。

 罠を駆使し、道具を用い、何度も何度も同じ竜を狩っていく。

 森で。孤島で。闘技場で。あらゆる所で人が竜を狩っていく。

 

 傷つき逃げ回る竜を、息絶えるまで追い回していく。そして爪を剥ぎ、鱗を剥ぎ、一山いくらの素材へと変えていく。

 

 

 今日もハンター達が狩場へと向かっていく――――

 優秀な武具を、金銭を。そして名誉と勲章を得る為に――――

 

 

 

「……あの、……えっと貴方は、何故このクエストを?

 よく考えたら下位のレウスなんて……あんまり用は無いんじゃないかな~って……」

 

 と、そんな事を考えてながらまったりしていると、なにやら沈黙の時間に耐えかねてしまったのか、女の子がこちらに話しかけてきた。

 

「あぁ、これは依頼主というよりも、ギルド本部からの依頼なんだよ。

 コイツは森丘の採取ツアーを実施しているエリアに出たんだって。

 だから安全に採取ツアーが出来るよう、早急に討伐して欲しいんだってさ」

 

「……あ、なるほど。それで貴方がこのクエストに」

 

 この青年は、以前から“意外とクエストをえり好みする“という噂があった。それを女の子自身も聞いた事がある。

 例えばあのワガママな第三王女なんかの、いわゆる“ふざけた依頼“などは極力受けず、それよりも緊急性が高かったり助けを求める人々がいるような、いわゆる“人道的“なクエストを率先して受ける傾向があるのだという。

 

 いつもソロでいるし、特に凄い武具を持っているワケでもない。故に彼は戦力の評価としては、そのランクの割に決して高い物では無い。

 しかしその無欲で献身的な姿勢と、ありふれた武具のみでG級まで駆け上がった狩人としての実力。それにより彼は、この国の他のハンター達とは一線を画す異彩を放っていた。

 

 実は、以前から女の子も隠れファンの一人だ。いつかお話ししてみたいと虎視眈々だったのだ。

 

「といっても、たまたま手が空いてただけだけどね。

 近々森丘にも行っておきたかったし、ちょうどよかったよ」

 

「も……森丘……ッ。特産キノコすか! 厳選キノコすか!?」

 

「ん? キノ?」

 

 わたしもよく採取してます! 狩りもせずキノコばっか採ってます!! そう鼻息を荒くして熱弁しようとしたが、どうやらこの様子ではハズレのようだ。ちょっとだけ凹む女の子。

 そうですよね、G級ハンターはキノコなんて取りませんよね……。お金持ちですもんね……。そう考えてもっと凹む。

 

「キノコも良いけど、俺のはちょっとした用事だよ。

 大して時間もかからない。早いとこレウスの方に向かうさ」

 

「あ……そ、そっすか。ハチミツ採取とかは……しませんよねハイ」

 

「取るなら俺も付き合うけど……。それでどうしよっか?

 取り合えず俺はその用事を済ませてからレウスの方に向かうけど。君は?」

 

「わ、わたしもお邪魔でなければ是非一緒にっ!!

 流石に一人でレウスと会っちゃったらヤバイので!

 ダメならどこかで大人しく待ってますっ! っす!!」

 

 女の子のコミカルな仕草は元より、青年はなにやら「ついていく」と言ったその答えに、少しだけ戸惑っているようだった。

 アレ? やっぱダメだったか?! トホホ……じゃあ大人しくキャンプで釣りを……と考えそうになった女の子だったが、ほんの少しだけ悩むような仕草をした後、青年が告げる。

 

 

「いや、別に着いて来て大丈夫だよ。

 特に秘密にしてるワケじゃないし、なんて事ない用事だから」

 

 

 

………………………………………………

 

 

 森丘のキャンプ地から十数分ほど歩いた先。アイルーメラルーの集落の片隅に、ひっそりとそれはあった。

 

 

 ここに来るまえに「はい、持ってて」とポーチから取り出した大量のマタタビを渡された時は心底ビックリしたが、ここに来てその理由がハッキリとわかった。

 これはアイルー達に荷物を取られないようにする為であり、また青年のアイルー達に対する“感謝の気持ち“であったのだ。

 

 

 平凡ながらも沢山の綺麗な花たちに囲まれた、ひとつの石。

 よく手入れがされているのであろうその場所は、一目見て、誰かのお墓だとわかった。

 

「爺ちゃんのなんだ、これ。

 別に爺ちゃんはここで死んだワケじゃないんだけどさ。でも墓はここにしてくれって」

 

 青年のおじいさんが亡くなってから、もう5年ほどになる。

 あの夜、部屋でお話を聞かせてもらった日からすぐ後におじいさんは病気にかかってしまい、そのまま亡くなった。聞けば90歳を超える大往生だったという。

 

「ここにはワシの仲間たちが沢山いるから~、とか言ってたけどさ。

 でも俺も、ここはほんとうに良い場所だと思う。アイルー達もいるし寂しくないさ」 

 

 この墓には、おじいさんの名前の他にも沢山のハンター達の名前が刻まれている。

 もちろん骨までは入れてやれなかったが、それでも出来る限り、わかっている限りに青年が名前を刻んでいった。

 あのおじいさんが床に臥せってしまった時、それを聞きつけた昔の仲間たちが次々におじいさんを見舞いに駆け付けてくれたのだ。その人たちにも協力してもらい、当時の仲間達の名前をここに刻んでいる。

 

 ちなみにおじいさんは知らなかった事だが、おじいさんが語っていたあの女の子は“ピュラ“という名前であったという。

 お前のおじいさんはえらい朴念仁でな……と、そう教えてくれたご友人の方からしみじみと語られた。それに加えて、「坊主、お前はああなるんじゃねぇぞ」とも。

 

 そしてその女の子“ピュラ“さんの名前も、しっかりとこの墓に刻まれている。

 さりげなくおじいさんの隣に名を刻んだのは、青年の心ばかりのサービスだ。

 少年は静かに手を合わせ、ここに眠る者達の安息を祈る。

 

「……ハンターだったの? 貴方のおじいさん」

 

「うん。といっても70年以上前の事だけどね」

 

「貴方のように……凄いハンターだった?」

 

「どうなんだろ? 爺ちゃんが言うには全然大したことないって話だけど。

 でももし爺ちゃん達が居なかったら、俺はここに居ないし、

 それは俺達みんながそうだったかもしれないんだ。

 だから俺は、凄いハンターだったんだと思う」

 

 俺なんかよりずっと。ここにいる人達には、俺は足元にも及ばない。そう心で付け加える。

 

「いつも来る度に、何をお供えしようかって迷うんだけどさ?

 でもなんとなくコレ、“回復薬“。これだけはいつも必ず供えてる」

 

 当時はこんな物はなかったらしいけどさと、青年は苦笑する。

 でも当時、これさえあれば助かったであろう人達が、一体どれほどいたのだろう。言っても詮無い事だけれど。

 

「爺ちゃんに聞いたんだけど、昔のハンター達は、結構酷い死に様をした人も多かったらしい。

 そりゃもう腕がねぇ、腹がねぇって。

 ならせめて怪我ぐらいさ? ビシッと治して、カッコつけて成仏してくれたらってさ」

 

 だから俺もアオキノコはよく採るよ。薬草と一緒にね。そんな事を言いながら少年が笑う。

 

「良い武具は、無かったらしい。だからみんな、粗末な武器を手に必死で戦ったって。

 時間稼ぎしか出来なかったけど、命懸けでやったって」

 

 少年は、なんとなしに腰から愛剣を取り出す。

 このG級の鉱石で作られた片手剣は、ほとんど砥石を必要とはしない。戦闘の合間、エリア間の移動の際にでも少し研いで置くだけで、十二分に切れ味を維持出来る。

 まさに、当時おじいさん達が使っていた武器とは雲泥の差だ。天と地ほどの性能の開きがある。

 ただ別に自慢をしに来たわけではないが、青年は墓参りの際には、必ずおじいさんにこの剣を見せる。

 

「爺ちゃんの剣、ここまで強化したぜ。いつも助けられてるよ」

 

 

 そうおじいさんへと、報告をするように。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 自分には、未だにおじいさんに言われた事の意味が分からない。

 

『未来を拓き、希望を与え、そして命を尊ぶ。そんなハンターに……』

 

 それはいったいどうやったら成せるのか、どうすればそんなハンターになれるのかが、その答えが分からない。

 

 爺ちゃんの剣で戦えば、何か分かるかと思った。

 だが片手剣でありながら無属性という致命的とも言える欠陥を持つこの武器は、未だ何も自分に示してはくれない。

 

 鉱石系の武具を使用している事に、大した意味は無い。

 ただ、気分が乗らない。自分の殺した竜やモンスターの鱗や甲羅、それを身に纏って戦う事に気分が乗らないというだけの話。

 

「狩りは“命“を貰う営み。この武具は、かの竜を討伐した証。自らの誇り」

 自分にとって狩猟とは、決してそういう物では無い。どうしてもそんな気持ちにはなれなかった。

 

 だから自分のは“狩り“ではない。ただ己の意志を通し、相対する者の命を奪う戦い。

 自分にとって狩場とは、すなわちそういう場所であるのだから。

 

 このままハンターを続け、そして爺ちゃんの足元にでも届く事が出来るのか。それは自分にはわからない。

 でもきっとダメだろう。だってこれではまるで修羅道、下手したら外道だ。

 

 ただ、自分が尊ぶ“命“という物、それがもし生き物の事ではなく、仲間や家族の事であるならば……。

 それならば自分にでも、指の先くらいは届くかもしれない。

 

 ――――だって、俺達は“餌“なのだ。

 俺達は、お前らの餌でしかないのだ。

 

 ならば、お前を尊ぶなんてお門違い。

 むしろ俺達は、お前らに感謝されるべき存在だろう。

 

「食べられてくれてアリガトウ」「美味しかったよ」

 そう感謝され、しかるべき存在だ。

 

 自分が尊ぶべき命は、いつも仲間や家族の命。救い上げるべきは、仲間や先人達の想いのみ。

 今の所自分に出来そうな事は、それくらいしかない。それくらいしか、思いつかないでいる。

 

 あの、おじいさんの目の前でバラバラにされてしまったというリオレウス。その火竜の姿は、おじいさんの心に深い傷を残した。

 自分にもいつか、そういう日が来るのかもしれない。狩場で身体に、そして心に傷を負う日が来るのかもしれない。

 その時、自分がいったいどうなるのか、何を想うのかなど、今は想像がつかない。

 

 

『――――英雄さまはおらなんだ。ワシらの時代にはな』

 

 

 殺し、殺して、また殺す。

 それが“英雄さま“だと言うのならば、アイツらの方がよっぽどそれっぽい。

 

 ならば俺は、せめてみんなを守る“盾“であろう。危機に対して立ちはだかり、皆の前に立つ壁であろう。

 

 爺ちゃん達がそうしたように、俺もそうやって前に立とう。

 

 俺が出来るのは、それだけ。

 今はただそれだけを胸に、この爺ちゃんの剣を振るう――――

 

 

………………………………………………

 

 

「それにしても……その武器凄かったね……。

 盾でレウスの頭をポッカーンって! レウスが目を回してドッテーッて!!」

 

 

 そう女の子に声をかけられ、青年は考え事を中断する。

 実はこの集落へ来る前、二人は探すまでもなくあっさりとレウスと邂逅していた。

 そしてペイントをしておくがてら、先ほど少しだけレウスとの戦闘を行っていたのだが……。

 

「すごい! 剣じゃなく盾の方で殴ってダウンさせちゃうなんて!

 G級の武器ってこんなに強いんだって思ったっ!! 素敵ッ!!」

 

 ……いや、スタン値に武器性能はあんまり関係は無いのだが……。太刀使いの彼女にそれを言っても詮無いかと黙っておく青年。

 

「わたしもいつか、そんなすんごい強い武器をつくるんだっ!!

 そうすればレウスなんて一人でやっつけちゃうっ。尻尾も沢山切っちゃう!!」

 

 両手を頬に当て「は~ん♡」とばかりに想いにふける女の子。

 ならばまず強い竜を沢山倒さなきゃいけないのだが……。女の子の夢はまだまだ遠そうに思える。

 そして青年は、ただなんとなしに女の子に問いかけた。

 

 

 

「――――なぁ。ハンターナイフ片手にレウスに挑むヤツって、いると思うか?」

 

「……え、何その縛りプレイ……。

 貴方が強いのは分かるけど、そういう事してると、もっと変だと思われるヨ?」

 

 

 

 “もっと変“ってどういう事やねん。青年はおもわずツッコミたくなったが、この女の子にはなんだか勝てる気がしないのでグムム……と黙っておく事にする。

 

 きっと今の時代でそんなヤツがいるとしたら、そいつは余程の変人。それか余程のバカだろう。

 しかし、ウチの爺ちゃん達はそれやった。俺の中には、そんなハンターの血が流れてる。

 

 散々だったかもしれない。望んで歩んだ道ではなかったかもしれない。

 でも青年は思う。お見舞いにきた戦友たちも、きっとそう思っている。

 

 自分達にとって、あのおじいさんの姿こそが、真の英雄だったのではないかと――――

 

 絶望に立ち向かい、背中で皆を守る。おじいさんは確かに、それを成してきたじゃないか。

 自分が今握る片手剣は、そんな男が残した“英雄の証“

 

 

「そろそろ行こうか、あのレウスの所に」

 

「うん、いこう! 今度は私もがんばって戦うから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女を伴い、少年が狩場へと駆け出していく。

 

 今はただ、あの赤い竜に向かい、このハンターナイフを振るおう――――

 

 


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